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無断欠勤はピンチの香り~前編~



「っあー、今日も疲れたぁ~。

 たく、いつまでたっても先輩たち目当ての空指名ばっかで嫌になるな。」


 レジェンズからの帰路、薄暗く狭い路地を気だるげに歩く山田。

 首をこきこきと軽く回しながら周囲に人がいないことを確認して、1人ぼやくように呟いていた。

 その時だった。


「目標補足。直チニ確保行動ニ移リマス。」

「え。」


 突如、背後から合成音のような声が響く。

 咄嗟に振り向こうとするが、しかし、彼はそれを為すことなく一瞬にして闇へと意識を落としてしまったのだった。



~~~~~~~~~~



「無断欠勤?……山田が?」


 翌日の夜。困り顔のフロアマネージャーからそんな話を聞いたドリーは、怪訝な顔で首を傾げる。

 何度も彼に連絡と取ろうと試みたが、携帯の電源が切られていてお手上げ状態らしい。


「基本的に要領は悪いけど、山田ってアレで勤務態度は真面目だったよねぇ。

 何より、ボクの教育を受けた彼にそんな度胸ないと思うんだけどなぁ。」


 一瞬、「ですよね」と同意を示しそうになって慌てて口を噤むフロアマネージャー。

 スタッフであるホストたちの性質をつかめずに彼の立場は成り立たない。

 幸い、ドリーは自身の考えに没頭していたようで彼の動向には注意を向けていなかったようだ。


「何かのっぴきならない事情でもあるのかもしれない。

 ボク、ちょっと自分のツテを使って山田を探すよう頼んでみるよ。

 後は任されたから、君は通常業務に戻ってて。」


 言うなり頭部の葉の中から携帯を取り出して、ドリーはいずこかへと電話をかけだす。

 フロアマネージャーは少々うしろ髪を引かれつつも、軽く頭を下げてから場を後にしたのだった。



~~~~~~~~~~



 時間は少し遡り、陽光が最もその存在を示す真昼間。

 どこぞのロッカールームと思わしき場所で、背の低い老人と年若いケンタウロスの2人が終わりの見えぬ不毛な言い争いをしていた。


「だから、拉致して来いとは言ってねぇだろうが!

 どーしてくれんだよ、この事態をよぉ!」

「ええい、うるさいわい!

 勘違いされるような指示の出し方をしたお主が悪いんじゃもんっ!

 ワシ悪くないね!」

「言うにことかいて、責任転嫁かボケ老人!

 常識で考えろ、常識で!

 そもそも、いい年こいたジジイがもんっとか気色悪ぃわ!」

「なんじゃとーぅ!

 これでもお客さんには可愛らしいおじいちゃんで通っとるんじゃぞ!」

「特殊な枯れ専趣味の人間に言われたことを真に受けてんじゃねーッ!」

「ワシの客にケチつける気か、この馬糞男!」

「…まっ!ジジイ貴様ぁ、言うてはならんことをーッ!!」


 コンプレックスを指摘され、怒髪天をついたケンタウロスは老人の胸倉を勢いよく掴みあげた。

 老人は空中に浮いた手足をジタバタと動かしながら、背後に控える味方に救助を求める。


「ひえーっ、老人虐待じゃー!安藤ー!助けとくれ、安藤ー!

 この今どきのキレやすい若者をボコボコにして桃に入れて川に流しとくれーッ!」

「洗濯ババアに拾われちまうわッ!いい加減にしろよ、このオムツ老人が!」

「申シ訳ゴザイマセンガ、博士ノ設定サレタロボット三原則ニヨリ、人間ヲ攻撃スル事ハ禁ジラレテイマス。」

「しかも、あっさり断られてんじゃねーか!!」

「……ぐぬぅ!

