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肆陸話 閉鎖空間と一人ぼっちは相乗でかなりつらい

 白零が取調室に連れていかれた一方、ガルシャードは再びここの牢屋から出る方法の続きを話した。

 本当は白零が戻ってきてからでもいいが、もしもの時のため、先にレイラに説明をすることにした。


「レイラさん。熱凝石の効果限度時間は分かったところで、今度はこれを持ってくれないでありますか」

「え…………?」


 そう言うと突然ガルシャードは口からあるものを吐き出した。

 赤い輝きを放つ、宝石のようなきれいな石であり、レイラやガルシャードの手枷にはめ込まれた石と同じものだった。

 出した場所があれだが、吐き出された赤い石を見てレイラは少し驚いた様子でガルシャードに訊いた。


「ガルシャード殿。まさかこれは……」

「はい。熱凝石であります」


 なぜガルシャードの体内からタダではない石が吐き出されるのか、疑問に思ったレイラにガルシャードは恥ずかしげに言う。


「実は自分、軍人ではありながらも精霊術の使えない兵士でありますので、他よりも少し多く支給されたのであります。ですので自分、それをいざと言うときのために使うと、体内に隠していたのであります」

「まさか……これがここの牢から出る最後の要か」


 地面に落ちた熱凝石を見て、レイラはガルシャードが考えていることが読めた。

 ガルシャードもそれを肯定するように、力強くうなずいた。


「そうであります。この手枷に嵌められてしまったら精霊術は迂闊に使えなくなりますが、熱凝石を使用するのなら話は別であります。これを使って手枷と牢を破壊するのであります」


 少々躊躇われそうだが、レイラは枷の嵌められた手で何の抵抗もなくそれを拾うと、一応隠すために足の下に敷いた。

 力を籠めて術を発動させる気がない限り誤爆する心配はないため、どう扱おうが問題はない。


「この石に込められた術は【熔解フシオン】。決められた対象のみ熔かすのでありますから、腕が巻き込まれたりはしません。自分、予備は多く持っているのでありますがもしも自分になにかがあった時に持っていてくださいであります」

「ああ…………わかった」


 どうやらガルシャードは、手枷にはめ込まれた【熱感知カローペルセシオン】の熱凝石の効力が切れた後に、この持ち込んだ熱凝石で拘束を解くつもりだ。

 おそらく牢屋の方も同じ方法で壊すのだろう。


「しかし……どうして白零殿が先に連れて行かれるのであろうか」

「それは、よくわからないでありますが……いずれ自分やレイラさんも同じく取調室に連れていかれるであるからあまり気にすることはないと思うのであります」


 白零だけではなく、ガルシャードもレイラも真っ先に白零が連れていかれたことに疑問するが、しかしガルシャードは大して深く考えてはいなかった。

 白零が問題を起こさない限り、しばらくすればここに戻ってくると思っているだろう。


 しかし、彼らは気が付いていない。

 この後白零はここに戻ってくるわけではなく、ある所に連れて行かれてしまうことに……


「おそらく自分たちも連れて行かれると思いますが、もしもまた三人がそろった時は……」

「おい! なにをこそこそ話している!」

「「!」」


 ガルシャードとレイラが話をしている最中、また別の看守が現れ、さっそくレイラたちを見ては怪しむ。

 しかし、いくら疑おうが熱凝石付きの手枷に嵌められ、そのうえ壁に繋が得ているから自由はできない。

 そう判断した看守は、とくに大したことあないと判断し、次の指示をする。


「まあいい。次はお前だ、付いてこい」

「!」


 看守は次にガルシャードを指名し、連れ出す為か雑居房の鍵を開けた。

 そして手枷から延びる鎖を壁から外し、それを持ってガルシャードを雑居房から連れ出していく。


「ガルシャード殿……」


 レイラは名前を呼びかけた瞬間、ガルシャードは一瞬だけレイラの方を見た。

 その視線に込められた意味を、レイラは受け取った。


 自分に何かあったと判断すれば、単独で行動する。


 そう感じたレイラはもう何も言わずにガルシャードを見ていると、ガルシャードは正面を向いて、大人しく看守の方へとついて行った。

 もうこの雑居房にいるのはレイラひとりだけだ。


「白零殿がもしも戻って来ないならば……その時も考えておくべきか……」


 そう思ったレイラは、ガルシャードからもらった熱凝石を足元に隠しながらも、手枷の熱凝石を見つつ、これからどうするべきかと考えることにした。

 今はまだ手枷に嵌められた熱凝石の効用は続いている。いつまでもつかは分からないが…………



          2



「…………?」


 しばらくして、ふとレイラは突然眉をひそめて、耳を澄ましだした。

 誰かがこの地下牢の階段を降りる音が聞こえるのだ。

 看守が来たのかと一瞬だけ思ったが、しかしレイラはそれを真っ先に否定した。


(看守か……? いや、先ほどガルシャード殿が連れて行かれたばかりだ。だとしたら白零殿か……?)


