表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここからはじまる物語 【改訂版】  作者: 滝沢美月
第3章 蒼と碧のあいだ
27/48

第23話  マリンブルー



 波打ち際まで来て足先だけ水につかる。カラッとした空気、照りつける太陽の熱に、冷たい海の水が気持よくて早く海に入りたくてうずうずしてくる。


「もうちょっと海にはいろうか?」


 私がそう言った時、ぐいっと後ろに腕を引かれる。


「もう少し体慣らしてからの方がいい。すぐに入ると危険だろ」


 掴んでいた腕を離して、御堂君がちょっと意地悪な笑みを浮かべる。

 中学2年の時、溺れそうになった事を言っているってすぐに悟って、かぁーっと顔が赤くなる。ぽんぽんっと誤魔化すように頬に手を当てて俯く。


「うん、そだね」


 良かったー、今日は日焼け防止に沙世ちゃんに借りて少し化粧しているから、顔が赤くなったの気づかれてないよね?

 御堂君から少し離れるように波打ち際を歩くと、今度はぎゅっと後ろから両方の肩を抱き寄せられてビックリして後ろを振り向くと、カンナが立っていた。


「カンナ?」


 そう聞く私に、にこっと笑ってから肩にかけてた手を離して砂浜の方を指さす。

 こころなしか、御堂君から離れた位置に押されたような……


「ビーチバレー、してるみたいだね」


 カンナの指先を見ると、シートの前で四人がビーチボールで遊んでいるのが見えた。沙世ちゃんと熊本君、夕貴と中野の2人ずつが左右に別れている。

 河原君は1人、シートに座って本を読んでいる。

 本好きの私でも、海に来てまでは本は読まないかな……いやいや、河原君とは気が合うかもしれない。

 そんなことを考えていると。


「気になるの? 河原のことが」


 小首を傾げて覗きこんでくるカンナの瞳が妖しく光る。真剣な声でカンナがそんなことを聞くから、私は言葉に詰まる。


「ん……私と河原君って気が合うかもなぁ~って考えてたの」

「なんで?」


 間髪いれずに問い返され、カンナが私との距離を一歩詰める。


「えっと……あっ、それよりもさ、カンナは泳ぎ得意?」


 無理やり話をそらしたのに気づいたカンナが不機嫌そうに眉根を寄せて唇を尖らせたけど、それ以上は追及してこなかった。


「んー、どうかな」

「じゃあ、泳いでみて」


 そう言った私に、くすっと御堂君が笑う。


「菊池、俺と競争する?」


 すぐ後ろに立っていた御堂君を振り仰ぐと、吸い込まれそうな程綺麗な瞳がそこにあってドキリとする。


「御堂さんは、泳ぎ得意なんですか?」


 カンナがまっすぐに御堂君を見据えて尋ねる。


「普通」


 そっけなく答える御堂君に、私は思わず突っ込んでしまう。


「普通なわけないじゃん。クラスで上位のタイムなんだから」


 1学期の最後の体育の授業はクロールと背泳ぎの50メートルのタイム測定で、御堂君は一緒に泳いでいた他の男子をぐんっと引き離して、タイムはかなり上位だった。

 それに、水泳の授業って先生はプールサイドで指示するだけで、実際に泳げない子に教えるのは水泳部員だったり泳げる生徒で、私はもちろん、御堂君も男子の指導役に選ばれていた。


