弐陸話 嫌な予感は当たりやすい。
今回は久々にあの子の視点で。
あのロビィと名乗った“迷い子”から聞いたのはとても信じられない内容だった。
それを聞いた私たちは、術を使う形で急いで里へと向かった。
本来は一日以上かけてたどり着くところをその日の夜に里の近くまでたどり着くことができた。
そして、直に様子を見て私たちはロビィが言っていたことが本当だという事がわかった。
「なによ、これ………………!?」
それは私が里を出るときに見た様子と違っていた。
そもそも風精族の里は木が生い茂っている山の頂上にあり、風精族以外だと登るのに時間がかかる。
そして、その山の麓には気配を察知する結界を張っている。
もしそれが外敵だった場合、木に施した精霊術によって敵を迷わせたり眠らせたりと、相手を無力化させることができる。
また、木そのものにも簡単に破壊されないように術が施されているため、相当精神力が強くない限り山を登り里を攻めることはできない。
いわばその山は、風精族の里を護る一つの大きな砦のようなものだった。
しかし、今その山を見たクロチヨはぽつりと一言。
「ひどい……」
私もクロチヨの言葉に同意する。
こんなの……ひどすぎる……!
その山は、麓から中腹までが焼き尽くされ、青く生い茂っていたはずの木は黒く炭化していた。
クロチヨは目を見開き、手を口に当てて黒くなった山を見る。
まさか初めて見た里が……正確にはその山が焼け落ちているなんて……
「ううぅ……黒こげになってる……」
「あの追手とは関係ない、よな…………?」
ロビィから聞いた内容は以下の通り。
『その里って呼ばれている街が何者かに襲われそうになっていた』と言っていた。
襲われそうってことは里の騎士団は麓か中腹で襲撃者と戦っていたってことね。
曰く、自分たちは追手から必死に逃げており、周りがよくわからないままひたすらに進んだため詳しいことはわからない。
ただ、街はなんだか慌ただしく、山を下るとその一部が燃え盛っており、争いごとが起こっていることだけはわかっていた。
さすがに襲撃者がいったい何者なのかはわからなかったそうだけど……
だけど、私にはわかった。
そもそも、燃えないように木には術を施しているのにそれなのに燃えてしまった。
ということは思い当たることは一つ……
「火蛇族さんだね」
「恐らく、ね…………」
でも、わからない。
壊滅させられた国境警備隊も今は立て直しているし、周囲の警戒だっていていたはずよ。
だから、また攻めてくるにしろ、いきなり領地の中央である里を攻撃されることなんてないはず……
それなのにいったいなぜ?
「ラネットさん……里の方は無事なの?」
「わからないわ。行ってみないと……」
とにかく私とクロチヨは先ほどからあんまり喋っていない迷い子二人を連れて里へ続く山を登るのだった。
2
山の頂上は木がほとんどなく拓けたところに街が作られている。
石で作った囲いの中に作られた町並み。
真上から見れば真円のように町が並んでいる。
そこも山と同じく惨事が起こっているかと思ったんだけど……
「ここがラネットさんの故郷……」
「ここも酷いことになっているわね……」
嫌な予感はそうそう外れないと思った。
見渡す限りどこもかしこも建物は大きく破損されて、戦闘の後が数多く残ってあった。
しかし、それにしては犠牲者と言うか、それらしきものは見当たらない。
だとするなら……
「みんな、ちょっとついてきて」
「え、ラネットさん?」
「お、おい」
私はクロチヨ達を連れてある所へと連れて行った。
進むは町の中央、里の要所とも言える……
「うわ……すごい……!」
「これって……宮殿?」
ロビィたちが感動しているのは里の中央にある族長とその近衛騎士が住むことが許された宮殿と呼ばれる所。
しかし目的地はそこではない。
私は、宮殿から少し離れた所にある建物にたどり着いた。
「着いたわ。ここよ」
「え? ここって……」
目的の建物は全くと言っていいほど壊れてはいなかった。
どうやら壊れた建物は外側のようであり、中央に近い建物は無事なようだった。
「私の家よ。さあ、上がって」
「え、ラネットさん?」
「お、おい!」
私は戸惑うクロチヨに構わず久々に自分の家に帰ってきた。
もっとも、一人暮らしの家であるため誰もいないのはもちろん、最後に出た時と変わらない。
とりあえず三人を連れて一階はそのまま通って二階に上がった。
そこで私はある部屋の扉を開けて三人を中へ連れて行った。
「着いたわ。ここが無事でよかった」
「着いたって、ここは……」
「私の家の私の部屋よ」
そこも最後に見た時と変わらなかった。
一人分の大きなベッドに衣装を入れるタンス。
あとは調査隊の事について書類を書いたりするのに必要な机と椅子。
いくつもの書物を収めた巨大な本棚。
殺風景かと思うけど仕事が捗るのにはちょうどいい部屋であった。
連れて行った理由は簡単よ。単に宿代を節約……だけじゃなくて、ゆっくり話せる空間が必要だっただけよ。
