第4話(the heads)前編
01
いろんなことがありすぎて、全然寝てないのに目がさえてしまっていた。だけど体がだるくて、リビングのピアノの前でぼんやりしていた。もう夜中になって、秀二と御浜は帰ったあとだったけれど。
秀二に確認したら、オヤジは普通に東京出張に行っていたらしい。それに安心して電話で彼にも確認をした。愛里の前に現れたのは、伯母さんに頼まれたからだということを。
愛里も意外となりふり構わずオヤジを追いかけているんだと思うと、少しおかしかった。
彼女への思いは、以前と同じように抱いているのに、おかしいなんて思える自分がいることが不思議だった。執着し続けていることは事実なのに。
「テッちゃん、まだ起きてたの?」
夜が明け始めたころ、柚乃が帰ってきた。リビングの電気がついていることを不審に思って覗きに来たのだろう。扉を開け、声を掛けてきた。
「……今から寝ようと思ってた。オヤジがいないと思って、また朝帰りかよ」
「テッちゃんなんて、パパがいても朝帰りじゃない。パパそっくり」
「……お前ってさ」
自分の中に、何も見つけられなかった。いろんなモノ抱えすぎて、わけが判らなかった。答えが出なかったし、出したくなかった。
だけど、他のヤツが何を抱えてるか、気になった。
「なんで、御浜のこと追っかけてんのに、そうやってふらふら遊びに出かけるかね?男もいるんだろ、どうせ」
「テッちゃん、下世話ー」
「たまにまじめに聞いてんだから、応えろよ」
寝てないオレの目つきが怖かったのか、柚乃は言葉を詰まらせた。だけど、扉からリビングに入ろうとはしなかった。
「らしくないよ?そう言うこと、見ないフリする人だと思ってた」
うちの妹は、やっぱり手厳しい。そんな風に思ってたわけね。
「まあ、面倒だけど。参考までに」
「何よ、参考って。何かあった?」
「別に、良いから」
しつこいな、とぼやきながらも、彼女はちょっとだけ怒ったような口調で応えた。
「どうしようもないことって、あるでしょ?御浜さんて、ティアスのこと好きだし。そうだとは言わないけど。だからって、簡単にあきらめることも出来ないし。だけど、それだけだと私、ティアスのこと恨んじゃうからさ。あの人自身は嫌いじゃないのに。どうしようもないのよ」
「だから遊ぶんだ?」
「暗くなるのがいやなだけ。何もかも、綺麗にその通り、次から次へと切り替えられたら、楽チンだと思うけど、出来ないんだもん、仕方ないじゃない。そう言う強い人、私はむかつくな?誤魔化して何が悪いの?」
「開き直りか?」
「うん。でも、御浜さんなら許してくれる気がする」
それは、やっぱり端から聞いていても、御浜という人間に甘えている気がする。でも、彼女はそれで良いじゃないかという。
「例えば、オレが同じコトをしていたとしたら?」
「仕方ないんじゃない?」
ずるい気もするけど、納得できてしまったのは、自分に甘いからだろう。オレも、彼女も。
少しだけ眠ろうと思った。眠ったら、また彼女に連絡しよう。
愛里がいなかったのもあったかもしれない。
結局クリスマスのあの日以来、彼女はいつものようにどこかへ旅立ったらしい。オヤジが伯母さんからそう聞いていたようだ。冬休みの間、彼女とは連絡を取ることもないのだろう。現実の彼女を目にすることはなかった。
おそらく、だからなんだろう。自分でも驚くくらい、自分の中でティアスとの距離が縮まっていくのを自覚していた。ただ、あくまでもオレの中でだけなのだけれど。
オレの中でだけ済ませたくなくて、自分でも驚くくらい、必死に彼女と連絡を取った。いままでも、ほぼ毎日連絡だけはとっていたけれど、なるべく会うようにした。
お互いに言葉にはしなかった。だけど、縮んでいく距離がオレの錯覚だとは思えなかった。彼女が隣にいることに、違和感がなかった。
ただ御浜の前で、彼女と一緒にいることだけが辛かった。辛いって判ってるくせに、そのことに困ってるくせに、それでも彼女への連絡をやめるどころか増やしていく。そんな自分のことを罵る自分がいるくせに、もうどうしようもない自分がいるのも辛かった。
ティアスもまた、御浜とは距離が近い。彼の距離の取り方なら当然の結果だろう。真がさりげなく、御浜の背中を押しているのも知ってる。
だけど、誰かと誰かの関係とか、思惑とか、そんなものより、自分の中が遥かにぐちゃぐちゃだった。
新学期が始まり、休みが違うから帰ってこないと判っているのに、いつものようにいつものスタバの喫煙席で、彼女を待ち続けている自分自身がよく判らなかった。
「テツ、何してるの?今日はレッスンなの?」
当たり前のようにオレの隣に座ったのはティアスだった。あからさまに驚いた顔を見せてしまったけど……。
「なによ、嫌そうな顔」
「いや、別にそう言うわけじゃ……」
「佐藤さんとの仲なんて、邪魔しないわよ」
なんだそれ。嫉妬か?よもや。むっとした顔で立ち去ろうとするティアスの腰を掴み、引き留め、座り直させた。
「何でそう喧嘩腰だ、お前は。早とちりだし」
「だって」
「驚いただけだろうが。お前、こんな所に来るなんて珍しいから」
体に触れたことになのか、オレの言葉になのか、彼女は照れた顔を見せながら上目遣いでオレを見つめた。
「大学はまだ休みだから、愛里はそれまで帰ってこないし。つーか、連絡すらねえ。無責任だ」
「先生なのにね」
椅子を寄せたら、ステンレスの足が床に引っかかって大きな音が立った。それが少しだけ恥ずかしかったが、テーブルを見つめながら彼女と膝をつき合わせた。彼女もその行為に微かに笑みを浮かべた。それに少しだけ満たされる。
「ここにいるのは何というか……日課っつーか……。うちにいると、大抵誰かいて集中できないから」
「ここだって、佐藤さんが来るのに」
「まあ、待たされるからな、いつも。そのつもりで来てるし」
「何してんの?待ってる間」
「大抵、楽譜読んでる」
照れくさそうな顔を見せるくせに、彼女はオレをじっと見つめる。そのくせ、こちらから見つめ返すと目を逸らす。
もちろん、今日もだった。見つめたくせに、それに気付いたオレが彼女を見ると、急いで目を逸らす。
「邪魔しちゃったかな?」
「別に。御浜や真や新島だって、オレが大抵ここにいるのを知ってるから、たまに来るし……」
「酷い!裏切り者!!沢田だけは違うって信じてたのに!」
「……相原とか……意味わかんねえし」
オレ達の向かいに、いつの間にか相原が座って、叫ぶように文句を言っていた。突然責められても、本気で意味が判らん。
「傷心のオレをほっといて、いつの間にかこんなに可愛い彼女が!」
思わず、ティアスを見る。端から見たら可愛い彼女か……。相原が来たっつーのに、オレも彼女も距離をとろうともしないし、誤解されてもおかしくない。むしろ、なし崩し的にこのままつき合うって言うのも有りなのでは。
いろいろ面倒だけど。
「彼女?」
「いや、つき合ってんでしょ?君ら?」
「え?違いますよ」
あっさり否定か!この女!!
