これは投球ですか? いいえ、十柱戯です。
「おーい、山田ー。ボウリング行こうぜーっ。」
「そんなナカジマ君みたいなノリで言われても!」
レジェンズの営業終了後。ロッカーへ向かう途中で、唐突にスケルンから遊びに誘われ戸惑う山田。
彼のそんな様子を無視してスケルンは矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
「ちなみに地質調査の方じゃねーから。勘違いするなよ?」
「ちなみに言われなくても分かりますよっ。
……てか、何で自分なんですか。
遊びに行くなら、いつもみたいに先輩の取り巻きの女性でも誘えばいいでしょう。」
「バカやろっ、そんな言い方するとオレがお前に気があるみたいじゃねーか!
そんでもって、お前も誘われるのは満更でもないけどつい嫉妬で冷たくしちゃって、おいおい痴話喧嘩かよ余所でやれよーって風に見えちゃうだろ!」
「意味分かりませんが!?」
コントのようなやり取りを繰り返す2人の元へ、茶色く小さな何かがちょこちょこと近づいていく。
真横に到達したそれを視界に映したスケルンが、喉から小さく引き攣った声を出した。
「どっ、ドリー先輩!」
「遅いよ、もーっ。スケルンはすぐ話が明後日の方向に逸れるんだからぁ。
ボクが話すから、ちょっと黙っててね。」
「スンマセン!」
腰を直角に曲げながら謝るスケルンを横目に、ドリーは山田へと向かい口を開く。
「あのね、山田。」
「はいっ!」
日頃の教育の賜物か、山田は緊張したようにビシリと直立姿勢で固まり彼の次の言葉を待った。
それに対しドリーは、うんと小さく頷き頭上の花を揺らしつつ話を始める。
「簡単に言うと、トップ5のみんなでボウリングしようって話になったの。
その時に、せっかくだからチーム分けして勝敗を競いたいなんて流れになってぇ。
でも、2人ずつにしろ3人ずつにしろメンツが足りないから、それで……。」
「自分に白羽の矢が立った……と。」
ドリーの言葉を引き継いだ山田が、僅かに眉尻を下げつつ答えた。
その対応に両手を腰に当て不満をあらわすドリー。
「もーっ、人身御供にでも選ばれたみたいな反応しないでよねっ。
ま、いいや。……で、山田は来るの?来ないの?
一応言っておくと、タッちゃんがいるからお金と帰りの足の心配はしなくて大丈夫だよー。」
「ナチュラルに酷い!
アンタ、タッちゃん先輩を何だと思ってるんですかっ!」
と、そんな流れでボウリング場を訪れた一行は、早速2人ずつの3チームに分かれてゲームを開始していた。
組み合わせはアミダの結果、タッちゃんとドリー。リッちゃんとスケルン。パパンと山田となっている。
プレイスタイルとして、リッちゃんはパワータイプでドリーとスケルンは技巧タイプ。そして、タッちゃんはその両方を兼ね備えたパーフェクト超人である。
ただし、パパンはボウリング自体が初だという正真正銘の初心者で、さらに山田も人生最高スコアですら89という低レベルである事が分かり、最下位の罰は今回のゲーム代おごり程度の簡単なものとなっていた。
おかげでドリーが心の中でこっそり考えていた『精神的にクること受け合いな罰ゲーム』を意図せず回避出来たわけだが、これは全くの余談である。
カパーーーンッ!
これでもかと回転するボールが急激にカーブを描きながらピンを次々と跳ね飛ばしていく。
16ポンドというボウリング場において最も重量のあるボールに為す術無く蹂躙されたピンたちは、まるで助けを求めるかのように激しく周囲の壁を叩いた。
「すごいすっごーい!タッちゃんってば、またストライクだよーっ!
まるで往年のプロボウラー中○律子さんみたいっ。」
「……いや、今日たまたま調子が良かっただけですよ。
それを言うならドリー先輩こそ。」
「えー、そうかなぁー。えへへっ。」
ほのぼのとマイペースにボウリングを楽しむ平均スコア200越えの超上級者組。
傍目から見れば、休日の父親と息子の戯れのようで微笑ましい光景である。
そこへ、たまたまパパンに合う重さのボールを探していて会話を聞いた山田が、隣りを歩くパパンへと顔を寄せ小さく耳打ちした。
「例え古っ。ドリー先輩って実は年齢詐称とかしてるんじゃないですかね?」
「えっと、山田くん。そんな風に憶測をするのは、あまり良くない事だと思うよ。」
「あー。いやまぁ、そうなんですがー……。」
「ちょっとぉ、誰が年齢サバ読んでるって?」
「ぎゃあ!ででで出たぁーっ!地獄耳怖ぇーーー!」
「…………山田は学習能力が無いの?」
そんなうっかりさん山田が優しい優しいドリー先輩から後輩教育という名の愛の鞭を喰らっている間に、当の彼から促されて先に席へとボールを置きに戻ったパパン。
専用の台へそれを降ろした際、すぐ隣りのレーンから怒鳴り合いが聞こえて思わず目を向ける。
そこには互いに互いの胸倉を掴み上げ、至近距離で睨み合いながら口喧嘩をするいつもの2人がいた。
「っだー、畜生!何でオレが爬虫類なんかと同じチームで仲良しこよし~しなきゃなんねんだよ!」
「そりゃ俺様のセリフだ!