まだロビィたちがここがどこなのか分からない以上、知らない宿に預けるのもなんだからね。
さてと、
「クロチヨ、ちょっとお願いがあるんだけど」
「え?」
これは迷い子が来たどころじゃないわね。
なんでこうなったのかを知らないと……
「私は何でこんなことが起こったか詳しく聞きにいかないといけない。だからクロチヨはこの二人と一緒にこの部屋で待機していて」
「えぇ? ロビィはこのまま待つの?」
「おい! 仲間探すのを手伝うんじゃないのか!?」
「何言ってるのよ。今は駄目よ。少なくても夜の外出は禁止」
「「…………!」」
不満げな目と不安な表情で見ても駄目よ。
「クロチヨ。私がいない間、この二人には幻界について説明をしてほしいの」
「で、でも……いいのですか? いきなり自分の部屋に私たちを置いても……」
クロチヨはいきなり私が部屋へ上げたことに少しだけ戸惑っていた。
「え? 別にそんなの構わないよ。あんたがここで悪いことはしないって信じている。だから少しの間だけこの二人の事を頼んだわよ」
「……うん。わかった」
クロチヨはお願いを引き受けてくれたので、私はロビィとセーヴェを部屋に残して家を出て行った。
そして再び中央にある族長が住む宮殿へと向かった。
3
ラネットさんの部屋……
木でできた床や壁にべっどと大きな窓と机と本棚とやや少なめな印象があります。
個人の部屋だからでしょうか、セーヴェさんがどこか落ち着かない様子です。
そして、現在その部屋でのことです。
とにかくお互い落ち着いた頃、私はロビィさんとセーヴェさんに幻界のことについて説明しました。
私よりラネットさんの方が詳しいですけど今は忙しそうですので、私から最低限のことを教えました。
「幻界……月の口……迷い子……」
「ちょ、ちょっと待てよ! ……異世界なんてもんが実在しただと……!?」
ロビィさんは先ほど私が説明したことを復唱していました。
セーヴェさんもすぐには信じられない様子で興奮していましたけど、だんだんと時間が経つと落ち着いてきました。
「ロビィ……いつの間にそんなところに入っちゃったんだろう……」
どうもロビィさんは月の口に入ったという自覚はないようです。
しかし……
「けど、坂から転げ落ちたときはいろいろと無茶苦茶だったし、よく周りが見えてなかったから……」
心当たりがあるのでしょうか、ロビィさんは何かを思い出すと複雑な表情で言いました。
その後、恐る恐る質問をします。
「じ、じゃあ……あの妖精みたいな女の子は……?」
「ラネットさんは風精族って呼ばれている種族で、基本人間に対しては友好的なの」
「え、え、え? し、風精族? ヒトじゃあないの?」
あ、そこの説明もまだでしたね。
私は次に幻界に住んでいる人たちについて教えました。
「幻界にはね、風精族さんとか、水妖族さんとかいろいろな種族がいるんですけど……」
さすがにそこは詳しくないのですが、せめて種族の名前を一通りと、私が知っている風精族さんや水妖族さんや火蛇族さんについて教えました。
「…………正直信じられない話だけど…………」
「そういってもラネットさんの羽は本物ですから……」
「う、うん。確かに宙に浮いて、飛んでいたし……」
ラネットさんの精霊術を実際見ていますから信憑性はあります。
すると……
「ああもう! 訳がわかんねーよ!」
「「!」」
先ほどから静かに考え事をしていたセーヴェさんが煩わしそうに言います。
「いくらなんでもありえなさすぎだろ! 異世界? 人間とは違う種族? ふざけんなよ! こんなのそう簡単に認められるわけねえだろ!」
「ちょ、セーヴェ君!?」
「悪いけどオレは先に寝させてもらうからな!」
セーヴェさんは、相当疲れていたのでしょうか、強制的に話を中断して四つあるべっどの一つに飛び込むように入りました。
そして、もう話を聞かないと言わないばかりに布団を強くかぶりました。
「ちょっとセーヴェ君!? そこはラネットさんの布団だよ!?」
「うるさい! 妖精だが幻想だが知らんがそんなの信じねーからな!」
「あ…………」
話を全く聞かないセーヴェさんに、ロビィさんは申し訳がなさそうにこちらを見ました。
「……あ、あの……ご、御免なさい……」
「……いいんです。そう思うのは無理ないと思いますから」
誰かに追われて、知らないうちに迷い込んで、その場所がとても不思議な所で……
追手から逃げるために仲間を置いて行って、安全な場所に案内したかと思ったら大変なことになっていて……
辛いことが立て続けに起こっていますから信じられない、というより信じたくないと思っているかもしれません。
でもそれはセーヴェさんだけではないのでしょうか。
「ロビィさん、いったん落ち着きましょう。少ししたらラネットさんが来ますから、その時にまた落ち着いて話しましょう」
「う、うん……わかった……」
でも、信じられないのはロビィさんだけではありません。
いったいなんで……いえ、どうやって風精族さんの里を襲ったのでしょうか?
