天はその知を生かし、音を見出だす
前方に広がる黄色一色の軍勢が真っ直ぐにこちらへ歩みを進めてくる。
(まずは、敵軍が射程範囲に入ったら弓兵は一斉射。合図は夏侯淵殿にお任せします)
「全体構え!まだ射つなよ」
まるで獣のように、怒号を上げながら近づいてくる軍勢がその生命線を越えた時、夏侯淵の手が降り下ろされた。
「今だ!放て!」
風を切る音と共に、一千の矢が上空へ打ち上げられ、黄色を紅へと染める。
(次に賊兵の中で、少数の騎馬隊が来るでしょう。心音(廖化)、君が槍隊五百を率いこれをまずは、止めてくれ)
馬の嘶きと共に一斉飛び出して来た。
「全体構え!決して通すな!」
(いくら騎馬といえど、馬とて生き物。ましてや軍馬でもない馬がほとんどのはずです。必ず止まります)
向かって来る騎馬は数にしておよそ百。
まさしく玉砕覚悟で突っ込んでくる騎馬は、心音の槍隊に突っ込んだ。
恐らく官軍を倒した時に手に入れたものだろう。
「怯むな!人ではなく馬を狙え」と心音は向かって来た騎馬の足を切り裂いた。
騎馬のその真髄は突破力である。
言い換えてしまえば、突破出来なければ騎馬の意味がない。
先頭の騎馬が次々と倒れて行くと、後方にいた騎馬に動揺の色が見え始めた。
「ここだな。夏侯惇隊は前進!速やかに騎馬隊を殲滅せよ!」
「行くぞ!新参者に手柄を渡す必要など無い!曹操軍の強さを見せつけてやれ!」と夏侯惇の号令と共に、歩兵千が騎馬隊に向け突撃した。
まさに蹂躙という言葉が相応しいように、騎馬隊が完全に壊滅していく。
「まずは、一手。さて、ここからどう動く?」と敵の軍勢を見つめた。
その敵の軍勢の中で、一人頭を悩ませる少女がいた。
「ムムムム、やはり曹操軍の強さはさすがなのです」
「どうするんだよ?」
「大丈夫なのです。見たところ敵は横陣。強くても兵法を知らない素人なのです。しかも、戦上手とされる両夏侯が右翼と左翼に移動していますから、ここは一気呵成に鋒矢の陣で中央突破なのです。敵大将を討ち取れば我らの勝利ですぞ!」
「なら決まりだな。お前ら!鋒矢の陣だ。敵大将首を狙うぞ!」と粋さかんに賊が整列を整え、一気呵成に攻めかかった。
「ーーー鋒矢の陣ねぇ・・・」
「あぁ、やっぱりいるな軍師が」
「そうね。でも、そんなに驚いて無いようだけど?」
「想定の範囲内だったからな。そういう華琳こそ驚いてないじゃないか?」
「想定の範囲内よ」と二人は笑った。
「全軍に通達。予定通り進行せよ。夏侯惇は大将首を、曹洪には敵軍師を捕らえるように伝達」
「はっ!」と伝令が去ったのを確認した北郷は、敵陣を見つめ
「悪くない判断だが、それは、恋がいるから成り立つ策だ。悪いが、チェクメイトだ音々音」
突撃した賊の軍勢の中で、曹操軍の動きを見ていた少女は、なにかに気づいたように、冷や汗を流した。
「両夏侯が動かない・・・まさか!?全軍止まるのです!このままでは、壊滅するのです!」
「なに言ってやがんだ。敵大将がすぐそこにいるんだぜ!ましてやもう止まらねぇよ」と賊の頭領らしき男が軍の最後尾で話していると、先頭の賊が本隊と接敵した。
だが、曹操軍の本隊は一度押し戻すと、まるで逃げるように後退を開始した。
「ほらな、敵が逃げてるじゃねぇか」と笑う男に対して、少女は
「違うのですぞ!これは・・・鶴翼の陣!兵数で劣っている場合まず用いない陣形をここで使うとは!」
「なんだかよくわからねぇが、ようはやっちゃいけない陣形をやったんだろう?ならいいじゃねぇか」
「ーーー来ますぞ!」
「誰が来るってんだ?」
「ーーー両夏侯がここに」
「お頭!両翼から騎馬隊が来てやがるがどうするんだよ!」
「やべぇぞこれは!全軍戦闘準備だ!」と頭が声を上げるのとほぼ同時に、先頭を駆けてきた二騎が名乗りをあげた。
「我こそは曹操の大剣、夏侯元譲なり!勇気あるものはかかってこい!」
「曹操の手綱、曹子廉だ。引き殺されたくなけりゃ、退きやがれ!」
当に疾風怒濤の勢いで突撃した二騎は一直線に敵大将にたどり着いた。
「ふざけやがって!いい、俺がやる!我こそは何儀、いざ尋常に」
