流れは仲にあり、焔は赤く輝く
「荀正様がやられた!」
袁術軍の兵士がそう叫んだ瞬間、袁術軍に不穏な空気が漂った。
その機を司馬懿が見逃すはずもなく、全軍に突撃を指示した。
森に伏した兵800と、劉辟隊800の挟撃により袁術軍の兵士は次々と討たれ敗走。
死者およそ千と大量の負傷者を出し撤退していった。
そのまま追撃しようと司馬懿は号令を出し追撃が開始された。
しかし森を出たところで、後詰の袁術軍が到着したため一度後退。
戦況は膠着状態になってしまっていた。
「なるべく短期決戦にしようと思っていたのじゃが、後詰に来た将が厄介じゃのう」
「あぁ、あたしでも分かるよ。ありゃ、水香(周倉)や心音(廖化)と同じくらい指揮がうまい」
「恐らく奴が一角の将だろう」
司馬懿と劉辟が対談していると、一人の兵が走ってきた。
「報告します、援軍として魏延様、徐庶様が到着しました」
「そうか、ご苦労。ここに通すよう指示してくれ」
「はっ!」
しばらくすると焔耶と影里(徐庶)が現れた。
「初戦はどうやらうまくいったようですね」
「うむ、思いのほかな。問題はここからじゃ」
「敵の旗は紀だったな」
「あぁ、奴が現れた途端、袁術軍の士気が上がった。恐らく袁術軍の中で一番強い奴なんだろう」
「情報は?」
「そろそろ春華のやつが手に入れると思うのじゃが」
そんな噂を聞きつけたのか、颯爽と張春華が姿を現した。
「仲達様、あれは袁術軍の紀霊という方です」
「紀霊?聞かん名じゃな」
「それはそうでしょう、彼女は黄巾の乱の時は城の守りとして残されていたようですから。袁術軍の大将軍には張勲が付いてはいますが、紀霊こそがその地位にふさわしいと兵の中では言われているらしいです」
「なら奴を倒せば、この戦の勝利は私たちの物ということだな!」
焔耶が張り切る中、司馬懿は顎に手を当て神妙な顔つきで口を開いた。
「それはそうじゃが、お主では勝てる保証などない」
「なんだと!」
「仮に戦って、お主が負けでもしたら北郷軍は壊滅まで落ち込む。今、北郷軍の中で一番強い将軍はお主じゃ。我が軍の大将軍と言ってもよい。その大将軍がほいほい一騎打ちなど仕掛けるものではない」
「だが、勝てば問題ないだろう」
「はい、ですが北郷殿を思うならどうすればよいか分かりますね?」と影里に指摘されると、焔耶は後退り
「親方ならどうするか考えろってのか?」
「はい、軍略を考えるのはなにも軍師だけの仕事ではありません、将軍が軍略に通じているのなら、それが北郷軍としても評価が上がり、余計な戦をしなくてよくなります」
「ーーーわかった」
「魏延、お主は猛将ではなく名将になれ」
「名将?」
「例えるならそうじゃな、呂布ではなく、張遼になれ」
「張遼に・・・なら分かった」
そう言うと焔耶は武器を持ち出した。
「言ったそばから武器持ち出すのかよ」
劉辟は呆れていたが、司馬懿と影里は口を開かなかった。
「まぁ、見ていろ。盛大に負けてきてやる」
自信満々に焔耶は敵陣に向かって飛び出した。
「負けるって・・・負けちゃダメだろう!?」
劉辟が驚く中、司馬懿と影里は確信したかのようにすぐに行動を開始し始めた。
「誰か!私に勝てるやつはいるか!」
そう発せられた袁術軍の兵たちは、困惑し将からの指示を待っていた。
しばらくすると一人の女性が姿を現した。
「名のある将と見受けします。袁術軍、紀霊がお相手します」
「北郷軍、大将魏延だ!」
「大将ですか、随分偉い方なのですね」
「そうとも、私が将の中で一番強いからな!」
「ならあなたを倒せばこの戦、我々の勝ちですね」
「倒せればだがな!」
魏延は自身の獲物、鈍砕骨を紀霊めがけ振り下ろした。
紀霊はすばやくかわすと、自分の三尖刀を振り上げた。
轟音とともに砂煙が上がり、地面を陥没させた鈍砕骨を素早く傾け三尖刀の一撃を受け止めると、そのまま自身の体を回転させ、鈍砕骨を振り回した。
紀霊は三尖刀を盾に後退しながら受け止め、威力を緩和し流れに乗りながら地面を滑った。
「成程、大将軍というのは嘘ではないようですね」
にやりと笑った紀霊は、三尖刀を突き出した。
一瞬にして三突きの速さでいれられた突きを魏延は回避し、鈍砕骨を腰に当てそのまま回転しながら紀霊に体当たりした。
「ちっ!」
鈍砕骨のリーチの長さに完全に回避することが出来なかった紀霊は肩をかすめていた。
(こいつ、星と同じくらいの突きの速さだ)
魏延は目の前にいる紀霊の実力に少々驚きつつも、冷静に状況を判断していた。
「どうした、それで終わりか?」
魏延の安い挑発に対し紀霊は鼻で笑いながら
「準備運動はこれくらいでいいでしょう」といい、三尖刀を構えた。
「槍では突くことしかできませんが、この三尖刀であれば薙ぐことも可能です。多彩な攻撃にあなたは耐えられますか?」
矛先を頭上に上げながら突進してきた紀霊は魏延めがけそれを振り下ろした。
それを魏延は回避したが、紀霊はさらにその矛先を振り上げた。
鈍砕骨で防いだが、そこにさらに三尖刀の突きが繰り出されると魏延の脇を掠り、鮮血が流れ出した。
「くっ!」
魏延は脇を抑えながら鈍砕骨を振り回した。
紀霊は難なく躱すと、三尖刀に付いた血を振り払った。
「浅かったようですが、ずいぶんと差が開いてしまいましたね」と笑みをこぼす紀霊。
すると魏延の後方から劉辟が駆けだしてきた。
「焔耶、下がれ!」
「こんなとこで下がるわけにはいかないだろう!」
「その体じゃ無理だろう!」と叫ぶ劉辟に対し紀霊が
「下がってもらって結構ですよ。貴方の首で終わらなくなってしまったようですから」と紀霊は北郷軍にさらに援軍が到着した様子を見ると、武器を下げた。
「っち!勝負は預けるぞ紀霊!」と焔耶と劉辟は後退した。