肝心の街は無事で何よりですけど、このまま放ってはおけません。
ひとまず私もロビィさんとは別の意味で落ち着くため、外の風に当たりに行きました。
4
「火蛇族の大軍が奇襲してきた!?」
「そうだ。無論、国境砦を通った形跡もなく、だ」
クロチヨが私の部屋で待っている一方で私は里の中央の宮殿の近くにある調査隊の詰所へと久々に戻った。
まあ、しばらく帰っていなかったため叱られたりもしたんだけど今はそれどころじゃない。
私は更に深く追求するため隊長に詳しいことを訊いた。
「現れたのは火蛇族の二個中隊から一個大隊ほど……装備からして本気で里を制圧しようとした数だ」
「そ、そんな大人数……国境も通らずにどうやってここを攻めたんですか!?」
カルリトロス将軍の小隊がオーリエ村を攻めた時。
隊長の話ではあのあと里の周辺、そのほかの村に潜伏していないか調べたらしい。
しかしその時はどこにも今の人数の火蛇族はどこにもいないようだ。
「わからない。だがさすがに山に張った結界が感知してくれたおかげで気が付くことはできたが、なにせ突然の事だったから……」
隊長は歯ぎしりをして悔しそうに言った。
「そのほんのわずかな隙があったせいで…………奴らに山の一部を焼き払われてしまったのだ」
「ちょっと待ってください! 確かあの木々には燃やされたり破壊されたりしないよう術が施されたんじゃあ……!」
そう、結界も木に施した術も、里の王宮に仕える高名な術師が数名で発動したもの。
つまり、よほどの者でなければそうそう術は破られないが……
「……まさか、いたのですか?」
「ああ。火蛇族の将軍が一人、竜人のアローン将軍だ」
「!?」
アローン将軍。訊いたことのある名前だった。
確か、軍の中でも五本指に入る、火蛇族の過激な軍人だった。
確かにその将軍なら術を施した木さえ燃やしてしまうかもしれない。
けど、それ程の者がいるのならば……
「ではなぜ……里が無事だったのはなぜなのですか?」
確かに山にも被害が出ているし街にも被害はあった。
しかし中央は無事だったし住民も中央に避難させたおかげでみんな無事であるらしかった。
つまり軍が中央にまで攻められなかった理由はなぜなのか隊長に訊きだした。
「その理由は……三つある」
隊長は、時間をかけて思い出すように一つ一つゆっくりと理由を言い出した。
「一つは、それでも用心して水妖族の戦士達がここに滞在してくれたからだ。こちらの騎士団も、水妖族もかなりの数で負傷者が出たが、幸い死傷者は出さずに済んだ」
「……族長が万が一を考えて根回しをしてくれた?」
たしかに、水妖族の戦士がここにいることはリュンピ様が許可したことだけど、それ以前に族長が配慮してくれたことらしい。
どちらにしろ、そのおかげで里に被害はそう及ばなかったかもね。
「残り二つは……正直複雑な気分なのだが……」
「え?」
里が守れたのに隊長はどこか言い難いような様子だった。
まさか、なにか犠牲が出てしまったとか……
「迷い子が…………」
「へ?」
迷い子? もしかしてロビィたちの事?
「ラネットは知らないと思うが、実はその日、また新たな人間が迷い込んだんだが……」
「…………」
いや、それなら心当たりがある。
それは恐らくロビィとかセーヴェの方なんじゃあ……
隊長は心なしか…………震えている。
いったんなんでなのかしらと思っていると……
「……正直、あれを人間と呼んでいいのかどうか、分からない……!」
「え?」
いったい……何を言ってるのですか?
