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漆伍話 リスクとリターンのご利用は計画的に

 沢山の刀剣が立ち並ぶ店内で、俺はほんの少しの期待を胸に膨らませて待っている。

 カウンターの奥からわずかな熱気を肌で感じながらも、早く来ないかと少しだけ気を高ぶりながら待つ。

 ほんの少しだけ時間は経ってない。それなのにとても長いこと待ったような気がして、そしてようやく鍛冶屋のおじさんが奥の工房から珍しい刀をもってきた。

 土精族ノーム共通の背の低さはあるもんお、そんな印象を吹き飛ばすような逞しい筋肉と髭の濃い顔が、自信満々な表情を浮かべる。

 このおじさんの表情に相当な業物かとすこし期待が増していく。


「これはかつてこの里に訪れた人間のかたから譲り受けていただいたものを元に、わたくしめが改めて打ち直した代物でございます」

「おお……」


 一本目から何か業物のような雰囲気の刀が出てきた。

 照明の光に反射して眩く朱色の刃紋と卍模様の入った鍔。

 そして何よりも刀二本分ほどの幅広で肉厚な刀身が何よりも豪快さを醸し出している。


「へぇ、つまりこの刀はつまり本歌取りみたいなもので……」


 ……おや?

 この刀、始めて見るもののはずなのに妙に見覚えがあるのは気のせいなのか……


「この刀は、持ち主曰く、伝説の風来坊が所持したといわれる伝説の刀のレプリカでして、銘は『剛刀卍鏑』と……」

「おい、ちょっと待て!」


 どっかで聞いたことがあるぞその名前!

 あんまりこの場で出していい名前じゃない!


「おや、お客様。お気に召さないのでござましょうか?」

「いや、うん。俺にはちょっと合わないような気が……」


 さっき銘が出た瞬間思わず反応してしまったが、そうじゃなくてもこの刀は特徴的だ。

 そもそもこの刀、長さはともかくかなり幅が広い。

 もととなった刀も二尺とまあ相当な長さだったけど、それに比べてこの幅広さは扱ったことがない。

 普通の剣術ならまだしも、身刀流である俺にとってこれを買うのはかなりの冒険だ。


「確かに、元の持ち主も作り方を間違えたと仰られました。わたくしどもがなるべく減量するよう努めたのですが、総重量は未だ剣二十五本分」

「重たっ!?」


 二十キロも越えてんじゃねか。どんな質量と原材料だよ!

 俺が買わないことを察した店主は、すぐにその刀を奥に引っ込めて今度はまた別の刀を取り出した。


「そうですか。でしたら、こちらの方はいかがでしょうか」


 二本目。

 次に出てきたのは、先程の刀とは違い、幅は俺の使っていた太刀とそれほど変わりのない刀が出てきた。

 拵えが日本刀と同じようにいかないのはまあいいとして、刃も峰も申し分なく、刃紋もきれいに映っている。

 ただ……


「あの、なんでこれ刃と峰が逆なんでしょうか?」


 気のせいかな、意図して打ち間違えたとしか思えないくらい、反りに対して刃と峰が逆なんだが……


「それは、『逆刃の太刀』といって、『卍鏑』と同じ持ち主が売り付けたもので、なんでも憧れている剣聖が人を殺めないようにこういった刀を持ち歩いていたとか」

「いや、そこは別に普通に峰打ちを使いますし、それ以前に俺には身体こっちがあります。そりゃ確かに俺も致命傷は与えないように気をつけてはいますが……」


 またもどこかで見たことのあるような刀が出てきた。

 これ、刃と峰が逆だったら、身刀流を使ったときに間違えて自分の身体を切ってしまいそうだ。

 只でさえ癖と言うか、普段の刀と大きくかけ離れたものを使うのは、一本目の例と同じくやらない方がいい。


「そうでしたか……」


 そしてその後もいくらか刀が出続けていくのだが……


「この三日月刀、状態は良さそうに見えますが……」

「これは、持ってしまうと突然人格が変わるように、『絶対負けない』とか言って人を斬るといわれる、悪霊憑きの刀でして……」

「曰くつきじゃないですか!」


 なかなか俺に合う刀は見つからず、


「じゃあこの鞘にグリップと引き金がついた銃みたいな剣は何ですか」

「これは、火薬仕込みでして、引き金を引くと刀身が射出される仕組みです。しかし、威力が強すぎて腕が脱臼したり、射出した刀身が遠くへ飛んでいってしまい紛失されそうに……」