 まさかもう自分に取り調べの番が来たかと思ったが、それはないと否定し、今こちらに向かう足音が仲間の者だと願う。

 見えないなにかに対して警戒するレイラの耳に、足音は徐々にこちらへと近づく音が聞こえてくる。

 やがて、階段を降りる音は止まり、変わりに足音は目の前へと迫っていた。

 そして、レイラの目には、そのどちらでもない全く違う人物が映っていた。


「ふふふ……いいタイミングで一人になったわね」

「…………?」


 雑居房の前に現れたのは、レイラにとって全く見覚えのない、それでいて奇妙ないでたちをした少女だった。

 金髪に染めた長い髪と、女子高生が着るような学生の制服。

 そして、それらに全く似合わない数々の鉈が、少女の腰のベルトに吊されていた。


「…………!?」


 レイラは目の前の少女をただ者ではないと見た。

 奇妙な格好もそうだが、どこか不自然な笑顔がなおのこと強い違和感を起こさせた。

 そして、人間でありながら火蛇族サラマンドラに束縛されている訳もなくここにいることと、そして何となくだがレイラ自身の直感が告げる。


 この少女は、決して平穏からほど遠い存在であると……


「初めて見るわ。あなたが水妖族オンディーヌという種族ね」

「……何者だ?」


 兎にも角にも、相手の正体がわからない以上無闇に推測をしたところで意味はない。

 幸い、今すぐにこの少女は襲い掛かる様子はない。ここは素直に、相手の話を聴くことにした。


「そうね……その質問に答える前に、あたしの質問に答えてくれない?」

「……なんだ?」

「……あなたは白零君の、お仲間かしら?」

「!」


 白零の名前を聴いた瞬間、レイラは驚きと同時にあることを思いだした。

 曰く、白零がこの里を目指すことになった目的の一人であり、なんとしても危険から遠ざけたい存在。


「その顔はイエスね。ふふ……はじめまして」


 レイラの言葉に、お互い相手が誰なのかを理解した。

 ということはつまり……自分の仲間が求めていた相手が今目の前にいる。

 しかも、よりにもよって白零が取調室によりここにはいない時だ。なんとも間が悪い。

 それなのに……


「あなた、名前はなんて呼ぶの?」

「……レイラだ。浮空昼江」

「わかったわレイラさん♥ 白零君がいないときでよかった」

「どういうことだ? 白零殿が目的ではないのか」


 白零がここにいないと言うのに、それを好都合ととらえた昼江はどこか楽しそうに喋り出す。

 決して目線は外さず、隙を見せないまま……


「どういうこともないわ。あいつったら、あたしの事になると冷静じゃなくなって話どころじゃ無いからね。だからこの時を窺って、ここに来たのよ」

「……私に目的があり、ここに来たと言うのか」

「そうよ。ガルシャード君でもいいけど、なんとなく会っちゃいけない気がするの。おそらくガルシャード君も、あたしを止める気なのかもしれないしね……」

「…………」


 どうやら、話以上に二人に強い因縁があるのだとレイラは理解した。

 いったい何を考えているのか、この目の前の少女は白零でもガルシャードでもない、全く面識のないレイラのもとに来たのだ。

 だからこそ、この状況はつまり……


「……私の前に来たのは、私だけになにか言いたいことでもあるのか?」

「ふふ、そうよ。白零君でもガルシャード君でもない、あなた自身に……ね♥ その為にアルバロス将軍にあなた達を分断させるようにしたんだから」

「なに…………!」


 まさか人間の指示に従って火蛇族サラマンドラの将軍が動くことなど考えられないからだ。

 だとしたら先ほど連れていかれたのは、取り調べが本来の目的ではなく、三人を各自自由に動かせずにするため……


「本当は最初っからこうすればいいけど、あんまり目立つ動きをすると面倒な連中に目をつけられるからね。たかが人間にあんな場所へ連れて行くとはどういう事だ、って。白零君が考えていることなんて丸わかりだし、危険な要素はあらかじめ断たなきゃいけないのは当然でしょ?」

