再び乱世へ
「ここは・・・」
見渡す限りの広い荒野そこに一人の少年が立っていた。
「また、俺は来てしまったのか・・・」
その男は懐かしみながらも悲しい顔を浮かべ、その光景をただ呆然と見ていた。
初めはいつもこうだ。
ただ一人荒野の中に佇む。
そして、三人組から声をかけられなければ、ため息など出なかっただらう。
「―――よう、兄ちゃん。こんなところでなに黄昏れてるんだ」
「・・・悪いけれど金品は持ってないし、君達にあげられるような物は無いよ」
「てめぇ、兄貴に向かって!」
背の低い男が食ってかかるように前へ進み出ようとしたが、長身の男に止められた。
「まぁ、待て。俺は物分かりのいい奴は嫌いじゃねぇ。だがよう、金品持ってなくてもその高そうな服は十分俺達に取っては宝だ。それを置いてきゃ命は助けてやろう。どうだい?」
男はにやりと笑った。
だが少年は物怖じもせずにじっと三人組を見つめていた。
さて、ここで一つ疑問が浮かぶ。
彼は三国の時代に飛ばされた、いわゆるタイムスリップしたのだ。
だからこそ、おかしい。
もし、今あなたがいきなり三国志の世界に飛ばされたら平然を保っていられるだろうか?
「一つ尋ねていいかな?」
「なんだ?」
「ここの場所がわからないんだ。身ぐるみ剥がされて野に放たれるんだ。どこに町があるか聞きたくてね」
「なんだ、そんなこともわからねぇで旅なんかしてやがんのか?まぁいい、ここは陳留の南だ」
(陳留…ということは華琳の土地か)
答えは否だ。
「情報提供感謝する。だが、この服はあげられないね」
「なんだと!?てめぇ、話がちげぇじゃねえか!」
「悪いが、民を虐げる賊にくれてやるものなど何一つ無い!」
「ちっ!なら仕方がねぇ。おい」
長身の男の合図とともに一番小さい男がヘラヘラと剣を構えて向かってきた。
だが少年は物怖じもせずに、ゆっくりと拳を握り構えた。
「死ねや!」
チンピラのように向かって来る相手の切り込みを、まるで見えているかのように紙一重でかわした。
(春蘭の斬撃に比べたらこんなの遊びのようなもんだ。そして)
拳に力を込め相手の鳩尾目掛け突き入れる。
「はぁー!」
気合いとともに放たれた一撃は見事に命中した。
小さい男は口から唾液をたらし、握っていた剣は金属音を立て地面に落下した。
少年は男を地面に転がすと自らの拳の感触を確かめるように握りなおした。
(凪との組み手の成果は残っているみたいだな)
「―――まだやるのか?」
殺気を込め、相手を睨み付けた。
「一体なんなんだよお前は!おい、今度はお前が行け」
長身の男は巨漢の男に命令したが、巨漢の方は冷や汗を流していた。
「い、いやなんだな。なんかこいつ強そうだし」
「てめぇ、それでも俺の部下か!行かねぇってんなら」
男が怒鳴り散らしながら剣を抜いた。
「わっわかったんだな」
巨漢の男が慌てて剣を抜こうとするが、手が震えてなかなかうまく抜けないでいた。
そんな様子を見ていた一人の少女が姿を現した。
「ーーー全く、なにをやっているのかしらあなたたちは?」
背丈は自分の目線ほど。
腰まである黒髪。
頭には椿の花の髪止めを付け、その赤い瞳は鋭くこちらを見つめていた。
(誰だ?今まで出会った事の無い人だ)
その答えをあっさりと長身の男が口にした。
「廖化か!いいところに来やがった。手ぇ貸せ」
「貸せ?貸して下さいの間違いではなくて?」
廖化と呼ばれた少女は一瞬にして殺気剥き出し、男を睨みつけた
「すっすまねぇ…貸して下さい」
男は顔を青くし、すぐさまお辞儀をした。
その姿を見た少女はつまらなそうに溜息を吐いた。
「まぁ、及第点ですわね」
少女は腰に付けた二本の剣を引き抜くとその切先をこちらに向けてきた。