「沢田、紹介して!つき合ってないなら!」
そしてこの男も!なんだその変わり身。ティアスがオレの女じゃないと判った途端、射程範囲に入れやがって。
わからんでもないけど。今までの相原の傾向からして、ティアスってど真ん中だしな。しかも、イブにふられたばっからしいし……。不愉快だけど、紹介しないわけにもいかねえか。
簡単に否定されてるしな……。
「相原勇十です。沢田のクラスメイトで……」
紹介する必要ねえし。勝手に始めちゃってるし。アグレッシブだな(女子に関してのみ)。
「だったら、灯路とも一緒ってこと?」
相原が話してんのに、オレに確認をするティアスに、仕方なく頷いてみせる。どういうつもりなんだ、この女は。確かに、オレに同じコトを突っ込まれても、肯定も否定も出来ないし、したくないけど。
「とーじ?ああ、なに?新島も知り合いなの?」
「新島だけじゃなく、真も知ってるし。つーか元々、新島経由で知り合ってんだよ。新島の従姉妹なんだと。ちなみに、こんなナリしてるけど、オレらのイッコ上ね、コイツ」
顔も見ずに、指をさしたら、さすがに怒り出した。
「こんなって何よ!」
相原の前にも関わらず、彼女は怒鳴り、オレだけを見ている。
「見たまんまだろ?童顔っつーか。初めて見たとき、絶対年下だと思ってたし」
「自分は老けてるくせに」
「うるせえな。良いんだよ。オレは年を取ったら若く見えることが、オヤジで実証されてるから」
「判んないわよ?案外、年を取ったら、先生とは違う顔になるかも」
「沢田ー紹介してー!」
だだをこねたような顔でオレ達に訴える相原を、さすがに無視できなくて彼女を紹介する。と言っても、名前だけだけど。
「良く来るの?ここに」
行動範囲の調査か。結構突っ込んでくるな、相原は。
そういや、何でティアスはここに来たんだ?いることを知らなかったオレに会いに来たとも思えないし。そもそも、会いに来るなら、先に連絡してくるし。
「ううん。今日はたまたま。下見に来ただけ。でも、これからは来ようかな」
相原を見ながら微笑む彼女は、テーブルの下でこっそり、オレの膝に手を重ねた。
02
「下見って?」
相原の質問責めは続く。オレが聞かずにすんでるから、実はありがたかったりするけど。興味なさそうな顔をしながらも、聞くことはきっちり聞いとかんとな。
「今度、ここで歌うの。だから、その下見」
「それ、昼か?」
「ううん。夜だけど。でも、7時くらいかな」
そりゃ良かった。こんな所で、そんなチャンスをもらってるなんて愛里が知ったら、またいちゃもんつけかねん。佐伯佳奈子がバックにいる話や、音無悠佳とも何かありそうな話なんか絶対出来ねえな。
まあ、する事もないだろうけど。
「歌う?歌手?アイドルとか?」
アイドルて……。確かに、顔は相当可愛いけど。でも、それを聞きながら珈琲飲むのはちょっと勘弁かも……。
「違うよ。ジャズなの。この間、紹介してもらったジャズピアニストの人が、ミニライブをするから、一曲だけゲストで私も出るの」
ジャズか……。音無さんと佐伯さん、どっち経由かな?いや、そもそも音無さんと連絡はとってるのか?ほとんど話を聞かないけど。間を取り持ってくれるのは賢木先生なのか、それとも投げられっぱなしなのか。オレはオレで、オヤジに聞くことも出来ないけど。
そう言えば、佐伯さんはオレとティアスが一緒に舞台に立つことを推してたな。正直、そんなすごいこと出来るとは思えないけど、ちょっとだけ憧れるかな。簡単に舞台に立つ彼女を見てると。
オレも、なんだかんだ言って、コイツに嫉妬してるのかもしれない。
思わず、オレの膝に乗せられた彼女の手を強く握ってしまった。微かに彼女の顔が歪んだけれど、何食わぬ顔をし続けた。
「ジャズ以外も、何度かライブやってるよな」
彼女の方を向いてそう言ったら、何故か顔を赤らめ、黙って頷いた。
「えー何だよ。沢田は見てんのかよ。誘えよな」
「新島に言えよ。オレはたまたまだっつーの」
「今度やるときはオレも呼んで。絶対見に行くから。ここでやるのもさ。どうせ沢田は平日はレッスンとか言ってつき合い悪いしさ。携帯、教えてよ」
軽いなあ……。早いよ、番号聞くの。ティアスも教えちゃってるし。アグレッシブと言うか何というか。
「陽向さん、依藤さんいらしてますよ」
「あ、ありがとうございます。テツ、私ちょっと行って来るね」
店長に呼ばれ、立ち上がる。一瞬、オレに手を伸ばしかけたが、やめて店内に入っていった。
「ヒナタ?あの子、ティアスじゃないの?」
「陽向は日本での名字だってよ。何か説明聞いたけど、よく判らん。何つってたかな。パスポートを見せてもらったんだけど、『陽向ティアスるい』とか何とか書いてあった気がする。本人がティアスだっつってんだから、それで良くない?」
「ふうん。日本人っぽい顔だと思ったんだけど……」
「その辺、あんまり詳しく聞いてない。新島に聞けば?オレはよく知らん」
「そうなんだ。てっきりつき合ってんのかと」
「さっき全否定してたろうが、あの女が」
しつこいな。あんまり突っ込むなよ、面倒なこと。
「そんな風に見えなかったけど。でも、良いねあの子。オレ、ああいう子、好みだな。佐藤さん見に来たけど、楽しみが増えたかも。……佐藤さんは?」
「顔が良ければ何でも良いのか、お前は」
「そう言うわけでもないけど。せっかく身近に好みの顔がいるから。目の保養だよ。沢田だって、クリスマスに女といるような真似してるくせに、硬派ぶったって遅いって」
「いないって。誤解だろうが」
別にぶってるわけではないんだが……。硬派でも何でもないし。何かオレを誤解してるな、この男は。他のヤツも似たり寄ったりだけど。
いいか。この様子だと、ティアスの顔に興味はあるみたいだけど、それ以上でもないみたいだし。相原は結構判りやすいからな、そう言うとこ。愛里のことも「可愛い」ばっかりで、別に何をするわけでもなかったし。
「ホントに何にもない?男付きは、ちょっとな。あわよくばって言う妄想の邪魔になるし」
「妄想って……。何にもないっつーの。本人がそう言ってただろうが。大体。あの女と知り合ったのだって、12月の頭くらいだし。まだ一ヶ月しか経ってない」
そう言って、そんなに短い時間だったことに自分でも驚いた。
「ふうん」
相原は、何だか納得のいかない、と言った顔をしていた。知らない顔して珈琲を飲んで見せたが、中身が既に空っぽだったことに気付いて、バツが悪かった。
「そういや、沢田はこういうとこで弾いたりしないのか?あの子、知り合いなら、紹介してもらったりとか……」
「……あんまり、そう言うのは……」
なんと返して良いのか。だけど、どうしても素朴な疑問をぶつけているだけの相原の顔を見ることが出来なかった。
「でも、クラシックやってるヤツって、発表会とかコンクールとか子供のころから出たりするんじゃねえの?」
「オレは、そんなには……。ピアノはやってるけど、別にこの道に進むと決めたわけじゃ……」
しどろもどろでしか答えられない、自分がみっともなかった。こんな大事なことなのに。
「だよなあ。受験も狭き門だって言うし。佐藤さんの行ってる大学なんて、めっちゃ人数少ないだろ?やっぱ堅実に生きるのが一番だよなあ」
相原の言うことも、もっともだった。よく判るけど。
「よし。じゃ、オレもう行くわ。彼女によろしく」
立ち上がり、コートを羽織りながら笑顔を見せた。
「ホントに愛里の顔見に来ただけか。わざわざこんな所に来ないで、さっさと新しい女でも作ればいいじゃねえか」
「だから今から、畑中主宰の合コン☆向かいのカラオケでやるからさ、レッスン無いなら沢田も来れば?あの子連れて」
「いや、良い。レッスン無くても、愛里から課題出てるし」
「そうなんだ。……変なの。あ、陽向さん。オレ帰るけど、またよろしくね」
店内入口に向かう相原と入れ替わりで、ティアスが戻ってきた。
「ティアスで良いよ。またね、相原くん。ライブの時間が決まったら教えるからね」
手を振りあう二人を、オレはかなり不愉快な顔をしながら眺めていたに違いない。眉間の皺が跡になって残りそうだった。
「どうしたの?怖い顔」
「生まれつきだ」
じっと、立ったままの彼女を見つめるオレの視線が照れくさかったのか、そそくさとオレの隣に座って視界から逃れようとした。隣に座るなら、直に触れるだけだけれど。
「……お前、今日は暇?」
彼女がしたように、オレも彼女の膝に手を乗せた。
「依藤さんと打ち合わせがあるけど、この後30分くらい」
「その後は?」
オレが彼女をじっと見ていることに気付いて、真っ赤になりながら首を横に振った。
どう考えても、オレに気があるように見えるんだけどな。全否定されたけど。
「お前の部屋に行くけど、良い?」
俯いたように、黙って首を縦に振った。ストレートすぎて、オレが恥ずかしい。
「ピアノ……」
「ピアノ?」
俯いたままの彼女の声がよく聞こえず、顔を近付ける。ますます顔を熱くする彼女に、オレもつられる。あくまでつられただけだと思う。
「ピアノを弾きに来るなら、良いよ?」
「判った」
とは言ったものの、多分オレの顔は相当強張っていただろう。
正直、クリスマス以来、彼女の前でピアノを弾いていない。もちろん、御浜の前でも。それどころか、一人だとまた弾けなくなってしまっていた。何とか、愛里が戻ってくるまでに弾けるようになっておかないといけないのに……。
「何で、ピアノ?」
いっそ、ティアスには弾けないことを……。
「テツのピアノ、聞きたい。こないだ家に来たとき、弾いてくれたの、すごく良かったから」
言えない。こんな風に言ってくれるのに。
だったら、御浜に……。
いや、それもない。あいつは心配してくれてるし、微かだけど気付いているからこそ、これ以上心配をかけたくない。それに、今はあまりあいつと突っ込んだ話をしたくない。ティアスのこともあるし。何か彼に責められたら、オレが何もかも悪いような気さえする。彼が責めることはないのだろうけど。
何だろう、こういうのを八方塞がりとか言うんだろうな。なるようになれとも思えない自分の弱さが情けない。
「テツ!それにティアスも。あれ?今日はレッスン無いって言ってなかったっけ?」
何というタイミング。御浜が珍しく、秀二と一緒にラテを片手にこんな場所に。
「無いよ。今日はやたら人に会う日だな。それにしても……そのカップ、似合わんな、秀二」
御浜と目は合わせられなかった。隣に座る彼女から、少しずつ距離をとってしまっていた。
「余計なお世話ですよ。どいつもコイツも、私のこと、幾つだと思ってるんでしょうね!こんなでかい息子がいるわけもないのに!」
「……なんか、不機嫌ね、シュウジさん」
隣に座った御浜に、ティアスが目配せをした。たったそれだけのことが、酷く引っかかる。
「いや……今日さ、進路相談があって。親を呼んでこいって言うんだけど、うちの父親、いま調子悪いから、秀二に来てもらったんだ」
私立だからか、御浜の高校はそんなコトしてるんだな。うちはなくて良かった。ホントに良かった。
「もう随分年だもんな。最近、会わないけど」
親子と言うよりは、祖父と孫くらい年が離れてるからな。定年間近にやっと出来た子供だって聞いてるし。そもそも30近い秀二が、御浜の甥だって言うんだから。調子が悪いって言うのは聞いてたし、外に出てくる姿をあまり見かけなくなったけど。
