7.傭兵団の流儀
その日の夕方、別行動をとっていた団員たちが、再びウィルの部屋で集まっていた。
「ワイナリー事業不振の原因は、5年前にドワーフたちを解雇したことだと考えて良さそうです。解雇されたドワーフたちはグラッパ村で匿われているそうなので、彼らをワイナリーに復帰させることが出来れば、ワイナリー事業を立て直すことが出来るかもしれません」
ティムがワイナリーを視察した結果を報告した。
「ワイナリー事業に関連してですが、屋敷の帳簿を再精査したところ、どうやら横領が行われているようです。帳簿を改ざん出来る人間は限られていますので、そこから考えると執事のセバスチャンが怪しいですね」
ボブは帳簿を再精査した結果を報告した。
「そう言えば、ブランデーの熟成樽が安物のホワイトオーク材に変わっていたのですが、そのコストダウンを進言したのもセバスチャンだったそうです」
ボブの報告を聞いていたティムが、慌ててワイナリーで入手した情報を追加した。
ボヴァリー男爵は側近の執事にまで裏切られていたのだろうか?
事実が明るみに出た時のボヴァリー男爵の胸中を察すると、ティムはなんだか悲しくなってきた。
「エリカたちの方はどうだった?」
ウィルがエリカに報告を促した。
「私たちの方はかんばしい成果は無いわね。残されていた宝飾品類はやはりほとんどが偽物だったわ。娘のベルタは宝飾品やドレスはほとんど持っていないの。ベルタは学院を卒業してからずっと屋敷に引き籠っているみたいなんだけど、ベルタの部屋は本だらけだったわ。本好きなところは母親の性格を引き継いでいるのかも。それで、屋敷に残っている調度品などをジェシカにすべて鑑定してもらったけど、すべて差し押さえても2千万ドルトってところね」
エリカの報告の通りなら、今回の傭兵団の仕事は大赤字確定である。
「それと、今回の仕事に関係してくるかはまだ分からないのだけど、ベルタの話によると、ボヴァリー男爵はベルタを近隣のブーランジェ子爵の後妻として嫁がせることを考えているらしいわ。ブーランジェ子爵家には既に跡取りが居るから、ベルタに子供が生まれたら、その子供にボヴァリー男爵領を継がせるつもりなのよ。ボヴァリー男爵はブーランジェ子爵からの結納金を借金の返済に充てるつもりらしいわ」
エリカはそう言うと大きな溜息をついた。
娘を借金のかたに身売りさせるようなものだ。
さすがに、そんな方法で借金を回収したいとはティムには思えなかった。
「ありがとう、状況は良く分かった。聞いての通り、我々にとって厳しい状況だ。やはり、ワイナリー事業の再生が逆転出来るかどうかの鍵だと思う。明日、俺とティムはグラッパ村にオメー・ボヴァリーを訪ねるつもりだ。悪いがエリカも同行してくれ。エリカの伝手を頼ることになるかもしれない」
「分かったわ。ベネッチェにあるドワーフたちの工房ギルドを、今回の事業再生に噛ませるつもりね」
「その通りだ」
ウィルとエリカの間では、阿吽の呼吸で仕事が進んでいくのだ。
ウィルの指示は続く。
「ボブは横領の証拠固めを続けて欲しい。この機会にボヴァリー男爵家に巣食っているシロアリどもは一掃しておきたい。ワイナリー事業を再生したところで土台が腐っていればどうしようもないからな」
「分かりました。お任せください」
ボブが帳簿から真実を導き出す能力は、傭兵団で右に出る者は居なかった。
ボブに任せておけば、横領の物証を確実に暴き出してくれるだろう。
「それから、エリザベスとジェシカはベルタ嬢に張り付いて、ブーランジェ子爵家との婚姻に関する情報を集めてくれ。気は進まないが、今後の状況によっては、ベルタとブーランジェ子爵との婚姻も借金回収の選択肢として考える」
ウィルの言葉は、ティムにとって意外なものだった。
「団長、私は納得出来ません!」
ウィルの指示に反駁したのはエリザベスだった。
「ベルタ嬢は素直で傷つきやすい女の子なんです。そんな純真な女の子が、欲にまみれた薄汚いジジイの毒牙にかかるなど許せるはずがありません! なぜ、親の借金のために娘が身売りをするようなことをしなければならないのですか? こんなの、男の横暴です! 私は、そのような悪行に加担するつもりはありません。傭兵団の名誉のためにも、そのような選択肢は考慮から外すべきだと思料します」
言葉は強烈だが、エリザベスの主張はもっともなものだとティムには思えた。
ティムは、屋敷を訪問した当初から、ベルタがエリザベスを盗み見て顔を赤らめている様子に気付いていた。
革鎧を着てサーベルを佩いたエリザベスの姿は、男装の麗人、ベネッチェで流行りの少女歌劇の男役に似ていると、良く噂される容姿なのである。
そのため、エリザベスに心を奪われる女性たちは多いのだ。
そして、そのような状況を利用して女性たちを篭絡し、情報を仕入れることも、エリザベスの仕事のひとつだった。
一方で、女性の護衛につくことの多いエリザベスは、弱い女性への庇護欲が人一倍強い。
今回、エリザベスに心を許したベルタから入手した情報で、ベルタを窮地に陥れることになるのは、エリザベスにとっては耐えられないことだったのだろう。
「エリザベス、君の主張は正しい。可能な限り、その手段を避ける努力をすると約束しよう。しかし、ベルタの婚姻を選択肢から完全に外すことは出来ない。君は、スクルージ&マーレイ傭兵団のスローガンを覚えているか?」
そう問いかけるウィルの表情は厳しかった。
「はい、『借りた金は返せ、話を聞くのはそれからだ!』です」
「そうだ。借金に関わる理不尽や悲劇は世の中にごまんとある。俺たちは正義の味方じゃなく薄汚い借金取りだ。俺たちはそうやって手にした金で飯を食っている。相手の事情を慮ることも大事だが優先順位を間違えるな。君が理想を語る正義の味方になりたいのなら、傭兵団を去るべきだ」
ウィルの言葉を聞いたエリザベスは、顔色を無くして小さく震えていた。
ティムも、これほど厳しいウィルの言葉を聞いたのは初めてだったので、自分が叱られたかのように、エリザベスと同じく震えていた。
「もう! だからウィルはダメなのよ。言い方ってものがあるでしょうよ。エリザベス安心して、私が絶対にそんなことはさせないから。ウィルだって強がっているだけよ。だって、終わった話をいつまでもくよくよ悩んでいるのって、いつだってウィルじゃない」
副団長のエリカが、慌ててエリザベスのフォローに入っていた。
しかし、この日のウィルの言葉は、その後もティムの心に残りつつづけた。
『借りた金は返せ、話を聞くのはそれからだ!』
そんな情け容赦ない理不尽な世界に、ティムは身を置いているのだった。




