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陸玖話 やっぱりありのままのこいつが好きだ

「零ちゃん。ジャージ、直ったから持ってきた…………よ?」


 待ちに待ったはずの千代の声がやっと俺の耳に届いてきたというのに、俺の意識は目の前の改造人間かいぞうにんげんに向けられっぱなしだった。

 俺とキノサキ。ベッドの上でお互いの手と手が、祈るように互いに組み合って睨み合っている。

 俺、どんな顔なんだろうか。千代とこいつにしかわかんないけど、こいつはゴーグルが着いても顔がわかるんだな。

 すごいニヤニヤしているし。


「ねえ、白髪ねぎ。もう謝ったでしょ? 謝罪会見開いたでしょ? そろそろその手離してくれない?」

「キノサキ。お前は知らないと思うが俺は夢の中で、なんか船の上で白髪碧眼の女の子にナイフでお腹刺されたんだぞ! しかもさっきまでスポーツ用品店にいたのに、お前の不快な笑い声が聞こえたかと思うと一転してこれだぞ。おかげで一瞬新世界に行ってしまったんじゃないかと思ったじゃないか!」

「何のことかな~? こちらにはなんの関係もありませんよ~? けっして白髪ねぎの耳元で余計なことなんか吹きこんでませんよ~」

「だったら何でそんなにいやらしい笑みを浮かべているんだ……!」


 決して退いてはいけない。絶対に折れたくない。

 だってこんな顔してふざけている奴になんか……絶対に負けたくない!

 そうなんだけど……


「お、おぉう……やっと来たか千代…………」

「零ちゃん?」


 あぁあぁあああ、ものすごい疲れた。キノサキの奴になんか知らんが酷い目に逢わされたし、これ以上追及してもしょうがない。もう戦いたくない。

 俺はキノサキから手を離して、部屋に入ってきた千代の方へ向く。

 少し呆けて立ち止まっているけど、その両手の上には綺麗に折りたたまれたジャージが!


「あれ、もう退いちゃうの? つまんないな白髪ねぎ。もうちょっと延長戦に入ろーよ」

「い・や・だ。もうこれ以上疲れるようなことはしたくない。いい加減静かにしろ」


 もうキノサキなんかどうでもいい! せっかく生まれ変わったジャージに対面したんだ! この喜びは何人たりとも邪魔はさせない!


「お前に構っている暇はない!」

「ガーン!? まったくつまんないこというなよ白髪ねぎ! まあ充分楽しませてもらったし、ヘェェェルメェェェス! のところにでも行ってくるわ!」

「あ、おい! 窓から出るんじゃない……ってもう行っちゃったよ…………」


 意外にあっさりと諦めたかと思った途端、急にあいつは窓から飛び降りていってしまった。いくら頑丈だからって無茶苦茶な……

 まったく騒がしい男だよ。


 本当にこいつとうまくいけるのだろうか……


「いま外は暗いし、キノサキさんが大声を出さないといいんだけど……」

「……そうだな」


 さすがの千代も、キノサキのことうるさく思ってるんだ。

 そもそもあいつと千代が、いったいどんな経緯があってこうなったのかも気になるんだけど……

 あとでちょっと訊いてみようかな。


「それよりも零ちゃん。はい」

「ありがとう、千代!」


 千代の手から俺の手へと、ジャージが渡る。

 手渡されたジャージを、長いこと離れ離れになった親友との再会を喜ぶように広げる。


 ああ、おかえりなさい俺のジャージ!

 またお前と、戦うことができ……………………

 …………ん?


「……ちょっと待て千代。これはなんだ」

「え?」


 ……おかしい、おかしいぞ。

 俺は千代から渡されたジャージを見る。あれだけ酷かった傷はどこにもなく、綺麗に修繕されている。

 そう、傷はないんだ。傷はないんだど……


「なんか俺の左肩に変なものが刺繍されているんだが!」


 ジャージの左肩部分に、白い糸で数字の0(ゼロ)が大きくと刺繍されている!

 しかもただ単に丸の字で書かれていない。ちゃんとゼロって読めるよう斜線が入ってる。(まる)の、右上から左下にかけて、真っ直ぐ射線が入っている!

