ジョブチェンジした従業員と私の一日
ゆるっといきましょう。
「お嬢ー、そろそろ昼休憩しようぜ。隣の婆さんにパン貰ったしな!」
「……いつの間にリィ婆ちゃんと仲良くなったんですか」
はてさて、勝手に従業員になったこの男。名前はギハと言うらしい。根無し草の無一文だぜと申告されたので、余ってる二階の一部屋を貸す事にした……いや、された?取りあえずギハは押しが強い。まあ私も流されるのも悪いんだろうけどさ、そこはまあ性分だ仕方ない。
雇わされて10日、彼はコミュ力のお化けなのか、この通りに馴染んでおりお裾分けとか貰ってくる。昨日、鍛冶屋に行って『イーハちゃんたら良い男拾ってきたじゃないの~、しっかりゲットなさいよ!』と恰幅の良い奥さんに言われてぎょっとした。3つしか違わないのにお嬢呼びの人とは嫌である。無難にあはは~、またまたご冗談を~なんて退散したが何処が良い男なのか皆目理解出来ないのだ。見るからにヤバいきのこを食って死にかけてる男の何処に魅力を感じろと言うのか。ちょっと抜けてる所がチャーミングね素敵!とでも思うのだろうか?死んでも無理だ。
あ、私イーハと言います。自分で言うのもあれですがそこそこ腕の良い魔道具師です!副業で薬屋みたいな事もしてますが、それを知っているのはご近所さんか常連さんだけ。まあ、頼まれたら作るよみたいな感じにしているので沢山の人が来ても困るので限られた人のみに教えているのだ。だって副業だもん。
「うわ、リィ婆ちゃんまた沢山くれましたねぇ。んー、チーズ挟む位でいいですか?スープは朝のやつ残ってるし、じゃ準備してきますから~」
「はいよー。あ、いらっしゃいませ」
店の奥にある作業部屋から二階のキッチンへ上がりながら、軽快に接客をするギハの後ろ姿をちらりと見た。最初は売ってるアクセサリーの効果と扱い方なんかを教えて、4日目からは店番を完全に任せて私は加工作業をして、常連さん達が来たら一応紹介するという感じで今日まできたけど、仕事の飲み込み良すぎるギハがちょっと怖いね。
品定めと称して続々と来る静寂通りの皆に応戦する様はなんだか呆れた。あー言えばこう言うって感じ?口のよく回る男だねぇとリィ婆ちゃんが面白そうに笑っていたもの。 それと度々二階の住居の方やら店に、如何にも殺りに来たけど?みたいな不法侵入者が来るがギハが宣言通り害虫駆除している。そこは面倒だなぁとは思ってるけれど、私何もしないし良いかな。いや勿論私が襲われたら目にもの見せてやるけどさ。
そりゃあ、最初は変なもん拾わされたとげんなりしていたけれど、正直超使える従業員に化けたし結果オーライ!もう気にしない!面倒な客の相手をしなくていいって快適だわ、まあ問答無用でぶん殴って失せろ豚がなんて言われたら二度と来ないよね。
向かいの靴屋のお兄さんがそれ見て妙にはぁはぁしてたのは記憶に新しい、消してしまいたい記憶だがお向かいさんなのでちらちら目に付くので一向に消えてくれない困った。近隣住民の性癖を垣間見るなんて……。とても気さくで真面目なお兄さんだと思ってたのにイメージの崩壊だ。もうお兄さんの事好青年として見れないじゃないか!
「さっきの野郎に黄色のブレスレット渡しといたぜ、使い勝手を見てまた来週来るとさ」
「野郎って……まあ分かったわ、あ、棚からチーズ出してくれる?パンは切ってるから自分で挟んで、スープももう温まるから。」
「へいへい、あ、ハムも挟んどこうっと。お嬢も挟むか?」
「私トマトがいいわ、昨日買ってきたからそれ切って挟んで」
じゃ俺もトマト挟もうといそいそとカゴから真っ赤に熟れたトマトを出して鼻歌交じりにスライスしていた。うん、なにやらギハのサンドイッチが豪華になっているが、居候の身でなんたる横暴。ギハには遠慮というものが全然ないのだ。出会いが出会いなので、今更へりくだられても引くけどもさ。まあいいわ。
「はい、スープ。サンドイッチもありがとう。そうそうさっきのお客さん憲兵の副長さんよ、覚えてね。凄い生真面目な方だからギハも見習ったら?」
「ふぁ?ふぉれが?」
「食べながら喋らないでよ、何言ってんのかさっぱりだわ」
ハムとトマトとチーズといつの間にやらレタスまで挟まれたサンドイッチにかぶりつきながら喋るのでふぁふぁ言ってて訳が分からない。呆れたと私もチーズとトマトのサンドイッチにかぶりつく。ハムも挟んでもらえば良かったかもしれないなぁ。けれども厚めに切ったパンのおかげか、これで私には足りてしまうのだ。スープもあるし。よしっ夜は私のを贅沢にしようと決めた。
「むぐっ生真面目ねぇ、俺みたいな奴に真面目になれってのは無理な相談だぜ?真面目に生きるってのは良いこったが、生きづらくもあるからなぁ。俺はゆらゆらへらへら位でいーんだよ」
「……ふーん、そうよねぇ。ま、器用だから貴方はそれでも良いんでしょ。害虫駆除も忙しそうだし、なにかしら生きづらいのは皆同じよね。あ、午後にミスティって言う女性の方が来るから水色の指輪を渡してあげてね」
早くも2つ目に手を伸ばしたギハに食費が掛かるなぁと、ここ10日で既に私の1ヶ月分の食費が消えた事を思い、もう給料やらなくてもいいかな?なんて考えながら、残り野菜を煮込んだスープを飲みほした。
洗い物は俺がやるよとギハが言うので任せて、私は午前中に作ったピアスに仕上げの魔法陣の刻印をしないと。これを仕上げてしまえば、依頼品関連はもう無いし新しく何か自分用に作ろうかしら?それとも、ギハに作ってみるのも面白いかもしれないわ。
「ねぇ、ギハはどんな魔道具欲しい?」
「え、お嬢が作ってくれんの?」
「他に誰が作るのよ。あと一つ仕上げたら、依頼分は終わりなの。だから久しぶりに自分用に何か作ろうかと思ったんだけど」
「なんだ、俺にくれないわけー?ケチねー」
「貴方のを作るのも面白いかとも思ったのよ。不満が有るようね、残念だわ!」
大の男が口を尖らせても可愛くない。
ケチとは失礼ねと片眉を上げれば泡だらけの手を振り回しながら作って欲しいから!全然ケチ違う!と騒がしいギハ。そして、泡だらけになったキッチンに何だかもう呆れた。
けれども、こうしてギハと過ごす毎日は中々面白い……のかもしれないな。多分。