さっきから外しまくりやがって、足引っぱってんじゃねぇド下手クソが!」
「テメェこそ精々スペアしか取れてねぇくせに、偉そうに吠えられる立場かっつーんだよ!」
「それすら出せねぇ貴様より万倍マシだろうが!」
「はぁー!?オレは最初にストライク決めて……。」
「先輩方っ。一応ここは公共の場所ですから、あまり大きな声でケンカは…。」
放っておけば、どんどんヒートアップしていく2人を慌ててパパンが止めに入る。
後輩の声に気付いた彼らは一瞬ハッとした表情を浮かべ手を放し、揃って後方へ1歩距離を取った。
「っあー、いや。悪ぃ、パパン。」
「フン。」
気まずげな顔をして頭に手をやり謝るスケルンと、不機嫌丸出しで鼻を鳴らしてそっぽを向くリッちゃん。
どことなく憂うようにため息を吐いて、パパンは再び口を開いた。
「そもそも、どうして先輩方は先程からお互いの投球を妨害し合っているのですか?
それでスコアが伸びないというのは、初心者の僕から見ても当たり前だと思います。
いえ、その前に……いくら遊びとはいえ、基本的なルールやマナーから逸脱するような行動は極力控えるべきではないでしょうか。
きっと、お店の人にも他のお客さんにも良い感情は抱かれませんよ。」
「……まぁ、正論だな。」
『タッちゃん先輩っ!』
いつの間に傍にいたのか、会話に加わったタッちゃんに驚く3人。
どうやら、ドリーがいつまで待っても戻って来ないので暇だったらしい。
タッちゃんが関わった事によって、ようやくリッちゃんがバツの悪そうな顔を見せる。
その様子を目の端に捕え、タッちゃんは彼の肩を手でポンポンと優しく叩いた。
それから軽く腕を組み、3人に視線を流しながら言う。
「別に……無理にチームだ仲間だと拘らなくとも、リザードとスケルの勝負として互いのスコアを競えば良い話じゃあないのか?
……あぁ。もちろん、正々堂々とな。」
『あっ。』
「はいはぁーい、みんなー。今日はボウリング楽しめたかなっ?
今から各チームの順位を発表するよーっ。」
あれこれと無駄ないざこざで時間を食った事もあり、結局1ゲームでボウリングを終了したレジェンズのトップホストたち。
彼らは今、受付カウンターそばの待ち合い用椅子が並んでいる場所にたむろしていた。
「ま、発表されるまでもなく結果は分かってっけどなぁー。」
「いやいや、スケルン先輩。それをわざわざ口に出すのは野暮ってもんでしょう。」
「山田が言えたセリフじゃねぇな。」
「え、ちょっ。ソレどういう意味ですか、リッちゃん先輩!?」
「全くだ。」
「まさかのタッちゃん先輩まで!?」
「あぁ、ほら。大丈夫だよ、山田くん。先輩たちの冗談だよ。」
「……そ、そうですかね。とてもそんなトーンには聞こえなかったんですが。」
わいわいとくだらない雑談を続けるメンバーへ、ドリーは自らの小さな手をパンパンと2度鳴らすことで注目を集めた。
「ホラホラ、みんな。発表するよー?
はい。堂々の1位は、ボクとタッちゃんのブラウンチームっ。
なんとなんと、驚異のスコア450越えだよっ。もうプロになっちゃいなよーって感じだねっ。」
「一切の躊躇なく自画自賛!」
「えっ!いつの間にチーム名が決まってたんスか?」
思わずと言った風に山田がツッコみ、スケルンが疑問を口にする。
すると、ドリーはきょとんと首を傾げて当たり前のようにこう返した。
「ん?ボクがたった今決めたんだけど?」
「あ。そうスか。」
そう言われてしまえば、彼に逆らえる者がいるはずもなく。
微妙な沈黙の中、なんら気にした風も見せずドリーは結果の続きを述べた。
「2位と3位は一気に行くねー。すっごく僅差だったよっ。
はい。2位、パパンと山田の後輩チーム!
最下位は、リッちゃんとスケルンのヘイヘイもうお前ら付き合っちゃえYOチーム!」
一瞬の間の後。内容を理解したメンバーが揃って口を開き、場に喧騒が広がる。
「……また、意外な結果になったもんだな。」
「えぇ!?僕たちが2位ですか!?」
「うおお、すっげぇー!パパン先輩の追い上げが効いたんですよ!」
「つか、チーム名に激しく異議ありなんスけど!?」
「んな事どうでもいいだろうが、骨野郎!
貴様が邪魔したせいであんな初心者組なんかに負けちまったじゃねぇか、コラァ!」
「もー、2人とも。言い争いよりまずは料金支払ってよーっ!」
あれから再び投球に戻ったリッちゃんとスケルンを尻目に、暇を持て余していたタッちゃんがパパンへと指導を施していたのだが、教え手が良かったのか受け手が良かったのかパパンはすぐにストライクを連発する程のプレイヤーになったのだった。
その後、ヨロヨロとドリーの指導から戻って来た山田にもついでに軽くアドバイスをしてやれば、パパンほどまでは伸びずともこちらもスペア等コンスタントに出せる程度に上達していた。
そんな2人の猛烈な追い上げが、ゲーム半ばまで足を引っ張り合っていたヘイヘイお前らもう付き合っちゃえYOチームに届いたのである。
その後しばらく経ち、従業員に注意されてようやく静かになった彼らは、様々な感情に身をまかせつつも大人しくそれぞれの帰路についたのだった。
ちなみに、ドリーがゲーム代金を割り増しで請求し、その余剰分を己の懐に収めたのは言うまでも無い。