第2話(the heads)エピローグ
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「つーか、いきなり遊園地か。まあ、人数もいるし、保護者付きとはいえ、よく会ってるみたいだし。まあ、こんなモンかな」
観覧車から降りた後も、何故かオレと真は、4人を離れたところから追うように歩く羽目になる。
真なりに、御浜に気を使ってるのか、微妙な修羅場に巻き込まれたくないだけなのか、どっちだ。
「急に何だ。意味が判らん」
「いや、距離感がどうかなあってさ」
「距離感?」
コイツの言うことは、よく判らん。
「いや、いきなりがっついたら、女の子は退くかなあって思って」
……いきなり2人で観覧車に乗ったり、腰撫でたりしましたが……。
それって、がっついてる?
「経験上?」
「経験上」
しかも言い切ったし。
「まあ、適切なんじゃねえの?そう言う意味では」
「テッちゃんからそんな台詞が出るとは思わなかったけど」
「何で?出るだろ、それくらい」
「いや、テッちゃんて、ティアちゃんに気があるのかと、オレ、わりと本気で思ってたのね」
「意味がわかんねえ」
「オレもだけど。愛里ちゃんいるのにね」
「……愛里の話はするな」
ダメだ。どうして表情に出ちゃうんだ。
「御浜がかわいそうだからさ」
「御浜、本気かな」
「どうだろね。まだ判んないよ。2週間?3週間くらいだっけ?」
「そんなもんだな」
そんな短い期間で、人間の何が判断できるというのか。
「あー、でも、いるよね。クラス替えしたとたん、3日くらいでつきあい始めて、1週間くらいで別れちゃう奴」
「そう言うの、つき合うってカウントして良いのか?」
「本人達がそう思って、やることやってりゃ、そうなるんじゃね?」
「自分のことか?真」
「オレはそんな、即決即断は出来ないって」
笑い飛ばすが、やってそうな気がするな。それとも、つき合うってカウントしてないか。……後者かな?
どっちにしろ、めんどくせえ。オレはごめんだな。
1人の女のことを考えるのだって大変なのに、そんなのがめまぐるしく変わったら、疲れてしまう。
「オレ、やっぱ戻ろうかな……」
携帯を開くと、メールが入っていた。相手は、愛里。
どうせ大した用じゃない。彼女から連絡があるときは、レッスンでオレが遅れたときか……オヤジのこと。
「何?こんな時にメールとか見てんなよ?」
「重てえから寄っかかんな」
でけえ図体で、オレの肩を寄せ、乗っかってきた。もしや逃げられないように?
「……寂しいねえ。何、このメール」
メールには『鉄城どこにいるか知ってる?』とただ一言。
オレが知るかよ。大学じゃねえのか。……あ、もう休みだって昨日言ってたな。出勤するらしいけど。
大体、愛里は海外に行ってるんじゃねえのか。
「いつものことだよ」
「こないだ言ってたこと、ホントなんだ。なんか、愛里ちゃんも振り回されてる感があるけど」
「振り回されてるっつーか、相手にされてないっつーか」
「へえ……。テッちゃんこわーい……」
そう言いながら距離をとる。
「このメールのために戻るの?」
「そう言うわけじゃないけど」
思わず、御浜とティアスに目がいってしまった。
その様を、真にはしっかり見られたが、知らないフリ。
「だって、こんなん来たって、オレにどうしろと?!しらねえっつの」
……なんかここにいて、こんなメール見てると、おかしくなりそうだ。
「ふうん。返信するの?」
「……え?」
「……するんだ。どうしろっていうの、このメールに」
「考える」
「へえ……。ドMだよね、テッちゃんて」
ドMて!!
「何を根拠に」
「根拠って言った。認めてんのかお前は」
「認めてるか!?」
「認めてるでしょう?このメールのために帰りたくって仕方ない?」
違うって。ただ、寂しいだけ。
……そうなんだ。なんでか知らないけど、寂しいんだ。ずっと寂しくて苦しくて、仕方なかった。
愛里のメールが、それに拍車をかけた。
「沢田くん」
「……うわ!」
「……うわ、って。この人、失礼よね?いつものことだけど」
目の前に立っていたのはティアスだった。笑いながらオレを指さし、真に同意を求めていた。
「どうしたの?具合でも悪い?」
「別に?」
「なんか、あれだよね。ほっとけない顔してる」
何つーことを!?そう言うこと、さらっと言うか、この女は?