「あ、でも、おじさんや覚さんや佐和さん達も来てくれるし、父さん自体は大丈夫なんだけど……。秀二がね」
「言うに事欠いて、この子の担任と来たら、私のことを父親だなんて言うんですよ!?全く、最近の若い教師ときたら、人を見る目がありませんね」
……長くなりそうだな。ティアスも御浜も苦笑いしてるし。
「どうせ大卒1年目とかだろ?そんなんから見たら、30も40も一緒だろう。大体、お前は老けて見えるし」
「あなたの発言の方がよっぽど老けています!何ですか、まだ10代だって言うのに、その人生に疲れ切ったような態度は」
「……えっと……私、打ち合わせあるから……また……」
説教が始まると知って、逃げたな。まあ、人を待たせる羽目になるから、正しい選択だけど。ずるいな。
「また?」
くどくどと文句を言い続ける秀二を後目に、御浜がオレに疑問をぶつける。その意味を、オレは計り知ろうとして、怖くなってやめた。
「また今度、ってことじゃねえの?何か、ここでライブやるって、一曲だけ。さっきまで、同じクラスのヤツも一緒だったから、営業してた。今日は下見に来たんだと」
そこまで言って、先手を打ちすぎたかもしれないと反省をした。だって、どうしても彼の顔を見ることが出来ないし、何か彼女に絡んだことを言われるたびに心臓が痛い。御浜はたった一言言っただけなのに、過剰反応かもしれないけど。
説教を続ける秀二の声の方がはるかに大きいのに、オレは、御浜の息づかいまではっきりと聞こえそうなほど、彼の一挙一動に意識を向けていた。
「そうなんだ。レッスン無いって言ってたから、てっきり」
「てっきり?」
弱気になっちゃいけない。嘘をつくときは、自信を持たないと。そうは思ってるけど、強気になりきれない自分がいた。必死に取り繕っていることがばれないと良いけど。
「あ、いや。昨日ティアスに会ったとき、テツの話がよく出てたから、会いたかったのかな、って思って」
揺さぶられる。彼の一言に、こんなに簡単に。
昨日、夜まで彼女と連絡が取れなかったと思ったら、会ってたんだ。
彼にどうしようもなく嫉妬してるのは判ってるけど。だけどどうして良いのか、どうしたいのか、オレには判らなかった。
03
御浜達は「報告兼ねて、父親に顔を見せる」と言って、30分ほどで戻っていった。それと入れ替えにティアスが戻ってきたが、さっきまでのように彼女に迫ろうとは思えなかった。
御浜の態度と思いが、オレに重くのしかかる。
オレの記憶の限りでは、御浜が自分から女に対して動いたことって無かったような気がする。それが、あんな風になるもんなんだなって思うと、少しだけ怖かった。
彼女は何を考えているのか、オレの隣でオレの表情を、少し強張った表情で伺っていた。
「そろそろ、うちに来る?今日はなにで来てるの?バス?」
彼女の誘いにもうまく答えられずに、ただ黙って頷いた。辺りが微かに暗くなっていたことと寒くなってきたことを、彼女は気にしていた。
「行こうよ」
オレの手を引き、立ち上がらせる。その手をオレも握り返す。彼女の態度が、行動が、期待を膨らませる。あの夜から、それ以前から続く小さなやりとりの積み重ねと共に、何度と無く期待と失望を繰り返したあげく、結局甘い方へ流される。
結局、この女が何を考えてるのかなんて、オレは判っちゃいないのに。御浜のことも蓮野とか言う男のことも。大体、さっきの相原への態度だって何だ。
同じコトの繰り返しだ。あの夜もそうだった。彼女の態度に、彼女の過去に、オレは愛里を思いだし、愛里と比べていた。
愛里も、簡単にオレの手を取り、こうして引っ張る。
『テツ、靴を脱がせて。痛いのよ』
簡単に人に甘えるくせに、彼女はただ真っ直ぐにオヤジだけを見ている。
目の前の、オレの手を引く女だって、本当は誰を見てるかなんて判らないのに。
「テツが、来るって言ったんでしょ?それとも、一回家に戻る?」
だから、連れてくってこと?オレの誘いに乗るつもりはあるってこと?
「いや、いいよ」
「じゃ、地下鉄に乗ろっか?」
彼女が、店に面している道路の方を指さした。バス停が目の前にあるからここには良く来るけれど、目の前にある市営地下鉄に直結してる駅はあまり使わないから、その存在が未だに不思議だった。
「タクシーばっかり使ってるかと思った。まともにバスとか乗れないし」
手をつないだまま、一旦店内に戻り、スタバの入っているショッピングセンター内のエスカレーターを使って二階に上がる。二階のレストラン街の奥に、駅に直結する陸橋への入口があった。ここに来ても、一階の外にあるスタバにばかりいるから、こんな風になってるのも知らなかった。
「バスは普段使わないからよ。この路線なら大学にもつながってるし」
「そういや、賢木先生から連絡は来た?」
「全然。いいかげんよね、ホント。大学に行ったら、20日くらいまで冬休みだって書いてあった」
彼女は券売機の前で、行き先の駅を指さしながらぼやいていた。そう言えばオレも地下鉄で彼女の部屋まで行くのは初めてだな、なんてことと、20日まで愛里は戻ってこないんだろうなってことを交互に考えていた。戻ってこないことに対して、少しだけ寂しくもあり、少しだけほっとしていた部分もあった。
キップを買うときに離した手を、今度はオレからつなぎ直してホームに入る。少し照れたように、だけど微笑む彼女の姿を見て、一瞬だけど愛里のことも、他の全ての煩わしいことも飛んでいったような気がした。
だけど、端から見たらオレ達はどんな風に見えるんだろう、なんて考えたら、再び少しだけ気が重くなった。誰かに見られたら何て言おう、とか考えてしまう。特に、相原みたいなヤツに見られたら。
だけど、彼女の手を離せないオレは、やっぱりずるい。
びくびくしながら、彼女の隣に座るオレに、彼女も気付いてる。窘められながらも、誰にも見られないことを願いながら駅に着くまでの時間を、少し上の空で彼女と過ごした。窘めるけれど、責めはしなかった彼女に感謝しながら。
彼女の部屋の最寄り駅に二人で降りた。ここで、電車の中から彼女を見送ったことはあっても、一緒に降りたのは初めてだった。
東山線がこの駅から地下に入る。なので、二人で手をつないだまま階段を昇り、地上に上がる。
「ちょっとあるけど、良い?」
「ちょっとってほどでもないだろ?オレは平気だけど。お前、もしかしていつも歩いて来てんの?」
年末にタクシーで向かった感じでは、それなりに距離があったと思ったけど。夜中に一人で歩かせるのは危ない程度には。
「自転車だよ。カナが『バイク買ってあげる』って言ってくれたんだけど、免許持ってないし。取りに行っていい?」
黙って頷くと、彼女はオレを自転車置場の方へ引っ張った。
それにしても佐伯さん……甘やかしすぎだろ、それは。コイツはよっぽど目をかけられてるんだな。佐伯さんのバックアップのおかげで、頻繁にライブにもゲスト出演してるみたいだし。確かに魅力的ではあるけれど、そこまで?そもそも、あんなスゴイ部屋を提供してるのもおかしな話だし(元々隠れ家だったっつーのは別として)
さすがに生活費に関しては、最近やっとバイトし始めて稼いでるみたいだけど。何か、甘ったれてる印象が拭えないんだよな。
そう言うヤツ、オレは嫌いなはずなのに(人のことは言えないけど)。何で疑問を持ちながらも、その事実に少しだけ目をつぶろうとしてるのか。
「なに?」
自転車置き場の入口で、彼女はオレから手を離し、自転車を取りに走った。聞いておきながら、答えを待たずして走るか?お前は……。
「何って、何?」
「何か、また怒ってたから」
自転車を引き、こちらへ寄りながら、ちょっとおどおどした感じでそう言った。
「別に怒ってない。元々こういう顔だ。何度も言わせるな」
「ふうん」
納得いってないといった顔で、再びオレの横に並んだ。以前ならここで噛みついてきたんだけど、おとなしいもんだ。調子が狂うけど。
「それより自転車。オレが漕いでやるから、お前は後ろに乗れ」
彼女から自転車を奪うようにしてそう指示をする。
「何でいちいち命令口調なのよ」
不愉快そうに言いながらも、彼女はそれにおとなしく従う。やっぱり、調子が狂うけど、良い傾向なのかも、とも思う。
荷台に座り、ペダルを漕ぎ始めるオレの腰に手をまわした。
「テツって、ちゃんと体を鍛えてるって聞いた。しかも自己流。体育の成績もいいんでしょ?珍しいよね?」
人の腰を撫でながら、何を言い出すかと思ったら。興味本位でやってるのかもしれんが、ちょっとやばいぞ、それ。運転できなくなったらどうする。
「別に。ふつう。だれが言ってんだそんなこと」
「えー。御浜と秀二さん。あと、真も言ってた」
あいつら、余計なこと言ってんな。もう、オレの知らない所で誰に会ってるとか、考えない方がいいのか?彼女がこういうことをあっさりとオレに言うってことは、気にしてないってことなのか、オレの扱いがその程度なのか……。わからんな。
「テツの行ってる所って、あんまり芸術の方には力を入れてないって聞いたよ?」
「そうだろうな。音楽も美術も、芸術学部だと年に一人か二人出れば良いとこだな。クラスのヤツで『美術はフォローできない』ってはっきり言われてたヤツもいたらしいし。大体、1年で授業自体終わるからな、音楽も美術も」
「何で、今の高校選んだの?」
「音大の受験とか、考えてなかったし」
へえ、なんて言いながらオレの背中にもたれる。判らないとか言ってる自分がバカみたいだ。
「でもピアノ弾いてるし?運動部とかは考えなかったの?部活は?」
「オレ、あの体育会系の気質が合わないの。絶対いや。先輩見るたび挨拶とか、あり得ないし。暑苦しい」
「……判る気がする。絶対先輩に噛みつくか、むっとしてそう」
「どんなイメージだ。失礼な」
運動と勉強が出来ればモテるのは、中学生までだろうが。これでも評判はいいんだけどな(女子にのみ)。……ティアスには言わないけど。
「公立で、家から通えて、行ける範囲で一番レベルが高かった。立派な理由だろ?」
「んー……そうか。何で御浜は同じ高校に行かなかったのかな?」
「いや、単純に受験戦争が……まあいいや」
同じ高校は受けたんだけど、単純に落っこちたんだよな。まあ、ティアスにそうとは言えないか、御浜も真も。秀二辺りはさらっと言った上に、説教しそうだけど。勉強も運動も出来なかったんだよな、御浜は。今はどうか知らないけど、中学時代は。中の下って所か。結構、手伝ったんだけどな。
「テツは一緒の所に行こうとは考えなかったの?」
そう言う話をしてるのかな?御浜とは。いや、真とかもしれないし。二人きりじゃなければ、もう仕方ないのかもしれないけど。
「いや、でも……私立はな。金かかるし。出来れば避けたかった」
オヤジは「好きにしろ」って言ってたけど、正直、既に一人私立に行ってるしな。それで、また下手に伯母さんに何か言われてもめんどくさいし。子供心にいい気分じゃない。
でもまあ、明確ではないにしても、彼女の存在が、オレにも柚乃にも反抗期らしい反抗期を与えなかった気もするし。父子家庭で反抗期だなんて、オレの想像力じゃ、結構悲惨なことしか思いつかない。
「柚乃は私立じゃない」
「あれは、母親が行ってた学校に、幼稚園のころから通ってるっつーだけだって。むしろ伯母さんがそれを全面的に推してたし。愛里も行ってたからって」
また、へえ、なんて気のない返事をしたけれど、今度は声に妙な威圧感があって怖かった。もしかして、愛里の名前を出したからか?