「上級者向け過ぎるでしょ!?」


 俺がワガママすぎるのかと、少々疑問に思いつつも、


「この深緑色で妙に毒々しい色の刀は?」

「これは、刀身を鞘から抜いて構えると、妙にいろんなものを斬りたくなってしまう……」

「いや、ごめん。もうこれ以上は話さなくてもいい」


 やっぱりまともな刀がないことに、なかなか答えが見いだせなくなった。

 というか、どの刀も(一部打ち直しが混じっているが)全部ある人間から買い取ったものらしく、むしろその人間が何者だよと問い詰めたくなっちゃう。


「確かその人間はご自身のことを『トウケンオタ』と名乗られておりましたが、いったいなんのことかと……

「ああ、そうですか……」


 もうこれ以上ツッコむのはよそう。なんか疲れる。



          2



 というわけで、途中気になることがあったが、必死で止めるソフィさんの手前、俺たちは再び街を回ることになった。

 その途中でソフィさんが紹介した鍛冶屋の一つに寄ってみたんだが、


「零ちゃん、おかえりなさい。どうだった?」

「すまん、千代。俺にはレベルの高すぎるところだ……」


 なんか、特殊能力とかそういうのが付与された刀が多い。ノーマルはないのだろうか……

 とはいえ、どれもスペックは高い。刀としての性能は期待できるものはある。

 他にも鍛冶屋はあるようだが、一軒目から強烈すぎるだろ。


 まあ、どうにしろ刀がある以上、あとはどうやって買うかだが……


「それで、千代のほうはどうなんだ。弾の補給はできそうか?」

「うん。土精族のーむさんにとって、私の銃器が珍しいと思ってたから、手袋装着銃ぐろーぶがんや、短剣仕込銃ないふがんと交換できたよ」

「そうか……」


 売れたんだ、あれ……

 千代にとっては使いこなしにくいものなんだったろうか。どうにしろ、千代のほうは案外早いうちに終わったようだ。


「でも、土精族のーむの店員さん、みんな私のことを不思議そうに見ていたんだけど、どうしてだろう?」

「…………そりゃあ、どう見てもねえ」

「?」


 俺から見れば、おとなしくてまだ幼気が残る少女が、銃器の弾を求めてきたんじゃ不思議に思われても仕方がない。むしろそのまま交換が成立したことが驚きだ。


「本当は土精族のーむさんに断られかけたんだけど、ソフィさんのおかげで買うことができた」

「お役に立てて、なによりです~」


 どうやら武器が売られているお店はあるけど、未成年が買うにはいろいろと制限があるらしい。ソフィさんのおかげってのは、立場のあるソフィさんが保証してくれたから、だろう。

 あれ? 俺はあんまり意外そうに思われなかったが、この違いはなんなのだろうか。


「それで、ハクレイさんはこの後も他の鍛冶屋に行かれますか~?」

「いや、ひとまず鍛冶屋は後回しにして、ちょっと前に話していた仕事斡旋所ってところに行きたいんだが、千代ももう用事はないか?」

「うん、私のほうはもう大丈夫だよ」

「それじゃあソフィさん。案内をお願いしたい」

「はい、わかりました~。それじゃあついてきてくださいね~」


 俺と千代は、一旦お店が立ち並ぶ街道からはなれてソフィさんについていく。その間も、説明好きなソフィさんから街のことについていろいろと聞いていった。

 ほんの少し長めに感じるほど歩いていくと、次の角を曲がった直後にひときわ大きく目立つやや黒目の灰色の建物が目に入った。

 その建物の両開きの扉から頻繁に土精族ノームが出入りしていく様子が見える。


「はい、着きました~。ここが、この区画の仕事斡旋所です~。仕組みについては中に入ってから説明しますね~」


 そう言い切ると颯爽とした足取りでソフィさんは仕事斡旋所である建物の中にへと入っていった。

 すごいテキパキしてるな。とても最初にあったときにふらついたりぶつかったりしてたとは思えないほどだ。なんかしっかり者になるスイッチでもあるのか?

