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ここからはじまる物語 【改訂版】  作者: 滝沢美月
第3章 蒼と碧のあいだ
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第27話  愛しさの欠けら



「譲子、乗り換えるよ」


 夕貴の声に、はっと意識を取り戻す。下田駅で電車に乗ってからすぐに寝てしまって、熱海で乗り換えた記憶もあやふやだった。私は慌てて立ち上がり、吊り棚の荷物を取ろうとして、ぐらりと視界が歪む。


「大丈夫?」


 倒れる寸前、御堂君が背中を支えてくれて後ろから顔を覗きこまれる。


「うん、ちょっとバランス崩しただけだから」


 心配させないように言ったんだけど、目の前がちかちか点滅して寝る前よりも頭痛がひどくなった気がする。ふらっと体が揺れて額に手を当てると、御堂君が私の肩越しに吊り棚から荷物を取ってくれた。


『東京―、東京―』


 駅に着いて夕貴達がホームに降りて行くから、御堂君から鞄を受け取って降りようとしたんだけど。


「俺が持つよ」


 そう言って御堂君が自分の鞄と私の鞄を右手で持って、左手で私の手を引いて電車を降りた。

 大丈夫――って言いたかったけど、そんな空元気を出す事も出来ないくらい体がだるくて、手を引かれるまま黙って電車を乗り換えて。

 私の意識はそこで途切れた――



  ※



 次に気が付いた時は自分の部屋のベッドの中で見慣れた天井が見える。どうやって家まで帰ってきたのか全然記憶になくて、うーんと悩みながら上半身を起こすと、右手に優しい感触を感じてベッドの横に視線を移すとカンナが床に座ってベッドに頭を預けて眠っていた。

 えっ、カンナ――?

 右手はカンナの左手に優しく包み込まれていて、ドキンとする。

 なんだか体中が熱くて、頭ががんがんして、顔から火が噴き出しそうだった。

 私が身じろいだから、カンナがふっと頭を上げて数回瞬く。


「あっ、俺、寝ちゃってたのか……具合はどう?」

「具合……?」

「覚えてないの? 譲子さん、電車の中で倒れたんだよ。夏風邪だって」


 風邪……だから体がだるくて熱っぽかったのか……


「そうなんだ……カンナが家まで送ってくれたの? ありがとう」


 この状況から考えられるのはそういうことでお礼を言う。

 少し話すだけでも息が切れて、目眩がしてくる。生理の貧血もあるのかもしれない……


「どういたしまして」


 いつかと同じ甘い笑みを浮かべて言うカンナに、泣きたくないのに涙が溢れてくる。

 涙腺が壊れてるのかも……

 体が弱っている時は人恋しくて、あんまり優しくされると頼りたくなっちゃうから困ってしまう。


「いま何時?」


 言いながら机の上の時計に目を向けると20時になろうとしていた。


「もうこんな時間――カンナ付いていてくれてありがと。でも……」


 これ以上は――手から伝わる温もりが優しすぎて、握られている手を離したくなくなってしまう。

 私は心とは裏腹に、握られている手を解こうとしたんだけど。

 ぎゅっと力をこめられ、抵抗を遮られる。


「カンナ……?」


 苦笑して首をかしげると、カンナが怖いくらい真剣な瞳で私を見つめてくる。


「御堂さんと……なにかあった?」


 カンナの顔を見ていられなくて、視線を思わずそらしてしまう。

 窓の外は漆黒の闇に包まれているけど、室内は天井のライトが明るく照らしている。

 カンナがどうゆう意図で御堂君のことを尋ねたのか――

 もしかして、告白されたのを聞かれたとか? そんなことないよね……


「えっ、と……な、んのこと……?」


 そう言うのがやっとだった。



 カンナが私を好きなんじゃないかって気づいてて、気づいていないふりをしていた私はずるい。

 だから皆の前で沙世ちゃんに付き合っているのかって聞かれた時、カンナに申し訳ないって気持ちよりも、自分の心の中に踏み込まれたくなくて、何も言えなかった。

 カンナははっきりと「そういう関係になりたい」って言ったのに、それでも気づかないふりをしていた。

 海でカンナがあまりにも側にい過ぎて卑怯な自分を見透かされたようで、胸が苦しかった。

 カンナの想いに答えないのは、面と向かって「好き」とかそんな言葉は言われていないからだって言い訳して、本当は自分の気持ちがあいまいだからなのを誤魔化して――

 ふっきれた。友達として。御堂君にそんなことを言いながら、私の心は揺らいでいた。まだ御堂君を好きな気持ちが心に残っていて、そんな簡単に消えるような想いじゃなくて――

