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ここからはじまる物語 【改訂版】  作者: 滝沢美月
第3章 蒼と碧のあいだ
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第16話  海へ



 8月3日、午後から本八幡で沙世ちゃんと会っていた。

 駅から少し離れた場所にある今は青葉の生い茂る桜並木に面した喫茶店のテラスで、ランチを食べていると鞄の中で携帯が鳴る。

 メールかと思って放っておくと、ピロロロン、ピロロロン、と鳴り続ける着信音に電話だと気づいて慌てて鞄に手を入れて携帯を取り出す。

 画面の表示は夕貴からの電話。

 どうしたのだろうと思いながら通話ボタンを押して、携帯を耳にあてる。


「もしもし」

『あっ、譲子? 今、大丈夫?』


 隣に座る沙世ちゃんに視線を向けると、ランチに夢中だったから私は頷く。


「うん、どうしたの?」

『あのさ、来週の11日から13日って暇? 暇だったら、一緒に別荘に行かない? 海もすぐ側にあるんだよ』


 受話器の向こうからうきうきとした夕貴の声が聞こえる。


「えっ、別荘!? 海……?」


 私のその驚いた声に沙世ちゃんが顔を上げ、椅子を近づけてすぐ横に座り、携帯の裏にぴたりと耳を寄せて話を盗み聞く。


『叔父さんが伊豆に別荘持ってるんだけど、ここ数年使ってなかったから埃だらけらしいの。で、9月に会社で使うことになったから大掃除するらしいんだけど、掃除を手伝ったら泊めてくれるって言うの。だから一緒に行かない?』


 夕貴の声を聞いて、沙世ちゃんが手帳を取り出して、なにか書きつける。

 11、12日は部活があるけど、休むことはできる。夕貴と一緒に別荘に行くのは楽しそうだし――なにより海に行けるのが魅力的。


「んー、たぶん行けると思うけど、いちお親に大丈夫か聞いてみないと」


 沙世ちゃんが、すっと私の前に手帳を差し出す。そこには。


『海!? 別荘!? 私も行きたい……』


 最後には懇願の絵文字が書かれ、瞳を潤ませて私を見ている沙世ちゃん。

 沙世ちゃんは、去年の学祭に来た夕貴と会っていて面識がある。


『了解―。返事はメールでいいから、なるべく早めにお願いね、じゃっ』

「あっ、待って……っ」


 早くも話をまとめて電話を切ろうとしている夕貴を慌てて止める。


「今、沙世ちゃんと一緒にいてね、沙世ちゃんも誘っていいかな?」

『おー、大歓迎だよ。こっちも……中野とか、まぁ他にも何人か誘う予定だから。詳しい事はメールでまたするね。じゃね』



「ねっね、夕貴ちゃんはなんて?」


 電話を切って携帯を閉まった私を、沙世ちゃんが期待の眼差しで見つめてくる。


「大歓迎だって」

「やったぁー!」


 本当に嬉しそうな声で沙世ちゃんが叫んで、胸の前でガッツポーズする。


「夕貴ちゃんの他には誰が行くの?」

「んー、夕貴と、中学の同期の中野達を誘うって言ってたから中学のメンバーかな……」


 私が誰が来るのか予想していると。


「ふーん。あっ、例のカンナ君も呼んじゃえば~?」


 沙世ちゃんがそんなことを言う。

 いきなりカンナの名前が出て心の中ではかなり動揺していたけど、平静を装ってつれない声を出す。


「残念でした、カンナは平日は夏休みでも部活だから無理だと思うよ。それに勝手に人数増やせないし、夕貴に聞いてみないと」

「じゃあ、聞いてみれば?」


 しれっとした顔で言われ、うっと言葉に詰まる。


「夕貴ちゃんに私から電話しようか?」


 言うと同時に鞄から携帯を取り出して、電話帳を開いて今にも夕貴に電話しそうな勢いだったから、私は慌てて沙世ちゃんを止める。


「分かった、電話するから……」



 で、夕貴に人数が増えてもいいか確認したらすんなりと了承を得た。


「じゃ、次はカンナ君に電話だね」


 そう言われてドキンッと胸が跳ねる。

 男の子と電話で話すのって、なんか緊張するんだよね。カンナとは何回か電話したことあるけど、いつもカンナからかかってくる電話で私からかけたことはない。


「あっ、ほら、今部活中だろうからメールにするよ」


 電話をどうにか避けようと思ってそう言ったんだけど。


「さすがに今はお昼休憩なんじゃない?」


 そう言って沙世ちゃんが携帯で時間を確認して、私にも見えるように顔の前に見せる。

 確かに今は12時50分、休憩中の確率は高い。


「電話して繋がらなかったらメールにすればいいんだよ」


 のほほんと言う沙世ちゃんに促されて、渋々、電話帳機能からカンナの電話番号を選んで、発信ボタンを押す。

 プルルルル……

 その音が鳴り響くたびに、出ないで! って願ったんだけど、数度目の呼び出し音の途中で、爽やかな声が耳から脳内に響く。


『はい、カンナです』

「…………っ」


 声を聞いただけなのに胸がキュンっとして、私は思わず息を飲み込む。


『……譲子さん?』


 私から電話をかけたのに一言も話さないで黙り込んでいたから、カンナの気遣わしげな声が聞こえる。


「あっ……カンナ?」

『くすっ。繋がってた』


 そう言って笑う声が、胸に沁み入る。


『譲子さんから電話してくるなんて珍しいね、どうしたの?』

「あのね……」


 ちらっと横目で沙世ちゃんを見ると、好奇心丸出しの瞳で見つめ口元はにたにたとしていて――私はぎゅっと目を瞑って早口で一気に言い切る。


「夕貴から海に行こうって誘われてカンナもどうかなって思ったんだけど、日にちが平日だからカンナは無理かなぁって」


 ゴメン――

 そうカンナの言葉が帰ってくると思っていたら。


『ああ、別荘に行くって話だよね、夕貴さんから聞いてるよ。ちょうど11日から部活休みだから行けるって返事したけど』

「えっ――」

『えっ……て、その確認の電話だと思ってたけど違ったの? もしかして――俺が行くこと聞いてなかった?』


 夕貴めぇ――

 ふつふつと湧いてくる怒りを押さえて、平静を装って答える。


「うん、聞いてなかった。そっか……行けるのか……」


 特に深い意味はなく、そう呟いた私に。


『あれ? あんまり嬉しそうじゃないね、譲子さん。俺が一緒じゃない方がいい?』


 しゅんっとした寂しげな声で言われ、私は焦る。


「えっ、そんなことないよ? ちょっと驚いただけ」

『そっ? 俺は譲子さんと一緒に海に行けるの楽しみだよ』


 艶めいた響きで言ったカンナに、私は思わず携帯を耳から離す。


「ちなみに……夕貴にはいつ誘われたの?」

『あーっと、昨日かな? なんか男手がたくさん欲しいから友達も誘って来てって言われたよ』


 なっ、私より先にカンナを誘ってたの――!?




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