 まあ、よけいなことは考えず俺と千代はソフィさんに続いて入り口である、人二人は余裕で通るやや大きめの両開きの鉄の扉をくぐった。扉をくぐると、それなりに賑やかな外(地下世界だけど)とは打って変わって、少しだけ静かな雰囲気の様子が目に入って……


「ちょっと! 君ね、もう少し静かに歩けよ!」

「は、はい! すいませ~ん~!」

「…………」


 ……いきなり恰幅の良さそうな男の人に謝るソフィさんが目に入った。

 前言撤回。張り切っていてもそそっかしいことには変わらないんだな。


「ソフィさん、大丈夫ですか? どこかお怪我はありませんか?」

「あ、ありがとうございます~。でも、特に問題はありませ~ん。でも……また怒られました~……ちゃんとゆっくり入ろうって決めたはずでしたのに~…………」


 しかも常習犯らしき発言をして、落ち込むようにその場にうずくまるようにしゃがみそうになるってか、そんなところでしゃがんでいると通行人の邪魔になるぞ。

 おいおい……


「ソフィさん。問題がないなら、この斡旋所の説明をお願いしたいんだが」

「あ、すいません、お見苦しいところを見せてしまいました~」


 励ます……というより説明を求めるようにソフィさんに声をかけると、すぐに仕切り直しと言わんばかりに、急にまっすぐ背筋を伸ばすようなしぐさが入ると、改まってソフィさんが斡旋所の説明に入る。

 おお……なんかスイッチが入ったような変わりようだな。さすが説明好き。


「この土精族ノームの里には、たくさんの職人や警備隊や働く人がいるのですが~……あんまりにも広い地下世界でありますから、必ずどこかで人手不足の地区が起きるんです~。そこで、自衛目的かつ、手の空いた仕事の自信がある方々に賃金と対価に働けるような、簡易な仕事の斡旋システムがあるんです~」

「なるほど。ボランティア…………じゃないな。お金はもらっているからアルバイトってところか?」


 少し見渡してみると、なにやらカウンターを挟んで受付らしき土精族ノームと話をしていたり、掲示板らしきものに張り付けられた張り紙を見ている者がいたり、はたまた円形テーブルでおしゃれそうにティータイムを楽しんでいる者もいるけど、そんなもんまであるのかよ。


「あの、ソフィさん。ここで働くところを見つけたら、そこで長く働かなければならないのですか?」

「いえ、確かに長期もありますが短期もちゃんとありますし~、中にはとても難しいけど成功すれば一発でたくさんの報酬がもらえるところもあります~」

「相当人手がほしいところなんだな。ここは」


 なるほど……ハローワークみたいなところか。もっとも、ハローワークには一回も行ったことがないけどな。全部青江さん一筋で頼みに行っただけだし。千代に至っては半分コネのようなものである。

 もっとも、今の俺達は半分働いていないようなものだからここにいるんだけどね……


「それで、その仕事ってのはどこで選べばいいんだ?」

「はい~。あそこにある依頼ボードに張り付いている依頼紙から好きな仕事を選んで、受付の方に話します~」

「適正とか調べられるか?」

「そうですね~……仕事の内容にもよりますけど、まずはじめてこの斡旋所を活用する場合、適正とか調べられますよ~」

「なるほど……」


 ソフィさんの説明を聞き終えた後、俺は試しに依頼ボードのところに行って、依頼が書かれているらしき張り紙を見る。

 もちろん、文字は読めない。


「どれも難しい文字が書いているな」

「それじゃあ、これはいったい何が書いているんですか?」

「あ、それはこの区画の南にある職場の、荷運びの手伝いですね~。とても重たくて~…………しんどかったです~」

「……そうか」


 どうやらソフィさんも参加したことのあるやつらしい。

 というかソフィさんのこの案内って本業なのだろうか。


「じゃあこれは?」

「これは、子どもの面倒をみる仕事ですね~。本職の方と一緒に集団で子どもと遊んだりします~。期限は最低でも一週間はほしいようです~」

「なるほど。力仕事だけじゃなくてこういうのもあるんだな……」


 とはいえ、期限も無効に決められているなら、より慎重に仕事を選んでいく必要があるな。

 …………ん?


「それじゃあこの一番目立つような依頼書には何が書いているんだ?」


 この依頼用用紙の中でひときわ目立つ大きさと、明らかに危険を表しているような大文字と色遣いのものが貼ってある。

 金額を示すような文字には同じ文字がいくつも横に連なっている。おそらくこれは高額なんじゃないか?

 まあその分内容が何なのか気になるところだけど……


「………………」

「ソフィさん?」


 いきなり黙り込んでどこか悩ましそうな顔をしている。急にどうしたんだ?