「普通だろ」


 その言葉がなんだか水泳部員を標準にして――っていう風に聞こえて苦笑する。


「まぁ、俺も泳げなくはないよ」

「だよね。カンナも泳ぎ得意そう!」


 そうだろうと思ってたから顔を輝かせて言うと、くしゃっと髪を掻いて私を見たカンナの瞳が揺れている。


「なんで譲子さん、肯定するかな……」

「だって、男の子が海に来るくらいだから泳げるでしょ?」


 勝手に持論を繰り広げ決め付けた私の肩に、御堂君が優しく手を置いて首を振る。


「その考えは間違いだな。中野はかなづちだろ」

「あっ、そっか……」


 中野はほとんど泳げないけど海とかプールとか好きで、浮き輪があれば大丈夫だって言っていつも浮き輪を持参してくる。

 私は御堂君と顔を見合わせて苦笑してしまった。

 それから3人で海に入って、足が着くか着かないかの深さのところで、波で遊んだり泳いだりした。

 御堂君とカンナが競争するって言うから私も混ぜてほしいと言ったら、御堂君が眉根を寄せて。


「競争はなし」


 って、そっけなく言って御堂君は海からあがっていっちゃうし、カンナも首をかいて苦笑して。


「また今度ね。そろそろ戻ろうか」


 って言うの。まぁ、夕貴達に荷物番をお願いしていることも気になったから、海から上がって皆の所に戻ることにした。



  ※



 夕方、別荘に戻ると叔父さんと叔母さんが戻ってきていてバルコニーでバーベキューの準備をしていた。

 こういうのも夏ってカンジがして楽しい。

 夕飯を食べ終わってからは中野の提案で花火をしようと言うことになって、海岸から少し歩いた所のコンビニに買出しに行くことになった。


「じゃー、買出し係きめるぞー」


 中野の掛け声で輪になった私達は手を中央に出す。


「じゃんけん、ぽんっ!」


 結果――御堂君とカンナの2人が負けて買出し係に決定。


「花火とペットボトルの飲み物」

「了解」


 そう言って財布だけを持って出かけようとした御堂君とカンナに声をかける。


「あっ、待って。私も買いたい物があるから一緒に行くよ」

「それなら一緒に買ってくるけど、何?」


 御堂君にじぃーっと見つめられて、口ごもる。


「えっと……やっぱ、頼むのは悪いから一緒に行くよ」

「譲子さん来たら、ジャンケンして買出し係決めた意味ないよ?」


 カンナが可愛い笑顔で首を傾げて下から顔を覗きこんでくるけど、ぱっと視線をそらして早口に言う。


「それは皆の物で、私が欲しい物は個人的なものだから」


 これ以上追及されたくなくて、さっさと鞄を手に玄関に向かった。



 コンビニに向かう間、カンナは私のすぐ横、くっつきそうな程近くを歩き、御堂君は数歩先を歩く。

 なんだか今日のカンナの様子は少し変な気がするんだよね。

 うーん……上手く言えないんだけど、なんかいつもの二割増し紳士度が上がってキラキラしているのに、そうかと思うと時々空気がピリピリしているような感じ?

 どうしたんだろ?

 そんなことを考えていたらあっという間にコンビニに着いてしまう。コンビニに入ってから。


「わっ、私はこっちだから。御堂君とカンナは買出しよろしくねっ」


 引きつった笑顔で言い、ささっと2人から離れて生活雑貨が置かれている棚に行く。2人が奥のペットボトルの冷蔵庫の方に行ったのを確認してから、棚の中段に置かれている四角いビニール袋を手に持つ。

 さすがに……生理用品は男の子に買ってきてなんて頼めないよ。ってか、買っているとこ見られるのもなんか恥ずかしいっ。

 夕方戻った時、なんかお腹が痛いなって思ったら生理になっていた。予定よりも早かったからナプキンなんて持ってなくて、とりあえず沙世ちゃんが念のために持ってきていたのを1つ貰ったんだけど、夜の分と明日の分を買おうと思ってコンビニに来たの。

 ああ、せっかく海に来たのに生理になるなんてついてないな。

 今日は海に入れたんだし、明日は我慢するしかないかな……

 私は手に持ったナプキンを隠すようにし、そそくさとレジに向かう。レジは大学生くらいの男性と40代くらいのおばさんと2つ空いていたから、迷わずにおばさんのレジに行き、会計を済ませる。黒い空けないビニールに入れてからコンビニのビニールに入れてくれたから、なんだか安心する。

 それを鞄にしまい奥にいる2人の所に向かうと、ちょうどレジに向かうとこで、会計を待って一緒に外に出る。

 もう8月も半ばで夜でも蒸しっとするけど、潮風が肌をかすめて気持ちいい。


「あっ、見て。今、魚が跳ねたよ」


 海岸沿いの道路から海の方を指して言うと、御堂君が渋い声を出す。


「暗くて何も見えない」

「俺も見えないなぁ。譲子さん、視力いいの?」


 なんだかからかう様にカンナに笑われて、歩道から護岸ブロックに近づく。

 護岸ブロックは歩道から海岸の間の10メートル程を緩い傾斜で敷き詰められている。少しでこぼこしているけれど、昼間にも通った所で私はあまり足元を見ないで進む。


「よく見て」


 そう言って振り返った時、足が滑って後ろに転ぶ。

 きゃーっ!

 ゴンッ!!

 護岸ブロックに当たって鈍い音が響いたのだけど、体はどこも痛くない……

 慌てて後ろを振り向くと、私の下敷きになって御堂君が倒れていた。


「御堂君っ!?」


 転ぶ寸前に御堂君が後ろから庇ってくれて、私が怪我しなかった代わりに御堂君は護岸ブロックに体を強く打ちつけたみたいだった。


「御堂君、御堂君っ!」


 目を瞑って呼んでも反応しない御堂君に、焦りばかりが募って声が渇く。


「譲子さん、落ち着いて。御堂さん、大丈夫ですか?」


 御堂君を揺さぶる私の手を優しくカンナが包みこみ、御堂君に声をかける。


「ん……」


 眉間に皺を寄せて目を開いた御堂君は左手で体を支えて上半身を起こす。


「御堂君、大丈夫……?」


 御堂君が気づいたことに安堵して、涙が溢れてきて声が震える。


「桜庭、大丈夫だから。桜庭は怪我、ない?」


 私は言葉が上手く出てこないで、首を縦に振る。


「よかった、桜庭に怪我がなくて」

「ごめんね、私のせいで……っ」


 嗚咽の混じる声でそう言うのがやっとだった。


「少し頭打っただけだから……平気だから」


 そう言って右手で後頭部をさする御堂君の肘が赤く染まっているのに気づいて、ばっと腕を掴む。


「うっ、くっ……」


 苦痛の声が漏れて、御堂君が顔を顰める。


「あっ、どうしよう……すごい血が出てる……」

「御堂さん大丈夫ですか? 立てます?」

「ああ……」


 カンナが御堂君の左脇から肩に腕をまわして立ち上がる手伝いをして、私はその様子をおろおろして見守ることしかできない。


「とにかく、戻ろう」


 冷静なカンナがいてくれなかったら、私は一人取り乱しているだけでどうすることも出来なかったと思う。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