婚約破棄令嬢を実家に招いた結果
――ワタクシの友人が婚約破棄された。
まるで最近流行りの小説のワンシーンを見ているようですね。
セミロングの金髪碧眼の美青年ロイ王子が艶のある青く短い髪の女性レナの肩に手をかけている。
その正面には黒髪ロングの少女が膝をつき泣き崩れている。
突然の出来事で周囲は騒然としていた。
★
今日は由緒正しき学園六年生の卒業式。
十八のワタクシ達は今日を最後に各家・各国へと帰ることになります。
――もう会うことがないかもしれない。
本来ならば、そんな友人達と別れを惜しむ最後の機会であるはずなのですが、
「エリカ! 真面目過ぎる君にはもううんざりだ!!! 婚約は破棄させてもらう! この国に君の居場所はない! 」
という不愉快極まりない言葉で台無しになってしまいました。
この国の王子はなんと馬鹿な事でしょう。
学園には各国の貴族だけでなく王族も通っています。
その軽薄さは学園の者なら知らぬ者がいない程でしたが、これほどまでとは。
視線を若干下に向けるとそこには泣き崩れている友人の姿が。
――エリカ令嬢。
常に明るい学園の華的存在。妃教育のおかげか成績は優秀で教養は最高水準。
そしてワタクシにとって、――。
「ロイ殿下。少しよろしくて? 」
泣き声が反響する大広場。
悦に浸っていた碧眼がワタクシを見下ろした。
不機嫌そうに「……なんだ? 」とワタクシに問いかける。
特に威圧感を感じない姿。
これがこの王国なのでしょう。
「殿下は先ほどエリカに「この国に居場所はない」とおっしゃいましたが……」
「それがどうした? 」
一歩前へ出て問うと、ロイが半歩下がる。
「ならばその者を……我が国が頂いても? 」
★
カタコトカタコト……。
「――この度はありがとうございました。おかげで路頭に迷うことにならずにすみました」
エリカは目を腫らせてワタクシに言う。
あれからエリカがロイ王子に婚約破棄をされたことが家に伝わり彼女の父は大激怒。
実家と縁を切られ、待ち伏せていたワタクシの馬車に乗った。
あのような事があったのに、なんと気丈なこと。
ワタクシならきっと、このような笑顔を作ることはできなかったでしょう。
むしろあの場面で王子に切りかかっていたかも……。
「気にする事はありませんわ」
変わりゆく景色に目を逸らしながら彼女にいう。
カタコトと車輪の音が部屋に響く。
き、気まずいですわ。
学園では隔たりなくお話をしていましたが、実家を追放された彼女とワタクシは平民と王族。
真面目な彼女のことを思うと、いつも通り話すわけにはいいけないと思っているのかもしれませんわ
「この後のことなのですが……私はなにをすればいいのでしょうか?」
エリカは少し聞きづらそうにワタクシにきいた。
そう言えばこの後のことはエリカに伝えていませんでしたわ。
軽く咳払いしながら――。
「貴方にはあっていただきたい人物がいるのです」
そう言いワタクシ達は馬車に揺られた。
★
「おおぉ! リーシャ! 会いたかったぞ! 」
「ワタクシもですわ! お父さま」
王城の謁見の間で、全身に筋肉を感じていると奥から透き通った声が聞こえて来る。
「リーシャ! また一段と綺麗になったね」
「お兄さまもまた一段と精悍になられたようで」
「……僕としては「父上に似てきた」といってくれた方がうれしいのだけど」
筋肉から顔を覗かせると、しょんぼりしながら自分の腕を確認していた。
王族の証である赤く短い髪に漆黒の瞳。
兄、リリオですわ。
細身な兄からすればお父さまの筋骨隆々とした姿は理想的な男性像、のようです。
ワタクシもそう思いますわ。
しかしお兄さまにはお兄さまの良い所があるとおもいます。
特に街に出ると、姿を誤魔化してもすぐにばれるような、顔立ちのよさ、とか。
「そろそろ、後ろのお嬢さんを紹介してもらってもいいかな? 」
お父さまがワタクシを引き離し、聞いてきます。
そうでしたわ。
久しぶりの再開でエリカを紹介するのを忘れていましたわ。
彼女は「もう平民だから」といい、王城に入ろうとしませんでした。
しかしそこを強引に入れ、ここ謁見の間まで引き摺って来たのです。
彼女の方へ振り向くと、少しおどおどとした様子のエリカが。
今まで母国で立ち入る機会などいくらでもあったでしょうに。
順応が早いのは良い事かもしれませんが、いくら何でも早すぎます。
それだと、ワタクシの計画に支障が出てしまいますわ……。
「ご紹介します。彼女は学園で苦楽を共にした学友のエリカで――」
「おお。リーシャの学友か! 学園ではリーシャが世話になったようだ」
「リーシャに友達が……。時々話には聞いていたけど、てっきり見栄だと……」
お父さまがエリカに近付きながら「是非学園でのリーシャの様子を聞かせてくれ」と言っていますわ。
ワタクシのことを思ってくれているのはとても嬉しいのですが、エリカ相手に、は、恥ずかしいですわ。
というかお兄さま。
とても失礼なことを言っていませんこと?
