閑話 竜虎図 <夕貴side>
7月29日、土曜日の夕方、大輝に借りていた漫画を返しに家に行く。
大輝と私の家は同じ町内で幼稚園の頃からの幼馴染で、大輝は一人っ子だからおばさんは私の事を娘のように可愛がってくれて、大輝の家には自分の家のように出入りしている。
その日も、チャイムも鳴らさずに玄関を開ける。
「お邪魔しまーす」
っと言っても、この時間、家には大輝とおばあちゃんしかいない。大輝にはさっき家に行くことをメールしてあるから、そのまま家に上がり、大輝の部屋のある2階に行く。
「大輝―、漫画返しに来たよー」
言いながらドアを開けて部屋に入ると大輝はいなくて、ベッドの横に腰かけて漫画を読んでる御堂と視線が合う。
「御堂……」
「よっ」
御堂は軽く手を上げて、また視線を漫画に戻しながら言う。
「あっ、中野は便所行ってる」
あー、だからいないのか。
御堂とは中学3年間ずっとクラスが同じで、わりとよくつるんでる。でも、仲がいいかと言われると、微妙だ。
一緒にいても、私と御堂はあんまり会話をしない。っていうか、御堂が無口なんだ。私が何か話しかけても「ああ」とか「そう」とか、そんな返事しかしないから話が続かない。
気まずい雰囲気に耐えられなくて、漫画だけ置いて帰ろうとしたら大輝が戻ってきて、私の好きそうな新作のゲームを買ったからやっていけばって誘われる。
私と大輝がゲームをやっている間、御堂はずっと漫画を読んでいて、時々視線を上げて、大輝にゲームのアドバイスをする。
ゲームが面白くてすっかり日も暮れて、私がそろそろ帰ると言った時。
「じゃあ、俺も」
御堂がそう言って立ち上がり、読んでいた漫画を大輝の部屋の本棚に戻す。
「えっ、晃紘も帰るのか? 泊ってけばいいのに……」
急に一人になると思った大輝が、しゅんと寂しそうに顔を伏せる。
「あー、また今度な。明日は大事な用事があるから今日は帰るわ」
私には無愛想にしか聞こえない御堂の言葉の中に、大輝はなにか関心に惹かれたものがあるらしく、瞳を輝かせてばっと御堂を振り返る。
「えっ、大事な用事って何だよ? もしかして譲ちゃんと出かけるとか?」
その言葉に、私はぴくりと耳を動かす。
無口で無表情な御堂だけど――譲子の前でだけは、見たこともないような笑顔を見せたり、よく喋ることを私は知っている。
たぶん、御堂は譲子の事が好きなんじゃないか――私はそう感じてた。大輝もその事には気づいているみたいで、でも、私も大輝もそのことには今まであえて触れてこなかった。それは、御堂は譲子じゃなくて他の女子と中学の時付き合っていたからだ。
だけど同窓会の時、譲子と御堂と須藤さんが話してる声が少し聞こえて、二人が別れたこと、御堂がまだ譲子を好きなことを聞いてしまった――
譲子も御堂を好きな気持ちがまだあるみたいで悩んでいて、同窓会の後どうなったのかはまだ聞いていないけど、譲子と御堂の関係が微妙に動き始めていることに気づいていた。
「そう。桜庭が遊園地に行くからついて行こうと思って」
「そっか、2人でデートなのか……」
そう言った大輝が、ん? と違和感に気づく。
「あれ? 譲ちゃんが遊園地に行くからついて行く? 一緒に行くんじゃなくて?」
私も同じ疑問を持って、じぃーっと御堂を見つめる。
御堂はまったく表情を変えずに、こくんと頷く。
「桜庭は里見高のやつとデートだって言うからついて行って――邪魔しようかな、と思ってる」
本気で邪魔するつもりではないことは分かってたけど、そう言った御堂の瞳が鋭い光を宿らせて光った気がした。
譲子に対して――本気モードだということが伝わってくる。
大輝は「そんなことしていいのかよ」ってあたふたとしているのに、私の顔はにやっと緩んでいる。