 千代も、なぜか今さら気づいたかのように驚いているだけど


「千代、お前なぜこんな刺繍を施したんだ?」

「刺繍? あ、たしかここは……」

「千代?」


 しかし、なぜか千代はどうも煮え切らない反応でなにも答えようとはしない。

 何かまるで後ろめたいようなことでもあるような……


「ええと、実は零ちゃんのジャージの左肩が千切れそうになってしまって」

「千切れそう!? 破れてたんじゃないの!?」


 俺のジャージは一度死にかけたのか! なぜ!?

 お前なにをしてたの!?


「あ、えっと……その…………」


 千代が明らかに言いにくそうな表情で、こちらに目を合わせつつも困惑とした表情を浮かべている。

 こいつは嘘をつくのは得意じゃない。大体正直に言って謝ってくることが大概だから今の反応はむしろ…………


「あいつか……!」


 夜の奴、千代や初対面のラネットとなんかあったな! そこに俺のジャージに瀕死が訪れる瞬間が!

 これは一度向き合って話し合う必要がある!


「あ、零ちゃん」


 すぐに千代から渡されたジャージを着替え、部屋を出て階段下へ降りる。

 夜め、俺のジャージによくわからん刺繍しやがって!

 大体なんで0(ゼロ)だよ! 俺の名前にちなんだつもりか? いらないよそんなの!

 そういうのは大体不吉なイメージしかないんだよ!


「夜っ!! お前勝手に俺のジャージにぃ!?」


 居間の戸を開けた瞬間、剃刀が俺の頬を掠りそうになった。

 あぶなっ……!

 な、なにがあ……た…………?


「白零君。あたしは夜じゃないって何度言ったらわかるの?」


 夜……なんか殺気みたいなものがもやとなって漂っているのが見えそう。

 けどここで退いてはいけない。ここで退いたら俺の左肩は決して報われない!


「……昼江。お前、人の左肩になにを改造してるんだ」

「あら、結構お似合いだと思うよ。だって白零君のシンボルにぴったりだもん」

「シンボル!?」


 俺のシンボルがゼロ(ただし斜線入り)だなんてちょっと安直過ぎない?


「いや、よく見て。白く刺繍されているからはくれいよ」

「どうでもいい! そんなことどうでもいい!」

「あ、もしかして890はくれいがよかった?」

「そんな、『(いち)()』でも『()()』でもないんだからそんな名前表記のごろ合わせなんていらない!」

「白零君ったら、ジャージなんて学校の時名前なんて当たり前のように入っていたし、今さら言うことじゃないよ?」

「そう言う問題じゃない!」


 せめてもう少しこう……なんかあったんじゃないの?

 よりにもよってなぜこれを選んだのかわからない。


「白零君。いったいあたしがどんな気持ちでこれを付けたのかわかる?」

「え…………?」


 昼江が、俺のジャージに、俺のシンボルとなる刺繍を施した理由?


「これはね。あたしの白零君に対する気持ちをここに表しているのよ」

「お前の気持ちだと?」


 夜が真剣な顔でそう言っている。

 この刺繍が俺に対する気持ちだと? それはいったい……


「あなたの相棒がとても腹立ったから、白零君のジャージに表したのよ」

「とんだとばっちりじゃないか!?」


 やっぱりお前千代となにかあったじゃん! そりゃまあお前とあいつじゃ意見が対立するのはおかしくはないが。


「ふふ、大丈夫よ。そんなの半分冗談じゃない」

「半分は本気なんだ……」


 まあ引き裂かれたりするよりはましだけど……もうちょっとこうなんかましな刺繍がなかったかな?


「もう半分は?」

「……さあね。言わない」

「えぇ!?」


 一番肝心な所が明かされてないんだけど!?


「じゃあ、あたしはちょっと軽く外を回ってくるから」

「ちょっと待て! お前そんな気まぐれで俺のジャージに変な手を加えたのか!」


 しかもこれ裏までしっかり丁寧に施されているし、結構器用だな!

 そりゃ剃刀なんてもの投げるくらいだから、当然かもしれないけど!