人間と呼んでいいかどうかって……
「どういう、ことです?」
「ラネット。俺は何度も人間界へ行ったことがある。そこで人間界の技術や知恵、そしてさまざまな人間に触れてきた。しかし、あれは、人間と呼べるような感じではなかった。まるで……」
「え?」
「それに、そいつだけではない。その日に迷い込んだ人間だけではない。もう一人……」
隊長? いったいなにが……
なにか思い出したくないのか、信じられない事なのか、隊長は少しだけ黙り、躊躇いがちに話し出した。
5
風に当たった後、気分を落ち着かせた私は部屋へと戻りました。
「あ……さ、三咲さん…………」
べっどの近くの床で体育座りをしてロビィさんは私を待っていました。
「ロビィさん。えっと……大丈夫ですか? 」
もしかして、休んでいたのでしょうか。
私もロビィさんの向かい側になる形で座りました。
ロビィさんの表情は……真剣でした。
「あ、あの……ロビィはもう大丈夫です……でも、セーヴェ君が……」
しかしロビィさんがすぐに弱気な表情になって端のべっどに視線を向けました。
私もつられて視線をロビィさんと同じ方へ向けます。
そこにはセーヴェさんがべっどの布団に入ったまま静かに寝ていました。
先ほどまで強気な事が印象的でしたけど、今は穏やかです。
「セーヴェさん……うそみたいに静かですね……」
「う、うん……セーヴェ君、あんなに威張っているけどやっぱり疲れてたんだね」
それは、精神的な意味でもありますけど、それだけではありません。
本来は明日着くはずでしたが急いで無理して今日ここについたため私もロビィさんも疲れていました。
ラネットさんの精霊術のおかげでもありましたがロビィさん驚くくらい足が速かったです。
と、ほんの少し前を思い出していた私は、いったん考えたことを打ち切り、セーヴェさんの寝顔を見ました。
そして、気が付いたのですが……
「あの……セーヴェさん。この表情は疲れだけではありませんよね?」
「え?」
「なんだか……まだ怖がっていると言うか……安心しきれていないと言うか……そんな風に見えます」
セーヴェさんの表情……
まるで、水妖族さんの所で眠っていた零ちゃんと同じです。
あ、零ちゃんは壁立て掛け寝でしたからそこは違いますね。
ロビィさんはセーヴェさんの寝顔を見て、共感するように言います。
「む、無理ないよ……だってあんな怖い人に命を狙われて、追いかけられているもん。怖くなるのは別に恥ずかしい事じゃあ……」
「え?」
今、この人なんて言ったのでしょうか。
「命を狙われて?」
「え? あ…………!?」
どうやらうっかり喋ってしまったらしく、ロビィさんは口元を押さえてこちらを見ていました。
「……セーヴェさんは命を狙われているのですか?」
「ま、待って! い、今の……今のは、なし……!」
私が先ほど聞いたことを反芻していると、ロビィさんは慌てて両手で私の耳をふさいできました。
いきなりの行動に吃驚して反射的にその手を払いのけてしまいました。
「あぅ……」
「あ……ロビィさん。大丈夫ですか」
「だ、大丈夫。大丈夫だけど……」
ロビィさんは落ち着くと、懇願するように私の顔をじっと見つめていました。
「ロ、ロビィさん?」
「……お願い…………」
「え?」
「お願い……何も訊かないで。あ、あんまり怖いことに……巻き込みたくないの……」
「…………」
どんな事情があるのかはわかりません。
気にならないわけではありませんがロビィさんがこうである以上、訊きだすわけにはいきません。
しかし……
「ロビィさん。そうまでして言いたくないのはわかりました。しかし……」
「? しかし?」
「追っている人が誰なのかもわかりませんし探す仲間がどんな人かもわかりません。事情は聞きませんからせめて人物だけは教えてもらえませんか?」
「…………わ、わかった」
ロビィさんは姿勢を改めて私と向き合うと、まずは自分たちのことについて話し出します。
と、その前に、
「ちょっと待って。そっちもそっちで大事そうだけど、こっちも大変なことになったわ」
「!?」
「ラネットさん……」
話は終わったのでしょうか、ラネットさんが部屋に来てくれました。
「クロチヨ。まだ起きているね。あと、ロビィも起きているけど……」
ラネットさんはべっどの中で眠っているセーヴェさんを見て、
「……なに勝手に私のベッドで寝てるのかしら……」
すこし呆れてはいますが大して怒ったりしない様子で私たちと向き合いました。
ラネットさん。なんだか疲れているように見えるのですが……
「ラネットさん。なにか分かったのですか?」
「ええ、いろいろととんでもないことが分かったわ」
「と、とんでもない事? そ、それって……」
「今から話すわ。多分、あんたにも関係があるかもしれないから」
え? なに? と、戸惑うロビィさんを横に私はラネットさんの話に耳を傾けたのでした。




