第2話 気になる存在
「譲! ついに彼氏ができたのね~!」
教室の自分の席で英語の小テストの勉強をしていた私のとこにかけてきた親友の沙世ちゃんの第一声がそれだった。
「なんのこと?」
私は心当たりがなくて、英単語帳に視線を向けたまま素っ気なく聞き返す。
「もう、とぼけちゃって! 見たんだから~、里見高の彼氏と一緒に登校してる、と・こ・ろ!」
その言葉で、沙世ちゃんの言う“彼氏”が誰のことを指しているのか分かった私は、手に持っていたシャーペンを机に置いて顔を上げる。
「ああ、それ、彼氏じゃないよ。友達」
苦笑して言う。
あれ……友達でいいんだよね?
昨日知り合ったばかりだけど、友達でしょ……?
心の中で自分に問いかけながら、沙世ちゃんの方を向く。
「えー、だってすごい仲良さそうだったよ?」
「ほんとに、ただの友達なの」
そう言っても納得してくれない沙世ちゃんに、私は仕方なく、昨日と今朝の出来事の一部始終を話した。
「えー、電車で話しかけられた? 毎朝同じ電車って、それって譲に気があるから見てたんじゃないの?」
「そーかな」
そんなことないと思うけど……
私は苦笑する。
沙世ちゃんはなんでも恋愛方面に話を持って行きたがるから、困ってしまうな。
南 沙世ちゃんは、高校1年から同じクラスで私の親友。肩までのウェーブヘアは明るい茶色に染めてて、おしゃれ大好き、恋バナ大好きな乙女チックな子。噂話に目がなくて、いろんな情報を知っているけど、他人事に深入りして騒ぎにしてしまうことが多々あって……それがたまにキズなんだよね。
「菊池君は、誰とでもすぐにお友達になれちゃう子なんだよ、それだけ」
私は顔の前で手を横に振って、前の席に座った沙世ちゃんを見る。
「ホントにぃ?」
疑うように覗きこんで来る沙世ちゃんをじぃっと見つめて頷く。
「ホントだって。とくに連絡先だって聞いてないし、ただの友達」
そう言って私は一瞬、視線だけで斜め後ろの席に座ってる御堂君をちらっと見る。もちろん彼は友達と話しててこちらを見たりはしない。
私はすぐにまた沙世ちゃんと話し始める。
「それよりさ、今日のリーダーの……」
だから、御堂君が私を見たことや2人の会話が聞こえていたとは思いもしなかった――
※
なんか、今日は疲れたなぁ。
駅に向かう学校の帰り道の坂を一人で歩いていた私は大きなため息を漏らして、肩にかけた鞄をかけ直す。
結局あの後も、話をそらしたと気付いた沙世ちゃんの質問攻めにあって、菊池君のことを根ほり葉ほり聞かれた。そんなに聞かれても、昨日知り合ったばかりなんだからほとんど知っていることもなくて、最終的にはただの友達だって渋々納得してくれたみたいだけど。
でも、沙世ちゃんと話してて疑問に思った。
菊池君と私は――どんな関係?
もちろん、彼氏彼女ってのは違うし。
友達って言ったけど、昨日会ったばかりなのに“友達”でいいのかな?
それとも単なる知り合いレベル?
顔見知り?
考えているとどんどん分からなくなってくる。
もし、私が菊池君の立場だったとして、毎朝同じ電車に乗っている菊池君に気付いたとして、話しかけるかしら――
私だったら、話しかける話しかけないの前にその存在自体にまず気づかないだろうけど、もし気づいていたら――話しかける?
うーん……そうとう興味があったら話しかけるかな。でも、ぜんぜん知らない人に話しかけるのは勇気がいるなぁ。話しかけるなんてやっぱ無理かも。
そう考えると。
菊池君は勇気があるなぁ。それだけ私に興味があるってこと……それともただ単に人懐っこくて誰とでもすぐに仲良くしちゃうだけなのかな?