「あー、ハクレイ。気持ちはわからないからそっとしてあげて」

「! ラネット」


 俺の背後から声をかけられ、振り向くとラネットが

 気持ちはわからないのか……


「ちょっと彼女には一人で落ち着きたいことがあるから」

「お前……」


 なんかラネットも、夜に対してなにかしら思い入れのようなものがあるようだ。

 まだそう簡単には打ち解けられないか。そりゃあそうか。

 そこはまあ……時間をかけるしかないか。


「それにしてもハクレイ……左肩が結構目立ってるね」

「言わないでくれ」


 やっぱりジャージについてあまり知らないラネットから見ても、俺の左肩はすごいことらしい。

 仕方がない。夜がこうして器用につけた以上、無闇により外すわけにはいかないし、しばらくはこのままにしよう。

 それにしても……なんで(ゼロ)(斜線付き)なんだよ。


「あ、零ちゃん。昼江さんはどうだった?」


 呆然としていると二階から千代が降りてきて心配そうに訊いてきた。

 こいつは夜が俺のジャージに刺繍を施しているの、気がつかなかったのか?


「なんか意味を含めて外へ出ていったわ。たぶん、今はあんまり触れない方がいい」


 俺の代わりにラネットが答えた。声に若干、元気がなくなっている。

 もしかして、こいつらの三人きりにしたのは早計だったか?


「ところでキノサキはどうしたの? やけに二階が静かだけど」

「キノサキさんは窓から外へ出て行ったよ」

「はぁ? まったくあいつったら……」


 キノサキを一階に置いていかなかったのはよかったかもしれない。


「けど、ロビィはもう仲間のところへ帰ったから、明日からどんな顔であわせればいいか……しばらくは辛抱強い付き合いになりそうね…………」

「大丈夫だよ。ロビィさんもそうですけど、ラネットさんからも歩み寄れるように頑張ろう?」


 千代とラネットが話を進めていってるけど、ロビィって誰だ? 変に疎外感を感じてしまう。

 まだ俺とも満足に話せる様子じゃないし、


「しかたがない。俺があいつの所へ行く。いくらなんでもこんな暗い夜道に一人はまずいだろ」


 ましてやここは風精族シルフィの里で、元火蛇族サラマンドラに雇われた元殺し屋なんて微妙な立場にいるんだし。

 キノサキ? あいつはまあ大丈夫だろ。


「零ちゃん、私も昼江さんを探しに……」

「いや、できれば今は一対一で話したいし、あんまり多くいるとあいつが話しづらそうだし……」

「…………そう」


 千代が残念そうだ。すまないな、ちょっとこればっかりは俺でも難しい話だし……


「ちょっと待って!」


 ん? ラネットが突然大声を出して俺の言葉をさえぎった。

 何かまだあるか?


