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ただし情熱は鼻から出る  作者: さや@異種カプ推進党


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山田の先輩観察記


 レジェンズに雇われてから早半月。

 普通のホストクラブと違い、ホストそれぞれが好き勝手な格好をしている事にもようやく慣れて来た。

 それはそれとして…。

 先日、オーナーに先輩達を見て接客を学べと言われたので、まずは突出した指名数を誇る5人を観察する事にした。

 正直、『ただし人外に限る』という条件が大半を占めている気がするので、本当に彼らを参考にして役に立つのか懐疑的にならざるを得ないのだが…まぁ、ほんの少しでも収穫があればそれで良しとしよう。

 とりあえず、今回は新規の客のあしらい方について注目してみた。



◇永遠の憧れタッちゃん先輩の場合


 タッちゃん先輩は奇抜な服装で出勤する輩が多い中で、普通にスーツを着用している正統派だ。

 ただし、その色はホストらしく紫だが…。まぁ、似合っているから問題ないだろう。

 絶妙にはだけられたブラウスから覗く筋肉が何とも言えぬ男の色香を漂わせており、それを目にした多くの女性が悩ましげに感嘆のため息を漏らしていく。

 瞳を潤ませ頬をほんのりと薄紅色に染めたその姿は何とも官能的だ。

 存在だけで彼女らの『女』をこうまで引き出すタッちゃん先輩はさすがとしか言いようが無い。


 ともあれ接客だ。

 タッちゃん先輩は外向きに広げて座る足の腿に腕を置いて、軽く身を屈めた状態で話をしている。

 おそらく、背の高いタッちゃん先輩がより近い位置で相手と顔を合わせて会話するために意識的にやっている事なのだろう。

 パッと見では厳つい容姿をしているようでも、彼の纏う空気は優しく、傍にいるとそれだけで何者からも守ってもらえそうな不思議な安心感がある。


「お前さん、こういう場所は初めてなんだそうだな。

 慣れない場所で緊張するかもしれないが…まぁ、ゆっくり楽しんで行くと良い。」


 穏やかに目を細めながら紡がれる言葉に対し、当の女性は真っ赤になって何度も首を縦に振っている。

 聞いたところによると、彼のその見目に相応しい重低音の声を間近で耳にすれば、それだけで腰が砕ける威力があるのだとか。

 …もう存在自体が18禁だと言って差し支えない気がする。

 緊張している客のテンポに合わせてか、ポツリポツリと会話をするタッちゃん先輩だったが、しばらくするとおもむろに席から立ち上がってこう言った。


「スマンが、他にも指名が立て込んでてな…。

 なに、この店のホストは皆ベテラン揃いだ。悪いようにはならんだろう。」


 不安そうに見上げる彼女の肩をポンポンと手の平で軽く叩いてから彼は別の席に移動した。

 去り際に短い会話の中で把握したらしき、彼女の食いつきそうな話題について引き継ぐタッちゃん先輩のやり方は実にスマートだった。

 そのおかげもあってか、入れ替わりにやって来た新たなホストにたじろいでいた女性も段々と楽しげな表情に変わっていく。

 とは言え、やはりタッちゃん先輩という存在の前には敵わないようで、再び戻って来た彼が隣りに腰を下ろすと女性は明らかに先程よりも緩んだ表情を見せた。


 帰る頃にはすっかり店内の雰囲気にも慣れたらしく、出口へ向かう彼女はどこか満足気な顔をしていた。

 見送りに現れたタッちゃん先輩は、その表情を見て小さく頷きつつ最後にひとつ声をかける。

 女性は、彼が無意識に行った腕を組む仕草に少しばかり見惚れているようだ。

 …何と言う反則フェロモン。


「今日は楽しめたか?

 あまり相手をしてやれなくてすまないな。

 夜道は暗い。充分気をつけて帰れよ。」


 意外にも彼は2度目の来店を促す様な言葉を口にはしなかった。

 女性は自ら興奮気味に、再びこの店を訪れ彼を指名するのだと息巻いていた。

 以後、彼女は1週間と空けずレジェンズに入り浸る常連となったのだが、そうさせたタッちゃん先輩を素直にすごいと思う。


 自分は、いつかこの人に追いつくことが出来るのだろうか…。




◇傲慢トカゲことリッちゃん先輩の場合


 やる気があるのか無いのか、リッちゃん先輩はよくTシャツにジーンズ等といったラフな格好で出勤して来る。冬はそれにプラスしてレザージャケット着用だ。

 それだけならまだ良いが、彼の腕や首には金色の装飾品が無駄に多くぶら下がっていて、それらが厳つい容貌と相まってチンピラのような雰囲気を醸し出している。

 コレを初見で指名するお客様の目は一体どうなっているのだろうか?


