天の策は成り、覇王は更なる天を見る
陳留を出立した曹操軍は濮陽に向け、一万五千の軍を向けた。
その布陣は、先発として廖化隊の歩兵五千、夏侯惇隊の騎兵二千。
中軍として、北郷隊の槍兵千、夏侯淵隊の弓兵三千。
その後続に、本陣として曹操が親衛隊と歩兵合わせて四千だ。
そして、中軍が濮陽に着くと夏侯惇が陣を構えていた。
「やっと来たか!待ちわびたぞ北郷!」
「悪かったな。それで首尾は?」
「心音(廖化)ならちゃんと予定通りだ」
「では、姉者の方は?」
「陣を構え待っていればよかったのだろう?こんな簡単なこと、いちいち袋にいれなくても、言えばよかったではないか?」と少々不機嫌な春蘭。
「そうだな(二個以上策を授けると、余計な解釈が起きるからなんだよ)」と苦笑いをする北郷に秋蘭が
「意外と姉者の扱いがうまいじゃないか?」
「似たようなのが知り合いにいるんだよ」
「そうか。なら、この調子で頼むぞ」と肩を叩き、その場を離れた。
「さて、待ったのだからな。存分に暴れさせてもらうぞ!」と気合いを入れる春蘭だったが
「分かってるけど、華琳が来てからの方がいいだろ?その方が後で可愛がってもらえるぞ」
「そ、そうだな。華琳様に私の勇姿を見せた方がいいな!」と自分の中の妄想に満足していた。
(これでとりあえず、春蘭が独断専行することはないだろう)
「心音からの連絡は?」
「今のところは無いぞ」
「なら、このまま陣の警備を頼むよ。華琳が来て陣がなかったら大問題だからね」
「任せておけ、虎の一匹も通しはせんぞ!」と自信満々に言う春蘭。
「いやいや、そんなの通されたら陣どころじゃなくなるから」
「当たり前だ。こんなところに出るわけないだろ」
「言ったの春蘭だからな」
「細かいところを気にするやつだな」
「ーーー俺が悪かったよ」
「そうだ、わかればいい」と胸を張った。
「はぁ~(疲れる)」
春蘭と別れた北郷は、濮陽城を見つめた。
「誰かある!」
「はっ!」と北郷隊の一人が名乗りをあげた。
「場外を回りたい。共を頼めるか?」
「承りましょう」
「ただ回るだけだから軽装でいい。ただし、敵が出てきたら直ぐに退却する。その覚悟だけは忘れずに頼む」
「承知。では、馬を持ってきます」とその男は走り出した。
「さて、思惑通りに動いてくれるか・・・」
暫くすると、男が馬を二頭連れて来た。
「では、残りの者は留守を頼みます」
「「「はっ!」」」
北郷は馬に股がり、陣を出た。
場外といっても、わざわざ的になるように近づく訳ではなく、城壁からの弓の射程範囲に入らない程の距離から城壁を見て回るものだった。
「流石に簡単に落ちるようにはなってないか」
「そうですね。濮陽城が戦場になったのは半年程前ですから、修繕されているような場所は無いですね」
「ずいぶん詳しいじゃないか?」
「元々は濮陽出身なんで。ただあそこの太守は曹操様と違って、嫌われてましたがね」
「そうか・・・故郷を攻めることになるとは皮肉なもんだな」
「そう考えるとそうですが、故郷を自分の手で取り戻せると思うと、嬉しくもあるのです」
「なら、俺はそれが確実に成功するよう導かなきゃならないな」
「期待しています」
そんな話をしていると、風を切る音と共に一本の矢が飛来した。
「北郷様!」
「大丈夫だ。それにこれは俺らを狙ったものじゃないよ」と飛んできた矢を拾い上げると紙がくくりつけられていた。
「それは?」
「勝利の手紙ってところかな」と紙を広げるとそこには完と義の文字が記されていた。