「ねえ、ハクレイ。ヒルエのことも大事だけど、少しだけ私に付き合ってくれない? 大事な話があるの」

「大事な話?」


 そういえば休む前にラネットからそう言われたな。後で大事な話があるって。


「ごめん、今切り出すところじゃないのはわかっているけど、でも……どうしても早くしたくて……」


 夜のことは少し心配だけど……なんだろう、今のラネットにはおざなりにはできない気がする。

 そうだな。もうすでに外も結構暗いし、今日が終わる前に話しておこうか。


「わかった。無視はできないし、少しだけ付き合うよ」

「ありがとう。クロチヨ、ちょっとだけハクレイを借りていくよ」

「うん、わかった。私はお留守番ね。お二人とも気をつけてね」

「それじゃ行きましょ。ハクレイ」

「……わかった」


 俺とラネットは、千代を家に残して家から出て行った。

 外はもうきれいな満月の出る夜中となっていた。



          2



 場所を移った先は、ラネットの家から出て少ししたところの、ちょっとした街中だ。

 もう夜中なのにも関わらず、店らしきものから灯りがぽつぽつと浮かび上がっている。

 とにかくどこかへ向かおうって気はなく、ただこうしてなにげなく町を歩きながら話をするつもりのようだ。

 しばらく歩いたところで、人が少なくなってきた頃合に俺は切り出していく。


「それで大事な話って、なんだ?」

「…………それは」


 ラネットがこんなに深刻そうな話をしているのはなかなか見ない表情だ。

 俺や千代と初めて会ったときはや、俺が刺されて死にかけたときとかも、深刻な表情を見せていたけど、いま目の前にあるのは意味が違っている。

 なにか、自分からなにかを知ることを恐れているような……

 彼女の意図が見えないまま、俺は彼女の言葉に集中して聞く姿勢に入る。


「ねえ、ハクレイ。あんたって、これからどうするの?」

「え? どうするのって?」

「あんたの知り合い、ヒルエって子はまだ心配することもあるけど助け出せたし、まだ元の世界に帰りを待ってる人がいるんじゃないの?」

「そう、だな……」


 急にそんな話を切り出されて、なんのことだろうか。

 けど質問で返すわけにもいかないし、率直に答えるか。


「いや、もう少しだけこの世界に用がある。まだ行ったことのないところもあるし、思い残しのないまま帰りたいんだ」

「……そう」


 前に夜はこういった。この世界のどこかに元の世界で人攫いをしている種族がいると。

 同じ人間の自分として、話を聞いた以上黙っては置けないことだ。


 けど、それだけじゃない。

 元の世界にはない不思議なことが起きるこの世界の住人ならば、もしかしたらいなくなったあいつを呼び起こす方法があるかもしれないと、そんな希望を持っている。

 それ以前にあいつのことでトラブルを抱えているところだけど。


「そうだな。まずは土精族ノームのところに行ってみようかと思う。俺の刀、結局折れたままだからな」


 いくら俺でも丸腰だと本調子が出ない。

 今の俺はあらすじに書いているジャージ剣士じゃなくて、ただのジャージ来た男のままだし。

 それなんの特徴もない人じゃん。


「それじゃあ、ハクレイ。突然だけど、あんたと私が初めて会った時のこと、覚えている?」

「? もちろん覚えているぞ」


 また急に話が変わったな。初めて会ったときか。

 確かラネットが火蛇族サラマンドラに捕まりそうになったところからだな。

 あの時は火蛇族サラマンドラなんて初めて見るし、なんにも知らないまま突っ込んでいったな。

 もっとも、後悔はしていないが。


「その時、私がなにを言っていたのかも、覚えている」

「ラネット?」


 質問の意図がわからない。いや、内容はわかるのだが、いきなりそんなことを訊く理由がわからない。

 しかし、答えない訳にもいかない。

 深く考えることなく答える。


「国境警備隊から連絡が来ないからおかしいと思い、調査にいったら火蛇族あいつらと鉢合わせした、と」

「そうよ。でも私たちは調査が主体とはいえ、どんな不慮の事態にも対応できるようにある程度の敵ならなんとかなるハズだった」

「…………」


 そう言えばラネットは、あの時自分の仲間が火蛇族サラマンドラと一緒にいた人間に殺されたと言った。

 レイラさん曰わく、それなりの実力者にも関わらず、だ。


「ハクレイやクロチヨには言ってないけど、その人間は全身黒ずくめの格好で、左目の部分を隠していて、真っ黒い刀剣を持っていたの」

「!?」


 ……いま、なんて言った?

