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ここからはじまる物語 【改訂版】  作者: 滝沢美月
第3章 蒼と碧のあいだ
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第25話  ウォーターブルー

 


 別荘に来て3日目。今日は朝から海に来ている、っと言っても午後には帰るんだけどね。

 私は生理で海には入れないから、デニムの短パンとグレーのパーカーという私服のまま砂浜に来ていた。

 沙世ちゃんと夕貴には生理だって言ったけど、男子達にはそんなことは言えなくて、少し体調が悪いとだけ伝えて荷物番を申し出たんだけど……私の横には河原君が座っている。

 カンナが言うには河原君もかなりの本好きで、私が荷物番しているから皆は海に行ってきていいよって言ったのに、河原君はシートに座ったまま黙って本を読みだしてしまった。

 カンナが声かけても返事は返ってこなくて。


「河原、本の虫だから集中し出したら声かけてもぜんぜん気づかないんだよ」


 苦笑して言ったカンナは、俺も一緒にいようか? って聞いたけど大丈夫と言って海に送り出した。

 ちらっと横を見ると、河原君は本に熱中しているから、私は暇を持て余してしまう。

 私も本でも持ってこれば良かったかな~。

 昨日は海に来てまで読書なんてって思ったけど、白い砂浜、青空の下、打ち寄せる波の音を聞いて読書って――素敵かも!

 そんなことを考えながら、砂遊びを始める。手で山を作ってトンネルを掘る。いつの間にか砂遊びに集中していた私は、澄んだ声が聞こえて振り返ると、小説を片手に持った河原君の眼鏡の奥の瞳と視線が合う。


「譲子さんって菊池と前から知り合いなの?」


 いきなり質問をされて、目をぱちぱちと瞬く。


「えっと、知り合ったのは2ヵ月くらい前かな?」

「ふーん。もっと前から知り合いだと思ってた」

「あはは、ぜんぜん違うよ。突然電車で声かけられてね」

「あー、菊池って人懐っこいから」


 僅かに眉根を寄せて空を仰ぐ河原君が、少し羨ましそうな顔をするから笑みがこぼれる。


「河原君は? 海で泳がなくていいの?」

「俺、海は苦手で……」

「へー、そうなんだ」


 海に行く男の子は泳げるって持論――ここでもまた、崩れたな。そんなことを考えて、一人苦笑する。


「中学の合宿で海で遠泳させられて、たまたま波が高い日で思いっきり海水飲み込んじゃって、しょっぱいし苦しいし溺れそうになるしで……」

「あはは、それはトラウマになるかも。でもテニス部でも遠泳させられるんだ。体力作りとか?」


 そう聞いた私に、河原君がくすりと不敵な笑みを漏らす。


「水泳部だった」

「えっ? 河原君って水泳部だったの?」

「ああ」


 河原君が水泳部――なんか、すごい納得。あの色黒! あの筋肉!

 まぁ、テニスやってても焼けたり筋肉ついたりするけど、なんか河原君は違う感じがしたんだよね~。

 一人でうんうん頷いて納得してしまう。ますます河原君とは話が合いそうな気がしてきた。



  ※



 昼食を済ませ、叔父さんと叔母さんに挨拶をしてバスに乗って駅に向かう。

 電車に乗る前に、駅前からロープウェイに乗って寝姿山に登る。叔父さん達が、今日はすごく晴れているから展望台から見る景色は絶景だって教えてくれて、せっかくだから行ってみることにしたの。

 切符を買って乗り場で待っている時、なんだか沙世ちゃんがそわそわしてるのに気づいて手元を覗きこむと、パンフレットには縁結びの名所って書いてあった。

 ロープウェイに乗ると頂上まではあっという間で、高い場所に来たからか空気が澄んでいて気持ちいい。3つの展望台と愛染堂、黒船見張所があって全部見ても1時間かからないって言うからぐるっと見て回ることにする。