「でもあなたたちは手を出さなくて結構です。―――そこの貴方、少しは出来るようですが、私に勝てるかしら?」
(流石に素手じゃ無理だな)
先程倒した男が落とした剣を拾い上げ構えた。
その瞬間を狙うかのように少女は攻撃してきたが、力を相殺するかのように剣で相手の剣を横に流し捌いた。
金属特有の甲高い音を鳴り響かせ、自身の右側へと剣の軌跡を描いた。
(廖化―――確か蜀の将だったな。目立った功績は無かったが蜀の建国から滅亡まで戦い抜いた将だ、だが…)
「これではどちらが追い剥ぎしているのか滑稽ですわね」
「そうかもしれないね。でも、ここで死ぬよりは今は悪党になるさ!」
剣を自分の体ごと回転させ、頭上から相手めがけ一気に叩きつけた。
「それぐらい防げないとでも!?」
廖化はすぐさま双剣をクロスさせ防いだ。
だがその瞬間、廖化の視界から男が一瞬にして消え去った。
「あぁ、思ってないよ」
悪魔の囁きと共に、自身の体が宙に回っているのを確認出来たのは、自分の後頭部が地面に叩き付けられた後の事であった。
宙に投げ出された双剣を掴み、倒れた廖化目掛け振り落とした。
その光景を見ていた長身の男と巨漢の男の顔は青ざめ、驚愕した。
「廖化が殺られやがった!?冗談じゃねぇぞ!あいつは、俺たちの中でも親衛隊が勤まる腕だぞ!」
「兄貴、こんなやつに殺されたくは無いんだな」
「そりゃお前、ずらかるに決まってるじゃねぇか!」
長身の男が一目散に逃げ出すと巨漢の男は近くにいた小さい男を抱えた。
「置いてかないでほしいんだな~」
巨漢の男は、なりふり構わず長身の男を追い逃げ去った。
「ふぅ、なんとかなったかな」
立ち上がり、自身の服に付いた砂を払う。
すると、死んだと思われた少女の口が開いた。
「ーーーどうして、殺さないんですの?」
「君は死にたかったのかい?」
「一騎討ちに敗れていながら生き恥を晒すくらいなら死んだ方がましですわ」
その答えを聞き、馬鹿馬鹿しく、くだらないと吐き捨てた。
「いいかい?君がどんな信念で賊をやろうが、人を殺そうがそんな事は君の自由だ。だが、一度敗れただけで自分を殺すのは、ただ目の前の現実から逃げているに過ぎない」
「私は別に逃げているなど!」
廖化は起き上がり食って掛った。
胸ぐらをつかみ、怒りに身を任せた廖化。
しかし少年は怯まず、言葉を発した。
「漢王朝に反旗を翻すのに賊に身を落とした者が逃げたと言わずになんと言う!」
「っ!?」
少年に一括された廖化は、手を放すとその場で膝をついた。
「1つだけお聞かせください。今の王朝を貴方はどう思われていますか?」
「既に死んでいる。だけれど、立つのは黄天でも蒼天でもない」
「では、いったい誰が?」
「人だよ廖化。位なんて人が決めた目安に過ぎないただの称号だ。それを本当の意味で使いこなせる者が天子や王になればいい」
「では、貴方は王になられるおつもりが?」
「いや、俺にそんな器は無いよ」
「しかし、私には貴方に王たる素質が有るように見えて仕方ありません」
「だが、俺にはそれを勤める覚悟が無い。だからそれは、無理な相談だ」
「わかりました。ならば」
その場で廖化は臣下の礼を取った。
「我が武、その覚悟が定まるようお使い頂きたい」
「いいのかい?俺はまだ何の名声も、財も無いよ?」
「構いません。貴方が思う道について行きたいのです。」
「わかった。俺は姓が北郷、名が一刀だ。異国の出身だから字も真名も無いよ。だから好きに呼んでくれ」
「わかりました。では、一刀様と呼ばせていただきますわ。我が姓は廖、名が化、字を元倹、真名を心音と申します」
「心音・・・いい真名だね。よろしく頼むよ心音」
「はっ!」
ここに新たな外史がまたひとつ幕を開けた。