 しかし、ロボット三原則はロマンなんじゃ!外せんかったんじゃー!」

「知るかあっ!」


 ちなみに、安藤とは老人の作成した無機的人造人間、いわゆるアンドロイドである。

 言動こそ子供のような彼だが、実は世界的なロボット工学の権威であり、その道の人間からすれば神のごとく崇められる超級の天才だったりもする。

 人は見かけによらない、とはよく言ったものだ。


「さぁ、これで助けは入らねぇぞ。どう料理して……。」

「ケンちゃん。」


 中々に嗜虐的な笑みを浮かべるケンタウロスのケンちゃんに、予想外の方向から待ったがかかる。

 漆黒の毛皮に黒のスーツを纏った全身闇色のワーウルフが、彼の前足付け根あたりを落ち着かせるように叩いていた。


「なんだよ、ルフ!お前、こいつの味方するのか!?」

「こうなったらルフやんでいいわい!ヘルプ・ミー!」


 基本的にあまりしゃべらない彼は、首を横に振ることで2人に返答する。 

 じゃあ何だと疑問に首を傾げる老人とケンちゃんだったが、次にルフやんが視線を右下方に動かしたことで全てを察することができた。

 拉致した人間の意識が戻っていたのだ。



 大方の予想通り、拉致対象となった人間とは山田のことである。

 周囲の騒がしさに目を覚ました彼は、自身の状況が飲み込めずにただ呆然と男たちを見上げていた。

 簡易的に説明をするならば、彼は縄で両手足を縛られ地面に転がされている状態にある。

 自分たちでやったにも関わらず彼のその様子に息をのみ、無言で部屋の隅に移動したケンちゃんは未だ己の腕にぶら下がっている老人へと小声でこう告げた。


「アラカン。てめぇが拉致ったんだから、責任もってお前が何とかしろよ。」


 さながら子供のような責任の擦り付け方をするケンちゃん。

 ちなみに、老人の本名はアラウン・ド・カンオー・Kといって、若き頃にジャパニメーションにハマった影響で大の日本びいきとなった海外オタクである。


「いやいや、ケンちゃん。

 いたいけな老人に無茶を言っちゃあいかん。

 ごほっ、ごほっ。おう、持病の癪が……。」

「ざぁとらしい演技は止めんかっ。

 お前みたいな奴はどうせ、法のひとつやふたつとっくに犯してんだろ。

 今さら犯罪歴が増えたってどうってことねぇよ。」

「おほう、偏見甚だしいのぅ。ワシ悲しい。」

「現に人間1人あっさり拉致ってんだろうがっ。

 俺は話を聞きたいから連れて来いっつっただけだぞ。」

「お主のような悪人面から言われたら、誰だってワシと同じ解釈をするわい。」

「何気に人のツラをディスってんじゃねぇ、クソジジイっ。

 仮にそれを認めたとしても、平和主義の和の国の人間がんなバカげた解釈するわけねぇだろ。」

「やーい、悪人面ー。」

「沈めるぞテメェ。」


 そして、平行線へ。

 一方。部屋の端と端とはいえ比較的狭いロッカールームのこと、山田は丸聞こえの彼らの会話からなんとなく状況を察し、起き抜けに感じていた混乱や恐怖を払拭していた。

 と、同時に自身の正面の椅子に腰掛けているルフやんに現状を尋ねる。


「あの、ここはどこなんでしょう。」


 その質問に対し、ルフやんは無言で自らの懐からとある物を取り出し山田の目前へとかざした。


「ライター?……ええと、ホストクラブ・ギリシアン。

 って、あぁ。最近レジェンズの近くにできたやつか。

 ということは、ここはそのギリシアンの控え室かどこかなんですね。

 ……おそらく聞きたいのはレジェンズのことなんでしょうけど、自分みたいな下っ端の持ってる情報なんて大したことないと思いますよ?」


 が、それは彼のあずかり知らぬところだったらしい。

 ルフやんは、出したマッチを再び背広の内側に直しながら軽く首を傾げて答えとした。


「そうですか。まぁ、じゃあ、それは置いておいて。

 今は何時でしょう。」


 今度は出入り口の上部を指差すルフやん。

 そこには銀色のシンプルな掛け時計が設置されていた。

 電波時計らしく、ときおり時計内部のランプが静かに点滅している。

 山田は、その針の位置を確認して思わず額を地面に擦り付けた。


「嘘だろ、もう夕方近くとか。……マジか。」


 なんだかんだいちびっている間にも刻々と時間は過ぎていっていたらしい。


「こっからダッシュで帰って出勤準備したとして……あれ、間に合わなくない?

 くそ、家からレジェンズ遠いんだよな。都会、家賃高すぎるんだよ。くそ。

 引っ越したくても、給料もまだ低いしなぁ。

 だからって、このまま出勤するわけにもいかないし。っあー。」


 ブツブツと陰のオーラを醸し出す山田に、キュウと申し訳なさそうな鳴き声が落ちてきた。

 見上げれば、漆黒の毛皮に包まれていて表情こそ非常に分かりづらいが、その立派な耳と尾をしょんぼり下げて落ち込んでいるらしいルフやんがいる。

 山田の視線を受けて、彼は右手の親指と人差し指で輪を作り、左手を垂直にかざして頭を下げた。

 ルフやんのその行為に対し、山田は難しい顔でうなりながら口を開く。


「まだしばらく帰せそうにない?すまない?

