8.オメー・ボヴァリー
翌日、ウィル、エリカ、ティムの3人は、領都から荷馬車で2時間ほどのグラッパ村を訪れた。
「まさか、こんな事になっていたなんて、、、」
ボヴァリー男爵から預かった手紙を渡すと、内容を一瞥したオメーは大きな溜息をついた。
ウィルがオメーに改めて用向きを伝える。
「ボヴァリー男爵家の借金返済にはワイナリー事業の再生が必須になります。その件で、オメーさんにご協力頂きたいのです」
「もちろん、私に出来ることであれば何でも協力しますけど、私は兄と違って、領地経営についてはさっぱり分からないのです」
「オメーさんにご協力いただきたいのは酒造りに関してです。グラッパ村には、かつてワイナリーで働いていたドワーフたちが暮らしていると聞いています。高い蒸留技術を持っているドワーフたちと一緒に、ワイナリーに戻って来て頂きたいのです」
「うーん、兄がそれを了承するかどうか? それに、ドワーフたちも5年前に酷い形で解雇されていますからね。素直に戻ってくれるかは分かりません。私も彼らに無理強いはしたくないのです」
「仰っていることは良く分かります。ですが、彼らに話だけでもさせて頂けないでしょうか?」
「分かりました。ドワーフは村のワイナリーに居ますので、ご案内しましょう」
ウィルとオメーのやりとりを見守っていたティムは安堵した。
とりあえず、門前払いだけは避けられたようだ。
問題は、ドワーフたちをどうやって説得することが出来るかということだった。
オメーが案内してくれた村のワイナリーは、領都のワイナリーと比べるとかなり小さな建物だった。
中に入ってみると、ワイナリーというより、複雑な設備機器のひしめく錬金術工房のような雰囲気をしている。
ティムは気になった点をオメーに尋ねてみた。
「オメーさん、このワイナリーでは何を作っていらっしゃるんですか? 領都で見せて頂いた蒸留所の設備とは違うもののようですが」
ここに設置されている蒸留器は、昨日見た蒸留器とは形状が違っているのだ。
「良くお気づきになりましたね。ここでは葡萄の搾りかすからアルコール度数の高い蒸留酒を作っているんですよ。村の名前を取ってグラッパと呼んでいます」
「葡萄の果汁ではなくて搾りかすを使うのですか?」
「ええ、5年前からドワーフたちと研究を重ね、ようやく完成した酒です。よかったら、すこし試飲してみますか?」
オメーがボトルからグラスに注いだ酒は、無色透明の酒だった。
「クリアですっきりした味わいね。アルコール度数が高いから刺激が強いけど、葡萄のフルーティーな香りがはっきり分かるわ。これは、なかなか良いわね」
グラッパを一口試飲したエリカが感想を述べる。
エリカは傭兵団の中でも酒豪と言われているのだ。
「グラッパという酒は、樽で熟成させるものでは無いのですか?」
同じく、グラッパを試飲したウィルがオメーに尋ねる。
「これは蒸留してすぐに瓶詰めしたものですが、樽で熟成しているものもありますよ。まだ作り始めたばかりだから量が少ないのだけれど、琥珀色で樽由来の風味の効いた酒になります」
オメーはウィルの質問に嬉しそうに答えた。
ボヴァリー男爵が言っていたように、オメーは四六時中酒造りのことばかり考えているのだろう。




