第26話 セルリアンブルー
黙ったままカンナに腕を引かれて第2展望台に行くと、夕貴と中野と河原君の3人しかいない。
「あれ、御堂君は?」
沙世ちゃんと熊本君は迷路の所にいたけど、御堂君はどうしたのだろう。ただそう疑問に思って言ったんだけど、繋がれている手にぎゅっと力を籠められて、眉根を寄せてカンナを振り仰ぐと、何かを思いつめた様な怖いくらい鋭い光を宿した瞳が合って、どきりとする。
「あれ、そういえば晃紘いないな。先に行ったのかな?」
中野が首を傾げて辺りを見回し、第3展望台の方に歩き始める。私達もその後に続いていき、第3展望台に着くと、いつの間にか沙世ちゃんと熊本君も合流していて、今度は河原君がいなくなっていた。
私はふっと手元に視線を落とす。そこには山頂駅からずっと繋がれたままの私とカンナの手。肩を抱かれたままよりはいいけど、どうしてこんな状況になったのか悩む。気恥ずかしくて手を解きたいのに、優しく握っているように見えるカンナの手は私の手をしっかりと握っていて振りほどくことは出来なかった。
「ねー、譲子。一緒にこの望遠鏡見ない?」
ナイスタイミングで夕貴に声をかけられ、私は掴まれていたカンナの手からするりと抜け出して夕貴に近寄る。
「いいよ。100円だよね、50円ずつ出し合う?」
「私50円あるよ」
「じゃ私が100円入れるね。わっ、すごいよ、景色きれい……」
「どれどれ、おー、本当だぁー。伊豆7島見えるね」
夕貴と笑いながらそんなやり取りをして、ちらりと視線だけで振り返ったんだけど、カンナは居なくなっていた。
「あっ、終わっちゃった」
夕貴の声に我に返り、誤魔化すように苦笑する。
「短いね。でもいい景色が見られて良かったね」
「夕貴―、次行こうぜ」
大きな声で叫ぶ中野に向かって、夕貴は腰に手を当て眉根を寄せて叫び返す。
「そんな大きな声で言わなくても聞こえるわよー! まったく、いちいち私に言わなくてもいいのに」
後半は小さな呟きで、でも夕貴の頬が緩んでいるのを見て、棘のある言葉を言ってても本心では中野の存在を嬉しく思っているんだって伝わってきた。
いいな、夕貴と中野は。なんだかんだで仲良いし、いつも一緒にいられて羨ましい。
「譲子、行こっ」
ぼーっと自分の思考に浸っていて、夕貴の声にすぐに反応できなかった。
「あっ、うん」
前方を見るとすでに夕貴と中野は歩きだしていて、その前を沙世ちゃんと熊本君が歩いていた。
慌てて後を追おうとした時。
「桜庭、ちょっといい?」
後ろから突然に声をかけられて振り向くと御堂君が立っていた。
夕貴達が歩いて行った方向とは逆、第2展望台に戻る途中の別れ道をしばらく進んだところで御堂君が振り返る。
「桜庭と菊池って――本当に付き合っていないの?」
突然そんなことを聞かれるからビックリする。
「うん……」
付き合ってはいないんだから、うんって答えるしかないでしょ。
御堂君がなんで急にそんなことを聞くのか不思議に思って見上げると、御堂君の瞳がギラッと光を反射していた。
「それがどうかしたの? なんで、みんな私とカンナが付き合ってるって思いたいのかしら……」
前半は御堂君に、後半はひとり言のように呟く。
御堂君はしばらく黙ったまま空を見上げて、私を見下ろした瞳は空の青よりも鮮やかな青に揺れている。
「もう一度伝えるよ、俺は桜庭が好きだ。桜庭は俺の事どう思ってる? 友達――?」
真剣な瞳の奥に切なさを宿して聞かれ、私はどうしようもない想いに唇をかみしめて頷く。
私と御堂君の間に停滞していた時間は流れだした――
過去の誤解も解けて、以前のように仲がいい友達に戻れた。
頷いた私を見て、御堂君のきれいな瞳が一瞬、潤む。
「今は友達としてでもいい、この先ほんの少しでも俺を好きになってくれる可能性があるなら――付き合ってほしい」
どこまでもまっすぐに想いを伝えてくれていることが分かって、胸が苦しくなる。
視界の端に、御堂君の肘に刻まれた痛々しい傷跡が目に入って、俯いてしまう。
好きか――って聞かれたら、好きだよ。でも異性としてかって聞かれると――
想いに詰まって何も言えないでいると、ふわりと優しく頭を撫でられる感触に顔を上げると、御堂君があまりにも綺麗な顔で微笑むから涙が出そうになる。
ズキンッ、ズキンッと頭が痛んで警戒音が響く。
「ごめん、困らせるつもりじゃなかったんだ、ちょっと焦り過ぎた……」
そう言ってもう一度頭をなでる。
私は俯いて、滲む目元を手の甲で慌てて拭う。御堂君の気遣いが嬉しくて、その優しさが心に沁みて、ズキリと胸が痛んだ。
しばらくすると愛染堂を見て回ってきた夕貴達が来て合流し、一緒に黒船見張所を見てロープウェイで駅に戻り、帰りの電車に乗り込んだ。
2人掛けの席を2つ向かい合わせにして、私と夕貴と御堂君と中野。後ろの席にカンナと河原君と熊本君と沙世ちゃんが座っている。
電車に乗る前に売店でお土産を見ている時に、沙世ちゃんがこっそりと報告してくれた。熊本君に告白して付き合うことになったことを。
おめでとう――それしか言うことが出来なかったけど、沙世ちゃんの幸せそうな顔を見たら複雑な気持ちなんか飛んでいって、本当に嬉しかった。
窓の外に視線を向けると、海岸線を通る電車から海が遠ざかり、楽しい海の旅行ももう終わりだということを告げている。
どこまでも澄んだ蒼と碧が名残惜しい気持ちと複雑な気持ちを一緒に溶け込ませていく。
疲れが出たのか、瞼が重くなってうとうとし始める。
ズキン、ズキン痛むお腹と頭。駅前の薬局で生理痛止めの薬を買えばよかったと今更後悔しても遅くて、痛みを誤魔化すために睡魔に意識をゆだねた――