思わず隣の真の顔を見てしまったが、何故かちょっと照れていた。
「……何で照れてんだよ」
「いやあ……ねえ」
「何よ、2人とも」
彼女はむっとしてみせる。ホントによく表情の変わる女だ。黙ってると、綺麗なんだけど。
……違うな。そう言うことじゃ、ないな。
引っかかるんだけど、……なんて言ったらいいか。
「何?私の顔、なんかおかしい?じっと見て」
今度は彼女が照れていた。
「別に」
わざと、オレは笑ってやった。嘲るように。
「ホントに失礼よね、沢田くんて。いこ、真。何で2人だけ、こんなに離れてんのよ」
「あはは。ごめんごめん。男同士で内緒話なんだわ」
「なにそれ。気持ち悪くない?」
「あ、やっぱ?オレもそう思うんだけどさ、ほら、テッちゃんて根暗でひきこもりで人見知りじゃんね。だからあわせてやったわけよ」
「真だって、人見知りじゃない」
彼女は少しだけまじめな顔でそう言った。
よく見てるな。
それがオレの、正直な感想だった。
このヘラヘラした男が、いかに人見知りで、人を選んで接しているかなんて、理解するのは難しいだろうに。
オレだって、御浜に言われて気付いたぐらいだ。言われてみれば、思い当たるフシがある、その程度だった。それ以後は、気をつけて真を見て、つき合っていれば、よくよく判ることだったのだけれど。
「オレはそうでもないよ。テッちゃんみたく、友達少なくないし」
「友達の数は関係ないでしょ?良いけれどね」
彼女は笑顔で、前を歩く御浜達の方へ行こうと指さした。
「すぐ追いつくから、もどんなよ。根暗は根暗同士、話してるんで。ついでに、そろそろ腹減らない?って、聞いといて」
「自分で言えばいいのに」
彼女は、あっさりと引いた。走って御浜達の元へ向かう。
「よく話してんの?あの女と」
「そうでもないよ。彼女の行動範囲は限られてるからさ。偶然会ったり、御浜と一緒にいるときに一緒にいたり。そんなもんかな。話もしやすいしね」
「そうなんだ」
全然、知らなかった。話をしてるって言うのは聞いてたけど。ティアスのメールにもあったし。
「意外と、距離あるね、2人」
「何が?」
「だから、テッちゃんとティアちゃん。あの子、テッちゃんの顔みないし、沢田くん、なんて呼んで、よそよそしい感じ。基本、フランクな子なのにね、彼女」
「あっそう。オレ、そう言うの苦手だな。いきなり馴れ馴れしいの」
「そうなんだ、ドMのくせに」
「それ、関係あんのか?」
「いや、気の強い女に虐げられてんのが好きなのかと……」
「あるか!?」
何でそうなる。愛里のことは、別に虐げられてるわけじゃねえって。
……似たようなものかも知れないけど。
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どうしても溜息をこぼさざるをえなかった。それでもオレは、携帯をとりだし、オヤジに電話をかける。
「テッちゃん。人といる時はだねえ……」
コイツ、細かいことに五月蠅いな。
「あ、オヤジ?今日、何してんの?」
『何って、今日は出勤だと言ったろうが。休みは29日……いやあれ?何日からだっけ?』
オヤジの電話の向こうからは、たくさんの男性が騒いでる声が聞こえる。その中から『30日です』と答える声がいくつか聞こえた。一体何が行われてるんだ、この職場は。
『何か用か?用なら戻るが……』
「あ、いや。大したことじゃないんだ。今日の夜は家にいるのかな、と思って」
『そうか。悪い、連絡しようと思ってたんだが、忘れてた。ついさっき、東京出張が決まって、戻りは明日の朝だな、早くて。明朝、直帰して良いか?』
思わず返事してしまいそうになったが、電話の向こうの研究室の誰かに話しかけたらしい。遠くから『3時にミーティング入ってます』の声がかかる。
『戻れたら、明日の朝に戻るよ』
「忙しそうだな。相変わらず」
『そうでもないさ。年末だから、こんなモンだろう。それより、ティアスは?お前、仲良いんだろう』
「は?」
思わず大声を上げたオレに、真が目を丸くして見つめていた。
『なんだ、この間、家に泊めてただろう』
「いや、それは、たまたまで……。事情は説明したじゃねえか。関係ねえし。別に、そんな。つーか、何だよ、突然。何か関係あんのかよ!」
『何でそんなに喧嘩腰なんだ、お前は。いや、連絡とってるなら、オレの携帯に連絡するように伝えておいてくれ』
……意味が判らん。何でオヤジに?
