閑話 青江堅一郎の懸念
と、ここで少々視点を変えて……
白零! お前は自分がいったい何をしたかわかっているのか!
「しょ、所長……すいません……」
すいませんじゃない! 危うく依頼人がけがを負う所じゃったろ!
「はい……」
まったく……結局依頼人を護りきれたのはいいにしろ、少しは先輩方の力を信じろ!
「はい…………」
それと黒千代!
「あ、はい……」
お前もお前でもっと自分の考えというものをしっかり持て!
「はい、すいません……」
まったく、お前たちはいったい何のための相棒なのかわかるか!
お前たちはまだ用心棒になってからまだ日が浅い!
自分一人での行動などまだ早い!
白零はなんでも自分で物事を解決しようとするし……
黒千代も他人を尊重し過ぎで自分を主張しなさすぎだ!
「それは……」
「そうですね……」
いいか、お前等。
仲間に甘やかすのはいけないが、仲間を頼るのは大事なことだ!
「え? 甘やかすのはいけないが……」
「頼るのは大事……?」
そうじゃ。
つまりできることは自分でしろ、できないことは仲間に任せろ。
そして、今自分にできることとできないことをしっかりと分析し、把握しろ。
それが今のお前たちに必要なことだ。
「所長……」
「青江さん……」
いずれお前等も大人になればおのずと誰かに頼られることになる。
いいか、頼ることができるのは子供の内だ。それまでに自分自身を鍛えておくのだ。
「「……わかりました」」
そう、それでいい。そのための事務所じゃ。
用心棒とは時に仲間との連携も必要となる。
今のお前らはまだ駆け出しだ。困ったことは素直に先輩に頼れ!
「「はい」」
2
白零と黒千代が幻界に迷い込んでから数週間。
時刻は深夜、人間界のある事務所の一室でのこと……
『申し訳ありません。その方たちについてはまったく存じ上げておりませんので……』
「本当に……本当に知らないのですか?」
そこは一人の中年男性が電話の受話器を片手に必死な様子で、あることを訊いてきた
深夜ということもあり事務所内は電話の向こうの声と電話の持ち主の声しか響いていないのだった。
『はい。何度も申しますけど、その方たちは……』
「そうですか……いや、わかりました。夜遅くすいませんでした」
という言葉と共に受話器が本体へ戻される音が響いた。
事務所の一室、中央にある厳かで立派な机の上で中年の男性が頭を抱えて伏せているのであった。
「白零……黒千代……」
この男の名は青江堅一郎。
白零と黒千代の上司であり、数週間前に頼まれた正体不明の依頼に白零と黒千代を派遣させた事務所の所長であった。
しかし、本来は厳かで険しい顔も今では不安をあらわにした表情で頭を抱えてうつむいている。
「いったい今どこにいる……」
頭を抱える理由。
それは、数週間前に派遣した二人のメンバーが任務でイギリスに行ったきり帰ってこないことである。
もともと派遣自体不安要素が多いうえにその任務の途中音信不通となり、まったくの行方知らずとなってしまった。
そのことにより彼はいなくなった自分の部下のことが心配でいろいろと問い合わせていたのだがよい結果は返ってこなかった。
「堅、こんな時間にお前まだここにいたのか」
と、そんな青江の様子が見ていられないのか……
「あまりそう不安になるではない」
「春房……」
もう一人の男が落ち着かせるような声でそう言った。
そいつは、所々白が混ざった黒髪でさらには体つきがたくましい、スーツ姿の男だった。
「堅、あいつらは何よりもお前を尊敬し慕っている。そのお前があいつらを信じなくてどうする」
その男は年相応の渋みのある顔でそう言ったのだった。
「お前は昔から物事を慎重に……いや、悪く見過ぎているところがある」
大陽道春房
青江用心棒派遣事務所のメンバーの一人であり、青江の次の古株である。
この事務所を立てたときまでは青江とはともに仕事をしてきた仲間でもあった。
歳も青江とはそう変わらないのだが、身体能力は最近衰え気味の青江とは違い未だ現役であり、今も事務所のメンバーとして活動している。
そんな春房もさすがに白零や黒千代のことは心配しているが、青江ほどではなかった。
「確かにあいつらはここに入ってからまだ四年しかたっていない。その上用心棒の仕事はまだ二、三年ほどだ。だが、たとえ危険な目に会おうとあいつらはそんな簡単にはやられない」
「それは……そうじゃが……」
春房の言葉でもまだ不安はぬぐえない。
「わしが心配しているのはそれだけじゃない……」
「もしも金斬や三咲がひとりずつだったら、か?」
「…………」
春房の言葉に青江は沈黙していた。
それはつまり肯定であった。
「まだ二人は……心配事が多い」
「…………そうか」
「特に……白零のほうじゃがな」
と、青江は弱々しい声音で心配事を言い出した。
「白零は……あいつはよくできた奴じゃ。何事にも用心深く、全力で挑んでくる」
青江は昔を振り返りつつ語りだした。
「しかし、あいつは物事を慎重に考えすぎるところがあるし肩に力が入りすぎている」
そして語りだした途端、苦い顔になった。
「まるで……あいつにそっくりじゃよ」
「堅、まあそうだろうな」
実際に白零が駆け出しだった頃、依頼人を危機にさらしてしまうという失態を犯していた。
そのことが原因で青江に本気で説教されてしまったのだった。
「だからこそ彼らはまだ一人では安心できない……」
いや、と春房は青江に続いて同じ心配事を言う。
「堅……それは金斬に限ったことではないだろ」
「……そうじゃな。黒千代もじゃな」
あいつもあいつで不安がある、と青江はつぶやきながら窓の外を眺めた。
事実、先ほどの失態にも黒千代は含まれている。
「儂から見れば白零も黒千代も一人でやっていくには何かと不安が多い。今は二人そろってこそ用心棒と言ったようなものじゃ」
「…………」
それに関しては……否定はできなかった。
しかし、なおも春房は変わらない。
「それでも……信じるしかないだろ」
春房は青江の左肩を叩き、同じく窓の外を見つめつつ言い出した。
「仲間を信じろ。たとえ未熟者であろうと半人前であろうと、全てができないわけがないのだから」
「春房……」
「堅、もちろん捜索は諦めずにつづけるのもいいが、彼らを信じて待つのも大事なことだ」
春房は青江の顔を真っ直ぐ見て、ここ一番に強調して言った。
「いい加減、子ども扱いはやめたらどうだ?」
そんな、春房の訴えに青江は……
「……それはもう少しワシ等を安心させる程になったらな」
……それでも青江の答えは変わらないのだった、。
しかし……
「……まあ、そうじゃな。まだまだ知るべきことは多くあるが、信じて待つのも大事だったな」
「…………」
春房の言葉を聞いて少しは安堵したかのような表情になったかと思いきや……
「じゃが、春房」
「む?」
「あの二人もそうじゃが不破の奴も最近連絡が取れない」
「なに、不破もか?」
青江の口からその名を聞いた瞬間、春房は苦い顔になった。
「あいつを派遣したのは一月前だが、連絡が来なくなったのはつい最近じゃ」
「堅、あいつはよほどのことがない限り大抵無事に帰ってくる奴なのだが……」
春房は苦い顔のまま、窓の外を眺めているのだった。
「何事もないと……いいのじゃが……」
「……………」
行方知らずの後輩に心配の種が尽きない二人なのだった。
メンバーに対し、心配しつつ信じている青江に二人は……




