捌肆話 よりどりみどりは、難しくて厄介だ。
零ちゃんを残したまま、私は先ほどの大きな扉を抜けて細い通路を先に進みます。
「はぁ……はぁ……はぁ…………千代…………」
「お母様……!」
まだ、お母様は死んではいません。
ほんのわずかですが、背中から息遣いが感じられるからです。
どうして突然こんなことになったのか訳が分かりません。
聖者様というお方がどのような人なのかはわかりませんし
でも、
「お母様……絶対に死なせはしません……!」
それでも、どうしてもこのままお母様が死んじゃうのは耐えられません!
せめて後少しでも、どうか……
「! あれは……」
しばらく進むと、さきほど別れたばかりの人たちの姿が見えてきました。
「ラネットさん! 大丈夫!」
「クロチヨ!? あんた、どうして戻ってきたの! って、その背中の人って、いったい……」
よかった。無事みたいです
ラネットさんと、死霊族さんのひとがさきほどと変わらない位置でいました。
ですが……
「お願いラネットさん。お母様を助けるのに、どうしても先に進まなければならないのです!」
「それって……ごめんクロチヨ。この子、想像以上に厄介で……」
「! ラネットさん……」
ラネットさんが、なにかから身を護るように自分の身体を抱きながら震えています。
見たところ怪我はありませんが、なにかをこらえているような感じがします。
「この犬人族、思った以上にえぐい精神攻めばっかりしてきてね……まったく、火蛇族がまだかわいく思えてしまうわ」
「ここまで食らっても正気を保っている君が怖いよ……」
この人……えっと、犬のようなお顔の、確かサシャさんと名乗っていたけど……
「あれ? なにかそっちの子の背中に誰か……えええ!? ナナハさん!? な、なんか生気が弱弱しくなっているっていうか……な、なんか……どうなっているの?」
あちらも事態が呑み込めずに困惑した表情を浮かべています。
同じ番人でも、アナスタシャさんと違って、わからないようです。
「お母様が、聖者様って人にひどいことをされて……だからそれを止めるために聖者様という人に会わなければ、お母様が本当に死んでしまうの!」
「な、なによそれ!」
ラネットさんが信じられないように驚いています。
向こうにいるサシャさんも今知ったのか、戸惑っているようです。
「聖者様が? 言われてみれば確かにナナハさんから聖者様からの力の供給が弱まって……え、ちょっと待って。えっとつまり……」
自体が呑み込めないまま困惑している様子ですが、急がなければなりません。
私はお母様を背負いなおして、そのまま通路の奥へと進もうとしますが……
「ちょ、ちょっとまって!」
「!」
その前に私の目の前に立ちふさがって、先へ行かせてはくれません。
「もしかして君はナナハさんを助けようというの!? せっかく、怖い人がいなくなるというのに……!」
「あ、あんた! こんな時でもそんなことを言うの!?」
「う、う、うるさい! 余計なことをして聖者様の手を煩わせたらそれこそ、聖者様になにをされるかわからないし!」
どうやらこの人は私やお母様を、聖者様のところへは行かせてはくれないみたいです。
ここで止まっている余裕はありません……!