「あ、テツ、そこ曲がって!近道なの」
機嫌が悪くなったのかと思ったけど、そうでもなかったらしい。道案内した声の明るさに、胸をなで下ろす。
彼女の誘導で、マンションの駐輪場に自転車をしまい、一緒に部屋に向かう。けれど、エレベーターに乗ってからは、彼女はオレの手を取ろうとも、触れようともしなかった。やっぱり機嫌が悪いのか?
「ただいま」
二つついているはずの鍵を一つだけ開け、彼女は中に声をかけた。
「お帰りって……サワダ?!」
中から現れたのは、私服に着替えた新島だった。その後ろには芹さんもついてきていた。
そう言うこと?だからオレを簡単に部屋に入れたのか?つーか、いくらなんでもこの生活はないだろ。仲良くても、男二人と同じ部屋……。
「テツはピアノを弾きに来ただけよ。変な顔しないで」
……んなわけないし……。先に上がってからオレに上がるよう促し、通りすがりにおっさんの顔を見せる新島の胸をこづいた。芹さんの顔は見なかったけれど。
「お前こそ、何してんだよ」
新島と、その後ろから無言でついてくる芹さんと3人で、リビングに向かう羽目になってしまった。リビングの壁には新島の制服がかけてあった。
話を聞こうと思っていたティアスは、着替えると言って、さっさと奥の部屋に入ってしまった。
「いや、今日はカナさん来るから。大体、それはこっちの台詞だろうが。彼女の部屋で彼女と会って何が悪い?」
確かに。ここはティアスの部屋じゃなくて、佐伯さんの部屋だけど……。それにしては、何で芹さんまで。そして当たり前のように芹さんは床のクッションに座り、新島がソファに座る。なんだこの力関係。当たり前のように、オレにもソファを勧めてくるけど。
「孝多は……その……。まあ、座れよ。孝多も黙ってないで、な?」
「沢田くんは、結局彼女と……」
「お前は口開けばそれしかないのか。黙ってろ!」
喋れって言ったの、新島だし。
「あの……」
「未だ何か言うか?」
一瞬、身を震わせたのが判ったが、芹さんはオレを真っ直ぐ見て続けた。
「あの、沢田先生と賢木先生から連絡が来て……。あと、和喜さんからも。話、繋いでもらって……」
和喜さんて、たしかオヤジと賢木先生の話の中でたまに出てくる人だ。その人も蓮野遼平とつながってたんだ。
「みなさん忙しそうだったんですけど、一度ベルギーの方に行ってくれるって……言ってくださって。オレにまでわざわざ。ありがとうございます」
「いや。……父も気にかけてたみたいですし」
自分のこと見たく、頭下げちゃって。確かに「心酔」って言葉が似合う感じだな。ちょっと疲れる。それにしてもオヤジ達、芹さんにもちゃんと連絡してたんだな。何も言わないから知らなかった。
オレが蓮野のことを報告して、芹さんの連絡先とティアスから預かってた諸々の連絡先を教えたときは、多少驚いた顔は見せても、そんなことは言ってなかったのに。そもそも、賢木先生なんか、未だ日本に戻ってきてないし。
「……音無さんは?賢木先生ともつながってるなら、あの人とも……」
彼女が入った扉をちらっと見てから、芹さんに確認する。
「さあ。聞いてないですけど。ティアスも連絡とろうとしたら、出来なくなったって怒ってましたし」
「知らない名前がいっぱい出てくるな。オレにも判るように説明しろよ、孝多」
「よく話してるだろ?灯路ってバカなのか賢いのか判んないよね」
「……言われたくねえ……」
芹さんのその意見には同意するけど。新島の項垂れっぷりは尋常じゃなかった。
それにしても、この様子だと結局、音無さんとは連絡とれてないみたいだな。彼女は一体、あの人に何の用があるんだろ。
04
着替えると言っていたはずの彼女だったが、コートとセーターを脱いで、Tシャツで出てきただけだった。
当たり前のようにオレの右手側に当たる、ソファのアームに腰掛けた。
「灯路、カナは何時頃来るの?」
「さあ?今夜来るとは言ってたけど、あれから連絡ないし。移動中じゃねえのかな?今日は大阪だって言ってたし」
……佐伯さんが来るのは判ったけど、芹さんは何でここにいる?いや、悪い人じゃないんだけどさ。ちょっと噛みつかれてるだけだろ?オレは。ティアスのことで、妙な疑いを持たれてるだけで。
よく考えたら、何でオレばっかりそんな目で見られるんだ?他にもいるだろうが。知らないだけなのか?さっき礼を言ったその口は紡いだまま、またじっとオレを見てるし。
「あ、カナさんだ。もしもし?」
いつものように雨に唄えばのメロディを奏でる携帯をとり、新島はオレ達から距離をとるためにキッチンに向かった。できれば、芹さんをコントロールしといて欲しいんですけど。
「テツ、ピアノ弾いてよ。一曲弾いたら、出かけようか」
「出かける?」
彼女がリビングの隅にある例の小さなピアノを指さすが、オレは動く気になれなかった。
「うん。カナ、もう名駅に着いてると思う。灯路に電話してくるってことは。だから、カナが来る前に出ていこう?カナが来たときにここにいたら、止められちゃうから」
「まあ、あの人らに気を使うのは判るけど……それで良いのか?お前、佐伯さんとは」
お前のプロデューサーでもあるわけだろ?彼女は。
「良いの良いの。私に用があるときは、私にかけてくるから。カナはその辺、ちゃんと線を引いてるよ。灯路と私が一緒にいるのを知ってても、みんなで会ってても」
「ふうん。一緒にいるなら、つながりやすい方でいい気がするけどな。いつ来るのか聞くくらいなら」
「カナの、灯路への気遣いよ」
……新島のプライドを、そんなことで守ってるとでも?端から見てる分には、彼は振り回されているようにしか見えないけれど。オレはそんなのは嫌だけど。
嫌だけど、振り回されてるのか、オレも。
「何よ、怖い顔してる。睨まないでよ」
ソファから離れようとしないオレの手を引き、立ち上がらせた。お前も愛里も、オレのことを振り回すくせに。振り回されるオレが悪いのか?なんでそう言うことを簡単に出来るんだ。芹さんの前で、オレの手を取るなんて。
ちらっと芹さんを確認したけれど、睨まれてはいなかった。見つめられてはいたけれど。
「待ってて、楽譜持ってくるから」
彼女は無理矢理オレをピアノの前に座らせておいて、奥の寝室に戻ってしまった。
「やっぱ、仲良いんですね?」
彼女がいなくなった途端、芹さんはオレに声をかけた。
「……そう見えますかね」
背中から視線を感じる……。ものすっごく見てるよ。保護者か?それとも、蓮野のことを口にしながらも、実はティアスのことを狙ってるんじゃねえのか?
「でも……うーん。白神くんといるときは、蓮野さんといるときみたいだったから。彼との方が仲良く見えたかな」
ちょっと待て、いつ御浜と会ったんだ、この人!?オレ、かなり頑張ってティアスと会ってたぞ、この2週間。この人単独で御浜と会うってコトは考えにくい し……。昨日か?