「…………」

「安心して。白零君は今頃、出るに出られない特別な牢獄にいるわ。ガルシャード君は若干別の所だけど、あなた達がこの牢を出るころにはもう、全て終わっているわ」

「全て……白零殿が言った通り、それはそなたらが何かを行おうとしていることか」


 状況がまずくなった今、自分にいったい何ができるのかと、レイラは頭の中で考慮を巡らせていた。

 それと同時に、少しでも相手から情報を引き出せるため、レイラは話を続けた。


「そう、全てよ。……軍も、皇族も、格差なんてくだらない社会も、実力主義も、火蛇族サラマンドラの里も、……みんな終わるわ」

「!?」


 そのとき、いつも笑みを浮かべていた昼江の表情が変わり、どこか冷たく陰鬱な様子になった。

 突然の変貌にレイラは内心驚きつつ、それを表に出さずに話を聞き続けた。


「そして……初めて救われるのよ。理不尽な悪に苦しめられた、下層部で生きる人たちみんなが……」

「里を終わらせることが、下層部の住人を救うことだと?」


 この時、いったい目の前の少女はなにを考え、企んでいるのかレイラにはわからない。

 しかし、己の仕える君主が言っていたことは正しいことが確証された。

 リュンピ様がおっしゃった通りだ。今、火蛇族サラマンドラの里で何かが起きようとしている、と。


「そうよ。でも、たとえ目的がわかろうと、白零君は絶対にあたしを止めるでしょうね。でも、あなたはいったいどうかしら?」

「?」


 すると、昼江は檻に触れるくらい近づくと、その場でしゃがみレイラと同じ目線の高さに合わせた。

 そして、レイラの瞳を深く覗き込むように真っ直ぐ見据え、昼江は言う。


「あなたは白零君とどれくらい深く関わっているのか分からない。けど、火蛇族サラマンドラに敵対する水妖族オンディーヌのあなたなら、もしかしたら違うかもしれないじゃない?」

「……なにが言いたい」

「ねえ、あたしたちに協力しない? 白零君を置いて、さ」

「!」

「初対面でもわかる。あなたは強いわ。だからこそ味方につけたい」


 昼江はなんの迷いもなくとんでもない事を言い出した。

 いきなり、それも仲間を差し置いて得体のしれない相手と協力するなど……


「悪い話じゃないわよ。別にあたしたちは白零君が想像するような殺伐としたことじゃない。むしろ、この里に虐げられた蛇人サーペンターの皆を助けることだし、水妖族オンディーヌ風精族シルフィを攻めたりはしないから、魅力的だとは思うんだけど?」