 もしかしてこの依頼書、まさか相当危ないものなのかと……


「おい、今さっき意気揚々と出て行った三人組、いま治療所に送られたらしいぞ!」

「まさか。確か例の指定危険種の依頼を受けた連中がか?」

「ああ、そうだ。よりにもよって今日、仕事を受けたばかりの矢先に巻き添えに遭ったとか……」

「ん?」


 すると、不意に俺たちのすぐ近くから、土精族ノームのおっさんたちの不穏な話が聞こえる。

 好奇心と、疑問と、不安が混ざったような感じ。

 しかも今の会話の内容……まだ近いうちにどこか覚えがある気がするんだが……


「零ちゃん。突然静かになってどうしたの?」

「しっ、ちょっとおとなしくしてくれないか」

「?」

「あの~、ハクレイさん。いくらなんでも聞き耳を立てるのはどうかと……」

「ソフィさんも、静かにしてください、ね」

「は、はい……」


 おっといかん。威圧してしまったか?

 とはいえ、掲示板の前に立ったままじゃ邪魔になるので、俺たちは近くにある横長の椅子に座る。

 掲示板からは大して離れていないから問題ない。


「それよりも見たか? 指定危険種の依頼。また支払い報酬が吊り上がったそうだ」

「本当か? ええと……はぁ!? さっきの半分ほど跳ね上がっているぞ!?」

「ああ、なんでもついさっき同じ区画のどこかでその例のやつが現れてさ……警備隊が三人、新しく依頼を受けたばかりの二人も負傷したらしい」

「ほ、本当かよ……」

「いくら報酬が高くても、こんなにも危険だとどうしても尻込んでしまうな……」

「仕事はいくらあっても大歓迎だけどさ、こんな危ない奴はさっさと里に来ないでほしいよ」

「お前ってそんなに仕事が好きだったか?」

「違う。仕事が好きじゃなくてお金が好きだ。そうじゃなくてもこいつのせいで勤め先をクビになってしまったんだから…………」

「まったく、お前は……」

「……………………」


 ああ、そうだ。そういえばまだ一つ気になることがあった。ソフィさんにはどうしても確認したいことだ。


「ソフィさん。最後にあなたから教えてほしいことがある」

「ハクレイさん。それは~…………」


 大方それが何なのか察してきたソフィさんは言いにくそうに口ごもってしまうが、俺ははっきりとその内容を告げる。


「先ほどの騒ぎ、俺と千代が駆けつけようとしたところ、ソフィさんに止められてしまったけど、結局あれはなんなんだ?」

「え、ええ~と……い、いえ~……それは…………」


 ソフィさん。あからさまに目をそらしている。挙動不審すぎるでしょ。


「零ちゃん、さっきの騒ぎのこと、気になるの?」

「そりゃそうだろ。もし普通に土精族ノームが喧嘩しているなら、ソフィさんがあんなに慌てているわけがないだろ」

「そ、そんなことないですよ~!」


 ソフィさんは必死に否定しているけど、どう見ても言葉とは裏腹に動揺している。

 どうしてもさっきソフィさんが必死に俺達を止めようとした理由が気になる。


「本当に深刻なことで、俺達にも危機が及んでしまうことだから、俺たちに近づかないようにしているようだけど、この場所なら話してくれないか?」

「そ、そんなこといわれても~」

「ソフィさん」


 すると千代のほうからも、ソフィさんの両手をそっと取って、頼み込むこむようにソフィさんの顔を見つめている。


「私からもお願いします。どうか教えていただけないでしょうか」

「う、うう~……で、でも~…………」


 ……さすがに少々強引すぎるだろうか、ソフィさんは困ったように目を強く閉じて視界を閉ざしていく。


「頼む。あらかじめ危機を知らなければ、回避のしようがない」

「うう~~~~~!」


 けど、なんというかこれは…………なんか知らなくちゃならないことだと、なぜかそう思えてしまう。

 俺はずっとソフィさんの顔を見続けていると、やがてあきらめたのか……


「私は~……案内人としてハクレイさんとクロチヨさんを守る義務があります~。どうか無茶だけはしないと、約束してください~」

「わかりました。俺も千代も、何の見通しもなく(、、、、、、、、)自ら危険に飛び込むようなことはしません」

「はい~…………では…………」


 ソフィさんは変わらずにのんびりとした話し方をするが、少しだけ声が沈んでおり、深呼吸も交えている。やっぱり話すことに相当抵抗があるのだろうか。街の危機となると軽々しくよそ者には言えないことだろうか。