思わず、芹さんの方を向いてしまった。オレは相当嫌な顔をしていただろうに、彼は特に気にすることなく笑顔のまま答えた
「そう言えば、幼馴染みだって聞いてます。一緒にいた、背の高い……」
「泉 真?」
「あ、そうですそうです。彼がそう言ってました」
真の策略か。気にするなと思っても、気になってしまうし、気にしてしまう自分も嫌で仕方がない。何でよりによって、御浜なんだ。
だけど、御浜が彼女に興味を持たなかったら、オレはそもそも彼女を見ようとしていたか?
「あれ?灯路ってば、未だ電話してる。お待たせ、テツ」
ちっとも戻ってくる気配のない新島を後目に、ティアスがオレの横に戻ってきた。そして、手書きの楽譜をオレに差し出す。
「……これ、お前が書いたの?」
「ううん?カナよ」
初見で弾けってか?知らない曲を。そんなにしっかりやってないぞ、オレは。オレの後ろに立つティアスを睨み付けたかった。
ピアノ曲として書かれてはいるけれど、随分テンポも速いし、これって……。
「ロック?あれ?でも、原曲は……」
「クラシックだよ。知ってるでしょ?」
確かに、原曲は練習曲として弾いたことあるけど。指が動いたり動かなかったりのこの状況で、初見の、こんなアレンジの曲を弾けと?この女。しかも佐伯佳奈子の手書き?!
それにしても……最近は女優業の方が目立っているとは言え、本業はこっちだもんな。ちょっとすごいな。
「ちょっと練習……」
「いいよ」
とりあえず、時間稼ぎも兼ねて弾く真似だけでもしよう。今までティアスの前では、指が動かなかったことはなかったし。一人だと、弾けないんだよな。
仮に弾けても、練習不足が露呈しそうだな。
心配していたよりはずっと、スムーズに指が動き始めた。ただ、危惧していた通り、練習不足は否めなかった。愛里が戻ってくるまでに、何とかしないと。課題も出されてるし。
それにしても、何でティアスの前では、御浜の前では、弾けるんだ?
「すごい!楽譜見ただけで弾けるんですね!」
「テツ、あんまりピアノを弾いてないの?」
案の定、芹さんは誤魔化せても、ティアスは誤魔化せなかった。しっぽがちぎれんばかりに振ってるのが見えるかのような芹さんに比べて、彼女の態度はちょっと棘があった。
「いや、普段、あんまり弾かない感じの曲だし」
練習しろっての、自分。出来るなら、いや、しないといけないのに、何でかっつーか。
「この間、弾いてくれたとき、良かったんだけどな」
今は悪いってか?しかし、この女は歯に衣着せるっつーことを知らんのか?
「お前、オレを楽しくしてやるっつったじゃん?」
「言ったよ?」
「オレのピアノが綺麗だって言ったろ?」
「言った」
「要するに、楽しそうに見えないし、綺麗でもないってことだろ?今のオレは。つまらなそうなまま、ってこと。それに今さら失望した、と」
彼女はさすがにオレの側から逃げるような真似はしなかったけれど、その台詞に返事をしようとはしなかった。多分、オレの声に卑屈さと、多少の怒りが混じっていたから。
きついことを平気で言うくせに、最後の最後で踏み込んでは来ないんだな。
「えっと、オレ、何かよく判んないんですけど」
オレとティアスの間に流れる妙な空気に、芹さんはいつもの口調で、何のてらいもなく割り込んできた。振り向いて彼の顔を見なくても、いつものように笑顔でと言うことは判った。
「ティアスは、沢田くんのピアノが好きだって言ってたから」
どうしてこの女は、オレ以外の前ではそう言うことを言うかな。照れるだろうが。オレの前で言ったときは、この程度の照れではすまなかったけれど。
「言……言ったけど」
恥ずかしそうに呟き、オレの背中を指でつついた。今さら何を照れてるのか。
「ティアスが一緒に練習すれば良いんじゃない?練習不足だって言うなら?」
何言ってんだ、この人!オレとティアスが仲の良いことを気にしてるくせに、その発言に至る意味が判らない!
「ちょ……孝多……テツに迷惑でしょうが。何で簡単にそう言うこと言うのよ。テツには佐藤さんて言う先生がいてね?」
「でも、沢田くんは、責任とれないのに不用意な発言をするなって、ティアスに怒ってるように聞こえたから」
「いや、芹さん!オレ、そこまで言って……」
思わず振り向いて、噛みついてしまうところだったが、彼は平然とした顔をしていた。だから、「そこまで言ってない」と、彼の言葉を否定することも出来なかった。
何だ、この人?ただのほんわかした兄ちゃんかと思ってたのに……、妙に鋭くて調子が狂う。何だかそう言うところは、御浜みたいだとも思ったけれど、御浜ならこんな場面で口は出さない。
御浜なら……。いや、今の彼なら、彼女が好きな彼なら、違うかもしれないけど。でも、距離の取り方は確実に御浜の方がうまい気がする。だって、オレもティアスも、どうして良いか判らない。
「さ……佐藤さんが帰ってくるまでの間でいいですから……」
「おう」
「一緒に、練習しませんか……?」
何でおどおどしてるんだ、この女。しかも、何故か敬語になってるし。
彼女の方に体を向け、座ったまま、真っ赤になって俯いていた顔を見上げた。
『テツに、……いて欲しいよ』
そう呟いた時の彼女と、同じ顔をしていた。
別に普段、頼み事もお願いも命令も簡単にするくせに、何でこんな風に申し訳なさそうな、恥ずかしそうな顔をするんだ?
「え?沢田くん、ティアスと一緒に練習すると困るんですか?こういうのって、一人でやらないと行けないんでしたっけ。ごめん、オレ、よくわかんなくて」
「いや、何で芹さんが謝るんですか。別に、困るとかそう言うわけじゃ……」
あー、もう、この人、調子狂うな。何でこう、ストレートなんだ。
「でも、ティアスが何か、ものすっごく申し訳なさそうにしてたから。何か理由があるのかと思って」
やっぱり、申し訳なさそうにしてるように見えるんだ。何でだ?理由なんか、オレが知りたいっつーの。
「だって、テツには佐藤さんがいるし」
『沢田くんなんか、佐藤さんのことばっかのくせに!何よ!』
愛里のこと、気にしてる?もしかして嫉妬してるってことか?
『佐藤さんが帰ってくるまでの間でいいですから』
違う。愛里のことを気にしすぎてる、オレに気遣ってるだけだ。
どんなにティアスにキスをしても、抱きしめても、オレはやっぱり愛里を見ている。彼女はそれを知ってるだけだ。
気にしなくて良い、って。愛里のことなんか関係ない、って。何度言っても、彼女は信用しない。
オレが心からそうは言ってないことを、彼女は知ってるから。
オレのせいだ。
05
芹さんがいなかったら、オレは多分、彼女を抱き寄せてただろう。あれ以来、言葉に困るとそうしてきたから。それで伝わると思ってた。甘えでもあった。
だけど今は、俯く彼女からも、真っ直ぐきらきらした目で見つめてくる芹さんからも、逃げられない。
「一人だと……」
弾けないから。指が動かないから。言い訳に思われても、ティアスにはそう言おうと思った。
愛里のことを気にしすぎてるのも本当だし、ここまで近付いた彼女に対してウソがないのも本当だ。それを判って欲しいとは言えないし、何を言ってもウソになる気がした。
だからせめて、それ以外のことでは、きちんと答えようと思った。楽になれるかもしれないって言う期待がなかったわけではないけれど。
「あの、テツ、良いの。ごめんね。言わないで」
オレの言葉を遮り、頭を下げたのは彼女だった。まるで、オレの台詞を判っていたかのように。
「なんで?一緒に練習しよう。ここなら、夜遅くても大丈夫なんだろ?あと、英語も教えてくれるって言ってたくせに。責任とらせるって言ったろうが」
手くらい握っても良いよな……。芹さんは、さすがに怒り出したりはしないだろうから。
震える彼女の手にそっと触れ、軽く握った。
それにしても、冗談だって思われてるって判ってるときは、愛里にも歯の浮くようなことを簡単に言えるのに。どうしてこんな子供をあやすような台詞にさえ、オレはこんなに必死なんだ?
「うん」
小さく頷いて、手を握り返してきた。その部分だけ、妙に血の巡りが早いような、そのおかしな感覚に、目の前がくらくらする。
この女はずるい。オレは、ただ一人と言い切れないくせに、完全にはまっていた。
彼女も、オレを見てる。このまま抱きしめたかった。芹さんがいなければ。
……勝手に二人の世界に入ってたけど、この人、もしかして怒ってる?恥ずかしいって言うより、怖いぞ。
「仲直りした。良かった」
子供みたいに喜んでいた。なに考えてんだ?蓮野のことを口にしつつも、ティアス狙いか?とも思ったけど、何か、違う。つーか判らん!!