 リッちゃん先輩はドカリと音がする乱暴さで女性の隣りに座ったかと思えば、足を組んで腕をソファーのヘリにかけ踏ん反り返っていた。

 時折、その太い尻尾を床にビタビタと打ち付けており無駄な威圧感を発揮している。


「よぅ。俺様を選ぶとは、お前なかなか目が高いじゃねーの。」


 そして一言目がコレだ。

 初っ端からどこまでも偉そうな男。自分ならこの時点で帰っている。

 なぜ彼女はこんなチンピラの上から目線な言葉に対し、嬉しそうに微笑んでいるのだろう。

 …全く理解に苦しむ。


 リッちゃん先輩は女性から話しかけられるも、聞いているのかいないのか「ふーん」だの「あー」だの適当な相槌ばかり打っている。

 まぁ、何だかんだでしっかり内容を覚えているのは、他の客を相手にしている時の言動で分かってはいるのだが…それにしても酷い。

 かと思えば、彼女の話を遮っていきなりこんな事を言い出した。


「なー、お前さ。カラアゲ食いたくね?カラアゲ。

 食いてぇよな?よし、決まりだ。

 おい、暇そうだな山田ぁ!カラアゲ2皿、すぐ持って来い!客待たせんじゃねーぞ!」


 いや、単にお前が食べたいだけだろ!

 客がどうこう言うなら、リッちゃん先輩のソレは初見の相手に取る態度としてどうなんだよ!?

 あぁ…、この横暴に怒らないお客様はまさに神様だ。

 むしろクスクス笑ってらっしゃるんですけど、それってどういう心境なんでしょうか?

 是非ご教授いただきたい。


 言いつけ通りにカラアゲを持って行ったら遅いと罵られた。くそう。

 そして、隣りの女性そっちのけでガツガツと獲物のほとんどを胃に収めたかと思うと、彼は大きく息を吐き、かったるそうに立ち上がってヒラヒラと手を振りながら言う。


「ワリィけど、俺様売れっ子だからお前にばっか構ってらんねんだ。

 ………って、ばぁーか。

 んな辛気臭ぇツラしてんじゃねーよ。イイ子にしてたらまた来てやっからよ。」


 ニヤニヤとした笑みを貼り付けて乱暴に相手の頭を撫で回すリッちゃん先輩。

 彼女の髪の毛をくしゃくしゃにしておきながら、彼はそれに構うことなくさっさと席から離れて行った。

 あっさりと置いてきぼりにされた女性は、自らの髪を整えながら彼の背を名残惜しそうに眺めていた。

 理解不能。全くもって理解不能。


 それから一応とばかりに1度だけ席に戻って来たリッちゃん先輩だったが、自分の目には最後まで彼が好き勝手しているようにしか見えなかった。

 いや、色々命令された腹いせに言ってるわけじゃないぞ。うん。

 彼女の帰り際、見送りに来た彼はいきなりその華奢な手首を掴んで至近距離から平淡に言い放つ。


「お前、絶対また来いよ。1週間…いや、5日だ。5日以内に来い。

 そんで、次も俺様を指名しろ。分かったな?」


 …これが噂に聞くオラ営(オラオラ営業の略。強引な接客スタイルの事)か。

 無いわ。お客様に命令とかマジで無いわ。何より、その言葉に頬を染めて頷くお客様が1番無いわ。


 結局、リッちゃん先輩から役に立ちそうな接客術を学ぶことはできなかった。

 見る人が見れば何かが違ったのだろうか?………謎だ。




◇骨骨ロックなスケルン先輩の場合


 スケルン先輩の事だ。性格同様、目に痛いド派手な服装をしているのかと思いきや、意外にも地味目の民族衣装のような服を好んで着ているようだった。

 日によって趣向を変えているようだが、甚平やアオザイやチャイナ服などのアジアテイストの物が比較的多く見られる。


 それはともかく。

 正直、スケルン先輩の席に着くのは後の疲労が半端無いから気が進まない。

 あまりにテンションが高すぎて、とてもじゃないが自分にはついて行けないのだ。

 彼は新規の客である女性を見るなり、席に座りもせずに次々と奇妙なポーズを決めながら自己紹介を始めた。


「イェーイ!ご指名セーンキュー!

