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ここからはじまる物語 【改訂版】  作者: 滝沢美月
第3章 蒼と碧のあいだ
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第17話  全力乙女モード



 驚きで言葉を失っていると、受話器の向かう側が騒がしくなる。


『ごめん譲子さん。そろそろ部活始まるから切るね』

「あっ、うん。部活頑張って」


 電話を切った私に、すかさず沙世ちゃんが聞いてくる。


「カンナ君、行けるって?」


 まだ呆然としたまま、答える。


「うん。すでに夕貴から誘われてて、カンナの友達も来るんだって」

「そうなんだ~、楽しみだね。あっ、会った時はちゃんと私にカンナ君、紹介してね」


 すでにランチを食べ終えてうきうきとして話す沙世ちゃんをしり目に、私は黙々と食べかけのランチを再開する。

 隣に座った沙世ちゃんは、手帳のスケジュール欄に「別荘」「海」と書いて後ろにハートマークを書きこむ。

 私が食べ終わったのを見計らって、素早く荷物を手に持つ。

 もう行くの? まだお茶飲んでないのに――そう言おうとしたら。


「さぁーお腹もいっぱいになったし、海に向けて水着を買いに行こぉ―!」

「えっ、水着ならあるよ?」


 きょとんと首を傾げて言った私に、じろりと沙世ちゃんの冷たい視線が向けられる。


「譲の言ってる水着って――スクール水着でしょ?」

「スクール水着じゃないし……」


 反論しようとして口を開いた私を制して、沙世ちゃんが早口に捲し立てる。


「競泳水着だって同じ! もっと可愛い水着着なきゃダメだよ!」


 ぷりぷり頬を膨らませて言う沙世ちゃん。


「あんな可愛げのない水着着てる女子は譲だけだよ! 授業はまだいいけど――海だよ! 男の子と一緒だよ!? ちょっとはお洒落しないと! 乙女でしょっ!」


 とかって最後は意味不明な事を叫ぶ。

 沙世ちゃんが言っているのは――体育の授業での話。

 うちの学校は自主性を重んじる自由な校風で校則も緩い。夏の約1ヵ月間だけ体育の授業が水泳になるんだけど、屋外プールだし天候次第では変更にもなる。だから学校指定の水着はなくて、各自用意した水着でいいのだ。露出が激しすぎるのはダメだけど、普通にビキニとか着ている女子もいる。

 だけど私は水泳部員。競泳水着を2着持っているし中学の時のスクール水着もある。遊泳用の可愛いのは持ってなくて、でもそれが普通だったから授業の時も私は競泳水着を着ていた。

 だから海もそれでいいかなって思っていたのに……


「ってか、沙世ちゃんはちゃんと可愛い水着持ってるんだから買う必要ないんじゃない?」


 確か沙世ちゃんは授業の時、白地にカラフルなドット模様のビキニを着ていた気がする。


「んー、あれは一昨年買ったやつだし、そろそろ新しい水着がほしいと思ってたとこなんだよね~」

「えー、一昨年ならまだ着れるよ?」


 どうにか水着を買いに行かずに済む理由を探して、私が渋ると。


「ダメダメ、一昨年のなんて流行遅れだよ。新しいの買わなきゃっ!!」

「わっ、私は買わないからねっ」


 横を向いて言った私の声を無視し、沙世ちゃんが私を無理やり水着売り場へと引っ張っていった。


「そんなに張りきる必要ないのに……」


 そう呟いた声は、沙世ちゃんには届いてなかった。



「わー、もう8月だけど結構種類が残ってるね。こんなにあると迷っちゃうな~」


 きらきらと瞳を輝かせて沙世ちゃんが水着の並んでいる通路を歩き、その後ろを私はうなだれてついて行く。

 私はついてきただけ。買わないんだから。

 ぶつぶつと言って自分に言い聞かせる。

 そりゃあさ、フリルや花柄、カラフルな水着は可愛いと思う――私だって女の子だもの。

 でも必要かって言われたら、微妙なんだよね……

 今持っている水着で十分だと思う反面で、可愛い水着が羨ましいと思っている。

 そんなことを考えながら、鞄の中に入っている財布に視線を落とす。

 それに現実問題……水着を買うお金なんてないし。


「あっ、これ可愛いっ!」


 沙世ちゃんの言葉に、思わず水着に伸ばしていた手をさっと引っこめる。

 ピンクのボーダーの生地に黒地にドット柄のふちとリボンが付いたビキニを手に持って振り返えった沙世ちゃんは、焦った様子の私を見て眉間に皺を刻む。


「買っちゃえばいいじゃない」

「あっ……あるからいらない」

「可愛いと思って見てたじゃん」

「見てただけだよ」

「手―伸ばしてたじゃんっ!」


 うぅ……っ

 唇をぎゅっと噛みしめて横を向いた私に、沙世ちゃんがわざとらしいくらい大きな溜息をついて腰に手を当て仁王立ちする。


「譲、自分に正直になりなさい! 可愛い水着着たいと思うでしょ! 思うでしょ!?」


 すごい迫力で言って、沙世ちゃんが詰め寄ってくる。

 私は一歩後ずさり……観念して首をうなだれて、さっき手を伸ばそうとしたラベンダー色の小花模様の生地のビキニとワンピースの3点セットになった水着を取る。


「か……わいいと思うよ、私だってこんな水着着れたらいいなって思うよ。でも、私バイトもしてないし、水着買う余裕なんてないんだ。ただでさえ海に行くお金だってどうにかしないといけないのに……」


 小さな声で言った私に、沙世ちゃんが平然とした顔で首を傾げて。


「じゃ、バイトすれば?」

「えっ……」

「夏休みだったら結構短期とか日払いのバイトあるよ? 私も長期の休みの時はそうゆうバイトと掛け持ちするし」


 そっか……バイトすればいいのか。


「バイトなんて、ぜんぜん思いつかなかった」

「あはは、譲、真面目だもんね。あっ、よかったら私が登録してる短期のバイト紹介しようか? 時給は安めだけど日払いもしてもらえるよ?」

「うーん……とりあえず自分で探してみる」

「そっ?」

「うん。ありがと」

「じゃっ、改めて水着を試着しに行こう!」


 沙世ちゃんの切り替えの速さについていけなくてあたふたとしている私を試着室へと引っ張っていく。


「ちょっと沙世ちゃん? 私、今日は買えないんだけどっ」

「買う予定なんでしょ? だったら、試着して取り置きしておいてもらいなよ!」


 そう言って強引に水着の取り置きをお願いすることになってしまった。

 うぅ、16,800円……頑張って稼がねばっ!

 帰りに駅でバイト情報誌貰って帰ろうっと。




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