第19話 うちよせる波
バスに揺られてしばらくすると、窓越しに一面の青がとびこんでくる。太陽の光が水面に反射してキラキラと眩しくて、私は目を細める。
私はバスの一番後ろ、右の窓側の席に座っている。その隣には――
※
朝、待ち合わせの船橋駅に着くとそこには、カンナとカンナの友達らしき男の子が2人と夕貴と中野と沙世ちゃん、それから――御堂君がいて、私は眉根をピクリと動かして夕貴を見る。
私の視線に気が付いた夕貴はにやにやと頬を緩めてカンナと御堂君に視線を向け、それから私を見た。
夕貴からは、カンナが来ることも聞いていなかったのに――まあ、本人から聞いてて知ってはいたけど――御堂君も来るなんて、聞いてないっ!
ってか、なんかこの組み合わせはまずいんじゃないかな!?
そう思って焦っている私を尻目に、電車の時間だと言って夕貴が改札をくぐったのを先頭にぞろぞろと改札を通りホームへと駆けあがる。
夏休みといえど朝の電車はそれなりに混んでいて、でも学生がいない分は空いているのかもしれない。普段乗らない総武線に乗り、品川と熱海で乗り換えて普通電車で伊豆急下田を目指す。
電車に乗ってすぐに、初対面の人もいるから簡単に自己紹介をすることになる。
「三井 夕貴です。今日は集まってくれてありがとう! 初日は別荘の掃除で終わると思うけど、次の日からは海に行けると思うから、手伝いお願いね」
「中野 大輝です。高校2年です」
「御堂です。よろしく」
旅行の提案者の夕貴から順に挨拶を始める。
「桜庭 譲子です、よろしくお願いします。えっと、クラスメイトの沙世ちゃんです」
沙世ちゃんは夕貴とは会ったことあるけど中野とは初対面だからそう付けたして言う。
「南 沙世です。よろしくね~」
沙世ちゃんは可愛い笑顔を浮かべて、カンナや友達の方に手を振る。
「菊池 カンナです、はじめまして。いつも譲子さんにはお世話になっています。こっちから河原、熊本。2人ともテニス部のメンバーで1年です。よろしく」
「河原です、よろしく」
「熊本でーす、よろしくね~」
カンナが初対面なのは沙世ちゃんだけだから、前半は沙世ちゃんに向かって言い丁寧に頭を下げる。それから隣に立つ友達を紹介した。
河原君は色黒で眼鏡をかけていてインドア派という感じだけど、服の上からでも分かるほど体つきはがっしりとして筋肉がついている。
熊本君は明るい茶髪でノリが良いけど、ちょっと遊び人なかんじ。
それからそれぞれが話し初めた時、沙世ちゃんが私の耳元でぼそっと囁いた。
「御堂君がいるなんてびっくり。譲とどういう関係?」
そっか、沙世ちゃんは私と御堂君が中学の同級生だって知らなかったんだ。
「中学が同じだったの。夕貴と中野と御堂君と私は中学3年間ずっと同じクラスだったんだよ」
「へー、だからこの旅行にも参加してるのね」
ずっとクラスが一緒だったイコール仲がいいと思ってくれたようで、納得したというように一人頷いた沙世ちゃんは、カンナと河原君と熊本君に話しかける。
御堂君が旅行に参加している理由――本当はそれだけが理由じゃないだろうけど、変に興味をもたれると説明が面倒だから沙世ちゃんには勘違いしておいてもらおう。
って――御堂君が旅行に参加しているのは私もいるからだなんて、自惚れすぎかな。
一人でそんなことを考え、顔が僅かに赤くなってしまった。
船橋から電車に乗ってしばらくした頃、沙世ちゃんと話していると。
「譲子さん」
ふいにカンナに呼ばれて振り返ると、手招きされているから近寄る。
「なに?」
「ここ、空いたから座りなよ」
そう言って、カンナ達が立っている側の空いている席に私と沙世ちゃんを座らせてくれた。
「ありがと」
「どういたしまして」
カンナのさりげない優しさはいつもの事だけど、なんか慣れなくて照れてしまう。そんな私をカンナは満面の笑みで見る。
隣に座った沙世ちゃんが、じぃーとより目になって私を見つめ、それから目の前に立つカンナを見上げて突拍子もないことを言いだす。
「ねっ、カンナ君と譲子ってホントは付き合ってるんでしょ?」
まっ、またその話!?