『それって譲に気があるから見てたんじゃないの』
ふいに沙世ちゃんの言葉が頭をよぎる。
私はそれを否定するように頭を思いっきり左右に振って、周りを歩いていた人が何事かと驚いたようにこっちを見ている。
まっさか、ねぇ……そんなわけないよ。自意識過剰もはなはだしいでしょ。
私は身長162cm、女子では平均より高いとは思うけど。
顔は女友達からはかわいいって言われるけど、セミロングストレートの黒髪、いちお二重で、だけど特別かわいいわけではないと思う。今まで告白されたことも誰かと付き合ったこともないし。
そんな私に、興味を持つだろうか?
放課後、図書館に試験勉強をしようと思って行ったけど、そんなことが頭の中をぐるぐる回ってぜんぜん集中できなくて、勉強も早々に切り上げて駅に向かっていた。
「譲子さん!」
突然、腕を掴まれて後ろに引かれ、振り返ってみるとそこには菊池君がいて、私は国府台駅の階段を登りきったホームに立っていた。
「わっ、びっくり……」
考え事して歩いていたから、気が付いたらいつのまにか駅のホームに着いていた。
「譲子さん、ずっと呼んでたのに気づかないで行っちゃうから、気になって」
はぁー、はぁーと息をつく菊池君が言うには――
駅前のコンビニで友達と喋っていた菊池君の前を、私はぼーっと通り過ぎて、呼んでも気付かない私の後を走って追ってきたらしい。
「ごめん、ちょっと考え事してたら駅まで着いちゃった」
「あはは、なにそれ。悩み事?」
無邪気な笑顔で、また小首をかしげて覗きこんでくる菊池君。
癖なのかな?
菊池君の笑顔に見入っていると。
「おーい、カンナ。急に走ってって、どーした?」
菊池君の友達らしき男の子が3人、階段を登ってホームにやってきた。
「んー、ちょっと知ってる子がいて追いかけちゃった」
振り向いて友達と話し始めた菊池君を見て、私はその場を離れようとしたんだけど。
ぐいっ。
また腕を掴まれて菊池君の方へ引っ張られて、バランスを崩した私はよろけて菊池君の腕の中に抱きとめられる。
「どこ行くの? もう電車来るし、一緒に帰ろう、ねっ?」
至近距離でうっとりするような笑顔でそう言われたら……一緒に帰るしか、ない、よね?
電車の中。
「菊池君は部活帰り?」
私と菊池君は、菊池君の友達から少し離れた扉の前に2人で立つ。
「うん、何部だと思う?」
じーっと菊池君を観察した私は、菊池君が学生鞄の他にピーナッツ型の大きな鞄を肩から提げている事に気づく。
「テニス部?」
「あったり~! なんで分かったの? って、分かるか」
肩越しに自分の鞄に気づいて笑う菊池君。
「カバン、テニスラケットのでしょ?」
「うん。譲子さんは? 何か部活やってるの?」
「私は水泳部だよ」
「えっ、水泳? まだプール冷たくない!?」
ふふっ。
本気で驚いている菊池君がおかしくって、私は自然と笑みがこぼれて口元を押さえる。
「今はまだ学校のプールは水温が低いから入ってないよ」
「あれ? じゃ、今日は部活帰りで遅いんじゃないの?」
小首を傾げて不思議そうに聞いてくる菊池君。
「図書館に行って勉強してたの。もう2週間後には中間試験始まるしね」
「うちもさ来週から試験だよ……。あー、勉強しないとやばいなー。あっ、もしかして昨日も図書館の帰りだった?」
「うん。たくさん本のある空間好きだし、勉強も進むから。っと言っても、半分くらいは本読んじゃうんだけどね」
そう言って私は苦笑する。
「俺、試験1週間前までは部活で帰りはいつもこの時間なんだ。明日も一緒に帰れるかな?」
またまた突然の菊池君の誘いに、私は目を大きく見開いて、呆然と菊池君を見つめる。
「……えっ?」
『譲のこと、好きだから、一緒に登校しようって言ったんじゃないの』
なんで今、沙世ちゃんの言葉を思い出しちゃったんだろう――