 中途半端なのは嫌なのに、自分の気持ちが一番分からなくて困る。

 カンナと御堂君が素直に気持ちを伝えてくるから――困ってしまう。



「なにもないなら、いいんだ……」


 そう言った声が寂しそうに霞んで、私には聞こえない小さな声でカンナが何かを呟いた。

 なにを言ったのか聞こうとしたけど、あんなに強く握りしめていた手をカンナが急に離して立ち上がったから、カンナの手にすがりついてしまいたい衝動にかられて焦る。

 わっ、私なにやってるんだろう――

 伸ばした右手を慌てて引っこめて、左手で強く握りしめる。


「帰るね」


 部屋を出て行こうとするカンナを追いかけ、玄関まで見送る。

 1階に下りて行くと、リビングからお母さんが顔を出す。


「あら、帰っちゃうの? ちょうど今、夕飯が出来たから呼びに行くところだったのよ、譲子がお世話になったんだもの、夕飯食べて行ってちょうだい」

「いえ、今日は遠慮しておきます」


 お母さんとカンナが会話してるなんて、妙な気分がする。

 カンナは深々と頭を下げると。


「遅くまでお邪魔してしまってすみません」


 って礼儀正しく挨拶するの。


「いいのよ、譲子が迷惑かけてごめんなさいね。また遊びに来てちょうだい」


 カンナは少し困った顔をして、それを隠すようにふわりと笑う。


「気をつけてね」

「はい、失礼します。譲子さん、お大事にね」

「あっ、うん……」


 声をかけられるなんて思ってなくて、すっとんきょうな声を上げてしまい、カンナがえくぼを作って笑い、手を振って夜道を遠ざかって行った。



 玄関を締めて上がると、お母さんがにやにやっと頬を緩めて私を見る。


「あんな可愛い彼氏がいたなんてね」

「なっ……ちがっ……」


 突然お母さんに言われて、声がどもってしまう。


「ふふふっ、隠さなくてもいいのに。お父さんが帰りの遅い日で良かったわね~。お母さんは気づいていたからいいけど、お父さんはきっとビックリしちゃうわよ」


 楽しそうな笑い声を響かせてリビングに戻っていくお母さんは全く私の否定の言葉を聞いてくれなくて、なんだか一気に疲れが出て肩を落として大きなため息をつく。これ以上言っても聞いてくれないことが分かっていたから、わたしはとぼとぼと重たい足取りでリビングに入る。


「それにしても、礼儀正しくていい子ね、彼。名前はなんていうの? 同じ学校の子?」


 否定するのがめんどくさくて、出された冷しゃぶサラダうどんを食べながら答える。


「菊池カンナ君、隣の学校」

「隣って里見高校? あら、菊池君は頭がいいのね」


 向かい側に座ったお母さんがにこにこと嬉しそうに話しかけてくる。


「私、カン――菊池君と一緒に帰ってきたの?」


 カンナと言いかけて、言い直す。

 御堂君に手を引かれて東京駅で乗り換えたとこまではおぼろげだけど覚えている。その後の記憶が全くない。


「そうよ、熱出して倒れた譲子をおぶって連れて来てくれたのよ」


 お皿に視線を移したままふふっと笑ったお母さんを、私は訝しげに見つめる。


「なに?」

「すごく彼の事が好きなのね?」

「えっ?」


 脈絡のない言葉に一層眉根を寄せると。


「家に送ってくれてすぐに帰ろうとした菊池君の手を掴んでずっと離さなかったのよ。病院も付き添ってくれて」


 えっ――

 自分の記憶にないことを言われて戸惑う。

 目覚めた時に、カンナが手を繋いでいてくれたのは、私から繋いだの――!?

 かぁーと顔に血が巡って真っ赤になる。

 わー、恥ずかしい。私、そんなことしたの!?


「今度会った時にちゃんとお礼を言いなさいね」

「うん……」


 硝子の厚底のお皿に視線を落として、小さく頷いた。



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