「策は成った。後は華琳を待つのみだ。・・・じゃあ、陣へ戻ろうか」
「はっ!」
その二日後、華琳が着陣した。
「首尾はどう?」と下馬した華琳が北郷に訪ねた。
「上々。だけれどひとつ問題がある」
「何かしら?」
「義勇軍がこちらに来ている。勝手に攻められては策が台無しになるかもしれない」
「私にそれを止めろと言いたいのね?」
「頼むよ。ただし護衛に春蘭と俺をつけてもらう」
「・・・ずいぶんと慎重じゃない?」
「その義勇軍はただの義勇軍ではないのでね」
「そう、なら留守は秋蘭に任せるわ」
「御意。姉者、華琳様を頼むぞ」
「任せておけ」と胸を張る春蘭。
「それじゃあ、行きましょうか」
曹操軍の陣より少し離れたところに、陣を建設している義勇軍がいた。
その義勇軍の陣に華琳が近づくと、一人の兵が立ちふさがった。
「止まれ!ここより先は我らの陣だ」
「陳留太守曹操が来たと、この義勇軍の主に伝えてもらえるかしら?」
「少々こちらで待たれよ」と近くにいた兵を呼び止めた。
「華琳様に向かってあの態度はなんだ!」
「落ち着け春蘭。躾がなってない軍はああいうもんだ。お前がここで問題を起こせば、奴等と同類だぞ?」
「むぅ・・・仕方ない。北郷に免じて許してやろう」
「そりゃどうも」
「ふふふ。随分と春蘭になつかれたわね?」と笑う華琳に対し
「別にこいつになついてなど」と慌てて弁解する春蘭だったが
「それは照れ隠しにしかならないぞ春蘭」と北郷に肩を叩かれると
「誰が照れ隠しだ!」と顔を赤くした。
「ふふふ、妬けるわね」
「私は華琳さま一筋です!」
「わかってるわよ」
「妬けるな春蘭」
「勝手に妬いてろ!」
「そりゃ残念」と北郷と華琳は笑った。
「さて春蘭で遊ぶのはここまでにして、来たわね」と華琳が見つめる先に四人の少女が走ってきた。
「はぁ、はぁ、すいません、お待たせしました。この軍の責任者、劉備です」と桃色の髪の少女が先頭に立ち、頭を下げた。
「劉玄徳一の家臣、関羽だ」と劉備の右に黒髪の女性と
「鈴々は張飛なのだ」と赤髪の少女が名乗りをあげた。
そして、荒々しく息をあげてい少女が顔をあげた。
「簡雍です」
「劉備に、関羽、張飛、簡雍ね。私は曹操よ」
「夏侯惇だ」
「北郷です。曹操殿の軍師をしております」
「自己紹介も終わったところで、単刀直入に言うわ。此度の戦、我が軍に譲りなさい」
「なっ!ふざけるな」と関羽が飛び出しそうになったが
「それは、こちらの台詞だ関羽!曹孟徳が話をしているのは劉備だ。断じてお前ではないぞ」と北郷が一括すると、渋々下がった。
「その理由は?」
「我が軍には既に必勝の策を展開済みなの。ここであなたに邪魔をされては、策に支障をきたすのよ」
「ーーー話はわかりました。ですが、はいそうですかと受けるわけにはいきません」
「それは、立場をわかった上での発言でしょうね?」
「勿論です。曹操さんは確かに私たちよりも力を持ってます。だけれど、ここでわざわざ私たち義勇軍の敵に回ることはしたくないはずです」
その瞬間、曹操は愛用の絶を劉備の首筋に当てた。
「そうではないかもしれないわよ?」
「なっ!」と身構えた関羽と張飛だったが劉備は
「止めて!」と二人を止めた。
「曹操さんだからこそ、これ以上は振り切らない。それは覇道ではないから」と真剣な眼差しで言う劉備に二人は驚愕していた。
「まさかあなた!?」と華琳は自分が目指す理想を当てられたために
「桃香か!?」と北郷は劉玄徳という人物が持つ覚悟に
「お久し振りです。華琳さん。そして天の御遣い、北郷一刀さん」と笑う劉備だった。