乱世の奸雄は天を知るも、天は奸雄を求めず
心音(廖化)を家臣にした北郷は、一番近い陳留に立ち寄っていた。
正史ではまだ曹操の収める地ではないのだが、この世界ではすでに陳留太守となっている。
そのため近くの町よりも治安が良く、この時代では珍しく賑わいを見せていた。
「ここ陳留は、官軍の中でも手強い曹操が治める地ですわ」
町の中に入った心音が、案内するかのように言った
しかしすでに何回も別の外史で訪れた北郷にとっては、発展前の陳留は昔を懐かしむ老人のように強く印象に残っていた。
「あぁ、知っているよ。向こうは俺の事を知らないだろうけど、乱世の奸雄と言われる曹操の事は、大方知っているつもりだ」
「そうなのですか?てっきり知らないものだと思っておりました・・・」
少しでも役に立ちたいと思っていた心音であったが、少し落ち込んでしまった。
そんな様子を見たのか、北郷は閃いたように口を開いた。
「いるかどうかわからないが、曹操がよく食べに行く茶菓子の店があるんだが、行ってみるかい?」
だが曹操と付けたためか、心音の機嫌が良くなるわけでもなく自分との知識の差にため息をついた。
「そこまでご存知なのですね。もしや曹操に士官するおつもりで?」
「わからない。けど、会っておいて、損は無いんじゃないかな?」
「分かりましたわ、行ってみましょう」
二人はその茶菓子店に向かい到着すると、一番奥の席に座った。
「君は曹操を見た事はあるのかい?」
「いえ、噂に聞くだけで・・・実際、戦ったのも夏侯姉妹でしたし。でも、あれだけの猛者を従えているんですから、余程の巨漢なのでは?」
その話を聞いた北郷は、含み笑いをした。
「じゃあ、見たら驚くんじゃないかな?曹操の容姿に」
「はぁ・・・」
そんな話をしていると、一人の金髪の少女が店に入ってきた。
どこか気品のあるその少女は近くにいた店員を呼んだ。
「こんにちは、何時もの席は空いてるかしら?」
「これは、太守様!申し訳ありませんが他のお客様が・・・」
「あら?そうなの」
少女の困っている姿を見た北郷が手をあげた。
「相席でよければどうぞ」
「ちょっと、一刀様!?」
心音が慌てふためいていたが、その少女は遠慮せずにこちらに近づいてきた。
「いいのかしら?連れの彼女が可哀想よ」
嫌味を含めた言い方だったが北郷はそんなこと気にも留めず、席を開けた。
「あぁ、構わないよ。曹操殿」
「曹操殿って・・・えぇ!!!こんな小さい子が!」
心音は驚愕したが、曹操本人は青筋を浮かべた
「貴方は喧嘩を売るために、わざわざ私を呼んだのかしら!?」
「いやいや、そんなつもりはないよ。心音」
「しっ失礼しました」
心音は曹操にぺこりと頭を下げた。
「まぁ、いいわ。せっかくのお茶の時間を無駄にしたくないもの。じゃあ、失礼するわよ」
曹操は開けられた北郷の隣に座ると、すぐに店員にいつものをと頼むと顔をこちらに向けた
「それで、あなたたち名は?」
「私は廖化と申します」
「俺は北郷だ」
「廖化に北郷ね・・・それで、私がどうして曹操だとわかったのかしら」
「それなら、さっき曹操殿が店に入ってきた時に、太守様と言ってたからね。陳留の太守が曹操殿と知っていれば答えは簡単さ」
「成る程ね・・・じゃあ、私の何時もの席が分かったのは?」
「忙しい太守が、供も連れずにお茶の時間を過ごしたいって来たんだから、外の席に座ることはまず無いし、店の中でも店員があちこち通る。だから一番人通りの少ないここが、そうだと思ってね」
その話を聞いた曹操はうなずきながら、面白いものを見つけたかのように目を輝かせた。
それとはまた別に目の前にも一人目を輝かせ歓喜していたものがいた。
「流石は一刀様ですわ。私には全然分かりませんでしたもの」
北郷はそんなことはないよと返すも、心音の絶賛はやむことはなかった。
曹操はこのままでは話の方向性が崩れそうになったので、ひとまず区切りを入れるため、お茶を飲むと口を開いた。