 オレ、スケルン。よろしくぅーっ!」


 ポージングの際の骨同士がカツカツとぶつかり合う音まで鬱陶しい。

 当の女性客は、初っ端から全力投球なスケルン先輩を目の当たりにして呆気にとられてしまったようだ。

 ポカンと口を開けた状態で固まっている。気持ちは分かる。

 しかし、そんな彼女の反応が見えていないのか、スケルン先輩は矢継ぎ早に言葉を紡いでいく。


「新しい出会いにテンションマックスでサーセーン!もうね、女の子大好きすぎちゃってね!

 ごめんごめん、オレ酔ってるわぁー!マジ酔ってる!キ・ミ・に!なんつって!

 はい、ドン引き1本いただきましたーっ!

 …って、おぉい!そんな遠くの席からツッコミとかいらねーし!愛が痛ってぇわ!

 あと、そっち!スベルンて呼ぶな、否定できねぇーっ!」


 …うるさい。そして、うるさい。

 彼のマシンガントークのせいで当の女性客が完全に置いてきぼりにされているが、いいのだろうか?

 ホント悪いねー等と軽く謝りつつ彼はどこか年寄り臭い動作でカシャリと彼女の隣りに腰かける。

 ようやくまともに接客かと思いきや、スケルン先輩の顔を間近で見た女性が唐突に爆笑し始めた。どうやら今までの言動が何気にツボに入っていたらしい。

 何度か彼の顔を見ては笑いというのを繰り返していたが、5分ほど経ってようやく彼女も落ち着いてきたようだ。

 その間、スケルン先輩は心配そうに声をかけながら肩で息をしている彼女の背を擦ったり、水を用意させたりと案外かいがいしく面倒を見ていた。

 自分が笑われた事に対しては特に気にしていないらしい。


「っあー、ビビったーっ。めっちゃビビったー。

 オレが原因で笑死とか止ーめてー、マジでっ。洒落になんねーから!

 いや、笑ってくれんのは正直すっげ嬉しいんだけどさぁー。スマイルはハートのビタミンなワケだし?

 でも、だからって、まさか面白すぎる事が罪になるとか思わねぇじゃん!?

 って、そーいや、こういう場合の罪状って何になるんだ?業務上過失致死?」


 さすがに再び呼吸困難な状態に戻らないよう気を使ってか、彼は最初よりも若干テンションと声量を落として会話を始めた。

 まぁ、それでも自分にとっては充分騒がしいのだが…。


 しばらくの間その調子で話し続けていた彼は、何を思ったのか急に勢い良く立ち上がって力強く叫び出す。


「そう、ここはオレのヘブン!そして、アルカディア!まさに、シャングリラ!

 男に生まれて良かったぁーーーっ!

 っつーわけで、ワリっ。ちょっ、異界の女神にお呼ばれしてるんで留守は頼んだ!」


 ちょっと意味が分からないですね。…全く、どんな席移動の言い訳だ。

 スケルン先輩はそのまま他の指名客の元へとスキップ交じりに去って行く。

 女性は彼に向かって「いってらっしゃーい」などと言いつつ笑顔で手を振っていた。順応力ハンパ無いな、彼女。


 その後はさらにすごかった。

 自分の指名客を団体客用の席へと集めてハーレム状態を築いたスケルン先輩は、ご機嫌で上着を脱ぎ骨芸とやらを披露したり、全員で学生時代の懐かしい手遊びに興じたりと、まさにやりたい放題。

 ここが広大な店舗を持つレジェンズで無ければ、営業妨害で追い出されてもおかしくないんじゃないかと言うはしゃぎっぷりだ。


「いやぁー、楽しかった楽しかった!

 良かったらまた来てよー。オレめっちゃ待ってるし!