するとラネットさんが私より前に出て死霊族さんに立ち向かいます。
「クロチヨ、行って。こいつには少し痛い目を見ないと分からないそうよ」
「さっきまで恐怖で震えてたくせに邪魔しないでよ!」
「それこそなおさらよ。あんたこそあたしに邪魔されたくなかったらさっさと道を譲りなさい!」
「い、いくら何でも二度も見逃すと思ってないよね? そんなの僕は絶対に許さない!」
サシャさんがラネットさんに向けて精霊術を……
「【恐怖感……】」
「させるわけないでしょ!」
「ぶふぅ!?」
「ラネットさん!」
サシャさんが何かをする前にラネットさんが急接近し、サシャさんの顔を拳で殴っています。
とても迷いのない動きでサシャさんの動きを封じています。
「ちょ、女の子がクーで顔を殴るってどういうぐむっ!」
「あんたみたいなのに精霊術使っている隙を与えるわけないでしょ!」
ラネットさんがサシャさんの口を掴んで、手のひらで声が出ないようにしています。
「【捕らわれし妖精】!」
「うぐごっ!? がっ……」
その上、確かキノサキさんを捕まえた精霊術で、サシャさんの動きを止めます。
「クロチヨ、行って! いまいち状況がのみこめないけど、お母さんを助けるんでしょ!」
「ラネットさん……」
「あいつが……ハクレイがあんたを護るのと同じように、あたしもあんたを護らせなさい!」
「……わかった、ラネットさん。それと、ありがとう」
「危なかったらすぐに助けに来るのよ」
「はい!」
私はすぐにお母様を抱えなおすと、ラネットさんとサシャさんの横を通って、先へ行きます。
少し、不安になって後ろを振り向きそうになりますが、
「むぐ! むぐ! むぐぐぐぐっ! (放せ! 放せ! 放せってば!!)」
「放すわけないでしょ……クロチヨが用事を終わらせるまで、しばらくあたしといてもらうわよ!」
「ぐぐっ…………!」
……すぐに前へ向きなおし、そのまま先へと行きます。
ラネットさん、お気をつけてください。
2
千代が大きな扉へ入った後、この番人に後を追わせはしないように警戒したが、それにしては焦っている様子はない。
「まったく、これだから生者はこだわりばかりでやりづらいというのに……」
そういって一度大きな扉に視線を向けた後、すぐに
さっきは千代の母親と対峙ていたが、改めて正面でこの死霊族と対峙していると分かる。
「気を付けろ、よ……昼江、ヘルメス」
「わかっているよ白零君。この人、まだ何かある」
「ヒャッハー!
警戒する俺達とは対照的に落ち着いた様子で、アナスタシャが急に深呼吸をするように息を大きく吸い込むと……
「【火炎吐息】!」
「!?」
その技は!?
「よ……昼江!」
「わかっているわ! 聞いたことある名前だもの!」
向こうが息を吐こうとする途端、俺と夜とヘルメスは、すぐにその場を離れて後退した。
直後に猛烈な火炎の吐息がさきほどまでいた場所を舐めまわすように燃やしていく。
今のは間違いない。火蛇族の精霊術……!
「生前の精霊術も使えるのか!?」
「だれも死霊術しか使えないとは言ってはいない」
見た感じこの人、全身に鱗ののようなのが生えているが、俺の記憶にある火蛇族とは姿が違うが……
「【水矢・乱】!」
「!?」
すると突然前に突き出したアナスタシャの指先から、矢の形に尖った水の塊が扇状に向かってくる!?
「危なっ!」
とっさに身を伏せて回避するけど、今のは明らかに水の……!?
「水妖族の精霊術!? なんで二つの種族の精霊術が使えるんだ!」
「わたしは、水妖族と火蛇族のハーフ。中途半端にこんな体に生まれたわたしは死霊族でも中途半端って呼ばれている」
「ハーフ……!?」
確かに外見は、人に近い姿に全身に鱗と、俺の記憶にある水妖族の特徴に近い。
それなのに肌の色が赤と青で、まばらな模様ができている。
火蛇族と水妖族の、二つの特徴を継いでいるということなのか。
「へぇ、この世界にも混血のが存在するんだ、ね!」
すると、アナスタシャの背後から、大ぶりの鉈が背中めがけて回転して襲い掛かる。
しかし、うっすらと体にまとった半透明の水の鎧が鉈を受け止め、そのまま地面に落した。
いつの間にかアナスターシャを中心に、俺の対角線上に夜とヘルメスがいた。
「不意打ちとは、ずいぶんと手段を選んではいられない焦りようで」
「そういうあなたも、見えない鎧なんてずいぶん用心深いようね。けど、それでいいわ」
「なに?」
「ヘルメス、やって」
「ヒャッハー! 了解!」
いや、ヘルメスの足元(?)に血で描かれた線……いや、まるで導火線のようなのがアナスタシアの足元に伸びている。
水の鎧に若干混じるようにして……
「白零君があちらこちらで出血してて助かったわ、おかげで不自然なく、あたしの出血も少なくて済む」
「なにを……」
何をするのかまだ読めない様子のアナスタシアだが、お構いなしにヘルメスが機械のアームを左右から出すと……!
「ヒャッハー! 感電しろ!!」
ヘルメスがアームの先端を血の導火線に押し付けた。
そして先端から電流が導火線を伝ってアナスタシアの方へ走る!
