第24話 ミッドナイトブルー
御堂君は私を庇って転んだ時に、護岸ブロックにお尻と頭と右肘をぶつけてしまった。
別荘に戻った時には血は止まっていたけど、御堂君の服は血だらけで叔母さんが血相を変えて救急セットを持ってきてくれた。
皆がバルコニーで花火を始め、私と御堂君はダイニングチェアに向かいあって座って怪我の手当てをする。
肘の部分をすり向いて赤くなっている。痛々しい様子に言葉が詰まり、黙り込んだまま消毒して傷テープを張る。
手当てが終わると、御堂君が肘を曲げたり伸ばしたりして確認する。
「ありがとう」
まさかお礼を言われるなんて思わなくて、目を大きく見開いて御堂君を見つめる。
「そんな……私のせいで怪我したんだから手当てくらいして当然だよ。ほんとにごめんね……助けてくれて、ありがと」
海岸では動揺しててお礼も言ってなかったことに気づく。
「どういたしまして」
申し訳ない気持ちでいっぱいの私に、御堂君は目元を優しく和ませて。
「桜庭を守れてよかったよ」
そんなことをうっとりするような魅惑的な微笑みで言われて、どうしたらいいか分からなくなってしまう。
「あの、御堂君……っ!」
私が口を開いた時、バルコニーから夕貴が顔を出す。
「譲子と御堂も花火やろう。ってか、早くやらないと花火なくなるよ?」
花火を数本掴んで差し出す夕貴の側に御堂君が立ち上がって近づき、花火を受け取る。
「早くおいでよ」
座ったままの私がバルコニーに戻って行った夕貴から御堂君に視線を向けると。
ぽんっ、ぽんっ。
頭を優しく撫でられて、御堂君を振り仰ぐ。
「もう気にするな、たいした怪我じゃないんだから。行こう」
そう言った御堂君に手を引かれバルコニーに出る。
渡された花火の1本を持ってバルコニーの中央に置かれた蝋燭の火に近づける。瞬間。ぱちぱちっと軽快な音を立ててほの白く光り、火花を散らす。
綺麗だな、そう思った時にはもう火は消えていてなんだか切なくなる。終わった花火を水を張ったバケツに入れ、新しい花火を始める。
ほんの数秒だけ輝く――その花火があまりに綺麗で夢中で楽しむ。
火の消えた花火をバケツに入れようとした時、バルコニーの隅に闇に紛れるように一人で腰かけているカンナに気づく。
バケツに花火を入れ、ゆっくりとカンナに歩み寄る。
「カンナ、どうしたの?」
肩膝を立てその上に乗せた腕で顔を支えて下を向いているカンナの顔に元気がないように見えて、心配になる。
「あっ、譲子さん……」
顔を上げたカンナは、一瞬前の寂しそうな顔を隠していつものように笑う。だけど私は見てしまったから、何もなかったようにカンナに接することは出来なくて、隣に座る。
「どうしたの? 花火やらないの?」
中野が両手にたくさん花火を持って走り、それを見て笑ってる皆の笑い声が聞こえるのに、カンナの周りだけは静かだった。
「たくさんやったから、少し休憩」
そう言って斜めに私を見上げたカンナの瞳は切なげに揺れている。泣きそうな顔で休憩だなんて――そんな言葉は信じられない。どうして泣きそうな顔をしているのか理由が知りたくて、カンナに尋ねようとしたんだけど。
「晃紘! ここに打ち上げ花火置いてっ」
中野の声に思わず振り返ってしまう。
花火セットの中に入っていた打ち上げ花火をバルコニーに並べている所で、中野と沙世ちゃんがすごくはしゃいでいる声が聞こえる。夕貴は呆れた顔で立っていて、御堂君が花火をより分けていて、ふっと視線を右腕に落として反対の手でさすったのを私は見てしまった。
あっ――
「御堂君っ!」
思わず御堂君に駆けよる。
「やっぱり腕が痛むんじゃない?」
御堂君は私の声にぴくりと肩を震わせて、右肘を触っていた手を素早く離して苦笑する。
「違うよ、虫に刺されてかゆいだけ」
それが御堂君の優しい嘘だって知っていたから、私は唇をかみしめる。
「よし、打ち上げるぞっ」
中野の元気な声に振り返ると、並べた打ち上げ花火に順々に中野がライターで火をつけていく。
「譲子、こっちにおいで」
夕貴に手招きされて、窓側の夕貴と沙世ちゃんがいる横に座る。
ピュー…………ッ、ドドーンッ!
黒に近い紺色の空に、小さな花がいくつも咲いては散っていく。
綺麗で胸がくすぐられるのに、どうしてか切なくて――涙が出そうになった。