 そんじゃねーっ!」


 女性の帰り際、右手を大きく左右に振り回しながら満面の笑みで見送るスケルン先輩。

 彼女も未だ興奮さめやらぬといった風情で、足取り軽く帰路に就いていた。


 学ぶ事が全く無かったとは言わないが、ただ、この接客方法は彼にしか許されないものだと思う。

 今度、オーナーにスケルン先輩のヘルプを減らして貰うように頼んでみようと決意した夜だった。




◇ドS先輩に改名すべきドリー先輩の場合


 植物だからと言ってなぜ裸ネクタイが許されるのか、その辺の警察官をとっ捕まえて小一時間ほど問い詰めたい。

 通報されて然るべきだ。こんな世の中、間違ってる。

 これは私怨では無い。先日、世紀末に生きるモヒカン男の真似を強要された私怨混じりの意見などでは断じて無い。

 しょっ引かれて性格が少しでも矯正されれば良いのにとか思ってない。ちょっとしか。


 ちょんっと飛び乗るように女性客の隣りに座って、足をぶらつかせながら少年のような声で話しかけるドリー先輩。


「こんばんはーっ。ボク、ドリー。

 今日はご指名ありがとねっ。」


 小首を傾げる仕草が何ともあざとい。

 女性も早速騙されているようで、可愛いなどと言いつつ瞳をきらめかせている。

 その様子に手ごたえでも感じたのか、彼は両手で口を押さえてクスクスと笑いだした。

 頭の上の花がそれに合わせて小さく揺れている。


「ふふ、ボクかわいーい?

 お姉さんみたいなキレイな人に言ってもらえると、とっても嬉しいな。」


 ぐあっ。と、鳥肌が…っ。自分の年を考えろオッサン。

 なぁにがお姉さんだ、何が。確実にドリー先輩より彼女の方が年下じゃないか。

 軽く腕を擦りながらそんな事を考えた瞬間、女性の死角から彼の根が1本飛ぶように伸びてきて鞭のようにピシャリと俺の背を打った。

 痛いっ、ごめんなさいっ!

 ……うぅ、くそ。相変わらず、エスパー並みの悪口察知能力だ。

 後で精神的なお仕置きなどされなければ良いが…。


「ところで…。ねー、お姉さん。

 ボクね、今すっごく飲みたいお酒があるんだけど、頼んでもいーい?」


 なっ!?

 さすがドリー先輩、初手からおねだりなどと常人には出来ない事を平然とやってのける!

 下から覗き込むようにジッと見つめられた女性は、たまらないといった風に頬に手を当ててあっさりと頷いた。

 指名数に関しては上位3人から少しばかり離されているが、彼の1人あたりの売上はタッちゃん先輩に優るとも劣らない、恐ろしい実力を持つ男だ。


 どうも聞いた話では、ドリー先輩は女性の服装等からおよその手持ち金額を推測するのが得意なんだとか。

 何だかんだでその額を超過するような要求をしないところから、ともすればカツアゲにも似た彼の行為は単なる可愛いおねだりとしてプラス方向に処理されるらしい。


「あっ!ボク他にも指名あるんだった!

 んと。ごめんけど、ちょっと行ってくるねー?」


 女性を持ち上げつつたかりを繰り返したドリー先輩は、ある程度それを消費したところでハッと気がついたようにそう言った。

 媚び売りショタオッサンの「こぼしちゃったー」だの「食べさせて?」だのといったわざとらしい甘え姿をさんざっぱら見せつけられて、いい加減に胸やけがしそうだったこちらとしては大いに助かっ…痛いっ、すみませんでした!

 両足を揃えてテシッとソファーから降り、その短い脚をちょこちょこと動かしながら去って行くドリー先輩。

 彼の計算され尽くした言動に、女性は小声で「可愛すぎる」だとか「持って帰りたい」だとか呟きながら遠ざかる後姿を凝視したまま身もだえしていた。

 本当に、自分の魅せ方というものを怖いくらい知り尽くしている草だ。


 時間が来て名残惜しそうな態度を見せる女性に、ドリー先輩は無邪気な笑顔を向けて彼女の手の指をキュッと握り口を開く。


「また来てくれるんでしょ、お姉さん?

