第5話 当たり前
私が思うに――カンナは私の事を好きなんだと思う。
こんなこと言ったら、自意識過剰って思われるかな?
でも、そう思うの。
この勘は当たっていると思う。
カンナと出会ってから約2週間、カンナと一緒にいて――そう感じたの。
だからカンナが御堂君に対して、何か気にしている様子だったのもそのせいだと思う。
※
あの日の朝――
「うん、クラスメイトより友達のが仲いいよね? ならいいや」
そう言ったカンナは眩しいほどの笑顔で私に笑いかけた。
それから、もう一度確認するように。
「今は御堂さんってクラスメイトよりも、俺のが譲子さんと仲いいんだよね?」
カンナは涼しげな眼もとに笑いを含んで私を見る。
その言葉と表情が――私を好きだと言っているように感じて。
自分が一番仲いいって確かめるように聞いてくるんだ――って。
だから一瞬、返答に詰まってしまった。
私にはまだ、振りきれない気持ちが心に残っていたから……
カンナとの距離を、これ以上詰めてはいけない――って、頭に警戒音がガンガン鳴り響いていた。
だけど私は、カンナを突き放すことも出来なくて。
顔をぐいっと上げて、まっすぐにカンナを見る。
「クラスメイトよりも……カンナとが仲いいよ」
あえて御堂君とは言わずに、曖昧に答えた私。
そんな私を、カンナは少し皮肉な感じの、でもすごく魅惑的な微笑みで見つめ返す。
「それでいいよ」
今はまだ、それでいいよ――って。
カンナが今の関係で満足していることが分かったから、私もそれ以上何も聞かないことにした。
※
試験が目前に迫っても、カンナは私の下校時間に合わせてくれて、一緒に帰るのが当たり前になっていた。
「試験前は部活ないから、本当は早く帰れるんでしょ? 待っててもらって、なんか悪いな」
私が申し訳なさそうに言うと、カンナが首を横に振りながら。
「大丈夫。俺も譲子さんを見習って図書館で勉強してんだ。家だと他の事に気がいっちゃって勉強進まないから」
おかげで今回の試験は赤点免れそう、って笑いながら言うの。
ほんと、こうやって笑っている顔は年相応というか可愛いんだよね。
「明日から試験だね、初日から三教科もあるから大変」
「俺は、明日は二教科だけだ……」
言いながら、カンナはちらっと私を見る。
「じゃ、明日は先に帰ってていいよ」
なんとはなしに私が言うと、カンナはちょっと不満げに唇を尖らせる。
「あーあ。明日、譲子さんに会えるのは朝だけか。寝坊しない様に気をつけないとな」
カンナは首を触りながら斜め下を見つめる。
きっと、今日は徹夜して勉強するつもりなんだろうな。
「あー、やべぇー。寝坊しない自信がない……」
ふふっ。
ずっと首を触って悩んでいるカンナが可愛くって笑ってしまって、口元に手を当てる。
「試験の日はいつもより遅い電車に乗ってるの?」
私が聞くと、カンナは頷く。
カンナと出会ってから、毎日、登校も下校も一緒なのだから、時々は会わない日があってもいいと私は思うんだけど。
カンナは、なるべく一緒がいいみたい。
6つ年上の兄がいて年下の兄弟はいないから、可愛い弟が出来たみたいで私はお姉ちゃん気分でふふっと笑う。
「譲子さん、試験中、朝の電車に俺がいなかったら寝坊だと思って」
カンナは片目をつむって申し訳なさそうに言う。
実は――私とカンナはお互いの連絡先をいまだに聞いてない。メールアドレスも携帯番号も交換してないのだ。
だから寝坊とかいざという時、お互いに連絡を取る手段がないの。
今までその必要がなかったから教えあわなかったけど。
もしかしたら、明日からカンナは同じ電車には乗ってこなくて、試験が終わるまで会わないかもしれない。その事をカンナが気にしているなら、教えた方がいいかしら。
アドレスを教えるかどうか考えている間に、カンナが降りる海神駅に着いてしまった。
「じゃ」
そう言って片手をあげて別れの挨拶をするカンナが、一瞬、何かを言おうとして動きが止まり私を見つめる。
「やっぱ、いいや。じゃ、また明日」
私の方を見たまま電車を降りて、手を振るカンナ。
「また明日ね」
私もアドレスを言うタイミングを逃して、手を振り返す。
プシューっと音を立てて、電車のドアが閉まる。
閉まったドア越しに、カンナが私を見ている。口が動いた。
私はドアに近づき、カンナを見る。
し・け・ん・が・ん・ばっ・て――って言ったみたい。
私も声を出さずに口だけ動かして、“カ・ン・ナ・も”と言う。
言い終わる前に電車が動き出して、私もカンナもお互いに手を振って別れた。
※
次の日の朝。
やっぱり、カンナはいつもの電車には乗ってこなくて。その次の日も、その次の日も、試験期間中は会うことはなかった。
試験初日は、朝の電車にカンナがいないことに少し寂しさを感じたけど、2週間前まではそれが当たり前だったのだと思うと、なんとも不思議な気分がした。
試験2日目以降は、電車の中で試験の勉強に夢中になってカンナの事は全く考えもしなかった。
そうして、あっという間に4日間の中間試験が終わる。
週末を挟み、試験明けの朝。
電車の座席に座って本を読んでいた、それはいつもの事。だけど大神宮下駅から2つ目の海神駅に着くと読んでいた本を閉じ、開く扉に視線を向ける。
扉越し、ホームに立ったカンナと視線が合い、カンナがはにかんで笑う。
いつもの電車、いつもの習慣なのに――そこにカンナが乗ってくると、それまでと景色が違って見える。
「おはよ、カンナ」
座っている私の前に来たカンナに挨拶すると、カンナが爽やかに笑う。
「おはよ、久しぶりだね」
「試験どうだった?」
「んー、まぁまぁかな」
カンナは俯きながら、髪をくしゃっと掻く。
「遅刻はしなかった?」
私が笑いながら聞くと、カンナが苦笑する。
「なんとか……」
そう言って、2人して笑い出す。
その日からまた、カンナと一緒に登校する日々が始まった。
カンナとはつい19日前に会ったばかりなのに、いつの間にかそれが当たり前になっていた。
もし、試験前日にメアドを教え合っていたら試験中すれ違いになることはなかったかもしれないとか、そんなことを考えたこともあったけど、たとえ会わない日があっても、こうしてまた当たり前のように一緒に登校する日が来るんだなぁ。
ひょんなことから一緒に登校するようになったカンナと私だけど、今ではすっかり友達になったんだな、と実感する。
ふふっ。
そんなことを考えて笑ってしまった私を、カンナが怪訝そうに見ている。
まさか、私が今更カンナを友達と認識したなんて言うのは恥ずかしくて、こう言うことにしたの。
「ねぇ、カンナ。メアド教えてよ!」
そうして、私とカンナは本当の友達に――2人の距離を、また1歩縮めた。