 そのわかりやすい特徴、覚えがある。そんな格好をした人間なんか、ひとりしか知らない。

 それと同時に、こいつが何を言いたいのかわかってしまった。


「ハクレイ。あんたはヒルエって子を助けるために火蛇族サラマンドラの里に行ったんでしょ」


 俺は注意深くラネットの顔を、その表情を見つめる。

 一見して、恐る恐るといったように俺から事実を聞き出そうとしていて……


「だったら私が行ってた黒い格好の人間に、覚えはない?」


 その一方で、どこか強いような意志が感じられた。

 激しさみたいなものはない、静かな感じがする。


「……あいつは、宇城うじょう銀生ぎんせい。よ……昼江と同じ殺し屋だ」

「…………」


 俺は正直に、ラネットに話すことにした。

 こんな顔をした彼女を前に、ごまかすようなことはできない。


「あいつは俺とは違った剣術で、近づいてくるものには無差別に容赦がなくて……俺よりも強い剣士だ」

「……その言い方だと、前々からあの人間のことを知ってたの?」

「まあ、仕事上なんども対面することがあって……」


 昼江とは違って話が通じないし、近づけば遠慮なしに斬ってくるし。下手すれば昼江以上に危険な奴だ。

 任務の上で相手になったこともあったけど、あの時は結構危なかったな…… 

 そんなこと今はどうでもいいが。


「だったらあんたが火蛇族サラマンドラの里に行ったとき、あいつはいたの?」


 焦らず、落ち着いた様子でラネットは俺の言葉を待っている。


「いた。火蛇族サラマンドラに雇われる形で、一緒に行動していた。けど、今になってあいつが何処に居るかははっきりとしないんだ」

「え……?」


 もともと火蛇族サラマンドラに反目しようとしていたし、今は居場所どころか生死不能の上に行方不明だ。あの男がそう簡単に死ぬとは思えないけど。


「詳しいことは俺も知らないが、あいつがいた場所はもうないんだ。だから今でも火蛇族サラマンドラにいるのかは、わからない」

「…………そう、なの」


 俺の答えを聞くと、特に焦りもせず淡々とそう答えた。

 ラネットが期待した答えは言えなかったが、逆にこちらからも訊きたいことがある。


「ラネット。お前がもし銀生に会ったらどうするんだ」


 こいつの話を聞いて、銀生がラネットの仲間を斬り殺した人間だとわかった。

 ラネットはそのことを今でも引きずっている。

 そこでラネットがどうしたいのか、

 それでどうにかなるほど、銀生は甘い相手じゃないから。


「……私は、今でもあの人間を許さない」


 敵討ち……なのかどうかはわからんが、

 そう言うラネットの横顔は、すごく怒っていて、少し悲しそうにも見えた。


「だからあの人間を見つけたら風精族シルフィの里に連れて行くわ。どんな理由でも仲間を殺したことは許せないことよ」


 言葉にためらいがない。ラネットが嘘を言っている様子じゃないし、間違ってはいないだろう。

 けど、それ以上に執念のようなものが見える。たぶんこいつ自身の感情に動かされているほうが強い。


 夜曰く、風精族シルフィに関与したのは自分じゃなく銀生の方だといった。

 あいつがやったこと……


 いや、それだけじゃない。

 ラネットが夜に対して警戒してしまうのも、そのことと関係しているように見えてしまって……

 ……いかん。それを配慮し忘れてしまった。せめてフォローのひとつでも入れればよかったかもしれない。


「ねえ、ハクレイ。今の私、どう見えるの?」

「え?」


 いきなり、ラネットの声が弱々しくなってなにを言ったのかまったく聞こえなかった。いま、何を言ったんだ?

 いや、それだけじゃない。ラネットから唐突にさっきまでの強い何かかが消えて、ふと消えてしまったろうそくのように静かになっている。

 いきなりだったから答えられない俺にどう受け取ったのか……


「ううん、なんでもない」


 今、ラネットが少しだけ弱気になっているようにも見えた。

 不安……とは少し違う。見えないなにかに

 けど、そんな弱気も一瞬で、もとの強気な表情に戻ると、俺をみてなにか察したように言う。


「大丈夫よハクレイ。私は、あの人間のことは許さないけど、それで大事なものを見失ったりしないから」


 ラネットはそう言ってるけど、俺に向けて言った様に感じないのは気のせいだろうか。

 いや、違う。ラネットから垣間見た不安とはもしかして……


「それじゃこの話はおしまい! 長く引き止めてゴメン。ヒルエのこと、頼んだよ」

「ラネット」

「私は先に帰って明日の準備とかしてくるから」

「おい、ちょっと待て」

「それとヒルエに伝えといて。言いたいことがあるからちゃんと向かい合おうって」

「待てって!」


 俺の制止も聞かず、ラネットは追いかけられないように羽で空を飛んでいった。

 いきなり帰るなよ。質問ぐらいはさせてくれって。

 まったく、


「銀生、あいつもまったくなにをしているんだ……」


 結局、あいつがどうなっているのわかんないし、どうやって探すんだよ……

 それに、今の話。ラネットはどうして俺にだけ話したのだろうか。

 俺が火蛇族サラマンドラの里に行ってて、手がかりを持っているから?

