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3 琴梅、登場

 何故、このような展開になったのか。実は太郎もよく解っていない。

 それほどの急展開が、目の前に繰り広げられつつあった。

 


 電話で真弓に言われた通り、「四条河原町界隈」を散策をしていた。

 その時に、ふと気になる写真があったので、足を止めて持論を論じてみせた。

 つまり。

「僕は、どんな女の子でも一番かわいい瞬間を見逃さない」

 それは、太郎にとっては当たり前のように備わった才能だった。

 どんな女の子でも、必ずストライクゾーンに引っかかる。大学時代、自ら吹聴した為に「女好き」の浮名が知れ渡ってしまったものだが、どんな女の子にも、必ず「可愛く見える」所を、太郎は見抜く才能を持っている。

 だから、その子が一番かわいい瞬間を、見逃さない。

 その特技も手伝って、学生時代はそれはそれは、もてたものだ。

 女の子たちは、太郎の元に群がったし、それを誤解したりもした。

 良い時代だったと、今では少し懐かしく思う。今では、まるでそれが仕事の一部であるかのように、会社のイベントの度にカメラを持ち出さなければならないのだから。



 そんな、愚痴を話していたつもりだった。

 それが、どうして。

「それなら、ぜひその腕を見てみたい」

 に、なったのか。

 別に、プロのカメラマンに喧嘩を売ったつもりではなかった。

 それ以前に、きさくに話しかけて来た相手が、そのカメラマンだとは思ってもみなかった。

 どうやら、悪いことを言ってしまったらしい。

 だが、あえて言わせてもらいたい。

 女の子を見る目だけは、ケイ氏より太郎の方が上じゃないかな。きっと上だ。だって、この子たち、綺麗に着飾ってるし、すごく楽しそうだけど、他人目から見たら可愛くないもん。

 ……勿論、口に出して言えるわけは、ないが。



 そんなこんなで、ケイの呼びかけにより「スタジオKey」が女性モデルで溢れて行く有様を、ただ呆然と見つめている……場合ではない!

「あ、できれば自然に。隣の人とちょっと会話なんかしてみませんか?」

「奈津美さん。ちょっと顔上げて」

 スタジオ中を駆け回り、写真を撮りまくる、太郎。

 出来るだけ、カメラの事は意識させずに。それでも、「その瞬間」を確実に捉える。

 それは、プロの仕事ではない。楽しみの一部だから、できる事だ。

 仕上がった写真を見て、モデルたちが一様に、嬉しそうな顔をする。

「うわー。やっぱり、腕、良いわ」

「本当。この小春ちゃんとか、無茶苦茶可愛い」

「えー? 知らなかったんですか? 私、本当はこんなに可愛いんですよ!」

「見て見て。なっちゃんのこの写真なんか、すごい……色っぽい」

「奈津さん、なんで色気出してるんですか?」

「え、やっぱりカメラマンがハンサムだから、かなぁ?」

「うんうん。太郎ちゃん、笑顔が良いよねぇ」

 きゃっきゃと笑い、喜ぶ、女性たち。それが、写真に集中している間は、まだ良かった。

「ケイちゃん、もう正式採用しちゃえば?」

 別に、就活中ではないと言っているのに。

「はーい。小春、専属モデルになります! 一緒に、このコンテストに応募しませんか?」

 と、写真雑誌を取り出して来るモデルまで現れ……

「小春、抜け駆けは卑怯」

 と、顰蹙を買う始末。


 隣に立つケイの額に、ひそかに青筋が浮かんでいる事も、実は太郎は知っている。

 そりゃあ、面白くはないだろう。

 相手は、プロだ。こんな、ただの観光客に自分の写真をけなされ、恥をかかせてやろうという思惑があった事ぐらい、太郎だって気づいている。だからこそ、自分の自然体で――つまり、太郎流の「本気」で挑んでみた。