「……なにを企んでいる」

「ふふふ、知りたい?」


 警戒心を隠さないレイラの鋭い言いように、昼江は陰鬱な表情から一転して、微笑を浮かべた。

 最初の時の作為的な感じとは違い、どこか攻撃的な笑みだ。


「いいわよ。特別にあなたにだけ教えてあげる。あたし達がなにをしようとしているかね」

「!?」

「あら、何を驚いているの? 別にいいのよ。たとえ企みがばれようとなかろうと、どちらにせよ妨害に入る気なら、あなたに協力させるために話してもいいわ」

「…………」


 レイラはなるべく冷静を装いながらも静かに昼江の言葉に耳を傾けた。

 どうやら昼江の言っていることは本気であり、本当にレイラを味方につけるために話すつもりだ。

 もしかしたら昼江の言うことはかなり困難な事であり、少しでも手を必要としているかもしれない。


「うふふ、実は―――――」


 昼江は、白零やガルシャードではなくまったく面識のない水妖族オンディーヌのレイラに、自分たちのこの先の事を話し出した。

 いったい何を企み、何を目的とし、何を行うのか。


 それらすべてを聴いた瞬間、レイラはこれまでで一番動揺し、そして驚愕した。


「…………!?!?」


 いかなることであれ冷静のままでいるつもりではあったが、これには驚かざるを得なかった。

 内容も内容だが、それを実行に移そうとすることが信じられず、レイラは昼江の正気を疑う。


「……本当にそんなことを考えているのか」

「本当よ。そうでなければあなたに話さないわ。これでも意を決しているのよ」


 昼江に迷いはないのか、一切のためらいもなく言い切った。

 だからこそ、レイラにしては珍しく声を荒げて言葉を投げかける。


「それで本当に火蛇族サラマンドラが救われると思っているのか!」

「…………」


 対し、昼江は静かに相手の顔を見据え、そして相手の様子から判断した。


「……その様子だと、協力する気はないようね」


 一泊置いて、レイラも自分がいつの間にか熱くなっていることに気づき、一呼吸を置いて冷静に語る。

 常に自分が掲げてきた譲れないものを、


「……確かに私は水妖族オンディーヌの戦士だ。里を護るためならどんな相手だって戦う。しかし、仲間を差し置いて勝手に動くことなど、私自身が許さない」

「ふーん。ま、予想できた答えだけどね♥」


 そう言って昼江は立ち上がり、最初の時と同じ、いつも通りの作り笑顔を浮かべだした。


「わかったわ。あなたがそう答えるならもう誘わない。しばらくの間、そこの檻で大人しくしてもらうわ」

「…………」

「安心しなさい。あなたの目的がわかった以上、取り調べに連れ出したりしないわ。下手に動かして不意を突かれたら困るからね。だから……」


 すると昼江は、長い時間レイラに向けられた視線を横に向けた。


「そろそろよ! 来て頂戴!」

「……わかった」

「!」


 昼江の呼びかけに、新しい人影が横から差し掛かかり、昼江からやや離れたところで待機した。

 それも火蛇族サラマンドラではない、またしても昼江と同じ人間だ。


(いつの間に……!?)


 レイラにとっては、人間の新手が現れたことよりも、自分が気づかないうちに来たことに驚いていた。

 いくら昼江の話に集中したとはいえ、足音を聞き逃すことなどない上に、昼江の呼びかけからすぐに表れたという事は、雑居房の死角である、鉄柵の向こうの昼江の横に待機していたという事だ。

 しかし、今目の前に現れるまえ、それらしき気配が全く感じられなかった。


「紹介するわ。あたしの同業者であり殺し屋、宇城うじょう銀生ぎんせいよ」

「…………!」


 昼江に紹介されたのは、黒のロングヘアに黒のコート、黒のズボン、黒のグローブと全身黒ずくめの人間の男だ。

 その上男の左目には黒の眼帯がつけられており、左腰には納刀された黒い刀が提げられていた。


 銀生と呼ばれた男は、興味がなさそうにレイラを見つめており、本人に代わって昼江が詳しく紹介する。


「銀生さんはね、人間界じゃかなり強い人で、暗殺でも強襲でもなんでもできる人よ。あなたの見張りにはピッタリなくらいにね」

「……貴重な人員を、私の見張りにおかせるのか」

「ふふふ、挑発には乗らないよ。あなたは強いから、仲間にならない以上なおのこと邪魔はさせないわ」


 昼江はレイラのことを強く警戒しており、その為に強力な見張りを置かせたのだ。


「それじゃあ銀生さん。また新しく指示が入るまで、この人の見張りはよろしくね♥」

「……わかった……だが、もしも向こうから近づけば…………」

「その時は銀生さんの好きにして」


 一通り支持を終えた後、昼江はそのまま踵を返して、これ以上話すつもりはないと階段の方へと向かって行った。

 だが、


「……そうだ。最後に、もし白零君に再会したならこれだけは言っておいてくれない?」

「なんだ?」


 いきなり昼江がレイラの方を振り向くと、なにか伝言らしきものを言い出した。


「今まではなんだかんだで見逃したけど、これさえも邪魔するなら、今度こそ容赦はしない。……と、言っておいてね」

「!」


 そう意味がありそうなことを言い、また笑みの表情を作った昼江はそのまま静かに階段を登って去ってしまった。

 仲間は連れ去られ、話し相手だった昼江も去り、薄暗い牢獄の中レイラただ一人となってしまった。

 いや、雑居房の前には見張りのための殺し屋が正座で待機している。

 とにかくレイラには何も興味がないが、見張りのためにレイラを見ているようだ。

 とりあえず牢の中でおとなしくしている間は何もしてこないと思い、一人静かに呟きだす。


「あれが、白零殿が話されたお方…………読めない人だ」


 レイラは先ほど昼江が浮かべた冷たい表情を思い出しては戦慄した。

 今まではレイラ自身、ある程度の人間は見慣れたつもりたが、あれほどの顔をする人間を見たことはないからだ。

 ましてや白零の話を聞かなければ、より強く警戒しただろう。


(そんなことよりも、あの人間が言ったことが本当のならば白零殿やガルシャード殿は自由に動けない)


 まだいくつか熱凝石を持っているらしいガルシャードならまだしも、白零にいたってはなおさら不可能だろう。

 今頃、昼江の言う特別な牢屋の中で一人寂しい目に合っているかもしれない。


(こうなれば、私が一人で動いて、白零殿とガルシャード殿を助け出すしかない、か……)


