第34話 偽りのシグナル
ドーン、ドドーン……!
ドーン、ドーンッ!!
藍寄りの薄闇の中、紅、緑、青、銀、金――色とりどりの大輪の華が力いっぱい、宵闇を照らしてははらはらと光の屑となり散っていく。
会場で首が痛くなるほど天を見上げては、大勢の人があまりの美しさに感嘆のため息を漏らしている。
私とカンナもその中で並んで立ち、夏の終わりの風情を彩っている花火を見上げて心を和ませる。
それなのに――
私の胸は、じくじく痛んで切なく締め付けられる。
隣で笑っているカンナはなんだかどこかよそよそしくて、私の知っているカンナじゃないみたいで。
人ごみの中、肩が触れ合うほど近くに立っていてその熱を感じるのに、手の届かないもっとずっと遠くにいるように感じて、背筋が凍る。
思わず、カンナのシャツの裾を掴んでしまい、慌てて手を引っ込める。
「ん? どうしたの、譲子さん?」
カンナが見上げていた夜空から私に視線を移し、首をかしげる。その顔が、打ちあがる花火に照らされて眩しく輝いている。
「えっ……と……」
カンナがどこか遠くに行ってしまう様に感じて――そんなことは言えなくて、口ごもる私に、カンナはばつが悪そうに目を細め苦笑する。
「譲子さん――」
カンナがすっと私の手を掴んで優しく握りしめる。私を見つめるカンナの瞳が真剣な光を帯びて、艶やかに瞬く。
「俺に……何か言うことでもある?」
まっすぐに私を見据え、真剣な表情で聞いてくる。言葉は違うけど、纏っている空気が、旅行から帰って来た日――私の部屋で、御堂君と何かあったのかと聞いた時と同じに感じて、唇をぎゅっと噛みしめる。
「ど……うして、そんなこと聞くの?」
その問いに答えない代わりに、カンナが一瞬、握っている手に力を込める。
カンナは視線を夜空に戻し、カンナには似合わない皮肉気な口調で言う。
「ねぇ、譲子さん。俺が譲子さんを好きって――知ってた?」
その言葉に、ドキンっと胸が跳ねてカンナを振り仰ぐ。ぴくりと揺れた私の手を、カンナが優しく包み直す。
だけど、カンナは花火に視線を向けたまま私を見ずに、話を続ける。
「一目惚れだったんだ。譲子さんに話しかける前、譲子さんが俺に気づく前から、俺は譲子さんと話してみたくて、どんな声なのか――とか、どんな風に笑うのか――とか、すごく気になって」
そこで言葉を切って、カンナは視線を地面に落とす。
「――――っ」
花火はフィナーレに向けて連続して打ち上げられ、周りの歓声が一気に大きくなり、何か言ったカンナの声がすべてかき消される。
ドドドドド……
地面から金色の火花が幾筋も立ち昇り、ナイアガラの滝のように神々しく光を放って流れていく。
ドドンッ。
最後の一発が打ちあがり、残響と歓声が一気に高鳴り、割れんばかりの拍手が辺りにこだまする。
歓声が止むと、辺りを静寂が包みこむ。ざわざわと名残惜しげに会場を後にし始める人々の中、カンナは微動だにせずその場に立ちつくしていた。
「カンナ――?」
なんと声をかけたらいいか分からなくて、名前を呼ぶ。
長い間俯いていたカンナが上げた顔には、熱を宿して底光りする瞳が鋭く光っている。
会場に残る人はまばらで、ほとんどの人が花火の余韻に浸りながらも、すでに駅に向かって歩き出していた。
「譲子さん……」
そう言ったカンナの声は表情とは裏腹に、消え入りそうに切なく揺らいでいる。
「好きだ――」
カンナの言葉がまっすぐ心に刺さり、切なく痛む。
少しの沈黙を挟んで、俯いたカンナが涙声で言う。繋いでいる手に力が込められて、私の鼓動がドキンっと跳ねる。
「ごめん……こんな風に言うつもりじゃなかったんだ。ごめん……」
なんでカンナが謝るのか分からなくて、私は首を横に振って、私の右手を掴んでいるカンナの左手に私の左手を添えて握りしめる。
「付き合ってほしいとか、そんなことは言わない。ただ、俺だけを見てほしいんだ。譲子さんの1番になりたいんだ……」
1番になりたい――
その言葉が、その想いが身に沁みて――ツキンと胸が痛む。ぎゅっと心臓を掴まれたように息苦しい。
「カンナ、あの……私……」
それなのに、自分の口から出た言葉に、自分自身で身震いする。
「ごめんなさい……私の1番は、カンナにあげられない――」
どうしてそんな事を言ってしまったのか、自分でも分からなくて戸惑いが襲いかかってくる。
ぱっとカンナの顔を見ると、私から顔をそむけ、握っていた左手を強い力で剥がされ、掴まれていた右手からもすっと温もりが消える。
その行動に、カンナが全身で私を拒絶していることを感じて、どうしようもなく苦しくなる。
私がカンナの告白を断ったからなのに、カンナに拒絶されたことが悲しい。
ドキンッ、ドキンッて、胸が早鐘を刻んで、耳鳴りがする。さっきまでしなかった酷い頭痛が襲ってきて、眉根を寄せる。
どうして、あんなことを言ってしまったんだろう――
私は今日、カンナと会って、ちゃんと真っ正面から気持ちを受け止めて、自分の気持ちを見極めようと思っていたのに――
カンナの誠意に答えるつもりだったのに――
1番になりたい――その言葉が私の胸の奥底に閉まっていた気持ちを刺激して、どうしてもカンナに答えることが出来なかった。
これが私の答えなの――?
自分でも、自分の出した答えが信じられなくて、どうしようもない衝動にかられるのに――動けない、いい訳の言葉すら出ない。
どのくらい、その場に立っていたのだろう。
さっきまではすぐ側にいたのに、私とカンナの間には埋められない2歩の距離。気まずい沈黙が流れている。
その沈黙を破るように身じろいだカンナが、目元に優しさを含んでふっと苦笑する。
「そろそろ、帰ろうか……?」
カンナはどんな気持ちでそう言ったのだろうか――
遠慮がちに、優しく私の手にカンナの手の甲が触れる。
「まだ人混みがすごいから。迷子になったら困るから……」
いつもだったらそんないい訳っぽいことも言わないのに、そう言ってからそっと指先だけを握って歩き出した。些細な衝撃で離れてしまうような儚い握り方で。