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ここからはじまる物語 【改訂版】  作者: 滝沢美月
第4章 いつも君だけを見つめて
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第35話  かき乱される鼓動



 8月29日、まだ8月だというのに夏休みが明け、今日から学校が始まる。ゆとり教育とか休日が増えたりで、今は夏休みも8月いっぱいまでではなくて、最後の週から始まる。

 うちの学校は2学期制だから、2学期ではなくて、前期の後半が始まるっていうこと。



  ※



 花火大会の日――

 私とカンナは手を繋いだまま、一言も言葉を交わさずに駅まで歩き、電車に乗って帰ってきた。まるで繋いでいる手の温もりが嘘のように、2人とも、そこには存在しない様に。

 家に着くと、カンナから『今日はありがと。暖かくして寝るんだよ。おやすみ』とメールが着た。私も、『ありがと。おやすみ』とだけ返信し、次の日の日曜日はメールも電話もしなかった。

 どうせ、月曜日になったら電車で会えるんだから――そう思ったのに、朝の電車にカンナの姿はなかった。



 今日は始業式じゃなくて全校集会があって、その後は普通に授業だから、カンナが遅めの電車に乗った理由が分からなかった。もしも、寝坊ならメールが来るはずなのに、今日はいつもくるおはようメールも寝坊のメールも着ていなかった。

 どうしたのだろう――

 そう思う反面で、カンナに合わせる顔がなくて、一緒の電車じゃなくて良かったと思ってしまう。

 好きだと言われて、付き合わなくてもいいって言われたけど、結果的に私はカンナの告白を断ったことになる――

 だから、カンナがもう私の顔なんか見たくないと思って、電車の時間をずらしたんだとしても仕方がないことだと――納得しなければいけないんだとは分かっていても、心が痛んで状況を受け止められないでいた。

 自分が招いた結果だけど、こんなつもりじゃなかった――

 告白を断っても、カンナとは友達の関係が永遠に続くと思っていたのに、それは虫がよすぎる願いだったのかな――?



 電車を降りて、いつもだったらまっすぐに学校に向かうのだけど、今日は何となくコンビニに入り、特に興味があるわけでもないのに雑誌コーナーに向かう。

 通学路の見渡せる硝子の前の雑誌コーナーで適当に雑誌を手にとり広げる。横には同じように制服を着て待ち合わせてる友達なんかを待っている学生が数人いる。

 私はほとんど雑誌には目も向けず、正面の硝子越しに通学路を眺めていた。

 もしかしたら、カンナが通るんじゃないだろうか――そんな期待を胸に。

 いつもより1本か2本、乗り遅れただけかもしれない。

 電車が到着し駅から降りてくる人の集団が来る度に、道路に視線をくぎ付けにして目を凝らす。

 集団が過ぎ去って、その中に探していた人物の姿がいないと、次かもしれない、次かもしれないと思ってどんどん時間が立っていく。

 何本くらい電車を待ったのだろうか……駅から出てくる学生の数が増え、そろそろ学校に向かおうと思った時、ぽんっと肩を叩かれて、驚いて振り向く。


「おはよ、桜庭。コンビニにいるなんて珍しいな」


 もしかして――そんな淡い期待を持って振り返ったけど、後ろに立っていたのはカンナではなくて御堂君だった。

 一瞬、身じろぎ、すぐに笑顔を張りつかせる。


「あ……御堂君、おはよう……」


 変に思われなかったかな……


「えっと、ちょっとこの雑誌見たくて……えへへ」


 そう言って雑誌を閉じ、棚に戻す。


「御堂君もコンビニに用事だったの?」


 御堂君の手元に視線を向けたのだけど、何かを買った様子はなくて、首をかしげる。


「いや、俺はコンビニに桜庭が見えたから……」


 そこで言葉を切り、斜め下を向いて髪をいじる。その先に続く言葉がなんとなく予想出来て、皮肉気に苦笑する。

 そんな私を、ちらっと上目使いに見た御堂君の目元には優しさが混じっていて、心配させてしまったんだと気づく。


「そうなんだ? じゃ、一緒に行こうか?」


 そう言って、コンビニを出て歩き出す。

 御堂君は知っているから――私とカンナがいつでも一緒に登校していることを。だからきっと、カンナを待っていたんじゃないかって気づいているんだ。

 それでも何も聞いてこないのは、御堂君の優しさだって知っているから、今だけは――その優しさに甘えてしまった。



 学校に着いたのは始業の20分前で、クラスの半分以上の生徒がもう登校していた。沙世ちゃんもすでに登校して来ていて、教室に入ってきた私を見つけて近寄ってくる。


「おはよー、譲」

「おはよう、沙世ちゃん」


 普通に挨拶したつもりなのに、沙世ちゃんは眉根を寄せて下から顔を覗きこんで来る。


「なんか譲、元気ない?」

「はは……そんなことないよ」


 乾いた笑いで誤魔化せたとは思わないけど取り繕う気力も無くて、机の横に鞄をかけて自分の席に着く。


「あっ、そうだ。生物の問題集で1ヵ所分からないとこがあるんだ、写させてくれる?」

「うん、いいよ」


 昨日、沙世ちゃんからメールで宿題を写させてほしいって言われて、今日は早めに来るって言われていたことをすっかり忘れていた。


「ごめん遅くなっちゃって」

「いいって、いいって」


 鞄から夏休みに宿題をやったノートを取り出し、鞄に一緒に入っていた旅行の写真に気づく。


「そうだこれ、夕貴が焼増しした旅行の写真」

「旅行の写真? 見たいっ……けど、今は宿題が先だから後でね」

「うん、分かった」


 沙世ちゃんは受け取ったノートを持って自分の席に戻っていく。私は手元に出したアルバムに視線を落とす。

 これ、カンナにも渡さないといけないのに……

 本当だったら、電車で渡す予定だった。それなのに、カンナはいつもの電車に乗ってこなかった……

 ふぅーとため息をついて、それから携帯を取り出す。

 ぐだぐだ考えるのはやめよう――!

 結局、考えても答えは出ないんだ。それなら、感じたままに行動して、答えを自分で見つけるしかない。

 とりあえず今は、カンナにメールしよう!

 このままギクシャクして、カンナと友達の関係にも戻れないなんて嫌だから。

 何かに突き動かされるようにメールを打って送信する。


『To:菊池 カンナ

 subject:おはよう。

 本文:今日から学校だね。夕貴から旅行の写真を預かってて、

    朝渡そうと思ったんだけど会えなかったから、放課後に会えるかな?』


 メールを送った瞬間からドキドキと緊張する。

 以前の私だったら、こんなに積極的に動くことはなかった。何かが着実に変わりだしていることに――気づき始めた。

 手の中に握りしめていた携帯が揺れ、着信を知らせる。


『From:菊池 カンナ

 subject:おはよー。

 本文:寝坊して今学校に着いたとこ……

    ごめん、今日は部活のミーティングがあって何時に終わるか分からないから、

    写真はまた今度でもいい?』


 カンナから返信が着たことにほっとする反面、メールの違和感に気づく。

 今度で(・・・)もいい――

 普通だったら、明日でもいいって返信が来るはずなのに。それではまるで、明日の朝も、一緒の電車には乗ってこないということを暗示しているような――

 胸騒ぎに、右手で胸元の制服を握りしめる。

 カンナ――!?




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