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日常の一コマ 襲撃編



 いつものようににぎわいを見せるレジェンズ店内。

 その中で最初に異変に気が付いたのはタッちゃんだった。



「……通しちまったか。」



 彼の呟きを耳に入れた隣りのテーブルで接客中のリッちゃんが、つ…と顔を上げて何かに集中する。

 それからすぐにタッちゃんの言葉の意味を理解して、彼は舌打ちしながら勢いよく立ち上がった。



「っの、クソオーナー。だっから警備員を変えろっつったんだよッ。」

「みんなっ、今すぐテーブルの下かソファーの後ろへ!入口そばの人はそこから離れてっ!」



 悪態を吐くリッちゃんに追従するようにドリーが立ち上がり、大声を出して店内中に注意を促した。

 途端に、新人以外のホストたちが慌ただしく行動を取り始める。

 さすがと言うべきか、すでにこのような状況にも慣れ切った常連組の客は役に立たない新人ホストにかわり突然の事に戸惑う新規客を誘導していた。

 そんな一部騒然とするレジェンズに、建物全体が揺れる程大きく怒気にまみれた咆哮が轟く。



「ッあアあぁぁあア亜ぁあァぁあAぁぁ阿ぁぁああAァああぁアぁあああッ!!」



 狂気じみたその声を耳にして、パパンの客の一人である女性の顔がザッと青褪めた。 

 それに気が付いたパパンが素早く彼女のフォローにまわる。

 身体を縮めガタガタとふるえる女性の背を優しく擦りながら、彼は神妙な顔で口を開いた。



「……百花さん、もしかしてこれは例の。」

「もぉもぉかぁあああああッ!

 ううう浮気はっ、ゆっ、許さないぞぉぉぉおおおおおお!」



 パパンの言葉を遮るように叫びながら店内に姿を現したのは泥色の肉体を持つモスマン(蛾男)だった。

 二メートル近いぶよぶよとした体躯に、妖しく光る真っ赤な複眼、背から生える巨大な羽は蛇のような不気味な紋様に彩られている。

 端的に言えば、彼はパパンの客である百花の熱烈なストーカーであった。

 すでに妄想と現実の区別がついておらず、自らの恋人と思いこんでいる彼女の事を取り戻すために単身レジェンズに乗り込んで来たのだ。

 通常なら店外で警備員に止められるはずが、モスマンはその特殊能力である毒リン粉をまき散らし彼らの身体を痺れさせる事で侵入に成功していた。



 とことんまで醜悪な容貌を持つ男を前に、店内のそこかしこで小さく悲鳴が上がる。

 女性たちの怯えに反応したスケルンが怒り心頭に発し、それまでの冷静な態度をガラリと崩した。



「っ野郎!何オレのお姫様たちを怖がらせてくれてんだ、コラァ!」



 感情のまま、自らのろっ骨を一本抜き取り投げつけるスケルン。

 しかし、彼の骨は咄嗟に分厚い羽で身をくるんだモスマン本体には届かず、虚しくはじかれてしまった。



「あっ、てめっ!こすっ辛い真似しやがって!」

「バカやってんじゃねぇぞ、骨!」



 攻撃に失敗したスケルンを罵りながら、今度はリッちゃんがストーカーを取り押さえようと駆け出す。

 鋭い眼光で睨みつけてくる彼に本能的な恐れを感じたモスマンは、慌てて羽をはばたかせ空中へと飛び上がった。

 足を止め、悔しげに舌打ちするリッちゃん。

 レジェンズのそれはそれは高い天井が仇となってしまい、地上からは手が出ない状況になってしまったのだ。

 何かを投げつけたとして、避けられでもすれば電灯が割れて落ちる可能性もある。

 いくら暴力的な行動に定評のあるリッちゃんとは言え、さすがに客を危険にさらす様な真似は出来なかった。



「っ貴様ぁ、降りて来やがれ!」



 リッちゃんは苛立ちと共に吠える。

 それにビクビクとふるえながらも、モスマンは反抗的な態度を見せた。



「だっ、誰が降りるもんかっ。ももも百花を誑かす悪い男たちめ!

 僕が全員たったた退治してやるぅーーッ!」



 バフリと音をさせて、毒リン粉を身体から大量に放出するストーカー。

 それを見て、客を守るように立っていたタッちゃんが背後を振り向きながら叫んだ。



「パパン!」

「はいっ!」



 即座に彼の意図を察したパパンが、素早く立ち上がる。

 そして、予備動作無く口からほんの少しばかり粘性のある水を毒リン粉に向かい放出した。

 マーマンの体内には俗に水袋と呼ばれる内蔵器官があり、そこに溜まっている水を本人の意思によって狭い範囲へコンクリートをも穿つ勢いで放ったり、今回のように広範囲へシャワーのように飛ばしたり出来るのだ。

 百花の担当ホストである事実は知らずとも、それまで彼女を介抱していたパパンの水によって毒リン粉の広がりを抑えられたモスマンはとにかく憤慨した。



「こっ、このっ、百花にまとわりつく害虫めぇっ!