 俺が銀生のことを知っている様子など、ラネットは知らなかった。

 それにわざわざここに連れて行ったことも、千代を連れて行かなかったことも……


「……ああもう、考えてもキリがない! さっさと夜を探しに行くか」


 あいつは、なにを抱えているんだろうか。

 俺達よりも長い付き合いだった仲間を殺されて、その敵の人間のことを引きずって、それなのに最後に見たあの顔も……いや、今はよそう。


 急いで夜を探して、ラネットのところへ戻ろう。

 夜だけじゃない。こっちもこっちで大変そうだ。



          3



 白零やラネットからやや遠く離れた場所で、浮空夜は誰一人もいない路地裏の中でため息をついていた。


 おかしい。

 なにがおかしいかと言われると、原因がはっきりとわかるのにその内容がまったくわからないといった

 原因など言われるまでもない。さっきまで黒千代やラネットとのやり取りが大いに関係ある。

 なにせ何にもない日常など、彼女にとって不慣れで居心地の悪い空間でしかないからだ。


 それまでは当たり前に過ごしてきた空間から、突然見ず知らずの場所に放り込まれたように。

 浮空夜は、ただ納得がいかないような感じに苛立ちを感じていた。

 殺し屋として生きていた彼女にとって感じることのない気持ち。

 彼女を知る人間から向けられる好意に、彼女もまた平然としていられるほど余裕ではなかった。


 優しくされることに、ではない。優しくする人間のことが理解できない。


 しかし、思い当たることは浮かんでも夜にはなぜ自分がこんなにも苛立っているのかわからない。

 なぜなら一番わけがわからないのは、自分自身のことであると、まだ自覚していないからだ。


「あたしは昼江……浮空昼江よ…………」


 白零はまだ自分を夜と呼ぼうしている。

 そんなはずはない。彼女はもう死んでいるんだ。死んだあの子にまだ依存して、白零君は未練がましいにもほどがある。


 自分自身が望んでいる自分の姿を、夜は捉えてはいない。

 自分が浮空昼江である事に固執している。


 その事実を彼女は知らず、しかし触れられるたびに苛立っていった。

 そしてもう一つ、苛立ちとは別に強烈な不安が彼女に襲いかかっている。


「銀生さん、無事かな……」


 彼女が知る中で最も強い同業者だったもう一人の殺し屋が、白零と戦った以降連絡が取れないことに、夜は気にかかっていった。

 夜も銀生も協力こそすれ、仲間意識のようなものは基本的に持たないようにしている。合法だと判断した場合、即座に切り捨てるからだ。しかし、仕事上そうであろうと、彼女個人としてはあの騒動のあと銀生がどうなっているのか、気にならないわけじゃない。

 ただし、それは銀生自身の身の安全に限られない。


(あの人の隣はあんなに安心できる場所なのに……)