 ボク、楽しみに待ってるからねっ。」


 この女性客が、数日も経たない内に再び店を訪れたのは言うまでも無い。


 とりあえず、彼を見ていて自分の売りというものを理解して伸ばす事の重要さはよく分かった。

 後日、仕事終わりに呼び出されてヘルプについた際の心構えや具体的な指導が行われ…いや、それは正直ありがたい話だとは思う。しかし、その間中パンイチにネクタイという屈辱的な格好をさせられた意味はついぞ分からなかった。




◇マイナスイオン放出疑惑浮上中のパパン先輩の場合


 パパン先輩は背や尾、手足にヒレがあるせいか、一見すると布地を身体に巻きつけただけのような、ゆったりとした服装をしている事が多い。

 例えるなら、西洋の神話に登場する人物たちのような、そんな格好である。


 彼は誰に対しても丁寧な物腰と細やかな心遣いを忘れず、常に冷静で、それでいて駄目なところはハッキリと駄目だと口に出せる人間の出来たマーマンだ。

 まるで理想の上司のような彼を、例え同い年でも自分は先輩として1番尊敬している。

 当然タッちゃん先輩も尊敬はしているが、彼の場合、別次元の存在と言うか憧れの存在に過ぎて、ただの先輩として扱うには何とも恐れ多い。


「こんばんは、隣いいかな?」


 柔らかく微笑みながら女性へと尋ねるパパン先輩。

 座る前にこうやって本人の了承を得ようとするのは、この店では彼だけだ。


「初めまして。良い夜だね。

 僕の名前はパパン。どうぞ、よろしく。」


 そう言って、彼は右手を差し出し握手を求める。

 すると女性は一瞬の躊躇のあと、恐る恐るその手を取った。

 触れた瞬間、あからさまにホッとする彼女にパパン先輩は小さく苦笑いをこぼす。


「マーマンに会うのは初めてかな?

 せっかくの機会なんだし、気になる事があれば何でも聞いてね。」


 マーマンと言う種族は数があまり多くなく、さらに陸上生活を選ぶ者が少ないため、イメージだけが先行して色々と誤解されている部分があるのだ。

 例えば、淋しいと死んでしまうというウサギのデマのように、やれ魚介類しか食べられないだの、やれ陸上では身体から常に粘液を放出しているだの、やれ満月の夜は銛を持って襲って来るだのといった、根も葉もない噂が世間に広がっている。

 全く根拠の無い話なのだが、身近にマーマンが存在しないがゆえに、それが嘘か本当か判断をつけられないまま信じてしまうらしい。

 彼の存在を知って、興味本位でレジェンズを訪れる客も少なくは無い。


 好奇の目に晒される事はけして良い気分ではないはずなのに、パパン先輩はいつだって紳士的な態度を崩さず接客している。

 今日も、傍から聞いていればかなり失礼な質問をいくつも受けていながら、彼はその全てに笑顔で答えていた。


「あっ…と、ごめんね。そろそろ他の席も回らなくちゃいけなくって…。

 また戻って来るから、そうしたら今度は君の話を聞かせて欲しいな。」


 本当に申し訳なさそうな表情で言って、パパン先輩は他の指名客の元へと移動する。

 ちなみに常連客が相手の場合、彼の元にヘルプがつく事は少ない。

 他のホストには聞かせられない様な、深刻な相談事をする人間が多いからだ。

 きっと、彼の纏う敬虔な聖職者にも似た、どこまでも清廉な空気がそうさせるのだろう。

 自分の中にある汚く醜い部分を彼なら丸ごと受け入れてくれるんじゃないかと、そんな希望を抱かせる何かがあるのだ。


 現に席に戻って来たパパン先輩に自身の事を話し始めた女性も、時が経つにつれ内容が悩みを打ち明ける方向へとシフトして行った。

 途中で彼に目配せされて席を外したが…。

 帰りの際、どこかスッキリとした表情を見せる女性にパパン先輩の素晴らしさを再認識する。

 別れの言葉と共に小さく手を振る彼女に、彼は優しく微笑み告げた。


「辛くなったら、またおいで。僕はいつでもここにいるから。」


 瞼を少しばかり赤く腫らした女性は泣き笑いのような顔をして頷き、それから「ありがとう」と深く頭を下げて、自らのあるべき場所へと帰って行った。

 ホストとして、また人間として、彼から学ぶべき事はきっといくらでもあるのだろう。


 胸の内でこっそり、こんな場所にいるより彼にはもっと相応しい場所があるんじゃあ…と思ったのは内緒の話だ。




ちなみにリっちゃんが山田をこき使ったのは、常連になりそうな客だったから、双方に顔を覚えさせようとしたという超分かり辛い先輩心から。

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