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天は春を仲間とし、南郷へと赴く

「どういう意味だ春華？」

腕を組みながら司馬懿が尋ねると、張春華は馬鹿馬鹿しいといいながら

「仲達様には、目的がおありでしょう？その目的を果たすためには一番、北郷様が適しているはずです。また北郷様が目指していくものは仲達様の理想の一つではありませんか」

「確かにそれもある、じゃが」

「だがではありません、全くいい年して何を子供みたいに」

「何を言うか、わしはまだ子供じゃ！」とエッヘンと胸を張った司馬懿であったが、その瞬間北郷は身を竦めた。

（この感覚は紫苑の…）

気づいたときにはもう遅いというのはまさしくこのことだっただろう。

張春華は蟀谷（こめかみ）を震わし

「ならば子供にお仕置きが必要ですわね」とそのまま素早く司馬懿の頭をつかんだ瞬間、頭上へと持ち上げた。

「や、やめろ。しゅ、春華！あ、頭が…わ、割れる！」

張春華がやったお仕置きとは、お手本のような見事なアイアンクローであった。

「私の言った事が分かりましたか？」

「わ、わかった！わしが悪かったから、は、離してくれ！」

「初めから素直になればよかったのです」と張春華は手を緩めると、司馬懿はそのまま落下し頭を抱えていた。

「では、北郷様。改めてお伺いいたします。この司馬仲達の才、貴方は使い切ることが出来ますか？」と司馬懿を放置しながら、張春華は北郷に尋ねた。

「使い切るというのは無理でしょう。才は使うものではなく生かすものです」

「ふふふ、実に良い回答です。仲達様が仕えるか否かは別として、私は北郷様に仕えてみたくなりました」

「張春華さんがですか？」

「はい、これでも私いろいろとお役に立てるかと」と笑った張春華に対し、北郷は冷静に思考を巡らせていた。

どうもこの張春華という女性が、何か胡散臭いというか、秘め事をしているというか、本性が見えてこないことに不安があった。

だが、確かに彼女の存在は後に重要になりそうな予感がしていた北郷には現状、断る必要性が見えてこなかったので了承することにした。

「張春華さん、仕えて頂けますか？」

「はい、喜んで。以後は春華とお呼びください」

それからしばらくして、頭の痛みが取れたのか司馬懿が涙目を浮かべながら

「わしもお主に仕える。呼び方はお主の好きにして構わん」

「では仲達と呼ばせてもらいます」

「うむ。よろしく頼むぞ、殿」

こうして北郷は司馬懿と張春華を従え、南郷の地に向かうことになった。

そのことに曹操は嬉しさ反面、寂しさもあったが、それらを表情に出すことはなくただただ

「次に会うときはあなたを従えるときよ」と自信満々に言って去って行ったのだった。

そして舞台は南郷の地に移る。

南郷の地は荊州の北の地に位置する土地であり、東には南陽の袁術、南には襄陽の劉表がいる。

ただし、黄巾党に荒らされてしまっているため、前に述べた二名の土地に比べるとかなり劣っており、大国に挟まれた状況である。

ただ、その地を治める者の能力には雲泥の差があった。

北郷は着任早々、繰り返してきた知識を生かし田畑の肥料改善、飲み水の確保、衛生管理、治安管理を全て一新した。

その北郷を支えたのは意外なことに張春華であった。

彼女は、北郷の提案した策に必要な道具をすぐに作り上げた。

実際には彼女が作り上げたのではなく、彼女の人材ネットワークが半端ではなかったからだ。

司馬家と張家の知り合いから、地方豪族にまで顔が利く彼女が南郷にいるということを聞き、様々な能力を持った人間が南郷に続々と集まってきたのだ。

これにより、産業、商業は一気に活気を見せることが出来、洛陽から襄陽に行く途中の宿場町としても発展していくことになる。

そして農業では馬や牛で耕す技術はあったのだが、馬や牛を買える農家があるわけもなく、また道具も普及していなかった。

北郷は騎兵1人に3人の農家を付けさせることにより、その兵に貸し与えた馬を使用し、道具の使用により田畑を一気に耕し管理させ、曹操よりも早く屯田を行った。

そして何より改善されたのは稲作であった。

正条植（稲を縦横揃えて植える方法）を採用したため、収穫量が増えわずか1年という期間で南陽と同程度にまで回復した。

次第に人が増え、活気が出てくると当然面白くない人物がいた。

南陽の袁術である。

今までならば洛陽から南陽、襄陽というルートが確立していたが、それが南郷に代わってしまったため収入は半減、さらに高い税率に逃げ出すものが多く、南陽の経済力がどんどん下がってきていたのだ。

「むむむ、なぜはちみつ水が飲めんのじゃ！」とほっぺたを膨らませ、怒っていたのは太守袁術であった。

それに受け答えしようと張勲は人差し指を立てながら

「だってお嬢様、はちみつを売ってくれる商人さんが南陽に来てくれないんですよ」

「なんでじゃ？」

「お隣の南郷の北郷さんっていう人の所の方がいいってみんなそっちに行っちゃうんですよ」

「なんじゃと！よくわからん奴に、わらわのはちみつが取られたのかえ？」

「お嬢様、ここは一発ぎゃふんと言わせるのがいいんじゃないですか？丁度、五々五（こここ）さんも戻ってきましたし」

「ココがおるなら問題ないのう。七乃、ココをすぐ呼んで参るのじゃ！」

「わっかりました～」と張勲は楽しそうに玉座から姿を消したのであった。