「じゃ、2時にロープウェイ山頂駅に集合ね」


 夕貴が言ってばらばらに行動するのかと思ったけど、まずは皆一緒に第1展望台に行く。私達以外にもロープウェイから降りたばかりの人が何人もいて記念撮影をしている。

 第1展望台からは下田港、下田市街、伊豆の山々が見渡せる。


「空気が澄んでたら伊豆7島が見えるっていうけど、見える?」


 夕貴に聞かれた中野が首を横に振って柵から身を乗り出す。


「見えない……」

「あれが大島で利島、新島じゃない」


 中野の横に立って左から島を指さしたんだけど、中野も夕貴も首をかしげる。おまけに御堂君まで。


「桜庭、目いいんだな」


 って言うのよ。

 私はがくんっと肩を落とす。

 伊豆7島が見えなくても、太陽が青い海面をキラキラと反射して透き通る澄んだブルーが胸に沁みてとても綺麗だった。


「みんなで一緒に写真撮ろうよ」


 沙世ちゃんの提案で、近くにいた人にカメラを預ける。前列に沙世ちゃん、私、夕貴、中野。後列に御堂君、カンナ、河原君、熊本君。


「撮りますよー、はい、ちーずっ!」


 8人一緒に写った写真は、一生の宝物になるだろう。

 


 次は第2展望台に行くことになったんだけど、私はお手洗いに行くからと言って皆には先に行ってもらうことにした。

 ナプキンを替えたかったのと、なんだか本当にお腹が痛くて時間がかかりそうだと思ったから先に行ってって言ったのに、お手洗いから出るとベンチにカンナが座っていた。


「カンナ」

「譲子さん、大丈夫?」


 カンナは真剣な瞳で私を見つめて尋ねる。

 私は何に対して大丈夫と聞かれたのか計りかねて首をかしげると、真剣な瞳からすっと柔らかい色に変わって微笑んで立ち上がり、私のすぐ横に並ぶ。


「大丈夫ならいいんだ。皆はもう第2展望台の方に行ったから、俺達も行こう」


 そう言ってカンナは私の肩を引きよせて歩きはじめた。突然の行動に、私が不思議そうにカンナを仰ぎ見ると。

 ばちんっ!

 カンナと至近距離で目があって、私はそのままカンナの黒い瞳をじーっと見つめた。

 昨日といい今日といい、どうしてこんなにべったりくっついたり肩を抱き寄せたりするのかしら。

 普段はしない行動に疑問を持って、だけど口には出せなくて、代わりにカンナの瞳の中に答えを見つけようとしたの。

 すると、カンナの顔がみるみる赤くなってふいっと視線をそらし、肩に回していた手を解いて私の手を掴んだ。

 わー、びっくり。

 カンナがこんなに顔を赤くするなんて。見ると耳まで真っ赤になっていた。恥ずかしいなら、こんなに近づかなければいいのに……

 歩きながらそんなことを考えててふっと前を見ると、垣根の影に沙世ちゃんの後ろ姿を見つけて声をかけようとしたんだけど。


「私とつきあって!」


 掠れた沙世ちゃんの声が聞こえて、沙世ちゃんの向こう側に熊本君がいるのを見てしまった。

 わわっ――

 私が思わず立ち止まったから、手を繋いでいるカンナも立ち止まり、前方に沙世ちゃんと熊本君がいるのに気づく。

 沙世ちゃんの告白現場に居合わせてしまってどうしようかと思ったけど、沙世ちゃんは私達に気づいていないし垣根の迷路の中に入って行ってしまったから、私とカンナは迷路の横を無言で通り過ぎて第2展望台へと向かった。



 わー、わー。

 一人ドキドキして、心の中で小さなおじさんが飛び跳ねてくるくる回って踊って、胸がうずうずとする。

 告白現場を目撃するなんて!

 しかも、友達の告白なんて……びっくりだわ。

 今まで告白されたことも――御堂君のはノーカウントよね――したこともないけど、リアルにその緊張感が伝わってきて、人事とは思えなかった。

 熊本君に頑張ってアタックするって言っていたけど、まさか旅行中に告白しちゃうなんて思ってもみなくて……

 上手く行くといいな。

 皆がみんな、好きな人と幸せになれたら、素敵なのにな――




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