 おおおお前さえいなければぁーーッ!」



 この時、店内の誰もが『お前が言うな』と思ったのは言うまでも無い。

 羽をはばたかせてパパンの方へと下降を始めるモスマン。

 けれど、パパンは慌てることなく彼に向かい二度目の水を発射した。

 さすがに優しい彼が例えストーカー相手とは言え怪我をさせる勢いで攻撃を加えるはずもなく、単純に濡れそぼったモスマンは目的地の手前でフラフラと落下する。

 そこへ、示し合わせたように二人待ち構えていたリッちゃんとスケルンの鋭い回し蹴りとパンチが同時に彼の身体に炸裂した。



「っへぶぁ!」



 奇妙なうめき声をあげて吹っ飛んで行くモスマン。

 その先には様子を見に厨房から出て来た料理人やウエイター達がたまっている。



「げっ!」

「やべっ!」



 焦る二人だったが、いち早く反応したタッちゃんが被害の出る前にモスマンの身体を片手で止めた。

 すでに気絶している男をそのまま地面に転がすタッちゃん。

 ホッと息を吐くリッちゃんとスケルンの二人に彼の指導が入る。



「……リザード、スケル。

 熱くなるなとは言わんが、周囲には常に気を配っておけ。」

「スンマセンっした!」

「タッちゃん先輩、申し訳ございませんでしたぁーッ!」



 すぐに深々と頭を下げ反省の色を見せる二人に頷いて、次にタッちゃんは女性客の膝の上で我関せずとばかりにお菓子を食べているドリーへと顔を向けた。

 視線に気付いたドリーが、彼よりかけられるであろう言葉を予想しあからさまに眉間に皺を寄せる。

 山田やスケルンならばそれだけで引き下がるところかもしれないが、タッちゃん相手ではあまり意味のある行為では無い。



「ドリー先輩、こいつの拘束を頼みます。」

「…っうー。

 蛾の小汚いリン粉とか諸々つきそうですっごくヤなんだけど……仕方ないなぁ。」



 言い終わると同時に深くため息をついて、女性の膝から降りたドリーはちょこちょことモスマンの傍へ近付いて行く。

 それから、レジェンズを騒がせたストーカーは彼の蔓により高手小手縛りに拘束された。

 投擲のために外したろっ骨を元の位置に戻しつつその様子を眺めていたスケルンは、擦り足で山田の隣りに移動し彼の腕を肘の骨でつつきながらボソボソと囁いた。



「なんつーか、普通に簀巻きにするとかじゃねーのがドリー先輩クオリティーだよな。」

「まっ、ちょっ、自分に同意を求めないで下さいっ。

 もし、地獄耳の先輩に聞こえてたら後で何されるか分かったものじゃ…。」

「ちょっとそこの二人っ!ボクが何だって!?」

『っひぃーー!』



 飛び上がって怯える二人に、周囲からクスクスと笑いが漏れる。

 店内には、ようやく危険が去った事に対する安堵の空気が広がっていた。








「あぁ、私はなんという大罪を犯してしまったのでしょう!

 この罪を幾ばくかでもすすぐため、私は神の意思の元、いかような試練もお受けする所存です!」



 騒動から十数分後。

 警察が身柄を引き受けた際のモスマンは、なぜかすっかり人格が変わってしまっていた。



 疑問に首を傾げる客を前に、彼がそうなった経緯を知る一部ホスト達は揃って口を噤み恐怖に身を竦ませる。

 数分前、ドリーが拘束した彼を引きずりながら『警察が来るまで、ボクがちょーっと教育を施してあげるねっ?』などと笑いつつ店の奥へと消えた。

 そんな空恐ろしい事実を口に出すことのできる猛者は誰一人いなかったのである……。



◇一人きりの時に何者かに襲われた場合


牛→攻撃を寸止めした上で見逃す。これを何度も繰り返す事によって様々なドラマが生まれるらしい。

ト→問答無用で倒して放置。色んな方面から恨みを買っているらしく、何度も襲われる内にこうなった。

骨→男なら気絶させて警察へ突き出す。女なら何時間かかってでも口説き落とそうとする。

草→縛り上げて徹底的に情報を引き出す。その後は泳がせるか社会的に抹殺するか手駒にする。

魚→関節技を決めて危機回避したのち、根気強く諭す。落としのチョ○さんもビックリの超更生率を誇る。

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