「テッちゃん、どうしたの?急に立ち止まって。電話すんのは良いから、とりあえず歩いてよ。変だよ、こんな所で」
真にそう言われ、辺りを見渡したら、周りは家族連れやらカップルが仲良さそうに歩きながらフードコートに向かっていた。この中で立ち止まってたら、さすがに変かも……。
何食わぬ顔して、オレは再び真の横を歩き始めた。
「何で?」
『……「音無が連絡をよこしてきた」そう伝えればいい。賢木のヤツは、海外に出てって、彼女に連絡することすら忘れてるみたいだから』
「音無……?って、オヤジの友達の」
確か、プロのジャズピアニストだ。子供のころ、何度か会ったことがあるぞ。でも、オヤジの友達って、(オヤジ含め)勝手な人が多い印象があるんだけど。
『そうだ。ふらふらしてて、ちっとも連絡がつかん。どうしようもない』
「オヤジだって忙しそうにしてるから、結構お互い様な気がするけど」
『音無にもそう言われたよ。じゃあ、頼んだから』
そう言うと、電話を切ってしまった。
「……って、近っ!?お前、人の電話聞いてんなよ!」
いつの間にか、横を普通に歩いていたはずの真が、オレの携帯の声を聞くように、頭を寄せていた。距離近いっつーの、気持ち悪い。
「趣味悪いな」
「ジャズピアニストの音無って、音無悠佳?あの、日本より海外の方で売れているという……」
つーか、日本ではほぼ無名に近いんだが。よく知ってるな、コイツ。
「いや、実際の活動は日本がメインで、ほとんど日本にいるらしいけど。日本語しか喋れないらしいし。よく知ってるな、お前」
「うん。紗良がそう言うの好きだからさ」
「ふうん。実際は、子供みたいなおっさんだけどな。子供過ぎて、日本だといろいろ問題起こしてて、関係者に嫌われてて売れにくい、みたいなことをオヤジが言ってたけど、良くわかんねえし」
「てか、テッちゃんのお父さん、そんな人と知り合いなわけ?すごくない?」
……すごいのか?いや、聞いたことないから判んないし。何か、オヤジの知り合いって言うだけで、素通りしてたな。ジャンルも違うし。
「どうだろ。でも、家の母親の大学の後輩らしいし。……すごいんじゃない?」
「テッちゃんのお母さんて、音大出なんだ。だからあんなでかいピアノが」
「言ったじゃねえか」
「いや、お嬢さんなら、嫁入り道具に買ってもらってもおかしくないかと」
「何かお前、発言がおっさん臭い」
「酷!テッちゃんて鬼!ドMのくせに!」
だからそれ、関係ねえって。
「ふうん。沢田ってドMなんだ。そんな気はしてたけど。そんな話してんなら、さっさと合流しろよ。オレ、疲れちゃったよ」
若干不愉快そうな顔をしながら、話に混ざってきたのは新島だった。いつの間にか、先を歩く御浜達に随分近付いていた。
「ティアスが、様子を伺いに来てたろ?」
「来てたけど」
「そん時に来ればいいのに。泉も、オレをあんな微妙な空気の中に放り込むな」
口をとがらせながら、真を責めた。真もまた、ヘラヘラしながらそれに答えた。
「いや、だって、判りきってるじゃない。大丈夫だって、相手は御浜だから」
「うーん……白神が、天然なのか、判ってるのか、判らんな。女の戦いは熾烈だよ。いや、戦ってるわけじゃねえか。柚乃ちゃんが怖くなったり 、オレを睨んだりするくらいか。ティアス自体を嫌ってるわけじゃねえみたいだけど、白神がなあ……」
やれやれ、といった顔で頭を掻く。
「ティアスも判ってんだかどうだかって感じだけど」
「あんなにあからさまなのに……」
思わず、真と2人で顔を見合わせた。
「いや、気付いてるけど。どうなんだろうな。悪い気はしてないみたいだけど」
そう言って、何故か新島はオレの方を見た。
「オレに関係があるか?」
「関係してると思えば、そうなんじゃない?」
うう……真も新島も、好き勝手言いやがって。
「座ろうよ」
大声でオレ達を手招きする御浜。思わず真もオレも苦笑いしてしまう。
「うるせえよ。恥ずかしいから大声出すんじゃねえ」
「さっさとこないから」
呼ばれたのに、オレは彼の元に駆けよることを躊躇った。
真が動いたのに、オレは動けなかった。
それは多分、彼のせいじゃない。
もちろん、彼の隣にいる彼女のせいでもない。
自分でも判らないけれど、どうしてこんなに、気にしてるんだろう。
「沢田って、ホントに判ってないのか?」
「……何が?」
新島がオレの背中を軽く叩き、一緒に来るように促した。
「ティアスのこと、『状況判ってんだか』なんて言えるんかねえ?」
「だから、何だ。言いたいことあるならはっきり言えよ。つーか、言いてえんだろ?」
だって新島は、言いたくないことは口にもしない。
「オレは、お前らが気にするから、お前ら二人で出かけたり連絡とってることとか口にしないけど」
そう言いながら、彼は御浜を見た。
でも……お前らって……。
「そんくらいには、お前のことティアスも見てる」
聞きたいような、聞きたくないような。
「オレは、彼女の味方だよ」
彼のその潔さが、まっすぐさが、真正直さが、今のオレには辛かった。