第6話 メールの誘惑
朝、鏡の前でボトルグリーンのリボンを襟につけていると。
ブーッ、ブーッ。
携帯のバイブレーション。
机の上に置いてあった携帯が鳴る。
携帯を取ってみると、メールが一件。
『From:菊池 カンナ
subject:おはよー
本文:いま起きた。今日も暑いね』
カンナからのメールだ。
メールを読んだ私の頬が自然とゆるむ。
『To:菊池 カンナ
subject:おはよう
本文:私はこれから、朝ごはんだよ。今日はすごい暑くなるみたい!』
メールを打ちながら、リビングへと降りていく。
さっき顔を洗いに洗面所に向かう途中で見たニュースで、今日はすごく暑くなると天気予報士が言っていたのを思い出して、メールに書く。
私とカンナが出会ってから約3週間。
あの日――私はカンナとメールアドレスを交換した。
それ以来、カンナとはメールをするようになって、カンナは朝起きるとかならずメールをくれる。一時間後には、電車で会うというのに。
私は――というと、筆不精ならぬメール不精で、なかなかメールを返さないんだけど。
いえね、そもそもメールが来たことに気づくのが遅くて、返信が遅れてしまうの。だから、着信に気づいてすぐに返信するのは朝の一回のみ。
カンナもそんな私の性格を分かってくれて、頻繁にメールをするわけでもなく1日に3~4回やりとりするだけ。
なぜか、おはようとおやすみメールは必ず来るけど。
いつものように朝ごはんを済ませて、家を出る。
今日から7月。
今年の梅雨はあんまり雨が降らない。梅雨明け宣言はまだされていないけれど、暑い日が多くて嫌になってしまう。
何もしていないのに汗が出るくらい、じめじめした日が続いている。
駅に向かって自転車を漕いでいる私の額にじわりと汗が浮かび、前籠に手を伸ばして鞄の中から大判のハンドタオルを取り出して額を拭って、素早くタオルを鞄に戻す。
自転車を勢いに任せて走らせ空を見上げると、春には桜並木だった木々の青葉の隙間から夏の日差しがちらちらと差し込んで、眩しかった。
うちの高校は、前期と後期の2学期制。中間試験が終わって、1カ月も経たないで夏休みがやってくる。
他の学校の子が期末試験に追われているこの時期、ただやってくる夏休みを待つだけなのだ。
確か、カンナの通っている里見高校も2学期制って言ってたな。
もちろん授業は普通にあるし、2学期制で試験の回数が少ない分、1回の試験範囲が広くて大変ではあるけどね。
そんなことを考えながら駅に着き、定期を出そうと鞄の前ポケットに手を入れた時、携帯が鳴る。
定期と一緒に携帯を取り出して着信を確認すると、中学の同級生の夕貴からだった。
『From:三井 夕貴
subject:3-A同窓会のお知らせ
本文:7月23日(土)17:00~ たぬき亭で3-A同窓会をやります。
参加できる人は、三井まで返信よろしく!
全員にうまく連絡いってないかもしれないから、他の人にも伝えてね!』
あっ、この間話していた同窓会の日にちが決まったんだ。
改札を抜けてホームを歩きながらメールを読んでいた私は一人頬が緩む。
中学3年のクラスメイトはみんな仲良くて、その中でも特に仲が良い人とは1~2ヵ月に1度は集まっていて、メールの送り主の夕貴も中間試験前に会っている。
でも、同窓会って形で集まったことは卒業以来一度もなくて、今回が初めての同窓会ということになる。
卒業以来会っていない友達に会えるのも嬉しいし、3年A組のみんなが集合すると思うと中学生の頃が懐かしくなってきて、それだけでうきうきとした気持ちになる。益々夏休みが楽しみになってきたな。
両手に持った携帯に視線を落としたまま、来た電車に乗り込んで席に座ってメールを打つ。
『To:三井 夕貴
subject:同窓会
本文:日にち決まったんだね。夕貴が幹事? 参加するのでよろしく』
すると、すぐに返信が着る。
『From:三井 夕貴
subject:そう~
本文:私が幹事することになったんよ……大輝に押しつけられた。
譲子参加で了解!
そういえば、御堂と同じ高校だよね?
私、御堂のアドレス分かんないから譲子から伝えてもらうことってできる?
あと、須藤さんもお願い』
って……!
ええっと、別にいいんだけどね。
別にいいんだけど、ちょっと気が進まないなぁ……
そう思いつつ、慣れない手つきでまたすぐにメールを打つ。
『To:三井 夕貴
subject:了解~
本文:御堂君とは今年同じクラスだから、学校着いたら聞いてみるよ』
別に、御堂君に聞くのは構わないんだよ。この間、同窓会の話題はしたし。
ただ、その時の事を思い出すと――同時にあの事も思い出しちゃって。
『……奈緒とは別れたんだ』
そう言った御堂君の顔は切なげで、思い出すだけで胸がぎゅっと締め付けられる。
沈んだ気持ちになったのを誤魔化すように夢中でメールを打っていた私は、カンナが目の前に立っていることにぜんぜん気づいていなかった。
「譲子さん? めずらしいね、携帯いじってるなんて」
急に声をかけられて、びくりと肩を震わせて顔を上げる私。
立っているカンナが覗きこむように私を見てて――
パタンッ。
焦って携帯を閉じて鞄にしまっちゃった。
カンナが不思議そうに首をかしげる。
「なんでもないよ」
何も聞かれていないのにそう言ったのは、怪しかったかもしれない……
でも、なんとなく話をそらしたかったから、引きつる笑顔で誤魔化すことにしたの。