 それでも少しだけ長く感じられるほど待つと、やがてソフィさんは口を開き、気になっていたことを話し始めた。


「ハクレイさんは~……指定危険種をご存知でしょうか~」

「指定危険種? いいや、千代は知っているか?」

「ううん。初めて聞いた」


 ソフィさんの口から語られる聞きなれない単語に、俺たちは疑問に思いつつ耳を傾けていく。


「指定危険種は~……ええと、なんといいますかとても危ないことを指している言葉なんです~」

「そりゃあ、危険種って言ってるぐらいだからな」

「そうです~。それで、里が壊滅、ないしは大災害も匹敵する、とても危ない存在なんです~」

「とても危ない、か……」


 災害ってことは、ここの場合地盤沈下とか地震とかか?

 いや、だったらわざわざ災害といえばいいから、厳密にはちがうのか。


「ハクレイさんやクロチヨさんは、死霊族アンデッドをご存知でしょうか~?」

死霊族アンデッド、ですか? 名前だけでしたら聞いたことがありますが……」

「ああ、確かリュンピさんがそんな話をしてたな」


 いきなりなんか違うことを聞き出してきたが……関係あるのか?

 いや、


「……その死霊族アンデッドとやらが、指定危険種なのか?」

「はい~。本来、死霊族アンデッドは謎の多い種族で、土精族わたしたち以上に他所と関わりを持つことがない種族なのですが~…………」


 ソフィさんが恐ろしいことをためらうように話す。表面上は変わらないように見えるが、内心おびえているのだろう。


「ほんの数か月前に、その指定危険種は、この里にある“月の口”に入ることを要求しに来たのです~」

「月の口って……」


 月の口は、幻界と人間界をつなぐ入口で、俺と千代はそうとも知らずに不慮の事故で入ってしまったのがこの世界に来たきっかけだ。

 つまり、その指定危険種は人間界に行くことを目的としている?


「月の口がどこにあるのか、区画長と族長しかわからないのです~。だから、その指定危険種も教えるまでよくこの里のどこかで暴れていることがあって…………」

「……なるほど」


 普段は不干渉なその死霊族アンデッドの誰かは、しきりに月の口に入りたがっている。

 ということは、死霊族アンデッドには月の口がないってことなのか? それとも入れないのか?

 どちらにしても、その指定危険種がとんでもないということはわかった。


「その死霊族アンデッドは集団で襲うのか?」

「いえ~。基本は一人であるのですが、え~と……ほんのごく稀に少人数でくることもあります~。けど、必ず共通してある死霊族アンデッドがいるんです~」

「たった一人で……?」


 それで土精族ノーム全体……かどうかは知らないが、この区画全体が警戒するほどの事態になるのか。

 それは……確かに恐ろしい話だ。


「それに目的が月の口である以上、率先して誰かを襲うようなことはしません~。でも、止めにきた警備隊や依頼を受けた人たちはみんな、何かしらのケガを負うことになるんです~」

「……なるほど。教えないなら自分で探す、と」


 だが、やっぱりそれは土精族ノームにとって見過ごせる自体ではなく、止めに入るにしても敵わない。

 だからこの斡旋所で人材を求めるほど、余裕がないということなのか。

 それほど危険視されているほどの相手だと……


 結局のところ、依頼は一つも受けることなく、ここを後にすることにした。



          3



 斡旋所から出た俺達は、最後にこの里に留まるための宿泊場所を案内してもらうことにした。

 正直そう何日も留まるつもりはないんだけれど、やっぱり刀を手に入れるための下準備にいろいろと時間はかかりそうだ。

 ただ、そうなると問題なのは向こうに残してきたラネットたちのことだけど……


「ソフィさん。別の地区に仲間を残してここに来たんだけど、好きな時に向こうへ戻るのは可能か?」

「そうですね~。たしかそういう場合は、こちらの区画長からも許可が必要でしたかと~」

「そうか……」


 戻るにしても、やっぱり許可が必要になるのか。

 別の区画へ移動するにはあの列車が欠かせないだろうし、その列車に乗せるには許可が必要だと。そう頻繁に行き来はできない、ということだ。そうなるとやっぱり分断するのは少しばかり総計だったかもしれない。

 それに、例のこともちょっとあいつらと相談しようかと考えたが……


「零ちゃん。ソフィさんが言ってたこと、気になるの?」

「まあ、そうだな。気になるというよりなんか引っかかるというか……」

「?」


 さっきのソフィさんの話、信じられないというわけじゃないがどこか気になるというか、妙に感じてしまうことがある。

 そもそもその死霊族アンデッドがまず何なのか、俺達にはさっぱりわからない。けど、なんで幻界の住人がそうまでして“月の口”に入りたがるんだ?