「仲直りっつーか……この恥ずかしい絵ヅラを見て、お前は何も感じないのか」
ティアスに気を取られていて、見てなかったけれど、いつの間にか新島が戻ってきていて、芹さんの後ろに立っていた。さすがに新島に見られるのはメチャクチャ恥ずかしいんですけど。恥ずかしい絵ヅラとか言うな。
「え?なんで?ティアスも喜んでるみたいだし」
「……よ……喜んでるって言うか……」
彼女はオレから手を離すと、あり得ないくらい顔を真っ赤にして、そっぽを向いてしまった。オレもそうしたい気持ちだったが、コイツがやるのは可愛いけど、オレがするのはどうだ。
「お前、ハスヤリョウヘイがどうとか言って、沢田に噛みついてたろうが」
「でも、ティアスが喜んだら、蓮野さんも喜んでたし」
「つき合ってんのかどうか、突っ込んだくせに?」
「だって、いいかげんだったら、あんなにティアスのことを大事にしてきた蓮野さんがかわいそうだと思って」
「判らん。その考えの軸が判らん!」
新島、もっと言え。
「大体、沢田もティアスもはっきりしないっつーか。あからさまなくせに。めんどくせえな」
……それ以上喋んな。にらむぞ。
「そんなことより灯路、カナは?」
「あ、そうだ。人のことに構ってる場合じゃなかった。カナさん、もう名駅に着いたって言ってたから。こっちで店を予約してあるらしいし」
そう言って、携帯で時間を確認をした。リビングの片隅においてあったコートハンガーに向かい、掛けてあった黒いダッフルコートを羽織った。
「いつもの所?」
「そうそう」
自分のことでいっぱいだな。あっさり話変えたし。まあ、あんまり会えないみたいだしな。妙に浮かれてる新島が、不愉快でもあり、ほほえましくもあった。
「だったら、二人でここに戻ってくるよね?」
「ああ。今日は泊まれるって。じゃ、オレもう出るから。続きは勝手にやっといてくれ」
言いたい放題言って、それか。
しかし、めんどくせえ、か……。当の本人は、充分判ってんだけどさ。
新島を見送った後、ティアスがまた申し訳なさそうにこっちを見ていた。
「……ピアノ、また今度にしようか?一緒に練習するんでしょ?」
「ああ」
頷いてから、彼らに気を使って出ていこうと言った、彼女の台詞を思い出した。
「コートを持ってくるから、待ってて」
やっと普通に笑顔を見せてくれた。彼女の言葉に再び頷いて、オレも掛けてあったコートを羽織る。芹さんも同じように、ジャケットを着た。
さっき着替えてくると言ったときより、随分早かったわりに、彼女はしっかり着替えていた。初めて見るミニスカート姿だった。
オレとティアスが並んで歩き、その後ろを芹さんがついてきた。ここに来るときと同じように、彼女を自転車の後ろに乗せ、動き出そうとしても、彼は未だついてきた。
「……えっと……芹さん、どこに今いるか知らないですけど、戻らなくて良いんですか?」
いつまでもついてきそうな雰囲気の芹さんに、たまらず突っ込んでしまった。かなり迷ったけれど。二人でいるのが当然、と思われてなかったらどうしようかと思って。
いや、当然ではないのだけれど。
「だって、オレ、今あの部屋に寝かせてもらってますから。行くところないし。灯路がいないときに、灯路のうちに世話になれないですしね」
「は?あの部屋って……」
ティアスと一緒に暮らしてるってこと?!
「……たまに、灯路の家に行ってるのよね、孝多は。それに、カナが結構いきなり来ることもあるから、灯路もしょっちゅういるし……」
荷台に座ろうとしていたティアスが、オレから目をそらしつつ、妙なフォローを入れた。
そんなフォローはいらん!!
「どしたの、ティアス?」
「……あんたの天然ボケは、罪深いと思うわ」
しかも芹さんは天然か、やっぱり!
「オレのこと、怒ってる?」
「そう見えるなら、そうかもね」
ティアスの溜息と共に、オレの怒りも空回りした。なんというか、調子の狂う人だな。いや、オレが怒る理由なんて、無いはずだけど。別にオレは、ティアスとつき合ってるわけでもないし、この女がどこの誰と一緒に暮らそうが、関係ないわけだし。
関係ないこと無いのは、オレだけで。それが、最悪なくらい不愉快だ。
「あの、テツ?誤解しないで欲しいんだけど。怒らないで」
「誤解?オレが何を?別に怒ってないし」
「思いっきり怒った顔してるくせに、何でそうなの?良いからもう、行きましょ?」
「行きましょ?って、お前な!」
これって、オレが怒ってる理由を、ティアスは理解してるってことだろ?そのくせ、「良いから」って、一体何がよいと言うんだ!お前は良いかもしれないけど、オレはよくない!
「……何よ」
って、言ってやりたいけど、言えない。みっともないのが判ってて。完全に怒りにまかせて怒鳴ることが出来たら、楽な気がするけど。こんな時、妙に冷静な自分が嫌いになる。
こういう女だって、判ってるのに。大体、新島だって普段、コイツとあの部屋に二人きりで泊まってくことがあるのも知ってるし。でも、やっぱり、新島がするのと、芹さんがするのとは違う!
せめてここに芹さんがいなかったら、外じゃなかったら、あの夜のように、言いたいことを言えるんだろうか。
「とりあえず、ここに突っ立ってると、他の住人に迷惑では?」
誰のせいだ。他人事みたいに言う芹さんを、オレ達は睨み付けるが、彼は気付いてるのかどうかといった態度だった。
「行こう、テツ?」
「あのな……」
「孝多。私ね、テツと一緒に行きたい所あるから。二人にして欲しいの」
この女も、言うに事欠いて、二人にして欲しいって!?つーか、コイツ、その台詞が何を意味してるか……。
「あ、じゃあ。オレは適当に時間潰してるから」
え?しかも、そんなあっさり引くの?なんなんだこの人?
「部屋にも、カナと灯路がくるんだから。判ってる?」
彼女の言葉に黙って頷いて、彼は手を振りながら立ち去っていった。その、あまりにさっぱりしすぎた態度に、呆気にとられてしまった。
てか、これはこれで、どうよ?ティアスの台詞は嬉しいような恥ずかしいような、妙な感じだけど。芹さんのこのティアスに対する服従っぷりは?!どんな関係だよ?
「なんでそんな変な顔してんの?」
驚いてんだよ。あきれてんだよ。おかしいと思え、この状況を!!自分の言った台詞の重さと衝撃を!
そうとは言えないけど。
「変な顔って言うな。つーか、あの人は犬か?お前がこうしたいっつったら、あっさり聞くのか?おかしくない?」
「私の言うことを聞いてるわけじゃないよ。それより、行こう?」
オレの服の裾をつまんで、引っ張り、自転車に乗るよう促した。彼女たちの妙な関係を、これ以上、「怒りながら」突っ込んでいても仕方ないと思い、言うとおりにした。
夜は長い。彼女の意志が、オレと同じなら、この後ゆっくり聞けばいい。出来ることなら、オレが彼女との関係を握りたい。
何かはっきりさせたくないことがあるのは、お互い様だ。
「ホントに行きたい所なんかあるわけ?」
「無いよ?」
「そう。なら良かった」
オレの台詞をどう受け取ってくれたのか、彼女は黙ったまま、オレの腰に回していた手に力を入れ、抱きついた。
彼女を連れて、オレの家とは反対方向の列車に乗って、栄で降りた。結局また二人で、あの観覧車に乗っていた。
だけど、それからは何もかもシナリオ通りに進みすぎて怖いくらいだった。
観覧車で隣に座る彼女と当たり前のようにキスをする。二人で、以前ここに来たときのことを話しながら。
『邪魔されるのは、いやかな。いやじゃない?』
彼女の台詞を思い出しながら、あの時と同じように携帯の電源を手探りで落とした。
『そう、良かった。一緒だね、私と』
あの時の「満たされる」様な感覚の根本が、今ならはっきりと判る。
「雪、降ってきたよ?」
オレが思ったように、彼女もまた『あの時と一緒』だなんて言うのだ。それが、オレの期待を膨らませる。
膨らむと言うより……太くなるとでも言うべきか。破裂しそうだ。
「めずらし。この辺、年に1回でも降ればいい方なのに。雪に慣れてないから、ちょっと降ると、すぐに交通網が麻痺しちまう。電車止まったりして」
「そうなんだ。そう言えば、こっちに来てから、あの日くらいかな、雪が降ったのって。あっちにいたときは、雪なんかしょっちゅう降ってたから」
そうか、とだけ返事をして、彼女の手を取って観覧車を降りた。「あっち」の話は聞きたいと思う反面、聞くのは怖かった。だから、どうしても逃げてしまう。
家にも戻りたくない、彼女の過去も知りたいけど、積極的には知りたくない。気になるけど、知らないままでいたい。
オレは何も動きたくないけれど、このままどうにかなってしまいたい。そんな都合のいいシナリオって、あるんだろうか?
手を引いたまま、観覧車を後目に再び町に出た。
「お前、今夜どうするんだよ?また戻らないつもりだろ?」
雪がどんどん酷くなってくる。町は酔っぱらいと夜の商売の人でいっぱいなのに、妙に静かで不気味だった。
行くところがないなら、家に来れば?そう言うつもりだった。だけど、オレは家に帰るつもりはなかったけど。
「沢田先生って、今日はいらっしゃるの?」
「え?いや……和喜さんと出かけるって」
以前なら、オヤジがいない方が、遠慮しなくて良いと言ってたけど。今はどうだろう?あの時と今とでは、オレとティアスの距離が違う。
「柚乃は?」
「……どうだろ。オヤジが家にいないときは、大抵、家にいないけど。こないだみたいに」
「じゃあ、お邪魔しても良い?」
それは一体どういうつもりで言ってる?今の状況なら、そう言うつもりで来るととられてもおかしくないぞ?