失礼なお兄さまに呆れながら、ワタクシは今日の本題を切り出した。
「――そしてワタクシのお姉さまになるお方ですわ」
★
「……なるほど。そのようなことが」
王族しか入れない談話室。
ワタクシの正面に座るお父さまが、顎を擦りながら考えていますわ。
あれは髭があった頃の癖。
ワタクシ的には顎鬚があった方が好みだったのですけれど。
「し、しかしリーシャ。婚約とは性急すぎるのではないかい? 」
「……お兄さま。すでに行き遅れの域に入っていることにご自覚は? 」
「う……ぐっ」
全くお兄さまは……。
せっかく正面に好みの女性を座らせているのに、ずっと目を逸らしている。
ワタクシの隣のエリカを観ると正面のお兄さまを見ている。しかし落ち着かないのかスカートを握ったり離している。
そうでしょうとも。
お兄さまは学園では見かけないレベルの美青年。
例えつい先ほどまでロイの婚約者であったとしても、緊張するのも無理はありません。
「彼女の能力はもとより、お兄さまの好みと合わせてもこれ以上ない人材だとおもいますが? 」
近隣諸国の王国の王族としては珍しく、代々恋愛結婚。
その走りが初代さまが町娘と結婚したことが由来とされていますわ。
お兄さまは非常に異常にモテます。
しかしながら引き寄せるのは気の強い、活発と言う言葉では言い表せないような方たちで、これまでそのような貴族令嬢を何人も振ってきています。
気の強い女性に言い寄られ過ぎた結果、落ち着きのある女性が好みになってしまいましたわ。
無論、エリカがお兄さまと結婚した場合、振られた女性達から反感を買うのは予想できますわ。
しかし、エリカならばうまくまとめるでしょう。
何故なら――。
「エリカはあの混沌とした学園の生徒会長で、見事にワタクシ達をまとめあげていたのですから」
全学年を通し常に主席を守り続けた秀才。
学業に並行して妃教育が行われていたため教養も十分。
紅い瞳に黒髪ロングの整った顔立ちに、太すぎずまた痩せすぎずな姿は、誰もが認めていますわ。
「しかし学園と我が国の貴族社会は異なる。婚約には賛成だが……」
「ち、父上?! 」
お兄さまが顔を赤くしお父さまを見ましたわ。
これだけで脈ありというのがわかるのに、まったくお兄さまは……。
「むぅ……よし。三年」
「「「三年? 」」」
「三年で二人の婚約を他の貴族に認めさせることができたら、正式な婚約者として発表しよう」
こうして二人の試練が幕を開けましたわ。
★
「お久しぶりですわ」
晴れやかな日。からっとした温かさを含む風が、身体をゆっくりと撫でるその日の王城の広場。そこには正装に身を包んだ友人達が。
この三年間。
学園でつないだせっかくの縁をきらさまいと、可能な限り連絡をとりあっていましたわ。
しかし今や彼女達もそれぞれ国を担う存在。
今日参加してくれて本当によかったですわ。
「しかし、あそこまでおちぶれるとは思いませんでしたわ」
月の国の同級生が苦笑いをする。
話によるとエリカが婚約破棄されたその日、ロイ王子は国王に問い詰められた様子ですわ。
まぁそれもそのはず。
エリカにかけた資金が泡のように消え、国王からすれば娘が入れ替わるようなもの。
エリカは王族のみならず、その世渡りの上手さのおかげか、さまざまな人に気に入られていた。
妃教育は厳しかったようですが、王城で不当に扱われていたようなことはないみたいでしたわ。
それらもあってか、一時の劣情で台無しにした王子は、一瞬にして周りを敵にしてしまったみたいですわ。
「確かその後は……」
「そうそう結局レナが妃教育から逃げて……」
仮にも王子と婚姻関係を結ぶことが出来たレナの実家は大喜び。
レナを王城へ送ったのですが、妃教育についていけず、結局王城から逃げ出したと聞いております。
恐らく妃教育だけではないでしょう。
エリカをロイと共に追いやった女。
王城の方々がどういう態度をとったかは想像に難くないですわ。
「色々と悪いことをしていたみたいですね! 」
「確かそれもあっておとり潰し、になったのでしたっけ? 」
野心が悪いとは言いませんが、身の丈を遙に超えた野心は身を亡ぼすとよくわかりましたわ。
この後にも同級生と話し、一時の別れを告げ、王城の準備室へ。
「……お兄さま。今までこれ以上に緊張する場面は幾らでもあったでしょうに」
「そ、そんなこと言われても緊張するものは緊張するんだよ」
緊張で震えているお兄さまに呆れながら声をかける。
お兄さまは白字に緑の帯が入ったタキシードに身を包んでいる。
ワタクシがお兄さまにしっかりするよう激をいれていると、奥から涙と鼻水が顔をグシャグシャにしたお父さまが、お兄さまと同じ服を着て、出てきた。
「リーファ! みているか! あのリリオがついに結婚するんだぁ! 」
「きっとお母さまも空の向こうからみていますわ」
お母さま。
お兄さまはこれから国の長になるために、そして愛する人のための儀式を行います。
これから困難が二人を襲うでしょう。
しかし二人ならきっと大丈夫ですわ。
「さぁ……。行こう」
お兄さまが前へ進むと、甘く温かい風がワタクシ達を撫でると、会場の音が消えた。
お兄さまの演説が終わると司会がエリカ入場の声を上げる。
扉からは赤を基調に黒い帯の入ったドレスを着たエリカが姿を現す。
「――ズルズル……殿下ぁ。誓いをっ……」
エリカ、今までありがとう。学園でワタクシを一人にしないでくれて。
おかげでワタクシは多くの友に巡り合うことができました。
名残惜しいですが……、さようならワタクシの一番のお友達。
そしてこれからよろしくですわ。
――お姉様。
白・赤・黒・緑、と非現実的な色の鳩が空を舞う。
ここは様々な民族が織りなす大陸最大の多民族国家。
永遠を誓う二人がここで、結ばれた。