 風精族シルフィ水妖族オンディーヌも、リスク管理はしっかりとしているようだし、おそらく土精族ノームも、そう簡単にその指定危険種を月の口に通していないだろう。

 だったらなぜ……


「ハクレイさんに~クロチヨさん~」


 俺が考え事をしていると、ソフィさんののんびりした声が強制的に意識を彼女のほうへ向けてしまう。

 彼女は満面の笑みを浮かべてはこちらに深々と頭を下げる。


「今日はとっても有意義な時間を感じられました~。あなた方のことで色々と興味深いお話が聞けて、とてもよかったです~」

「いえ、ソフィさんも私と零ちゃんに街のことを案内していただいて、ありがとうございます」

「そう感謝していただけると、張り切った甲斐がありました~」


 こちらもお礼を言おうと彼女に目を向けると、その彼女は先ほどの笑みとは打って変わって、若干真剣そうな……そんな感じの表情を浮かべる。


「でもハクレイさんに~、クロチヨさ~ん。どれほどこの里に留まるかは存じませんが~、お二方には安心して過ごしてほしいです~。ですから~…………」


 もう一度、今度はお礼としての意味じゃなく、お願いという意味でソフィさんは俺達に深々と頭を下げていく。


「決して危ないことはしないでほしいです~。指定危険種は土精族ノームの警備隊達でも手を焼かせるほどですから~」

「…………ソフィさん」


 声はのんびりしたままだけど、声音に真剣さが帯びている。ソフィさんは本気で俺達のことを心配しているんだ。

 俺達なんかよりも指定危険種もリスクも知っている以上、その言葉が重く俺達二人にかかってくる。

 確かに、俺の目的は新しい刀を手に入れることだ。千代に至ってはもうすでに目的を達している。

 しかし……


「ソフィさん。そのことについてなんだが……」


 ソフィさんにとっては俺達に危険を冒してほしくはないと思っているが、少しだけ気になることがある。

 別に見なくてもいいと思えることだ。それでもどうしてか絶対に見なくちゃいけないと思えてくる。

 確かに刀を持たない以上、こっちもわざわざ危険を冒す必要はない。だけど……


「…………ん?」


 そう言おうとした時、横で千代が急にあたりを見回していく。

 なんだ?


「千代? どうした?」

「いえ、何か聞こえない? なにか騒々しいような、悲鳴のような……」

「え……!?」


 千代の言葉に、ソフィさんは目を見開いてあたりを見回していく。

 すると、


「……うわああああああ!」

「き、来た! なにもこんな時に来なくてもいいだろうが!!」

「逃げろ! ほ、ほら! 早く逃げろ!!」

「……なんだ!?」


 俺たちがこれから向かおうとしている先。とんでもない数の怒号と悲鳴が押し寄せてくる!

 そこから土精族ノームたちが、目を血走らせて一目散に逃げており、ほかの人とぶつかろうと一向に構わず、ただただ声を上げて走り続けている。

 この慌てよう、尋常じゃないぞ!


「ソフィさん、大丈夫ですか?」

「い、いけません~! ま、まさか~!」

「ソフィさん! いったいこれはなんだ! 教えてくれ!」

「し、指定危険種が……来たのです~!」

「なに!?」

 

 それってさっき話した死霊族アンデッドのことか!

 なぜよりによってこんなタイミングで来るんだよ!!