何もない、なんて、今のオレには言えない。
「良いよ。……そろそろ終電無くなるから、戻るか?」
オレは正直、戻りたくないけど。だって、オヤジがいなくても、秀二は勝手に出入りするし、何より御浜がいる。離れたくてここまで来たのに。
「うん」
彼女は、何故か真っ赤になって顔を伏せた。これは行ける気がする!完全にOKのサインだろうが、これは。
だけど家に来たら、御浜がいるってこと、判ってるんだろうか。もしかしたら、彼が来ることが判ってて、オレんちに来るのか?
しかし戻ると言ってしまった以上、必死で余裕の顔を見せながら、地下鉄の駅に向かう。
「……終電、星ヶ丘までだって」
恵みの雪だった。流される自分の幸運に感謝したくなるくらい。本当に幸運なのかは謎だけど。
案の定、地下鉄の地上部分がストップしてしまっていた。
「バス、走ってるかもよ?」
とりあえず地下鉄に乗ろうと、オレを引っ張る彼女を止める。
「吹雪いてるのに?」
地下鉄もその内、復旧するだろう。多分バスもなんだかんだ言ってこれくらいなら走ってるだろう。雪はどんどん積もるし、風も強くなってくるけれど、この地方に降る雪なんて、そんな大したもんじゃない。
わかってるけど。帰りたくない。オレが、家に来る?ってきいたけど。矛盾してる行動かもしれないけど。何とかならないものか、なんて他力本願なことを考えてた。
「どうしよう?」
上目遣いでそう聞く彼女がずるいのか、何も言わないオレがずるいのか、判らなかった。
黙って彼女の手を引いて、駅を出た。彼女は逆らわないし、何も言わない。雪を避けて地下街を歩く。駅から離れたところで地上に出て、繁華街へと向かう。
コートの下の学ランを悟られないよう、ホテルの部屋に入ったところで、オレに引っ張られるままついてきた彼女が、扉の前でやっと口を開いた。
「帰れないから、だよね?」
その言葉に、返事が出来なかった。代わりに、彼女の背中を押して部屋に押し込めた。
「制服着てるから。見られないように、だよね?」
まるで、オレの代わりに彼女が言い訳をしているようだった。それが妙に申し訳なかった。
こんな時に、誘いの文句すら言えないのか、オレは。普段のように、軽く誘えばいいのに。現実味が帯びてきただけで、どうしてこんなに怖じ気づいてんだ。
手を伸ばした後にあるものが、怖くて仕方がない。手に入れる覚悟がない。だって、オレも何も言わないけど、彼女も何も言わない。
何も言わない代わりに、彼女がオレの言い訳を口にする。
この状況になって、このまま黙ったまま押し倒すのか?さすがにそれは無理だろう?
何も言いたくない。オレからは動きたくない。だけど彼女と共犯のまま、オレは彼女と寝ようとしてるのか?
お互い様だと、オレは自身に言い聞かせるくせに、彼女がその態度を続けることが、こんなにも不安で不満だ。
オレは動きたくないけれど、彼女には動いて欲しいなんて。虫の良い話だ。
彼女がオレを好きだから、仕方がなかったんだ。そんな言い訳、通じるわけがないと判ってるのに。
「黙ってないで、何か言ってよ」
部屋の隅に陣取る、やたらでかい真っ赤な布貼りのソファに腰掛けながら、オレを責めた。スカートの中、見えそうですけど。誘われてるって思うのは、ただの自惚れだろうか。
黙ったまま隣に座ったら、入れ替わりに彼女は立ち上がり、風呂場へ向かった。
「逃げた?今」
「なんで今出てくる台詞がそれなのよ」
怒ったのかと思った。だけど、彼女は何故かちょっと暗い口調のまま、風呂場の扉の前で立ち止まって、こちらを見ていた。
「……そういえばテツには、昔、彼女いたって聞いたことある。こういうとこ、来たことあるの?」
ホントに、どう言うつもりなんかな、この女は。今まで何度も聞くタイミングはあったはずなのに、初めて突っ込んできた。
「……一応」
まあ、ウソついても仕方ないしな。なんか責める口調だったから、気にしてるみたいな言い方だったから、ウソついた方がいいような気もしたけど。今さら初めてですっつっても、白々しいし。
人のことは言えないけど、コイツも一体何を気にしてるんだか。
「でもまあ、真達の言ってたことで、大体当たってるけど」
「そうなんだ。佐藤さん、いるもんね」
愛里愛里って五月蠅いよ。
「お前は?お前こそ、蓮野……」
「今まで彼氏とかって、いたことないし。こういう所来るのも初めてだし」
逃げるように風呂場へ入っていった。自分が初めてだから、オレを責めてたってことか?よく判らんし。
それにしても、蓮野とはホントに何もなかったのかな。逆にあんだけ否定されると、疑わしい。何もなかったのに、芹さんがわざわざベルギーから来るだろうか。芹さんが極端なのかもしれないけど。
蓮野のことも気になるけど、御浜のことも気にならないでもない。彼と二人でいるかどうかもオレは結局知らされない。後から「一緒にいた」って聞いて、どうして良いか判らなくなることはあるけれど。
蓮野のことは、少なくとも過去のことかもしれないけれど、御浜のことは現在進行形だ。彼に対して彼女が悪い印象を持っていないのも知ってるし、仲が良いのも知ってる。何より、御浜はティアスに執着してる。驚くほど。
ずっと御浜の横にいたから、オレが誰よりそれを感じとってる。
だけど、オレはもう、引き下がれない。引き下がる気もないけど。ただ、覚悟が決めきれないだけで。
彼女は、良いってことなのか?多分、その風呂場の扉に鍵はないと思うぞ?ガラスで中が丸見えじゃないだけ、ましな方だ。
風呂場の扉のノブに手を掛け、押し開けようとしたら、鍵はかかってないけれど、重くて動かない。中でバリケードでも作ってんのか?妙な悪あがきをしやがって。
仕方なく扉の前で座り込んで彼女を待つ。待っていたら、ソファのある辺りから携帯の着信音が鳴り響いた。ティアスの携帯だった。そう言えば、カバンを置いていったような気がする。よく知ってる着信音だ。これ以上聞きたくなかったから、必死に聞かないように、見ないようにしていた。
「……何してるのよ」
髪をまとめたまま、Tシャツにミニスカートで風呂場から出てきた。中に着るものとかあったろうが。ホントに往生際の悪い。
「いや、待ちきれなくて?」
その台詞に怒るかと思ったら、妙にしおらしくなって、顔を赤く染めた。立ち上がって彼女の手をとり、抱きしめた。
「……何も言ってくれないんだね」
彼女は不満そうにそう言ったけれど、いつものように、オレを抱きしめ返した。
オレも、あのクリスマスの日から、なるべく会うようにし、なるべく触れるようにしてきた。だけど、彼女が受け入れなかったら、それも出来なかったはずだ。
キスをしてから、風呂場の扉の横にあったソファに彼女を押し倒した。彼女は抵抗しなかった。
なのに、御浜からの着信に、彼女は手を伸ばす。
「とるな」
自分でも驚くほど強い言葉で、彼女の手を押さえた。
「……とらないから」
オレに体をすりよせ、腰に手をまわして抱きついた。
「テツも、もし佐藤さんから電話があっても、とらないでよ?」
やっぱりオレは、彼女の問いに答えることは出来なかった。
携帯の電源を切っておいた自分の聡明さを、心から褒め称えたかった。彼女の携帯は鳴り響いても、オレの携帯は鳴らない。
彼女の携帯が鳴れば、二人の(オレだけの可能性はあるけれど)罪悪感を刺激するけれど、オレの携帯が鳴れば、オレの申し訳なさだけが増すばかりだ。
正直、御浜のからの着信音が、オレの彼女への執着をさらに刺激していたのは確かだ。自分でも矛盾してるとは思うけれど、どうしようもない。
全てが終わってから、とりあえず後悔するのも、どうしようもない……だろう。
そして、とりあえず後悔したくせに、離れがたくなってる自分もいる。吐き気がするほど矛盾だらけだな、オレは。
裸のままシーツにくるまり眠っている彼女に、起きる気配がないことを確かめ、携帯を持って脱衣場へ向かう。電源を入れるとたまっていたメールや留守電がどんどん入ってきた。とりあえず無視して、新島に電話を掛ける。
時間は7時5分。さすがに起きてるだろう。もしかしたら、また電源を切ってる可能性もあるけど。
『なんだよ。デートだっつったろうが。戻ってきたら、お前も孝多もティアスもいなくなってたから、気を使ってくれたんだろうとは思ってたけど』
「……取引しないか?」
『何を?……そういや、お前らあの後どうしたんだ?二人で家に来たくせに……』
電話の向こうで、状況を判断している新島の姿が見えるようだった。
「お前、どこに出かけてるって言ってるんだ?お前んちの親、普通に五月蠅いだろ?家にいたことにしとけばいいから」
『お前んちはどうなんだ?』
「オヤジは学生時代の友達と出かけてるし、オヤジがいなけりゃ、妹もいない」
『適当だな。幼馴染みの方がよっぽど保護者だな。泉と白神にそう言っとけばいいわけか。良いけどさ』
察しのいい男で助かる。我ながら、おかしなことを頼んでいるとは思うけど。
『……で、結局お前らは、つき合うことにしたのか?』
「別にティアスと一緒にいるとは一言も言ってないが……」
『いや、そこ否定されても。嘘臭いだけだし』
頭から決めつけてんなよ、この野郎……。間違ってないけど。察しがよすぎて困るじゃねえか、この男は。
