第1話 入り日に歩けば仔猫に当たる?
とりあえず、勢いで書きました。
今後の更新ペースがどれくらいになるかわかりませんが、よかったら気長に眺めてやってください。
恋をしてます。
片想いです。
相手は17歳、青春真っ盛り高校生男子。
そして私は、24歳書店員女子。
ぶっちゃけ、成立しても犯罪です。
でもいいの。
見つめるだけの恋だから。
一応四大卒です。
就職氷河期の中、何とか潜り込んだ最初の会社は、夫が社長、妻が専務の典型的な同族経営中小企業でした。
独善的、という言葉の意味を初めて肌身で感じました。
人の入れ替わりが激しかったです。
ばんばん辞めさせられるし、ばんばん辞めていきました。
今思えば、私が入って三ヶ月め、事務の相方であるべきところの先輩がさくっと辞めてしまった時点で、警戒すべきだったのです。
ていうかいっそ、あの時一緒に辞めちゃえばよかった。
つうか、何故あの会社に入ったし。
理不尽な仕事量でした。
それでも何とか、一年二ヶ月、勤めました。
引き替えに胃を壊しました。げふ。
しばらくは失業保険とやらをもらってゆっくりしようかなんて、考えが甘かった。
就職して最初の三ヶ月は試用期間とか言いくさって、雇用保険払ってくれてなかったんです件の会社。
つまりどういうことかというと、受給資格「雇用保険加入一年以上」を満たしてない。
うちも家計が楽ではないもので、すぐにまた働かざるを得ませんでした。
いや、まあ、どっちにしろ自己都合退職でしたから、受給までの待機期間が待てなかったんですけどね。
以上、初めて得た失業保険に関する知識の呈示でしたが。
そんなこんなで!
私は、書店員に、ジョブチェンジ! しました。
正式には書店アルバイトです。
時給は740円です。
正直、安い。
でもちゃんと雇用保険は払ってくれるそうです。
まあ、身分はアルバイトだけど、正社員並みの労働時間で働くわけだし。
前の時に懲りたので、そこのところは確認に確認を重ねました。
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ちゃうねんっ!!
こんな、こんな、世知辛い話をしたい訳ではなかったのです。
恋の話です。コイバナ。
あれは、そう、勤め始めて一週間め。
私が慣れないレジであわあわしていた頃のこと。
一目惚れでした。
「お願いします」
爽やかな声とともにそっと差し出されたのは、文庫本で。
私の好きな作家さんの、中でも好きな作品で。
そこでまず「おっ」と思いました。
次いで、私の目を奪ったのは、それを持つ、手。
理想。
超・理想。
がっしりしていて、骨っぽくて、なのにどこか繊細で。
爪の形も椎の実タイプ。
第一関節が長めなのも素敵。
指先が少しだけ平べったいのも素敵。
肌の色は白めだけれど、かといって産毛が目立つほどではなく。
程よい日焼け加減が健康的で。
そしてとどめは、人差し指の指先の、小ちゃいささくれでした。
一気に心臓ばっくばく。
腰が抜けるかと思った。
それでも何とか動揺を抑え。
書店レジ的対応をしながら、そーっと目線を動かしました。
理想の手に理想の手首が続き、理想の腕と肘関節が続いて、半袖のワイシャツ。
サマーベストとネクタイは、どう見ても高校の制服です。
そして、意外に広い肩幅からなだらかに続く首、の上に乗っていたのは。
今時アイドルの中でも滅多にお目にかかれないような。
超・正当派・爽やか少年でした!!
具体的に言うと「君に○け」の風○くんみたいな。
二次元の領域です。もはやすでに。
緊張の余り何を喋ったかよく覚えてない。
まあ多分、普通にレジ打ってカバー掛けるか聞いてお金もらってお釣りとレシート渡しただけでしょうけど。
多分声が裏返っていたんじゃないかと思うのですが。
どうなんでしょう。本当に覚えていない。
それくらいのインパクトでした。
以来、彼が来るたびに目で追ってしまいます。
割と常連さんだということがわかりました。
週に一度か二度、現れます。
一人の時もありますが、友達と一緒の時も多いです。
親しい友達は二人。
元気印の男の子と、大人しそうで頭の良さそうな眼鏡の子。
どっちも、まあ可愛い方なので、目の保養にはなります。
でもやっぱり一番は彼!
ハヤトくん。
友達二人がそう呼んでました。
どういう字を書くのでしょう
やっぱり隼人でしょうか。
勇人? 颯人? それとも早矢人?
休憩時間に携帯で変換しまくり、それでも足りずに名付け本とか立ち読みしたりして、漢字を想像しました。
名付けサイトを覗いて、「愛羅武勇」級の当て字に出くわしてしまったときには、思わずそっとページを閉じましたが。
ああ、でも。
私とは世代に差がありますから。
もしかしてひょっとしてそんなキラキラなお名前である可能性も否定出来ない。
――いやまさか、彼に限ってそんなことは!
話し方が優しいです。
私と趣味が近いです。と、思います。
元気印の男の子がちょっと騒ぎすぎると、ちゃんと注意してくれます。
カバーは要らないと言ってくれます。
でも、本を大事にかばんにしまってくれます。
おすすめポップに目を留めて「あ、これ上手い」って。
「色塗りキレイ」って。
「ほんとだ、ハヤトが好きそう」って眼鏡くんが。
泣きそうになりました。
それ、私が描いたの。
……気持ち悪い、ですよね。
七つも年下の男の子に、こんな。
あの子はこれから受験です。
大学へ入って履修というものを知るのも、ゼミに入るのも、卒論を書くのも、これからの話。
サークルとか入るのも、飲み会とかするのも、合宿とかしちゃうのも、これからの話。
就職活動をするのも、リクルートスーツに袖を通すのも、社会人になるのも、まだまだ、これから。
私がみんな済ませちゃった道を、彼はこれから通るのです。
七年の差って、つまりそういうことで。
そして彼が今の私と同じ24歳になったときには、こっちは三十路ですよ。
あり得ないですよ。
あり得ない、ですよ。
きっとこれは、アイドルに入れ込むようなもので。
特撮番組の主演の子達に入れ込むようなもので。
そう思えば、罪じゃない。
私は、だっさい眼鏡で、髪の毛一本縛りで、化粧っけもなくって、シャツにトレーナーにジーパンにエプロンという出で立ちの書店員で。
でも、ただ見てるだけなら、思うだけなら、罪じゃない。
よね。
……一日の仕事を終えて。
今日は彼に会えたとか会えなかったとか、そんなことを考えながら家路につきます。
もしかして、ひょいと偶然出くわしたりはしないだろうか、とか。
でもどうせ何も話せないかな、とか。
でももしかして、向こうが私を覚えててくれて声をかけてくれたりしないだろうか、とか。
現実と妄想の狭間を歩いていると。
ふと、名前を呼ばれた気がしました。
いいえ、彼にではありません。
もっと……子供みたいな……少年みたいな。
目を向けると、仔猫がいました。
綺麗な毛並みの、真っ白でぴかぴかの仔猫。
――!!
よく見たら、オッドアイです、珍しい。
右が黄に近い緑、左が青。
本物は初めて見たかも。
夏の夕暮れ、赤い光を受けて、それでも染まらない白と緑と青。
猫はじっと私を見つめています。
私もじっと猫を見つめました。
猫は瞬きを一つ。
そして口を開きました。
「ねえ。僕と契約して魔法少女になってよ」
え。
え。
え。
「えええええええええっ!!!!????」
可愛い仔猫の姿じゃなかったら、多分反射的に蹴飛ばしてました。