 いや、ていうか、迷惑料を払うと言われてもですね。

 自分が心配しているのは、これまでに一応でも築いた信頼とかそういうアレが落ちることに対してであって、それはけしてお金でどうにかなるものじゃあ……。

 あぁ、そりゃ何も貰えないよりはいいですけど。」


 彼の最たる心配はむしろ遅刻によるドリーの容赦ない精神的折檻だったのだが、さすがにそこは口を噤んだ。

 遅刻の罰が怖いだなどと告げるのは男として情けないし、何より万が一地獄耳のドリーに伝わってしまったらという恐怖が彼に発言を拒ませていた。


「ん?……それより、まだ帰せないってどういうことですか。

 だって、そこで相談してる人たちの会話からいっても、すぐ開放される流れですよね?

 え、違うんですか?」


 そう問うと、ルフやんは頭を軽く掻きながら言い争う2人を見つめた。


「あの2人が言い争いを止めて結論を出さない限り……ってことですか。

 まいったな。」


 彼に倣って、山田はケンちゃんとアラカン博士に視線を移す。

 いつの間にやら彼らは山田の存在を忘れてしまったようで、まったく関係のない罵り合いを始めていた。


「安藤のことは何と言ってもいい!

 だから、ワシを悪く言うのは止めるんじゃ!!」

「逆だろうがジジイこらぁーーッ!安藤が可愛くねぇのかよ、テメェ!

 例え生みの親だって、いや、生みの親だからこそ、お前が可愛がってやんなくてどうすんだよ!」

「おおう、熱い熱い。もちろん、真っ赤な嘘じゃよーん!

 息子が可愛くない父なぞおらんわい!やーい、引っかかった引っかかった!」

「んなっ!?がっ、ガキみてぇな嘘ついてんじゃねぇぞ、ジジイ!!」

「うぷぷ、お前が可愛がってやんなくてどうすんだよー。ぷぷぷぷ。」

「貴っ様ぁああああッ!!」


 なんとなしに寄れば触ればケンカばかりの先輩たちを思い出し、遠い目になってしまう山田。

 あちらと違ってストッパーがいない分、無駄に長くなりそうだと彼は秘かにため息をついたのだった。



~~~~~~~~~~



 カサカサと小刻みに頭上の葉が揺れた。


 それを受け、少し間をおきドリーはそつなく接客から離れてフロアを後にする。

 そして、人気ひとけのない控え室に戻るなりガラリと雰囲気を変え、彼は素早く携帯を手に取った。


「で、状況は?」


 冷たく落ち着いた声で結果を促す様子は、普段のきゃぴるんなドリーとは似ても似つかない。

 忘れられがちな年齢相応の、いや、それ以上のものを感じさせる何かがあった。


 しかし、それもすぐに雲散霧消する。


「はあっ?ギリシアンの連中に拐われて絶賛軟禁中!?

 一体全体、何がどうなってそんなことになったのさ!

 ていうか、そういう捕われのヒロイン的なポジションはボクの役割じゃないの!?

 ギリシアンの奴らは何を考えてるの!?

 え、憤る所が違う?知らないよ、もうっ!」


 情報通のドリーのこと。当然、彼は新店舗であるギリシアンの従業員についてもかなり細かく把握していた。

 ゆえに、山田を暴力でどうこうしようという人間がいない事実を確認し、緊張の糸が少なからず解かれたのである。


「ま、無事ならいいや。

 とりあえず、今日の営業が終わるまでに帰してもらえないようなら迎えに行こうかな。

 君もご苦労様。報酬はいつもどおりね。」


 言って、通話を切り携帯を再び頭上に片付けたドリーは、すでにいつもの計算された可愛らしさを如何なく発揮するホストの姿に戻っていた。



~~~~~~~~~~



「は……?言いたいことが正確に分かってもらえて嬉しい?