「それで、それを分かっていてわざわざ私を招いた理由があるのでしょう?」
「いいや、ただ君がどんな人か見ておきたかっただけだよ」
なんてことない一言であったが、曹操はあきれた表情で
「はぁ!?それだけな訳無いでしょう」
「本当ですわ。私たちは貴方がどんな人なのか知りたく、会えそうな場所でこうしてお茶を飲んでいたのです」
成程ねと口にした曹操は、にやりと笑った。
「―――それで、貴方の目に私は叶っていたのかしら?」
「まぁね(やっぱり、この世界でも君は覇王となるだろう・・・)」
「随分とあっさりと答えるのね」
そうでもないよと北郷が答えたが、曹操はどうも腑に落ちないようであった。
「私からも質問させてください。曹操殿は今の漢王朝をどうお思われます?太守としてではなく、この国の一人の人として意見を聞かせてもらいたいのです」
「王朝ねぇ・・・はっきりと言ってしまえば愚物よ。ここまで国を乱した漢は、滅びの道を辿るでしょう。でもそれは、今ではない。今、滅びてしまえばこの国は終わるわ」
「それは、民の拠り所が無くなる為ですか?」
「そうよ。だからこそ、この乱を早く収束させなければならない」
曹操はそういうといきなり頭を下げた。
「何を!?」
「その原因を防げなかった私にも罪はあるわ。貴女のように志がありながらも賊に身を落としてしまった者に対して私は謝る必要がある。でも、天下の損失を作ってしまうこの負の連鎖を止めるのには、言葉や誠意では既に止まらないわ」
(こういう思いきりの良さと、相手を理によって自分へと引き込むのは流石華琳だな)
「気づいていたのですか?」
「その左腕の黄色い布は、賊が頭に巻いているそれと同じものでしょう。そうでないなら、わざわざ仲間だと言わんばかりのそれを身につけて、私の領地に来るなんて貴女はしないでしょう?でも、勘違いはしないことね。私の前で狼藉を働こうものなら二度と天など仰がせたりしないわ!」
まるで巨大な獅子と対峙したかのように心音の緊張が高まるのを感じた北郷は、一度手を叩いた。
「つまるところ、君は俺たちが君の目に叶ったから、仕えないかということを言いたいんじゃないのか?」
「あら?よくわかったじゃない。力によって乱を収める・・・民からすれば簡単に思う事ですら今は出来ない」
「官軍の練度、指揮能力の低さ故か・・・」
「そうよ、だけど私の軍は違う。あなたたちを失望などさせない軍だと私が保証するわ。それにあなたたちがこのまま世にでないのは天下の損失よ!北郷、廖化、私に仕えなさい! 」
「私は既に一刀様の家臣。一刀様が曹操殿に仕えるというのであれば私は構いません」
少し考えたあと、北郷は口を開いた。
「悪いけれど仕える事は出来ない」
「それは何故?」
「俺にはまだやり残していることがある。それは、誰かに仕えていて、出来るものじゃない」
「そう・・・でも私は諦めが悪いのよ。欲しいと思ったものは必ず手にいれるわ」
「すまない。だが、今は乱を収める事が優先。客将でよければ、乱が収まるまで力を貸せる」
「まぁ、今はそれで我慢しましょう。よろしく頼むわよ」
「あぁ」
「はい!」
三人は店を出た後、曹操に連れられ城へと向かった。
しかしその途中、一人の老人が声をかけてきた。
「そこのお方、止まられよ」
「―――なんのようかしら?」
曹操が足を止めると二人も続いて足を止めた。
「―――貴殿、治世の世では能臣たるが乱世に置いては奸雄となるだろう」
「奸雄ねぇ・・・面白いじゃない」
曹操が笑みを浮かべる中、心音が何か思い出したように口を開いた。
「そういえば一刀様も曹操殿の事を乱世の奸雄と言っておりましたわね?」
「そこの青年がか?」
老人は驚いたように北郷を見つめた。
その瞬間老人は体を震わせ、感極まったかのように口を開いた。
「あぁ、天は我らを見捨てなかった!!―――御遣い殿が降臨なされた!」