「があぁ!?」
「ヒャッハー! 死体でも電気って効くんだな!!」
「こ……の…………!」
アナスタシアが苦痛に顔をゆがめながらも、険しい目でヘルメスたちを見つめ、何かを唱える。
「【痛覚感染】」
「きゃあああああああああああああああ!?」
「なっ!?」
急にアナスタシヤ落ち着いた態度になると、逆に夜が悲鳴を上げた!
まさか!?
「ヘルメス! その電流止め……!」
「だめ! 白零君!!」
明らかにアナスタシアと同じ苦痛を受けている夜が、電流をやめようとする俺を止める。
「だめ……あたしの心配なんかしてないでこの女を止めることを優先しなさい……!」
「ヒャッハー! どういうことだ!?」
いまだに事態が呑み込めないヘルメスはそのまま電流を放出し続けるが、
「その心配はいらない。【水矛】」
「ヒャハ!?」
突如アナスタシアの手のひらからでた水の槍に、ヘルメスの両アームを根元からもぎ取られる!
これでアナスタシアは電流から逃れられ、自由に体を動かせるようになる。
「ヘルメス! 夜!」
「白零君! こんな時でも間違えないの!」
うるさい、そんなこと言ってる場合か!
まだ電流の痛みと、アームをもぎ取られた衝撃で身動きが取れない夜とヘルメスに、アナスタシアが手のひらを向けて畳みかけようとする。
「【焔弾】!」
「まずい!」
その精霊術も聞き覚えがある!
俺は真っ先にアナスタシアの方へ駆け、手が夜の方へ向く前に、俺がアナスタシアの身体を蹴り上げる。
狙いが外れた火の弾が夜から大きくそれてどこかの壁へ着弾する。
「ヘルメス! 昼江! 大丈夫か!」
「ええ、痛かっただけで体は何ともないわ!」
「ヒャッハー! 腕が取れちゃったじゃないか!」
「くそっ、厄介だな……」
火蛇族、水妖族の他に、まだよくわからない死霊族の精霊術まで使ってくる。
このアナスタシア……番人というだけあってかなり厄介だ。
けど、このまま千代のところへ行かせはしない!
「ニンゲン。これ以上遊びに付き合う必要はない。あのニンゲンの娘を聖者様のもとへ向かわせはしない」
「それはこっちのセリフだ。俺達の声を聴くまで、あいつの邪魔はさせない!」
「……つくづく、生者は面倒で、嫌になる」
「それはこっちのセリフだ」
あの死霊族の精霊術、火蛇族や水妖族とは違って、直接攻撃じゃないところが厄介だ。
痛みを移す。意識を奪う。感じたことのない経験に、どう対処すればいいか、うまく考えがまとまらない。
その上、向こうはこっちが考えている間に手加減してくれるようなやわなものでもない!
「【精神反転】!」
くるか……!
何が来ようと、すぐに対処できるよう目の前の死霊族に集中し……
「え……?」
……なんだ? いま、何をしようとしていた?
わからない。何かをしようとしていたけど、いったい何なのかわからない!
なんだか、急に俺の頭の中に黒い靄のようなものがまとわりついてくる感じがする。
何かを考えようと、意思を発しようとするたびに邪魔が入ってくるようだ。
「なんだ、これは……!」
なんの前触れもなくアナスタシアの前で意識を失いそうになった。
いや、
「白零……く、ん…………」
「夜!?」
「…………」
「ヘルメス!」
夜も、ヘルメスも、急に何が起きたのかわからないまま意識を失い、全く動かなくなった。
だけど、いつまでたっても俺の意識は失わずぎりぎり保ったまま、目の前のアナスタシアを見ている。
「? わたしの【精神反転】が効いていない?」
「これって…………」
アナスタシアは何がどうなっているのかわからないようだが、当の俺にはなにが起きているのかわかる。
俺の中にある違う意思が、俺の意識を失わないようあらがっている。
この感じ、覚えがある。
「そうか。俺、また護られているんだな……」
俺が死んだら、主が困るんだったな。
ならば、
「まだだ、アナスタシア。俺はまだ戦えるぞ」
「わずらわしい生者が……」
とはいえ、夜もヘルメスも、急に意識を失っていて、動けるのは俺だけ。
手元には夜が使っていた鉈が二本。
対して向こうは、火蛇族と水妖族の精霊術も使える。
戦えるとは言ったものの、こっちが圧倒的に不利だ。
急いでくれよ、千代!