 友達になってくれ?」


 今日はギリシアンの店休日らしく、いつまで経っても言い合いの終わらない2人にウンザリしながら、山田がルフやんと雑談(ただしルフやんは終始無言)をしていると、急に彼がそんなジェスチャーを示してきた。

 ちなみに、山田は椅子こそ用意してもらい座ることができていたが、未だに両手足を縄で縛られているままだ。


「なんですか、いきなり。意味が分からないんですけど。

 ちょっ。そんな、尻尾ブンブン振られても人狼萌えじゃないので困りますって!」


 山田からすれば自分を拉致した一味の、それもイケメンで自分よりよほど稼いでいそうな同業者を友人に持つなどと冗談ごとではない。

 断ろうと必死になり、いつもよりやたら饒舌になってしまうのも無理はなかった。


「てか、さっき普通にあっちの人をケンちゃんて呼んでましたよね。しゃべれますよね。

 だったら口で伝えたらいいじゃないですか。

 貴方だったら、それで友達なんかいくらでも出来るでしょう。

 なにもわざわざ自分みたいな冴えない奴なんかと……え?自身の声が好きじゃない?知りませんよ。

 それで正しく意味を理解してもらえずに余計な誤解を生んだ方が大変ですよ。

 実際に、友人ができにくいという弊害が出てるみたいじゃないですか。

 あと、いい加減に手足の縄を解いてください。

 友達になりたいとか、その対象を縄で縛っていて平気な人間がどの口で言いやがりますか。」


 突き放すような彼の言葉郡に、ルフやんは尾の動きをピタリと止め俯いて、明らかに落ち込んだ様子を見せた。

 そうすると、山田は途端に罪悪感に襲われ口を噤んでしまう。

 あのケンタウロスが偉い立場っぽいし、彼にも事情というものがあったのかもしれない。

 友人が少ない辛さは多少は分からないでもないし、頻繁に会うのでなければそう名乗ってやるくらいは……。

 あっさり考えを変えてしまうあたり、山田もそこそこお人好しなのだろう。

 深くため息を吐いた彼は、おもむろにルフやんへと話しかけた。


「あぁもう。分かった、分かりました。

 友達になってあげますから、そんないかにも絶望って感じの空気を放出しまくらないでください。」


 山田の言葉にパッと顔を上げたルフやんは、キラキラとした瞳を向けながら再び尻尾を振り始める。

 それからのそりと立ち上がり近づいてきたかと思うと、両手で山田の肩を幾度も叩いた。

 その勢いのよさに、椅子がガシャガシャと音を立てる。


「あだだだだ!嬉しいのは分かったから力加減くらいしろぉぉ!」


 うっかり丁寧語を忘れる程度には痛かったらしい。

 ペコペコ頭を下げるルフやんに恨みがましい目を向ける山田。

 しかし、すぐに仕方ないと溜飲を下げ彼は再び口を開いた。


「あー、そちらさんが漁ってなければスーツの右ポケに携帯入ってるんで。

 勝手に赤外線でも使ってアド入れといて下さい。

 そっちの性格上電話は使わないでしょうけど、気が向けばメールくらいなら返信しないこともないですよ。」


 ルフやんはそんな彼のセリフに千切れそうなほどの尾の動きを見せる。

 

 こうして、思わぬ拉致の末に山田はかけがえのない?友人を手に入れたのだった。


 だが、彼は知らない。

 事件解決後、意外と筆マメなルフやんが「おはよう」から「おやすみ」までやたらと長文かつ顔文字や絵文字を多用した鬱陶しいメールを幾度も送りつけて来るようになるということを……。



◇レジェンズ営業終了後ロッカー室にて


「そういえば、今日は山田君どうしたんでしょう。

 出勤予定にはなってましたよね?」

「……あぁ、俺も少し気になっていた。」

「えっ、山田いなかったんスか?

 ははは、全然気付かなかったわ!これが女の子ならすぐ分かるんだけどなーっ。」

「うるっせぇ、誰もんな事ぁ聞いてねぇんだよ骨野郎ッ。」

「あっ、山田だったら拉致されたみたいだよー。」

『………はぁっ!!?』


「えっとねー、かくかくしかじか。」

「その表現方法はちょっち古いッスよドリーせんぱホギャー!」

「……ックソが。この俺様の後輩に手ぇ出すたぁ、舐めた真似してくれてんじゃねぇか。」

「ら、拉致だなんて。山田君、本当に大丈夫なんでしょうか。」

「あぁ。例え身体に傷がなくとも、精神までそうとは限らないからな。」

「でさー。ボクこれから山田を迎えに行くけど、誰か一緒に来る?」



………

……………



「アレ、何だかすごく嫌な予感がする!嫌な予感がする!

 ちょっと今すぐこの場所から離れたい気分なんだけど、縄このままでいいから帰らせてマジでーッ!」


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