赤と青に染められた花には棘がある
陳留の目の前に展開された黄色一色の兵。
その光景を荀彧は見つめていた。
「やっぱり、賊の中でも張梁の兵は群を抜いて統率がとれているわね。官軍が手こずっていたのも頷けるわ」
確かに張梁の兵は他の黄巾党よりも強かった。
他の賊軍であれば、いくら軍師がいようと誰かしら獲物を見つければ直ぐに我先にと向かってくるものが数人はいるのだ。
だが、整列された賊は誰一人として抜け駆けすることなく、軍として機能している。
「だからこそまずはこちらから仕掛ける!赤旗前へ」と荀彧が声をあげると一本の赤旗を持った兵が目一杯、旗を城壁の上で振った。
一方黄巾党、張梁の陣ではこの降られた旗を見た兵からの報告によってどうするかを揉めていた。
「降られてから一刻、まだなにも動きがないではないか!」と叫ぶ男に対し、眼鏡をかけた少女は冷静に物事を見ていた。
「でも、相手は曹操軍。何かしらの策があると踏んでおかしくはない」
「だが、このまま待っていては曹操の援軍が来てしまうぞ!」
「ーーーそうね、こちらから仕掛けましょう。ただし、様子を見るために一万で攻撃を仕掛け、何もなければ残りを突入。何かあれば一万は即後退、これが守られるのであれば」
「良いだろう。ならば俺はいくぞ」と男は天幕を出ていった。
(なんとか暴走は止められそうだけど、よりにもよって私のところに管亥が流れ着いてくるなんて・・・冀州で集まる予定だった姉さん達の無事は確認できたけど、下邳に北海が落ち、幽州からも撤退したという情報を受けた。これは、折り合いを見て姉さんたちに方針を変えてもらうしかないわね)と張梁は一人天幕の中で思案していた。
そして、管亥率いる黄巾軍一万が陳留へと攻撃を開始するため進軍したとたん、またもや城壁から旗が降られた。
その旗の色は赤ではなく青に変化していた。
「管亥様!」
「どうせはったりだ。このまま突っ切れ!」
一斉に迫る黄巾軍を、城壁の上からニヤリと笑いながら荀彧は手を降りきった。
「掛かったわね!全兵撃て!」と一斉に2千の兵士が弓を解き放った。
「やっぱり罠じゃねぇか!」
「いや、撃つのが遅い!このまま突っ切りゃ抜けられる!全員死ぬ気で走りやがれ!」
だがその光景すら、王佐の才と言われた荀文若の計算の内であった。
黄巾軍がかけてくる100mほど先には人が隠れられるほどの窪みがあり、その中には曹仁率いる千の部隊が弓を構えていた。
荀彧が放った矢は、攻撃が主ではなくこの伏兵をギリギリまで気付かせることがないようにするためのものだった。
完全に射程範囲に入った瞬間、荀彧は赤旗を振るように指示を出し、城壁からの第二射の指示を出した。
「撃て!」とそれを見た冬蘭(曹仁)の掛け声と共に一斉に現れ出た弓兵が、一斉射撃を開始した。
降りかかる矢と、前方から飛ぶ直線状に飛ぶ弓により進軍路を失われた兵は完全に動きを鈍らせた。
だが、陳留の弓兵は全て濮陽に持っていっている。
ここにいるのは歩兵と騎兵だ。
歩兵が弓を撃てないことはないが当然、的に当てるなど出来ない人間たちである。
だからこそ、荀彧の策はまだ終わりではない。
「騎兵隊出陣!」
精鋭中の精鋭。
涼州に対当できる曹操の懐刀、後に虎豹騎と呼ばれる者たちが夏蘭(曹洪)の指揮の下、一斉に躍り出た。
数にして千。
だが、彼ら一人一人の技量が違う。
一万もいる敵に対し、臆することはなく、ただ一心に隊長である夏蘭に従うのみであった。
「全員、敵陣にどでかい穴を開けるぞ!奴等に曹操軍の騎兵隊の恐ろしさを刻み付けてやれ!」
「「「はっ!」」」
まさに蹂躙という言葉がふさわしいと言える突撃は、一万の群を誰一人として欠けることなく貫いた。
それを見た冬蘭が動揺が収まらない敵に対し間髪いれずに一斉射撃を行うと、敵は完全に混乱に陥った。
「静まれ!」と管亥が抑制しようとするが、人数が多い部隊が収拾するには時間がかかる。
それを荀彧が黙って見ているわけがなかった。
赤旗をさらに降るように指示を出すと、それを見た夏蘭隊が反転。
管亥隊は鎮静が完了する間も無く、夏蘭隊によって再度蹂躙された。
「この野郎!!調子に乗りやがって!!野郎ども、騎兵じゃねえ。弓兵を狙え!撤退する前に数を減らすんだ!」と管亥が叫ぶが、騎兵が目指しているのはあろうことか、自らの弓兵の場所であった。
「馬鹿か?自滅するぞ」
だが、曹操軍の虎豹騎は迷わずにその弓兵に突撃した。
そしてその全ての兵が騎兵に手を伸ばし回収されていった。
「弓兵が馬に乗れないとでも思ったかしら?あなたたちが相手をしているのは官軍じゃなくて、曹操軍よ!私がいる限り、一人一人が将だと思うことね!!」
そう、始めから考えれば簡単なことなのだ。
騎兵が弓を扱えれば、この策は簡単に成り立つ。
曹操軍の騎兵はなにも虎豹騎だけではない。
官軍ばかり相手にしていたからこそ、この策は使えた。
結果、曹操軍は負傷した者はいたものの、誰一人戦死することなく黄巾党一万の兵を退けた。




