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第1話(the heads)エピローグ

 一通り、誤解が生じないように、ティアスのことを柚乃に説明する。

 まだ、2時半なのに、帰ってくるの早すぎるって。


 キッチンに向かい合わせに座ったまま、ティアスは俯いていた。


「どうしよう。私、友達の家に泊まりに行った方がいい?それともシュウジさんちとか……」

「お前、人の話聞いてたか?何を勝手に捏造しとるか!」

「だって、このテッちゃんが!女の子を家に連れ込むなんて!すごくない!?」

「いや、そう言うんだったら、絶対家には連れてこないから。こんな人の出入りの激しい家に!」

「え?でも、ホテル行くお金なんかあるの?……ああ、相手の家に……」

「だから、違うっつーの。いい加減にしろっつーの!」

「だって、さっきの説明に、その、ものすっごーくいい感じに恥ずかしい雰囲気の説明がなかったから」


 うん、それはオレが悪かった。

 て言うか、つっこまんでくれ。ホントに。


「彼女じゃないの?」

「だから、昨日会ったばっかだって!大体、ティアスだって帰る家あんのに、何で今日に限って帰らんとか言ってんだよ。オレ、事情聞いてないぞ!」

「……何で私に矛先が向くのよ。また怒ってるし」

「怒ってないっつーの。なんかもう、新島も誤魔化しながら喋ってたし。どういうことだよ。オレ、相当人が良いぞ?!」

「テッちゃん、みっともないから逆切れしないで」


 誰のせいだ!


「……テッちゃん、相当恥ずかしかったのね、彼女とのことをからかわれるの。カリカリしてるけど、割と「別に」とか言って冷めた返事をしては、女の子に逆切れされるタイプなのに。彼女、照れちゃってるじゃない」

「お前、何でそんなに発言がおばさんぽいんだ。何様だお前は。それに、ティアスはこんな子供みたいな顔してるけど、オレより年上だぞ」

「え?!そーなの?中学生くらいかと思った」


 それはさすがに失礼だろう。でも、ティアスは柚乃には何も言わなかった。


「今住んでるマンションが、灯路の彼女の持ち物なの。それで、今日は彼女と灯路が会う日だから、私がいたら邪魔でしょ?だから、消えてようと思ったのに、灯路が『そんな気を遣う必要ない』って言うのよ。全然、会えないくせに」

「へえー……新島の彼女の……?」


 新島に彼女?


「アイツ、今彼女いるんだ。初耳。4月ごろに女子校の女と別れたっつーのは知ってたけど」

「その彼女、すごくない?だって、自由に一人でそのマンションを使えるってコトでしょ?」


 柚乃の言うことにも一理ある。

 どこのお嬢様?金持ってるよな〜。

 新島んちは、ふつーのサラリーマン一家だから、そんなもの持ってるわけもないし。それに、新島んちのものだったら、ティアスがそこにいるのがばれるから、違うし。


「今日はそのマンションに二人でいるってコトか。わざわざマンション用意して男と会うってのも……。どんな女だよそれ、すげえな、マダムか!?それに、全然会えないってのは、忙しいってコト?」

「うん。そうね。今日は来てたけど」


 新島のヤツ、隠してんのかな?そう言うタイプじゃないんだけどな。

 ティアスに興味がないって言うときに、「彼女いるから」って一言言えばよかったのに。


「年上で、働いてるわね、その人。しかもバリキャリじゃない?その新島って人、テッちゃんの同級生でしょ?すごくない?」

「うーん。そうだよな。うちの親父と母さんみたいな感じかな」

「あ、そっか。そうだよね。パパって、高校生のときにママと結婚したんだっけ」


 興味本位で話すオレ達を見つめながら、ティアスはただ黙っていた。彼女はどうやら、それ以上話すつもりはないらしい。


 オレの問いに答えた。それだけなのだろう。


 柚乃もさすがにそれを察したらしい。


「私、お風呂入ってから出かけたからさ、もう寝るね。ティアスさん、気にせずシャワー使ってくれて良いから」


 ステージ用のきつい化粧のままのティアスを見て、由乃はそう言った。


「ティアスで良いよ。ありがとう」

「テッちゃんのお客さんだから、あと頼むね。ついでに客間で一緒に寝たら?」

「うるせえ、早く寝ろ。おっさんかお前は!」


 柚乃はオレの台詞を笑い飛ばすと、キッチンを出ていった。


「悪い、ティアス。ちょっとコーヒー飲んでろ」


 そう言って、彼女をキッチンに残してオレは柚乃を追いかける。

 二階にある彼女の部屋に入ろうとしてるところを、捕まえる。

 

「柚乃!ちょっと待て!話が……」

「何よもう。邪魔しないから」

「そうじゃないって、ティアスとオレが二人でいたこと、御浜には言うなよ?」

「何で?何で御浜さんなの?」

「だって、お前だって変だと思ったろ?御浜があんなに一人の女に執着するなんて。ティアスがいるから言わなかったけど、アイツ、あの女を見たときに『好きになったかも』なんて言ってたし。だから……何もないって思っても、気にするだろ?」

「……御浜さん、ティアスのこと好きなんだ。そうよね、すっごく可愛いし」

「うん、まあ、可愛いとこもあるけど。……お前は怖いぞ」


 もしかして、とは思ってたけど……。てか、ほぼ確信してたけど、柚乃って……。


「テッちゃん、頑張ってね。私もいたことにしといてあげるから、何があっても今なら誤魔化せる☆」


 悪魔的契約?

 御浜とティアスを引き離したいだけじゃん、それって。


「あのなあ、オレは……」

「冗談よ。でも、ホントにいい感じに見えたけど?愛里さんより、よっぽどいい人だと思うけどね。あの人は、パパの追っかけだし。私は……」


 そう言って、柚乃は黙った。そして、小さく「ごめん」と言って、部屋に逃げ帰った。


 柚乃が愛里のことをあまり好きじゃないのは知ってる。でも、オレがあんまりあの女に執着してるから、気を遣ってるのも知ってる。だから、オレと柚乃はそこら辺の兄弟よりよっぽど仲がいいのに、そのことに関しては腫れ物を扱うようにする。

 そのたびに、オレだって申し訳なくて仕方がない。何度もこの思いを捨てようと思った。

 だけど、それが出来ない弱い自分がいる。


 それは何だか、ピアノの前で弾けずに苦しんでる自分と同じだった。


 くだらない。女一人のことで、こんな風に考え込む自分なんか。

 それより、さっさとキッチンに戻って、ティアスに部屋を用意してやらないと。


「ティアス、部屋を……」


 Forest and meadow are still.Peace falls on valley and hill.


 食器を洗いながら彼女が口ずさんでいたのは、モーツァルトの子守歌だった。(しかも何故か日本語でもドイツ語でもなく英語!)

 ついさっき、ステージ上でバンドをバックに、あんなに力強く歌っていたとは思えないくらい、優しく、そして子守歌にしては甘い歌声だった。


「あ、ごめん、何だった?」

「いや、何でもない。食器、洗ってくれてたんだな」

「うん。これくらいなら出来るから」

「英語で歌うんだ、子守歌」

「あ、ごめんね、夜中なのに」

「良いよ、今くらいの声なら。それより、続き、歌って」


 彼女は心底驚いたような顔をした。


「聞きたい」


 彼女が照れたように微笑む。それに答えるかのように、オレも笑った。


 明日、弾いてみようかな、この曲を。

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