6.ワイナリー
その日の午後からは、ティムたちはおのおの別行動となった。
ボヴァリー男爵に案内され、ウィルとティムは麓にあるワイナリーに向かった。
ボヴァリー男爵家のワイナリーは、ワインを作る醸造所とブランデーを作る蒸留所が、二つの建物に分かれていた。
ワイナリーでは、男爵家に雇われた領民たちが忙しそうに働いている。
醸造所では、収穫した葡萄を選別し、破砕し、発酵槽に入れる作業が行われていた。
赤ワインは果皮や種子と一緒に果汁を発酵させるが、白ワインは果汁のみを圧搾して発酵させるそうだ。
発酵槽での発酵状態は魔道具を使って管理されているらしい。
発酵の終わったワインは樽に詰められて長期間熟成されるが、醸造所の貯蔵庫には大量の樽が積み上げられている。
一方、蒸留所には発酵を終えたばかりの白ワインが運び込まれ、奇怪な形状の蒸留器で蒸留作業が行われる。
醸造所とは違い、蒸留所の中は閑散としていた。
蒸留所に設置されている蒸留器なども、メンテナンスが十分に行き届いていないのか傷みが目立っている。
ボヴァリー男爵家のブランデー製造は、三代前の領主がドワーフの技術を導入して始めたものらしい。
「ドワーフの姿が見当たりませんが? 話を聞くことは出来ませんか?」
ウィルがボヴァリー男爵にそう尋ねた。
「ドワーフなら5年前に全員解雇したよ。ドワーフなどに頼らなくとも、人間の力でブランデーを製造できる」
ボヴァリー男爵はいまいましそうに言い放った。
この辺りの地域では、いまだにドワーフやエルフなどの亜人種への差別意識が強い。
ボヴァリー男爵も種族差別主義者なのかも知れないとティムは思った。
ドワーフはアルコール度数の高い酒を好む種族であり、蒸留酒造りにかけては卓越した技術を持っている。
三代前の領主は、ドワーフへの偏見を排して高度な技術を導入したことで、ボヴァリー産ブランデーのブランド価値を高めてきたのだが、現在のボヴァリー男爵には、そのような英邁さが欠けているようだ。
近年、ボヴァリー産ブランデーの味が落ちてきた原因は、あっさり解明されてしまった。
蒸留所の貯蔵庫には、僅かな樽しか残されていなかった。
ブランデーは樽に詰められ3年以上熟成されるものだが、過去にドワーフが作ったブランデーは殆ど出尽くしてしまい、人間が劣った技術で作った粗悪品が、最近になってボヴァリー産ブランデーとして市場に出て来ていたのだ。
ウィルがボヴァリー男爵に質問を重ねた。
「この樽はホワイトオークですね。ボヴァリー産ブランデーは、ロイヤルオークの樽で熟成されることが特徴だったと記憶しているのですが」
「樽の材質? そんなもの、わしには良くわからんよ。確かセバスチャンが、ホワイトオーク材の方が安く入手出来ると言っていたような気がするが、、、」
ボヴァリー男爵自身は、ブランデー製造には詳しくないらしい。
しかし、ティムは疑問を覚えていた。
銀行に提出されたワイナリー事業の事業収支では、コストダウンどころか逆に支出が増えているのである。
「ところで、5年前に解雇されたドワーフたちは、もう領内には残っていないのでしょうか?」
「なぜ、そんなにドワーフのことを気にするんだ? 解雇したドワーフたちはグラッパ村に住んでおるよ。グラッパ村の代官を弟のオメーに任せているんだが、弟は少々変わり者でね。酒造りにはかなりの拘りを持っていて、林檎酒に関する論文を書くほどなのだ。解雇したドワーフたちを自分が引き取ると言って、5年前にグラッパ村に連れて行ったんだよ。弟が酒造りだけでなく領地経営にも関心を示してくれていれば、当家も今のような苦境に立たされていなかったかも知れないのに。いや、余計な愚痴を言ってしまったな」
ウィルとティムは顔を見合わせた。
ワイナリー事業再生の鍵は、グラッパ村の代官、オメー・ボヴァリーが握っているのかも知れなかった。