「テツ?何してるの?」
『ほら見ろ』
シャツだけを着て脱衣場に入ってきたティアスの声に、勝ち誇った様に言った新島が不愉快で、確認をとる前に電話を切ってしまった。
「アリバイ工作中だよ。制服を着てくるんじゃなかったな。このまま学校サボろうかと思ってたのに」
あと1日遅ければ良かったのにな。週末だったら大手を振って休めたのに。
「サボらなくても、学校は休みじゃないかな?」
何故か、彼女は満面の笑みを見せ、オレの手を引いて立ち上がらせた。ヘッドレスト側にある窓は、そこが限界なのか、かろうじて外が覗ける程度の隙間が空いていた。外には雪が積もっていた。
ここ何年か見たことがないくらい、外は真っ白なように見えたけど……。
「大雪警報が出てるって。天気予報で言ってたよ?高校は休みじゃない?」
オレが電話をしてる間に、彼女がテレビをつけたらしい。朝のニュース番組が気象情報に囲まれて、小さな画面に収まっていた。高速道路も、JRも、私鉄もほとんど止まっているらしい。普段は天気にほとんど左右されない地下鉄も、地上に出ている部分が止まっているようだった。
とりあえず、柚乃には連絡しとくかな。親父が帰ってきてたら、どこに行ってるんだって話になるし。
「行きたい所あるんだけど、つき合ってくれる?」
案外、簡単なもんなんだ、って言うのが正直な感想だ。オレのずるさか、彼女のずるさか知らないけれど、なんの縛りもお互いからは与えないまま、寝ることは出来た。次はどうか知らないけれど、オレはもう、そのつもりでしか彼女に近付けないし。彼女に「どう言うつもり?」とか聞けない自分の後ろめたさが辛い。
だけど、彼女はどうして、最後まで嘘をついたんだろう。女って、やっぱ嘘つきなもんなのかな。愛里みたいに。あの女も、肝心なところで嘘ついてたから。
「良いけど」
オレの返事と同時に、彼女の携帯が鳴り響く。心臓に悪いから、オレみたいに電源を切っておいてくれればいいのに。手に持ったままの自分の携帯の電源を落としながら、心の中で舌打ちをした。
着信音が、いつもかかってくる御浜のものとは違っていたことだけが救いだった。いくらなんでも、こんな朝からかけてこないか。学校が休みになったと判ったら、どうでるかは判らないけど。
御浜のことを思うと気が重い。重いけど、もうどうしようもない。いや、そうでもないか?昨夜のことを無かったことにしたら……。
そんなこと、オレ自身が出来るわけがないのに。本当にオレ自身が一番判らない。ティアスが目の前にいるのに、いつまでも愛里に執着してるし、何度も思い出すし、簡単にティアスに手を出しておきながら、御浜のことを気にしてるし。
だけど、一つだけはっきりしたことは、それでもティアスにはオレを見て欲しいんだ。今でも。
「……誰?携帯」
「え?カナだけど……」
オレの手前(もしかしてオレが嫌そうな顔をしていたからかもしれないけれど)、彼女は携帯に出るのを躊躇っていた。申し訳なさそうな顔をしたまま、鳴り響く携帯を開く。その画面を、ちらっと確認したら、彼女の言う通りだったことにオレは胸をなで下ろした。
「出ればいいのに」
彼女から離れ、再び風呂場に向かった。手に持っていた携帯の電源を入れ、柚乃にメールを打ちながら。ティアスの行為に、少しだけ心が躍る。彼女の反応に、彼女の行動に、オレのことを見ている実感に、オレ自身が激しく揺さぶられているのを感じていた。最初に彼女と二人で観覧車に乗ったあの日よりも、もっと激しく。
ティアスだけを真っ直ぐ見ていられたら、どんなに楽しいだろうか。
そう考えながら、真や相原達がオレのことを枯れたのなんのと言ってたことを思い出して、余計にへこんだ。意外と、当たってるかも……。楽しいだろうか、じゃねえっつの。
風呂場を出て、彼女が電話を終えるのを遠目に確認しながら、再び携帯の電源を落とした。
「佐伯さん、新島と一緒にいるんじゃないのか?」
「元々、今日は灯路を学校に行かせてから会う予定だったから」
「そっか。いいのか?」
行きたいところがあるって言ってたのに。
「ん。どうせ夜の話だし。カナだって、美衣がいるからこっちに来るときくらいしか自分だけの時間がないんだし」
「……そっか」
ミイ?そういや中学生くらいの娘がいるんだよな。つーか、娘とそう年の変わらん男と恋愛してんなよ。不倫じゃないだけマシかもしれんけど。新島とのことを知って以来、雑誌読んでも、ちょっと生々しい感じがするんだよな。
「そういや、佐伯さんって、旦那とかいないのか?」
「え?結婚して、美衣が生まれて2年で離婚したって言ってたよ?彼氏はいっぱいいたらしいけど」
「ふうん」
「興味ある?」
なんだそりゃ。妬いてんのか?……なんて答えて良いやら。
「別に。それより、さっさと出て、何か食べに行こう」
あからさまに話を変えたけれど、彼女は黙って頷き、着替えを持って洗面所へ向かった。妙に聞き分けが良くて、ちょっとおかしい感じだけど。
どうも、釈然としない。
釈然としてないのは、ティアスも一緒か。何だろな、この微妙な距離感は。もっと近付いても良いと思っているのはオレだけなのか。多くを求めることの出来る立場ではないと判ってはいるけれど。
いや、立場は良いだろう。オレはフリーなわけだし、ティアスも別に誰とつき合ってるわけでもないんだし。別に何がどうなろうと、つーかなってるんだし、良いだろう。そもそも、誰かに彼女と一緒にいるところを見られて困るのは、オレだけなわけだし。いろんな意味で。オレが見られて困るって言うのが、おかしいのかもしれないけど。
軽く朝食を食べたあと、彼女の誘導で地下鉄の駅に向かう。案の定、地上部分は復旧作業中だったけど、地下部分は動いていた。名駅の近くに出来た複合施設内の地下にあるジャズクラブに行きたいというので、満足に移動できない彼女のために、オレがそこまで連れて行くはめになる。
良いんだけれど。この、彼女は使えるものを使っていて、自分はそれに使われている感覚って言うのは、あんまりいい気分ではないな……。彼女が心配にはなるけれど。だけど、それとは少しだけ違う気もする。
ティアスのこと、好きだとは思うけれど。何かが引っかかってる。それがオレの持つ、彼女への距離感なんだろう。
「来たこと無いの?名駅」
地下鉄の駅を降りて、きょろきょろと辺りを見渡す彼女がおかしくて、思わずそう突っ込んでしまった。
「ん……最近は、こっちに来たときに乗り越して来ちゃったことはあるよ。後で灯路に聞いたら、ここで乗り換えても良いって言われたけど。昔、こっちに来たときと、随分変わってるんだもの」
「昔?どれくらい?お前、あちこち転々としすぎてて、どこにどれくらいいたかわかんねえし」
「この辺にいたこともあるよ?その時は、義兄さんと一緒に、灯路の家にお世話になってた。テツはずっとこの辺なの?」
「ああ……いや、母親が死んですぐくらいに、ヨーロッパの方に少しだけ住んでたって言ってた気がするけど、あんまり覚えてない。その話がホントなら、オレ未だ4歳くらいだしな」
「そうなんだ。そのころ私もイタリアにいたよ?父さん達が未だ生きてたころで、義兄さんがちょうど寮に入ったころだったから、よく覚えてる」
そういや、コイツの兄貴の話を聞くことって無かったな。最初のころはブラコンだの何だのと新島に言われてたけど。
「お前の兄貴って、何やってんの?」
「……えっと……とれーだー?」
「何でそんな不安そうに言うんだ。よく判ってないのか?お前んちの収入源だろうが。何の勉強してたんだ。寮に入ったってことは、どっかの学校に行ったってことだろうが」
「何でいつもそう喧嘩腰なのよ。そのころは未だ5歳とかだし、判んないわよ。兄さんはいろいろ教えてくれたけど、自分のことはあまり言わない人だし。……えっと、たしか地政学だった気がする」
よくわからん。聞くんじゃなかった。知識の無さを露呈したって、ろくなことにならないし。まあ、ティアスも判らなくて、オレも判らないならそれでいい気もするけど。
彼女の手を取り、地下街を歩いて、地上に向かう階段を登る。電車は止まっているはずなのに、思ったより人がいた。
「あそこ、何があるの?見にいこ?」
駅前のロータリーの先に、ツインタワーの広場があるのを見つけて指さしていた。
「イルミネーションがあるだけだって。こんな朝っぱらから行っても仕方ないだろうが」
彼女に引っ張られるままエスカレーターを昇り、広場を廻る。暗くなったらもう一度来ようと約束をしたら、嬉しそうに笑った。彼女と一緒にいる1日が決まったことが、オレも嬉しかった。それで充分な気もしていた。
入ってきたエスカレーターとは別の出口から出て、ビル内に入る。タワーの高層階にあるホテルに直結してるエレベーターが並んでいた。雪なのに人が多いと思ったら、ホテルの客だったようだ。夜中に止まった交通機関が少しずつ復旧しているころだからか、それとも端にチェックアウトの時間だからか、エレベーターから出てくる客が多かった。
「……愛里?」
エレベーターから出てくる客の中に、一際目立つ派手なスーツケースを転がしながら歩く愛里の姿があった。一人みたいだけど……。
向こうもオレに気付いたらしく、笑顔で近付いてくる。
オレの隣に、ティアスはいなかった。