「……どうして白零君の近くだと、こんなに不安になるのよ?」


 暗い路地裏の中、自問自答していくも答えが見つからず、ただただ時間が過ぎて行くだけだ。


「よう、こんなところでなにをたそがれているんだ?」

「ヒャッハー! 黄昏なんて時間じゃないでしょうけどな」

「そうだね。だってお外は暗闇と月明かりだもの!」


 その時、月明かりが差し込む路地の方から声が割り込んできた。

 振り向くこともなく、はっきりとわかる特徴的な声を聞いて、夜は即座にキノサキとヘルメスの声だと判断し、よりにもよって面倒くさい者が来たとより鬱屈した気分になる。

 本来なら素行で警戒して牽制に物を投げるのだが、気分や立場的に自重することにした。


「で、こんなところに一人でいて、ひとりぼっちの空気を満喫しているのか?」

「どうかしら? あなたには関係ないことじゃないの」


 発言した自分自身にもわかるほど、苛立った言葉だ。

 どうにも調子が狂う。取り繕った笑みはかろうじて保ちつつも、言葉の端にまで気が回らない。もっとも、相手がほとんどどうでもいいからだろうが。

 そんなことなどまったく気にしないようにキノサキは話しかける。


「おおかた、自分に不慣れな環境に、拒絶反応でも起こしたんじゃない?」

「対してあたしを知らないのに、随分わかったようなことを言うわね」

「ヒャッハー、わかるさ」


 皮肉なんか通用しない。ただ言いたいことだけを言う。

 マイペースというか、強引にわが道を行くようでどこぞのジャージの用心棒を思い出す。

 この瞬間、夜は相手の都合より強引に引っ張っていくタイプが苦手だと改めて実感した。


「どちらかというとな、お昼ちゃん……」

「昼江よ」

「……お昼ちゃんは白髪ねぎやクロチーよりも、こちら寄りなんじゃないかなって、そう思うんだよね」


 キノサキの言葉に顔を顰める。

 性格が似ているとかそういう意味じゃない。キノサキの言っていることが、暗に自分の正体を簡単に表して言ったからだ。

 まともに話し合いどころか対面もしていないのに、いったいどこをどう見てそう判断されたのだろうか。


「あたしが……あなたと同じって?」

「そうだろ。どうみてもお前はこちら側だ。あっちでもそっちでもない」

「…………」


 対して、夜はガンスロット=キノサキの事は名前や簡単なプロフィール以外大しては知らない。


「ヒャッハー。白髪ねぎは気づいているキノサキに対して特になにも言わなかったけどな」

「そんな人間があんな場所でどんな反応が出るかなんて、引き金を引けば弾が出るくらい簡単に予想できるさ」

「ヒャッハー。弾倉が空だったらどうするんだよ」

「それこそ予想外! 何者かの暗躍ってね!!」


 茶化すようにキノサキは言うが、こんな機械にまで自分を見透かされたかと思うと、余計に気分が悪くなる。

 今の自分は、こうもわかりやすく腹立たしい存在なのかと。


「ヒャッハー。心拍数が若干体温が上がった」

「え、もしかしてトキメキ!?」

「ヒャッハー。多分怒り」

「ええ!? 人間不信!?」


 また空気も読まずにふざける機械たち。

 結局ここにきて何が言いたいのか、痺れを切らして夜は問う。


「それで何? あなたも同じように、少しは歩み寄った方がいいと言うの?」


 先ほどよりもさらに言葉に棘が含まれてしまうが、夜は時に気しない。

 白零や黒千代と同じく、この男もそういうんじゃないかと思ったが、


「別に? そんなこと言うつもりなんて毛頭ないさ。むしろ仲が悪くても大歓迎よ」

「……え?」


 しかし、予想していたのとは違っていた。否定するどころかむしろ喜んで勧めている。

 キノサキたちの中に、いやな感じがすると、訊いてもいないのに余計なことを次々と話していく。


「こちらもヘルメスも、ちょっと君に興味があってね」

「ヒャッハー! 注:(ラヴ)の好意じゃないものを指す」

「お前という人間が、不安定な情緒を抱えたつつ白髪ねぎに感化され、それでもなおジレンマに陥っているという…………いろいろといい感じにこちらに感情データとして記録されていくんだよ」

「ヒャッハー! なかなかお目にかからないからね」

「クロチーのような純粋だけど意思の強い子もいいけど、お前のように不規則で不安定で葛藤抱えている子もまた、こちらにとって興味深いのよ!」

「ヒャッハー! 噛み砕いて言えば、退屈しないものがふえたってことさ!」

「……最悪。完全にあなたたちの都合じゃない」


 よりにもよって、夜が一番嫌う理由だった。

 まるで傍観者みたいに楽しげなことを述べてくるし、言いように弄ばれてしまう予感がしてより不快感が増してくる。


「ああ、勘違いしないで。べつにこちらは人の不幸がすきというわけじゃないよ! クロチーとか白髪ねぎとかについで君みたいなのが出てきて、楽しそうなパーティになるなあって喜んでいるだけだよ!」

「ヒャッハー! 今のキノサキの発言に矛盾が見られるけど、お前は撃ち抜けるかな!」

「もういいからさっさとどこか言って。これ以上余計に疲れさせないで……」


 さすがの彼女も、キノサキたちについ弱音を吐いてしまった。

 同時に、これからもこんな男と行動を共にするのかと思うと余計に気が滅入っていく。


「えー、せっかくだからもう少し話そうよ。次は白髪ねぎとのあつあつでつゆだくのシロ抜きな関係について少々……」

「……は・や・く・い・き・な・さ・い」

「わぁお!」

「ヒャッハー! 驚くほど強い殺気! 機械じゃなきゃ震えちゃうね!」


 さすがにこれ以上は踏み込むつもりはなく、キノサキもエルメスも素直に引いてくれた。

 夜はため息をひとつつき、肩から荷を下ろしたように疲れた表情で首をもたげる。


「……お昼ちゃん。なじまない場所だろうとなんだろうと、そんなにふて腐れているばっかりじゃ、楽しめるものも楽しめないよぉ?」

「ヒャッハー。気に入らないなら逆に食べちゃうぐらいの気概はもったらどうだい?」

「闇を抱えているのは君に限っているわけじゃないからな」


 そう言いつつキノサキは耳当ての機械に指を触れると笑みを浮かべ、ヘルメスと共に夜の前から姿を消していった。


「――――――――――」


 罵倒するような夜のつぶやきなど、誰にも聞こえはしなかった。もうすでにキノサキとヘルメスは彼女の前から姿を消し、再び彼女は一人暗い道の中取り残されていった。

 ……ほんのわずかに、内心穏やかになりつつあることに気づくと、彼女はさきほどよりいっそう深いため息をついていった。

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