3.ボヴァリー男爵領
荷馬車の隊列が、街道を北西に向かって進んでいた。
傭兵団は正式にボヴァリー男爵家への債権を手に入れ、これから債権の回収に向かうところなのだ。
傭兵団の隊列は、先頭に騎馬、荷馬車が2台続き、最後尾に騎馬の配列である。
2台の荷馬車は、ボヴァリー男爵家で差し押さえた財物を持ち帰るための空の荷馬車である。
先頭を進む馬には、革鎧を着こんだウィルが騎乗している。
普段は冴えない中年といった風貌なのだが、革鎧を着て馬上で姿勢を正している姿は傭兵団長らしい威厳がある。
続く荷馬車に乗っているのは、ティムとボブ・クラチットだった。
ボブは傭兵団の最古参で、荒事、和事両面の支援を任されている。
新人のティムは、当面の間、ボブの下で傭兵団の業務を幅広く経験するように言われていた。
2台目の荷馬車には、エリカとジェシカ・シャイロックが乗っていた。
ジェシカはエリカの部下で鑑定の魔眼を持っている。
今回は、差し押さえる財物を鑑定するために同行しているのだ。
最後尾の騎馬は、ウィルの部下の女剣士、エリザベス・ベネットだ。
傭兵団では、高貴な身分の女性を護衛することもあるので、荒事担当の女性も必要なのである。
「ボブさん、荒事担当の団員は二人しか居ませんけど、今回の回収は荒事にはならないと言うことでしょうか? 傭兵団は武力で恫喝して借金を取り立てるものだと思っていたのですが」
「いやいや、戦争をしている訳でもあるまいし、暴力で相手を恫喝しようものなら、こちらがお縄になってしまうよ」
「え? 違うんですか? じゃあ、傭兵団ではどうやって債権を回収するんでしょう? 男爵家は素直に差し押さえに応じてくれるんでしょうか?」
「うーん、それは蓋を開けてみないと分からないね。それに、男爵家の所有する財物が価値のある物なのかも分からないからね。男爵家に出入りしているルウルーという商人については、あまり良い噂を聞かないんだ」
「え? それは男爵家が偽物を掴まされている可能性があると言うことでしょうか? ですが、債権の回収可能額は財物の担保価値をもとに算出されたものでしたよね」
ティムとボブは、メジッチ銀行の査定報告書を再精査し、メジッチ家から提示された回収可能額に偽りがないことを確認していた。
「査定報告書はあくまでも書面上の調査だからね。財物の評価についても、売主が提出した鑑定書によるものだよ。実際に現場に赴いて実物を確認するまでは確かなことは言えない」
「もし、財物が偽物であれば、我々は大赤字になってしまうと言うことでしょうか?」
「ティム君は査定報告書を再精査しただろう。男爵家の財務状況は頭に入っているはずだ。実際に現場に出向いて、帳簿上のデータと現場の状況を照らし合わせることで、出来るだけ多くの金額を回収出来る方法を考えるのが傭兵団の仕事だよ。もちろん、赤字を出すことは許されない」
ティムは傭兵団の仕事を単純に考えてしまっていたようだ。
「傭兵団は腕力自慢の脳筋だけの集団じゃないよ。だからこそ、ティム君のような学院出身の優秀な人材が必要なんだ」
ボブからそう言われたものの、ティムは自分に何が出来るのか全く分からなかった。
やがて、傭兵団の一行は、国境を越えてボヴァリー男爵領に入った。
ボヴァリー男爵家は、ベネッチェ共和国の隣国、フラン王国の貴族なのだ。
フラン王国はフラン人が作った国家で、西は大西洋、東はエルベ川、北は北海、南はピレネー山脈とアルプス山脈までの広大な領土を持つ大陸国家である。
フラン王国はカール大帝時代に最大版図を得たが、カール大帝はそれまでの慣習であった分割相続を長子単独相続に改め、フラン王国の広大な領土は分割されずに維持された。
このような広大な領土を長期間統治出来るのは、魔導通話などの通信手段が発達していたことが大きいだろう。
辺りの丘陵地帯には葡萄畑が広がっている。
「ボブさん、ボヴァリー男爵家の特産品は、葡萄を使ったワインやブランデーでしたよね」
「ああ、そうだね。査定報告書を再精査して何か気付いたことはあったかい?」
「はい、ボヴァリー男爵家のワイナリー事業は近年急激に収支が悪化していました。借金が膨らんだ原因はボヴァリー夫人の浪費癖ですが、ワイナリー事業が順調なら十分に返済出来ていたはずです」
「うん、その通りだね。つまり、ワイナリー事業を再生出来るのなら、ワイナリー事業の権益を差し押さえることで、回収額を引き上げることが出来るかもしれない。ワイナリー事業について他に気付いたことは無いかい?」
「はい、ワイナリー事業の売上げの低下が顕著ですね。最近、市場では、ボヴァリー産のブランデーの味が落ちたと悪評が広まっているようです」
「そうだね。ボヴァリー産のブランデーはドワーフが作っている高級品ということで有名だったんだ。それ以外にも、事業収支を細かく見てみるとおかしな所がある。売り上げが減っているにも関わらず、変動費を含めた費用は増えて行っているんだ」
「もしかして、ワイナリー事業で不正が行われているかもしれない?」
「うん、その可能性も考慮する必要がありそうだね。ボヴァリー男爵領でティム君が何をするべきか、糸口が見えてきたんじゃないかい?」
ボブの教育方針は、ティムに出来るだけ自分で考えさせることだった。
こうして、ボヴァリー男爵家へ向かう道中でも、古参団員による新人教育は続けられていったのだ。