 しかし、今動く訳にはいかない。手枷に厄介な石がはめられている上に強い見張りがいる以上、折角ガルシャードが用意した脱出の切り札が生かせなくなる。


(白零殿、ガルシャード殿、しばし待たれよ)


 ガルシャード曰く、感知式の熱凝石の効果が切れるのは一日二日ほど。

 焦る気持ちも無いわけではないが、後は見張りをどうするべきかを考えつつ、静かにレイラはそのときを待つことにした。



          3



 火蛇族サラマンドラの里、中層部。

 その中の収容所らしき所で、特別らしき牢屋で昼江が来ないのかと待っているのだが……



 …………。

 ………………。

 ……………………。


「昼江が…………」


 来ない…………。

 ……………………。

 ………………………。


「ちょっと待て、このまま沈黙の状態で待ち続けなきゃいけないのか?」


 おいおい、待ってくれよ。落ちたら溶岩に真っ逆さまなこの鳥かごみたいな牢で、何もせずに待ち続けなきゃいけないの!?

 おかしいな……まじでこれ誰にも来ないの!?


「…………やばい、さみしくなってきた」


 天窓から、いつも変わらない綺麗な満月が俺を照らしている。

 それと同時に、牢の下からものすごい熱気があふれてくる。


 そして俺の両手を拘束する石付き枷と、同じく石付き牢。

 まったく、こんな牢屋の中をどれだけ過ごせと……?


 ……マジでここからどうしようか。

 なにか方法は…… 








『……ククク、まったくこれしきの事で心を乱すなど、小僧もまだまだだな』









「ん?」


 あれ、今何か無駄に渋くて低い変な声が聴こえた気がするが……

 周りを見渡してみるが、誰かがいる気配がしない。

 ……気のせいか?


『変な声とは失礼だ。まったく変わらないな小僧』

「!?」


 またさっきの声が、しかも妙に鮮明聞こえてくる。

 なのに、どこにも姿が見えない…………


 …………おいおい、とうとう俺の精神が限界をきたしてしまったか?

 まいったな。俺そんなにメンタル弱かったかな……?


『違うと言っているだろ。いい加減現実を見ろ』

「…………だ…………」


 誰!?

 え、ちょっと! 本当になにこれ!?

 なんで周りに誰もいないのに声が聞こえるの!?


『本当に心を乱しやすい性分だな。小僧。まさか己の声を忘れたわけか』

「え? いやそう言われてもそもそもお前はいったい……」


 ……まさか…………!?


『ようやく思いだしたか? 小僧』


 そうだよ、なぜこんな印象的な声を忘れていたんだ。

 いったいどれくらい前なのか、俺と昼江が幻界で初めて再会した時よりも少し前……


「あの時の声なのか…………?」

『その通りだ。小僧、まさかすぐに思い出せないとは思わなかったが……まあ、覚えているならばそれだけでもいいか』

「おいおい待てよ、待ってくれよ。あれって結局俺の夢とか幻聴じゃなかったのか? なんで今になって聞こえてくるんだよ」


 周りを何度も見渡すが、どこにも姿を現さない。

 いや、それどころかこいつの声が、まるで頭に直接響くように聞こえてくる。

 ……まさかエスパーだからじゃないだろうな。


『小僧。己の声を、一時の精神状態が見る幻のように言うな』

「……本当に、なんなんだよお前」


 ……まあ、そんなくだらない冗談はさておき。


「おい、お前。……お前がいったい何者なのかは全く知らないが、いったい何をもってしてこのタイミングに話しかけたんだ?」

『簡単な事、この先で小僧が大きな戦いをする可能性が見えてきたため、その前に確認をする』

「確認?」


 それにこの先? 大きな戦い? いったい何を言ってるんだ?


『お前は言ったはずだ。どれだけ傷つこうが、何度同じ目に遭おうが、それでもお前の定めた何かを、暴力から護り続けると……』

「あ、ああ……そう言えばそんなこと話していたな」


 俺が定めたって、ずいぶんと遠回りなことを言ってるけど……

 あの時は、相手も知らずにそう断定して言ったっけか…………


『……ならば、もしも殺さなければ殺される戦場の中に、小僧が護らなければならない者がいればどうする?』

「…………え?」


 ちょ、いったい何の話を…………


『お前は、お前の大切な何かを護るために、誰かの命を小僧自身の手で奪わねばならぬ時が来れば、どうする?』

「…………!?」

『答えろ』


 ………………!?

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