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ここからはじまる物語 【改訂版】  作者: 滝沢美月
第4章 いつも君だけを見つめて
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第32話  戸惑いシチュエーション



「そっか、用事があるなら仕方ないね。どうする、3人で行く?」


 夕貴は私が断ったことを特に疑問も持たず、花火大会の話で盛り上がっていた。

 私は机の上に置きっぱなしだった携帯を取り、メールの画面を開く。

 どうしよう……私から花火大会誘おうかな。

 そんなことを考えるけど、ここ2日カンナと全くメールをしていないことを考えて躊躇してしまう。

 こんな中途半端な気持ちのまま、カンナと2人で出かけていいのだろうか――

 それはいけない気がした。まっすぐに気持ちを伝えてくるカンナに対して、何も返せないのに、これ以上距離を縮めるべきではないと、頭の奥で警戒音が響く。

 無意識に携帯を握る手に力を込め、机の上に置き直す。その時。

 ピロロロン、ピロロロン……

 着信を知らせて携帯が震え鳴りだす。私は慌てて携帯を掴み画面を確認すると、カンナからの電話だった。

 ドキンっと胸が跳ねる。

 携帯を見る視線の端で、御堂君がこっちを見ているのに気がついて、さっと顔を背けて携帯を見つめる。

 どうしよう――

 出るかどうか戸惑っているうちに、着信音が途切れる。


「譲子ー、電話出なくてよかったの?」


 夕貴がお菓子をつまみ、視線を雑誌に向けたまま聞いてくる。


「ん……うん。知らない番号だったから……」


 それは嘘だけど、御堂君の視線が痛くてそう言ってしまった。

 黙り込んだ私に、御堂君が立ち上がりながら言う。


「そろそろ俺達は帰ろうぜ。あまり長居すると、桜庭も疲れるだろ」

「そうだな。譲ちゃんまだ風邪気味って言ってたもんな。夕貴、帰ろうぜ」

「うん」


 夕貴は見ていた雑誌を閉じて部屋の中央に置かれたローテーブルに置いて立ち上がる。ローテーブルには写真が広げたままになっている。


「写真、うちらはもう見たから沙世ちゃんとか他のメンバーにも回して。ほしい写真があったら貰っていいから。じゃ、譲子またね」

「わかった、写真ありがとね」


 夕貴に続いて中野が部屋を出ていく。部屋を出ると廊下に御堂君が立っていて、強張った表情でじぃーっと私を見るから、背中がざわつく。


「どうしたの?」

「早く熱下がるといいな」


 ふっと目元を和ませてそれだけ言うと階段を下りていく。

 それを言う為に待っていたの――?

 私は切ない衝動にかられて、無意識に胸に手を当てて服を握りしめた。



 3人を玄関まで見送ってから部屋に戻ってきた私は、勉強机の上に置かれた携帯に視線を向ける。

 さっきのカンナからの電話無視しちゃったけど、なんの用事だったんだろう。かけ直した方がいいかな……

 熱のせいなのか、何かを考えるのも億劫で、ふぅーっとため息をついてベッドに腰掛け、ごろんと上半身を寝転がせる。

 何にも考えない様にしても、考えないといけないことが頭の中から離れなくて――

 御堂君の2回目の告白――

 カンナが家に送ってくれた時に言った言葉――

 御堂君の去り際の表情――

 花火大会に行こうと約束したカンナのこと――

 自分の事を好きだと、好意を示してくれる2人のことが頭から離れなくて、胸が苦しくなる。

 私は誰の事が好きなんだろう――

 夕貴に投げられた質問を自分自身で問いかけてみる。

 答えは――



  ※



 微かな音で、重たい瞼を持ち上げる。

 考え事をしてベッドに寝転がったまま、寝てしまったようだ。耳に届く携帯の着信音がさっきから鳴っていることに気がついて、電話だと分かるまでに数秒。

 がばっと体を起こして、ふらつく足で勉強机に近づき携帯を取る。カンナだ――


「もしもしっ」

『あっ、やっと出たね』


 くすりと、いつぶりに聞くか分からない、カンナの優しい笑い声が聞こえて、それが体に沁み渡って痺れる。


「カンナ、あの……さっきは電話に出れなくてごめんね」

『大丈夫だよ、忙しかった? 具合はどう?』

「さっきはちょっと手が離せなくて。具合はだいぶ良くなったよ」

『そう、よかった。てか、その前に……久しぶりだね』


 ふっと笑ってカンナが言葉を紡ぐ。


「うん……久しぶり……」


 私はへにゃっと力をなくしてその場にくずおれ、床に座り込む。

 本当に久しぶり過ぎて、カンナの声を聞いただけでなんだか安心して、体の力が抜けてしまった。

 少しの沈黙が続き、カンナが口を開く。


『いま、何してた?』

「えっと、寝てた」

『ごめん、起こしちゃった?』

「ううん、起きようとしてたとこだから。それよりも、何か用事があって電話したんじゃないの?」

『ああ……』


 そう言った私に、カンナが口ごもる。長い沈黙を挟んで。


『譲子さん、具合はもういいの?』


 さっきも聞かれたことを聞かれて、首をかしげながら答える。


「えっと、まだ微熱だけど体調はだいぶ良いよ?」

『…………』

「カンナ?」


 口数が少ないカンナは珍しくて、どうしたのだろうと思う。私はそわそわと落ち着かなくて、立ち上がって部屋の中を無意味に歩きまわって、カンナの次の言葉を待った。


『来週の土曜って空いてる、かな?』

「来週って……27日だっけ?」


 机に近づいてカレンダーを確認する。

 さっき夕貴達に誘われた花火大会も27日って言ってたけど断ったから、特に予定はない。


「その日は用事ないけど……どうして?」


 そう言った声が震える。


『譲子さん、さ……夏休み前にした約束って覚えてる?』


 カンナのその言葉にドキンと胸が跳ねる。


「えっと……夏休みに遊ぼうって約束したこと?」


 本当はそれじゃなくて、カンナが何の事を言っていたか分かっていたのに、分からないふりをして、声がかすれる。


『花火大会――一緒に行こうって、言ったこと』


 そう言ったカンナの声が、普段の柔らかい雰囲気をはがしたあまりにも真剣な声音だったから、声が直接響く耳、頭、胸から足のつま先まで痺れが襲いかかる。


「うん……」


 金縛りに合ったように身動きが取れなくなって、なんとも情けない声を絞り出して相づちを打つことしか出来ない。


『一緒に、花火大会行こう?』

「うん……」

『俺と譲子さんと2人で――行こう?』

「うん……」


 2人で――という言葉を強調したカンナ。

 カンナのまっすぐな誠意が伝わってきて、揺れる瞳を固く瞑って頷いた。



 いつもだったら、明るくて少しおどけた様なカンナの返事がかえってくるけど、今日のカンナは感情の乗らない静かな声でただ一度だけ頷いた。


『うん――』


 だけど、その声からは確かに愛おしさが伝わってきて、胸が締め付けられ切なくなる。

 カンナの誠意に答えなければ――

 ちゃんと真っ正面から気持ちを受け止めて、自分の気持ちを見極めないと――

 心の中で、固く誓い、一人頷く。

 まさかこのデートが、カンナとの別れに繋がるなんて思いもしないで――




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