「貴様が大将かーーー!!!」と夏侯惇の刃が一瞬にして何儀の首をはね飛ばした。
「敵将・・・そういえば、誰だこいつは?まぁいいか、夏侯元譲が討ち取った!」
「あぁ、何儀殿!」と少女が駆け寄ると、曹洪が見逃さずに刃を向けた。
「お前、この軍の軍師だな?」
「うっ!そうなのです」
「抵抗するなら足を折って連れてかなきゃならねぇんだが、どうする?」
「すでに勝敗は決しているのです。ねねにも軍師としての誇りがあるのです。降伏するのです」
「じゃあ、一緒に来てもらおうか」
「わかったのです。全軍、降伏するのです!無駄に命を散らす必要はないのですぞ!」と回りの兵が武器を落とし始めた。
「北郷の言う通り、二刻で終わったな」と回りを包囲し弓を構えていた夏侯淵が武器を下ろすように指示を出すと、族を集めるべく、行動を開始した。
こうして、この世界での初陣を終えた北郷は直ぐに夏侯惇、曹洪に騎馬隊を率いさせ、町へと急行させた。
その軍には、賊の軍師も連れていくよう北郷が指示し、町についた後、賊軍を降伏させた。
その降伏した賊を、華琳は軍に組み込む。
そして、敵軍の軍師もまた華琳の前に膝まずいていた。
「姓は陳、名は宮、字を公台と申します。此度の寛大な処置、感謝するのです」
「それについては、構わないわ。それで陳公台、私に仕えない?」
「一つ聞かせて欲しいのです。此度の軍の献策、曹操殿自らお考えられたものですか?」
「いいえ、違うわ。あれは我が軍師、北郷が立てた策よ」
「北郷・・・出来ればお話がしたいのですが」
「ーーーまぁ、いいでしょう。北郷を連れてきなさい」
「かしこまりました」と側にいた夏侯淵が退室した。
その後直ぐに北郷が呼び出され、王座の間へ入った。
「何の用?残存兵の整理で忙しいんだけど」
「そこの陳宮が貴方に話があるそうよ」
「俺に?」
「はいなのです。今回の献策、はっきり言えば下策だと言うのを、解っていたのかということを聞きたかったのです」
「ーーー君はなぜ下策だと思ったのかな?」
「まず一つ目。先行させた騎馬隊を壊滅させたこと。これはまず、相手の機動力を殺すことを目的にしたと思うのですが、その後待ち構えるようにしていた。これではせっかく迅速に撃破した機動力の優位性を相手に知らせてしまう一手でもあるのです」
「確かにそうだね。だけど、君はそれをお構いなしに突っ込んできた」
「確かにそうですが、突っ込まなければ何も出来なかったのです」
「それが狙いだったとしたら?」
「なんですと!」
「君はこっちの陣形を見てこう思わなかったか?強くても兵法に疎いと」
「!確かに思ったのです」
「騎馬隊を殲滅したにも関わらず先攻に転じず、相手を惑わせ、横陣に展開することによって相手に兵法の力量差を見せ油断させる。机上の理論では確かに下策だ。だが、机上の理論は所詮机上でしかない。ましてや君のように軍隊を率いたことがない者にとってはこれは、決定的な致命傷となる」
「ムムム。でも、軍隊を率いたことがないなど、どうやってわかるのですか?」
「それなら簡単さ。君は鋒矢の陣の先頭に誰をおいたかな?」
「それは、副長殿を・・・あっ!」
「そう、鋒矢の陣の先頭は基本知勇兼備の将を置く。ましてや相手が強ければ強いほどね。俺がそっちの軍なら自分と発言力のもっとも高い玉を持っていく。じゃないと絶対に賊では止まらない」
「ーーー初めからねねは貴方の手の上で転がっていたというのですな」
「そうだね。だからこそ軍師は過信してはならない。自身の方が優れていると思った時点で、相手の奇策に対応できなくなる。それは同時に味方を殺す手段になる」
「ーーー曹操殿、仕官の件お断りするのです」
「ーーーそうね、今のあなたでは私には不要のようだわ」
「この陳公台、今より北郷殿を主と仰ぐのです!」
「ーーー良いのか?」
「本人がそうしたいと言うのだから決めるのは貴方でしょう?それに、貴方を従えればいいことですもの」とニヤリと笑った。
「ーーーはぁ~。姓は北郷、名は一刀、字と真名はないから好きに呼んでくれ」
「では一刀殿と。真名は音、音、音と書いてねねね。ねねとお呼びくだされ一刀殿」