前に違うって説明した後もよく聞かれて、そんなんじゃないって言ったのに――なんで今このタイミングで聞くかなぁ!?
あまりにも直球で聞くものだから、私は焦ってしまう。だって、はっきり言われたわけではないけど、少なくともカンナが私の事好きなのは知ってるのに。そんなカンナの目の前で「友達」と言い切るのは勇気がいった。
目の前に立つカンナと熊本君と河原君だけでなく、少し離れたところにいる夕貴と中野と御堂君もこっちを見ている。
私が言葉に詰まってしどろもどろとカンナを見上げると、カンナは爽やかな笑顔で言ったの。
「あはは、沙世さんストレートな質問ですね。まぁ、俺はそういう関係になりたいと思ってるけど――」
カンナはそこで一旦言葉を切り、ちらりと私と御堂君を見て言う。
「今はまだ友達です」
「えぇ~、付き合っちゃえばいいのにぃ~」
沙世ちゃんがにやにやした顔で間髪いれずに言い、横に座る私を肘でつつく。
いっ、痛いからやめてよ、沙世ちゃん――と思ってても反論できず。
「まぁまぁ、沙世ちゃん。そういうのはタイミングだから」
いつの間にか側に来ていた夕貴が人の良さそうな笑顔で言って助け舟を出してくれたんだったけど――笑顔の裏で何か企んでそうだから怖い。
微妙にピリピリとした空気に、熊本君が話題を変えるように話を振る。
「沙世さん達は何か部活やってるんですか?」
「私はブラスバンド部だよ」
「私は美術部」
沙世ちゃんと夕貴が答えて話題が変わり、私はほうっと息をついた。
※
学生だから新幹線なんて乗るお金はないけど、鈍行で皆でわいわいやりながら行くのが旅行の醍醐味というか楽しくて、船橋駅から伊豆急下田駅までの4時間なんてあっという間で、電車を降りてからバスに乗り継ぐ。
中野、夕貴がバスに乗り、続いて乗った私。二人は一番後ろの座席の左側に座ったから私は右側の窓側に座る。後ろに沙世ちゃんがいると思って振り返ると、そこには御堂君が立っていて。
「隣いいかな?」
そう聞かれたら頷くしかなくて、隣には御堂君。前の席に沙世ちゃんと熊本君、その左側の席にカンナと河原君が座る。通路側に座ったカンナが座る瞬間、ちらっとこっちを振り返った気がしたのは気のせいだろうか。
「晴れて、良かったね」
海に見入っていた私は、ぽつんと話しかけてきた御堂君をばっと振り仰ぐ。
「あっ、うん。ごめん……海に見入っていたよ」
隣に御堂君が座っているのも忘れて海に見とれていたのが恥ずかしくて、私がえへへっと照れ笑いすると、御堂君が瞳を細めて窓の外の海に視線を向ける。
「好きだよね――海も」
「えっ!?」
なんだか感慨深げに言う御堂君の言葉にドキリとする。
「中2の時の臨海学校、桜庭すごいはしゃいでたよね」
くすりと懐かしみの籠った瞳で微笑まれ、胸が急激に速くなる。
「やっ、やだなぁ……ほんと、よく覚えてるね。恥ずかしいなぁ」
照れた顔を隠すように前髪を触って俯く。
中学2年の臨海学校――海に来るのは初めてじゃなかったけど、もう何年も前の事で嬉しくて、自分でもはしゃいでいたのを覚えている。
はしゃぎすぎて緊張感が一杯いっぱいになってて、遠泳で海の水を飲み込んでしまった友達を助けた時に足をつってしまって、溺れかけた友達を助けて溺れてしまった――
それを助けてくれたのが御堂君で、その時、私は自分の気持ちが恋なんだって自覚した。御堂君を好きだっていう気持ちが、友達としてではなく――男の子として好きなんだって気づいた。
私の中の大切な思い出を御堂君も同じように覚えていて、こうしてその時の話をする日が来るとは思いもしてなくて、恥ずかしさと嬉しさで胸が苦しくなる。