 これは、太郎にとっては想定内の結果に過ぎない。

 だが。

 過ぎたるは、及ばざるがごとし。

 何事も、やりすぎてはならないことも、太郎は知っている。

 それで、痛い目を見た事は、一度や二度ではない。

 だから。

「じゃあ、僕はそろそろ」

 そそくさと荷物を纏めようとした太郎の右肩を、誰かが掴んだ。

 勿論、その手の持ち主が、このスタジオのオーナーの手であることぐらい、気が付いている。

「なんですか?」

 へらりと笑う太郎に、

「いや、時間を取らせて悪かったと思って。お昼ぐらい、一緒にどうかな?」

 こちらも、何か含みのある笑顔を向ける、ケイ。

「それとも、誰かと約束とかあるのかな?」

「え、ええ。あります。実は、あるんです」

 慌てて、太郎が答える。

「ゆうじ……いえ、彼女と約束があって」

「えええ。太郎ちゃん、彼女いるの?」

 割り込んで来たのは、「奈津美」と名乗ったモデルのひとり。

 とたんに、黄色い声が飛び交う。

「てっきりフリーだと思っていたのに」

 何故、そう思うと、太郎としては声を荒げたい。理由は……悲しいかな、現在、フリーだから、だ。

「太郎ちゃん、どんな女の子にも同じように優しいもんね」

「特別な人とか、いないって勘違いしちゃうよね」

 はっきり言われて、初めて気が付いた。

 それは。

 自分が「特別ではない」と、女の子の方から引かれると言う事なのか?



 言われてみれば、心当たりがある。

(誰にでもへらへらしてるような男を、信用できひんし)

 だったか。

 天狗になっていた太郎の鼻を、へし折った女の子が居た。

(あんたの為に、あえて言うわ。あんたは、うち的には八方美人の、しょーもない……ごめん。えっと、軽薄? な男やけどな。多分、それはうちの第一印象なんやろうなって)

(だから、言うてあげるわ。へらへらと、女の上っ面ばかり追ってたら、いつか痛い目見たりするで)

 そのあたりの見る目はありますので、心配には及ばない。

 そんな返答をしてしまったような気がする。

 言って、失敗したことを悟ったのだ。

 いつもなら、「へぇ。そんな事言って、本当は心配してくれてるんだ」ぐらいの言葉を返せた筈なのに。



 大人げない。



 今も、少し昔も。

 何故か、「やめておいた方が良い」と思いながら、意地を張る場所がある。



 ケイは、太郎をスタジオに引き込んでから、携帯電話を離さない。

 そうして、モデルたちが集まり、賞賛を残して帰って行く。

 考え事をしていた太郎は、気が付かなかった。

 いつの間にか、モデルたちは全員、帰っている。

 スタジオの中に居るのは、太郎とケイの二人だけだ。

 そこへ。



「こんにちはあ」

 間延びした挨拶に、振り返る。

 白塗りの化粧。だらりの帯。そして、季節の花かんざしを髪に指し、振り袖姿で現れた人物に、太郎は目を見開く。

 見た事はない。でも、絶対に、これが。

 京都の、舞妓ちゃんだと。

「琴梅、来てくれたんか」

 嬉しそうに、ケイが笑う。

「へえ。上島さんに呼ばれてしもたら、行かへんわけには行きまへんわなぁ」

 言いながら、千社札と呼ばれるものを、太郎に差し出す――舞妓ちゃん。

「お初うお目にかかります。琴梅と申します」


 おっとりとした、口調。

 こういうのを「はんなり」って言うのだろうなと、太郎は思っていた。


 そうではないと、力説したのは京都出身の真弓だった。

 「はんなり」とは「気取りのない華やかさ、気品がある美しさ」という意味の京ことばだと。

 「話し方がとろい事を、『はんなりしてる』とは言いませんので」。むっとした表情が、すぐに思い出される。

 おかしいぐらいに、ゆったりとした話し方。それは、とても落ち着く語り口なのだが、その事を指摘されると、彼女は気負って早口で――関西弁ではなく標準語で話そうとしていた。

 本当は、飾らない所が、可愛いと思っていた。

 時々飛び出す関西弁が、良いなと思った。

 だが、その部分が彼女のコンプレックスだと気づいて、言えずにいた。

 そこまで考えて、太郎は首を振る。

 「女の子って、可愛いけれど面倒くさい」の代名詞とも言える真弓さんのことを、何故今、思い出すのだろう。

 ここは、夢にまでみた舞妓ちゃんとの対面に集中すべきだと。

「滑来さん、こちらは祇園の舞妓の琴梅」

「よろしゅう、おたのもうします」

 ぎりぎりでケイの紹介からかぶらないタイミングで頭を下げる、少女。

 なるほど、相手はプロなのだと。

 何故か、出身地を答える度に気負う素振りをしていた、真弓。

 合コンでもがちがちで、何をそこまで緊張しているのかと、はたから見ていて思った。

 なるほど。

 真弓さんは真弓さんで、自分ひとりでこの街を背負っているつもりでいたのかと。

 納得すると、何もかもが可愛く思える。


 ……いや、別に真弓さんの事は今は関係ないし。


 初めて見る、「京都の舞妓」の姿に、太郎はしばし釘づけになっていた。

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