「なになに、楽しそうじゃん! 私も遊園地行きたいなぁ~」
「夕貴、なに言ってんだよ……っ」
大輝がおろおろとして御堂を見つめると。
「いいんじゃない? ついて行っても」
しれっと言って、部屋を出て行ってしまった。
その後ろ姿をぼーっと眺めていた私と大輝の目の前でもう一度扉が開き、御堂の声だけが聞こえる。
「8時半に船橋駅のシャポー口改札前」
私と大輝は顔を見合わせ、ぷっと吹き出す。
マジなんだ――そう思った。御堂が譲子に本気でアタックしている。譲子のデートの集合時間をわざわざ言いに戻ってくるなんて、無表情だったけど、本当はかなり切羽詰まっているのかもしれない。そう思うと御堂が可愛く思えてしまう。
「どうすんの、夕貴?」
「どうするって、行くに決まってるじゃん」
私は頬を緩めてにやっと大輝に笑いかけた。
御堂と譲子の恋を見届けたいって言うのもあるし、あの御堂一筋だった譲子がデートする相手にも興味があった。
譲子――そんな相手がいるなんて、私聞いてないぞぉ。
※
そんな訳で翌日、待ち合わせの時間よりも20分早く船橋駅に大輝と一緒に行くと、改札の前の柱の横に寄りかかっている男子に目を引かれる。
黒いスニーカー、水色に近いブルーケミカルの細身のジーンズ、ワンプリントの白いシャツに黒いベストを合わせすっと整ったスタイルはモデルのようで、顔は中性的でどちらかといえば可愛らしい印象だった。
まさか、そのおしゃれ男子が譲子のデートの相手とは思わず、まじまじと観察してしまった。
譲子が駅に着く数分前に御堂が現れ、おしゃれ男子の表情が曇る。御堂はおしゃれ男子の近くまで進むと、御堂の方が背が高く見下ろすように見つめて横に立った。
その直後に現れた譲子はおしゃれ男子を見つけると、ぱっと顔を輝かせて。
「カンナ、お待たせ」
手を振りながら駆けてきたんだけど、横に立つ御堂に気づいて大きく目を見開き、おしゃれ男子を見つめる。
「行こうか」
おしゃれ男子はそう言って、譲子の無言の視線を無視して改札に向かう。その後ろを譲子、それから御堂と大輝と私が続く。
つかず離れずの距離を保って後をついてくる私達に譲子はちらちらと視線を向ける。
たぶん、駅で会ったのは偶然?? とかって考えていたんじゃないだろうか。でもさすがに武蔵小杉で乗り換えた時は、偶然じゃないと気付いた様子だった。
遊園地についてからは、私達が後をついてきたと知ったおしゃれ男子がふてくされていたけれど、なんだかんだ5人で仲良く遊んだ――そう思っていたのは、たぶん譲子だけだと思う。
アトラクションに乗るたび、おしゃれ男子、もといカンナ君――遊園地に着いてから自己紹介された――と御堂が譲子の隣を廻って、視線でバトルッてる。
もちろん譲子はそんなことに気づいていない様子。
一通りアトラクションを乗りつくして、大輝と土産を見に行って帰ってきたら、そこには緊迫した空気がビシビシ伝ってる。
ベンチに座ってソフトクリームを夢中で頬張っている譲子の頭上で、カンナ君と御堂がお互いをじぃーっと見ている、というか睨んでる?
カンナ君は不機嫌そうに眉根を寄せて威圧的に。
御堂は涼しげで、だけど挑戦的な瞳で。
もちろん間に挟まれている譲子はその視線には全く気付かずにソフトクリームを頬張っている。
近づいていいものか、少し離れたところで立ち止まった私の横で大輝がぽつりと漏らす。
「すげー、虎と竜の睨み合いみたいだな」
その言葉に私は笑いを堪えられなくてぷっと吹き出し、虎と竜と兎が同時に視線を上げて私を見たのだった。
改訂前の作品では書けなかったエピソードです。
ちなみに中野君、改訂版ではフルネームで登場しています。
中野 大輝、第6話の夕貴のメールの部分で下の名前が出ています。
気づいてくれたかな……?
次話からは第3章 海編です。