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ここからはじまる物語 【改訂版】  作者: 滝沢美月
第4章 いつも君だけを見つめて
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第31話  嘘と本音



 8月15日、海から帰ってきて2日後。

 高熱を出して夏風邪で倒れ、おまけに生理痛の貧血と頭痛腹痛で丸1日をベッドで寝て過ごした。今朝になって熱は下がったものの、37.4度と微熱でまだ頭がふらふらする。

 部活は明日までお盆で休みなんだけど、どっちみち生理と微熱で今週中は行けそうにない。

 起き上がれるほどには体力も回復したのに、特にやることもなくて暇を持て余していた。



 一昨日、電車で倒れたことやカンナに送ってもらったこと、まあその他いろいろ周りから聞かされて驚いたけど、熱でぼーとする頭では上手く考えられなくて、『送ってくれてありがとう』とだけカンナにメールをした。

『早く良くなるといいね、お大事に』

 カンナにしては素っ気ない返信が帰ってきて、それ以来メールをしていない。

 たぶん、具合が悪いからって気を使ってくれているんだと思うけど、いつも来るメールが来ないとなんとも寂しい気持ちになる。

 そんなことを考えて、大きく頭をふる。

 御堂君に未練たらたらで、カンナの気持ちにも答えられなくて、寂しいだなんて思っちゃいけないんだ。



 宿題も終わってしまっているし図書館で借りていた本も読み終わってしまって、外に出かけたかったけど、今日は何日ぶりか分からないくらい久しぶりに雨が降っていて、雷も鳴っている。

 いまの体調で雨の中出掛けるのは……風邪をぶり返しそうで躊躇う。

 暇を持て余して、部屋の床でゴロゴロ転がって適当に雑誌を見ていると、携帯が鳴り、ぱっと顔を上げる。

 鳴り続ける着信音に電話だと分かり、急いで立ち上がって机の上から携帯を取り上げ通話ボタンを押す。


『もしもしー、譲子ー? 元気かー?』

「夕貴」


 明るい夕貴の声に、ふっと笑みを漏らして頷く。


「うん、まだ少し微熱だけど元気だよ」


 旅行から帰った日に、夕貴からも『具合大丈夫?』というメールをもらっていた。


『いま大輝の家で旅行の写真見てるからおいでって誘おうと思ったんだけど。熱があるなら無理?』

「うーん……」


 行きたいけど、行くって言えなくて悩む。

 すると、受話器の向こう側で夕貴と夕貴以外の話声が聞こえる。沈黙を挟み。


『もしもし譲子? うちらが譲子の家に行っても大丈夫かな? 具合悪いならまた今度にするけど』

「大丈夫だよ! おいでおいで」


 退屈していたところだから、遊びに来てくれるのは大歓迎だ。


『じゃ、これから行くね』


 そう言って通話の切れた携帯を机の上に置きながら、首をかしげる。

 あれ? 夕貴はうちら(・・・)って言ってたけど、その中に御堂君もいたりするのかな――そう考えて、胸がざわつく。

 中野の家で旅行の写真を見ていたのなら、旅行に参加していた御堂君がいる確率が高い。

 私は慌てて1階の洗面所に降り、顔を洗って髪をとかす。部屋に戻ってきて自分の格好を見下ろし、タオル地の半袖短パンの部屋着を見て、慌てて衣装棚から服を取り出して着替える。

 夕貴達が来るのに、さすがに部屋着はまずいよね……

 うん、そうだよ! 誰も同意してくれる人がいないから、自分で自分に答えて一人頷く。



  ※



「お邪魔しまーす」


 玄関を上がってくる夕貴の後ろには、やっぱり中野と御堂君がいて、私は気づかれない様に横を向いて胸をなでおろした。

 着替えといて良かった……

 部屋に上がってそれぞれ好きな場所に座り、夕貴が中央のローテーブルに写真を広げる。

 私は持ってきた麦茶の入ったグラスの乗ったお盆を勉強机に置く。


「お茶、ここに置いておくね。御堂君、いる?」

「ああ、ありがと」


 受け取ったグラスに口をつけ一気に飲み干した御堂君は、立ち上がってお盆にグラスを戻して私を気遣わしげに見下ろす。


「具合はもう大丈夫?」

「だいぶ良くなったよ。御堂君もありがとね」

「えっ――?」


 深い意味はなく言った私の言葉に、御堂君が訝しげにじぃーと私を見つめるから、私はドギマギして首をかしげる。


「私、御堂君に手を引かれて東京駅で乗り換えたとこまでしか覚えてないんだ。電車で倒れたって聞いたから、きっと御堂君にも迷惑かけたでしょ?」

「あ――……いや、別に平気」


 口元に手を当てて御堂君が視線を宙にさ迷わせるから、どうしたのだろうともう一度首をかしげる。


「それよりも、御堂君は肘の怪我大丈夫?」

「ああ、もう治りかけ」


 言いながら右肘を持ち上げて、私に見えるようにする。かさぶたもだいぶ小さくなり傷も残らなさそうだった。


「良かった」


 本当に心からそう思って言うと、優しげに目元を和ませた御堂君と視線が合って、きゅっと胸が締め付けられて慌てて顔をそむける。


「譲ちゃん、この雑誌読んでいい?」


 気まずい沈黙を、タイミング良く中野が話しかけてくれて、振り向いて中野に近づく。


「うん、いいよ」


 中野は私がさっきまで読んでいた雑誌を見ている。


「譲子、写真一緒に見よー」


 私は夕貴に言われ、横に座って一緒に写真を見る。

 御堂君は中野の側に座り、時々中野に話しかけられて答えていた。

 写真は皆が写っているのがほとんどで、ほんとうに楽しかったなぁと思う。その中に、覚えのない写真が目について、机の上に広げられた写真をより分けて1枚の写真を手に取る。