「指定危険種って、街中に突如現れるようなものなのか!」

「は、はい~! いつも街の外側をよく警戒しているのですが、いつも突然町中からでるんです~! この里の“月の口”が見つかるまで、街中を探しているんです~!」

「そうか……」


 町の人が我先に逃げている。まるで肉食獣に遭遇して、すぐに逃げ惑う姿だ。

 それほど指定危険種とやらが街に相当な被害を出していて、それだけ土精族ノームを恐れさせているんだ。

 だったら……


「じゃあ千代。その指定危険種が一体何なのか、会いに行かないか」

「え?」

「ええ~!? ハ、ハクレイさん! いま危ないことはしないと言ったばっかりじゃないですか~!」

「別に会って早々喧嘩しに行くわけじゃない。ただ、その指定危険種が何なのかを知る必要があってね」

「つまり会うつもりじゃないですか~!!」


 しかし、どうでもいいことだけどこんな時でものんびりした話し方は変わらないんだな。

 肩の力が入りすぎなさそうだ。


 そう思っていると、横から軽く袖を引かれ、振り向くと千代が不安そうにこちらを見ている。


「零ちゃん、刀がないまま行くのは危ないよ」


 さすがの千代も、指定危険種に飛び込むにはためらわれるらしい。

 けど、


「千代。別に無理して戦いに行くわけじゃない。様子を見て相手を知ることも重要だ。それに……」


 ソフィさんの話に引っかかる部分がある。

 ほんの数か月前に死霊族アンデッドとやらが唐突に指定危険種と呼ばれてまで、この里の“月の口”を求めている。

 土精族ノーム全体を敵に回してしまい、下手すれば自分の命どころか、死霊族アンデッド全体にまで危機が及ぶ可能性があるのに、そんなリスクをものともしない。

 よほどその“月の口”に執念があると思える。


「もし月の口が目当てなら、人間界の俺達になにか力になれることがあるかもしれない。とにかく、相手を知りに行くことが先だ」

「零ちゃん……わかった」


 いくらなんでも刀なしにそんな危ないところに行くつもりはない。

 だが、里にそんな危険が迫っているなら、黙っていられるわけにもいかない。


「行くぞ、千代。あくまで様子見だ。まずは離れて確認。意思疎通が可能かどうかの確認からだ。発砲はするな」

「うん、わかった」

「ハクレイさ~ん! クロチヨさ~ん! 危ないからまってくださ~い!」

「ソフィさんは早く非難してくれ! 別に俺達は戦いに行くわけじゃないから」

「そんなこといわれても~! あ、まってくださいって~!!」


 後ろからソフィさんの大声が聞こえてくるが構いはしない。

 もうすでに俺と千代は破壊音がする方へ向かって走り出していった。




























 …………だが、


「は?」

「え?」


 ……俺も、千代も、足が動かない。

 騒ぎのもとに駆け付けて、それぞれ別々の方向から指定危険種の様子を見るべく、建物の影や設置物の影から、案外早くも目的の相手を見つけた。明らかに土精族ノームとは違うその姿は、ソフィさんの言う指定危険種でひとまず間違いないと思った。

 けど……だけど…………


「わ、和服……?」


 真っ先に目に入ったのは黒地に彼岸花の柄が入った、とても縁起がいいとは思えないような和服。

 そこからすこしだけ視線を上げると、初めて見るはずなのに見覚えのあるような美しい女性の顔が……


「!? あなたは…………!」


 スッと整った鼻筋に、冷たくて鋭い眼。

 ……なんて眼をしているんだ。まるで自分も含めてなにもかも絶望しているような、そんな目を信じられないように見開いている。他にも、上げた髪に刺したかんざしが後ろにまとめ上げた長い黒髪と相まって、大人びた和美人だ。


 まるで、千代を十年以上も成長させたような……………………

 ……………………千代を?


「あ……え……え…………?」

「千代?」


 ……千代が、戸惑っている。

 信じられないように目を開けて、開いたままの口からろくな声も出さず、視線を向こうの指定危険種とやらに向けている。長い付き合いだけど、こんな顔をした千代は見たことがない。いや、俺がカルリトロスに刺された瞬間も似たような表情だが、あれとはわけが違う。

 まだ夜が昼江だと勘違いしていたころ、初めて夜が用心棒として再会した俺と会った時の顔だ。

 俺がそんな顔をして、夜もそんな顔をしてた。だからわかる。

 それはつまり……


「……そんな、どうして…………!?」


 千代が信じられないように驚いている。

 それなのに俺は逆に不思議と半分だけ冷静になっている。


 千代ほど見知った顔じゃないから、確信が持てない。だけど、信じられない。信じられないけど、俺は一つだけ考えられる可能性が浮かび上がってくる。

 いや、こんなの一つしか考えられない……!


 千代が、喉の奥から絞り出すような声を出す。

 向こうの女性も、こちらの姿を見て、信じられなさそうに言う。


「お母様…………!?」

「千代…………!?」


 千代の、母親…………!


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