「やだ、なにこの写真……」


 カンナの肩にもたれかかって寝ている私と、横に座って寝ているカンナの写真。

 覚えがないけど、カンナに寄りかかって寝てしまったという事実に顔が僅かに赤くなる。


「帰りの電車の中で撮ったの。やー、譲子は具合悪くてって知ってたけど、なんだか微笑ましい構図だったからさ、こう、ねっ?」


 カメラを構える真似をして、夕貴が得意顔で鼻をふくらませる。


「ね、じゃないよ」


 私は呆れてため息を漏らしながら、写真をまじまじと見つめ、手を握っている事に気づいて、ますます顔が熱っぽくなる。

 帰りの電車……そっか、ぜんぜん記憶にないけど、こんな風に帰って来たのか。

 本当にカンナには迷惑かけたんだな……


「大変だったんだよ~」


 一人物思いにふけっていた私に、夕貴が耳元で小さな声で言う。


「えっ?」


 大変って、私、なにかとんでもないことを……!?


「船橋に着く直前、御堂とカンナ君が2人して自分が譲子のこと送ってくって言って睨み合い! もう見てられなかったよ……」


 ふぅーと大きなため息をついて、中野と話している御堂君をちらりと見る夕貴。


「譲子、さ……、本当はどっちのこと好きなの?」


 その問いにドキリとする。



 自分自身でも分からなくて悩んでいたことを改めて他人に聞かれると、背中がざわざわして胸が重くなる。

 御堂君は中学の時大好きだった人――

 いろいろあって友達とも呼べない期間があったけど、最近は以前の様な友達の関係に戻ってきていると思う。友達、というよりも微妙な関係かもしれない。中学の時とは違って、御堂君は好きだという気持ちを率直にぶつけてくるから。

 私も御堂君の事は3年間ずっと好きで、御堂君が奈緒と付き合いだした時も高校に入ってからも忘れられなくて、どうしたら忘れられるかも分からないほど好きだった。

 いい加減ふっ切ろうとした時に、また以前のような関係に戻って、御堂君の側にいると昔の強い気持ちに揺さぶられて、自分がどんなに御堂君を好きだったかを嫌でも思い出してしまう。

 そんな状況で、御堂君への気持ちをすべてなかったことには出来なかった。

 1回目の告白の時は戸惑いが大きくて、話さなかった2年間のすぐ後で、中学の頃のようには戻れないと思っていた。私も御堂君も過去の気持ちにしがみついているだけで、お互い違う方を向いて歩き出してると思って。

 寝姿山で告白された時は、好きな頃の気持ちが蘇って友達以上になっていた。自分から以前の様な友達でいてほしいと言っておきながら、自分を特別に思ってくれる御堂君の優しさに甘えていたんだ。

 少しでも可能性があるなら――御堂君はそう言った。

 以前の私なら――こんな言い方は卑怯だけど、もしカンナと出会っていなかったら、何も迷わずに頷いていた。でも――

 御堂君と以前の様な関係に戻れたのは、カンナの存在の影響だって分かっているから。

 カンナは電車で出会った男の子。初めて会った時からカンナは私の瞳には眩しいくらい輝いて見えて、素敵な男の子だと思っていた。

 直接的ではなくても好意を示してくれて、いつも優しくしてくれるカンナを友達として好きになるのには時間はかからなくて。側にいるのが当たり前で、友達というよりは弟の様な気兼ねしないいい距離間が居心地良かった。

 カンナの気持ちに気づいているのに気づかないふりをするのは、最初は御堂君の事をふっきれていなかったし、誰かをまた好きになるとかそんな心の余裕はなくて。

 でも次第に周りの人間関係が動き始めて、自分で自分の気持ちが分からなくなってしまった。

 御堂君の事は好き。だけど、『好き』とかそんな簡単な言葉では言い表せないもっと深い気持ちで。

 カンナの事も友達としてではなく好きになり始めていたのに、その自分の気持ちにも気づかないふりをして。

 御堂君の事もカンナの事もどちらも比べられるような想いじゃなくて、でもどちらも特別な好きじゃない――そう思い込んで。

 まっすぐぶつけられる2人の気持ちに答えるのが怖くて、どちらかを失うのが怖くて。

 今まで真剣に答えを出そうと考えなかった私は卑怯だ――



 黙り込んだ私に、夕貴が心配そうに顔を覗きこみ声をかける。


「譲子?」

「えっと……」


 考えても、結局本気で考えていないから答えは出なくて、なんて答えたらいいか分からなくて言い淀む。沈黙した私に、タイミング良く中野が話しかけてくる。


「なー、8月27日の花火大会、またみんなで行かない?」


 中野が屈託のない笑顔でにかっと笑って私と夕貴に話しかける。


「花火大会? どこの?」


 夕貴は興味を持ったみたいで、膝歩きで中野に近づき、中野が手に持っている雑誌を覗きこむ。

 花火大会か――

 そういえば、カンナが夏休み前に花火大会に一緒に行きたいって言ってたことを思い出す。その時は話の流れで冗談だと思っていたけど、結局カンナの希望だった『2人でデート』は叶っていなくて、遊園地に遊びに行った時も旅行も皆で一緒だった。

 なんか申し訳ないな……そんなことを考えていたから。


「ねー、譲子も花火大会行けるー?」


 夕貴に聞かれて、ぼんやりした頭で首を振っていた。


「ごめん、私は一緒に行けない……」


 なんで断ってしまったのか、後になってもその理由は分からなかった。




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