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12.エピローグ

 荷馬車の隊列が、街道を南東に向かって進んでいた。

 スクルージ&マーレイ傭兵団は、ボヴァリー男爵領での債権回収を終えてベネッチェに向かっていたのだ。

 先頭はウィルの騎馬で、続く荷馬車にはティムとエリカが乗っていた。

 あれから、急転直下で色々なことが決まっていった。


 ティムは馬を御しながらエリカに尋ねた。

「エリカさん、いつのまにカトリーヌ様と交渉していたんですか?」

 傭兵団が保持する予定だったワイナリー事業の権益30%は、現時点でメジッチ家に売却された。

 売却額は現時点の評価額の倍、6千万ドルトである。

 この取引によって、傭兵団の債権回収額はキャッシュで1億3千万ドルトとなり、今回の債権回収は、損益計算上も資金繰り上も黒字となったのである。

「別に、ワイナリー事業の権益をメジッチ家に売ろうと考えていた訳では無いのよ。ワイナリー事業の再生にはグラッパの販路を確保することが必要でしょう。だから、カトリーヌ様にグラッパ村からグラッパの試供品を送ってみたのよ。グラッパの取引をしませんか?ってね」

「では、なぜ?」

「グラッパの試供品を手にしたカトリーヌ様は、その商品価値に気付いたのね。グラッパの独占販売権を手に入れるために、ワイナリー事業に出資したいと言ってきたのよ」

「向こうから持ち掛けてきたのですか?」

「ええそうよ。でも、ワイナリー事業の再生には3年程度かかるので、現状の低い評価額でうちの持ち分を売却するつもりはないと断ったの」

「断っちゃったんだ、、、」

「ええ、そしたら、3年後の評価額、つまり現状の倍額で持ち分を買い取りたいということになったの」

 現時点でのワイナリー事業の評価額は1億ドルトである。

 これは、工房ギルドによる事業評価で出された客観的な数字であった。

 メジッチ家は、3年後にはワイナリー事業の事業価値が倍の2億ドルトになると判断して、傭兵団の持つ権益30%について、6千万ドルトの先行投資を行ったということになる。

「しかし、凄い掌返しですよね」

「そうなのよ、債権を第三者に譲渡するということは債務者に対する絶縁宣言だからね。それを、取引を再開するだけでなく出資までするっていうんだから、私もそこまでは思い至らなかったわ。でも、それが出来るのが、メジッチ家の、カトリーヌ様の、恐ろしいところよね」

 ティムはエリカの話を聞いて、妖艶な女傑の姿を思い返していた。


「それから、あれはどういうことなんですか?」

 ティムはそう言いながら、2番目の荷馬車を指さした。

 2番目の荷馬車には、ジェシカとベルタ・ボヴァリーが乗っていた。

 どういう経緯があったのか分からないのだが、ベルタが書き溜めていた小説がベネッチェで出版されることが決まり、ベルタはボヴァリー男爵家を出て、ベネッチェで作家として自立することになったのだ。

「あれはジェシカがベルタ嬢の才能を発掘したのよ。ベルタ嬢は屋敷に引き籠って趣味として小説を書いていたらしいのだけど、ジェシカに説得されて、自分の書いた小説に需要があるなら、ブーランジェ子爵と結婚するよりプロの作家として自立したいと思うようになったみたいね」

エリザベスが言っていた通り、ブーランジェ子爵との結婚については心の奥底で忌避感があったのだろう。


 ベルタの書き溜めていた10編の小説の版権は、ベネッチェの出版社に1千万ドルトで売れた。

 その売却代金についてもボヴァリー男爵家の借金の返済に充てられ、債権回収額は総額で1億4千万ドルトとなった。

 この結果、傭兵団の収支は、損益計算上は3千万ドルトの黒字、資金繰り上もプラスとなったのだ。

 ボヴァリー男爵家に対する債権は額面5億ドルトであるが、ウィルは残余の債権について債権放棄に応じ、これをもってボヴァリー男爵領での債権回収業務は完全に終了した。

 傭兵団の債権回収ビジネスは短期サイクルの事業であり、これ以上時間を掛けてもコスパが合わないのである。


「ところで、ベルタさんの書いた小説ってどんなものなんですか? ジェシカさんに頼んでもなぜか頑なに読ませてくれないんです」

「あ、ああ、あれね。うーん、ティムが読んでも面白くないんじゃないかな?」

 エリカが急に歯切れが悪くなる。

 後ろの荷馬車では、続編の出版が決まっている小説の内容について、ジェシカとベルタが話していた。

「いや、そこは攻めが、、、」

「、、、それじゃ、腐要素が足りないと思うの」

 ティムは二人が何を言っているのかさっぱり分からなかったが、隠されると余計に気になるものだ。

「あー、ベルタの小説は、ティムがもう少し大人になってから読めばいいんじゃないかな? この話は終わり!」

 エリカは強引に話を打ち切った。


 ボヴァリー男爵家が出した3台目の荷馬車には、ボブとオメーの息子ナポレオンが乗っていた。

 ベルタとブーランジェ子爵との結婚が無くなったため、ボヴァリー男爵家の爵位は、オメーの息子のナポレオンが、将来的に継ぐことになるそうだ。

 次期領主となるナポレオンの領主教育のために、ナポレオンはベネッチェの学院アカデミーに入学することが決まり、ベネッチェに戻る傭兵団に同行していた。

 ベネッチェでは、ベルタとナポレオンは一緒に家を借りて住むらしい。

 建前上は、年上のベルタが年下のナポレオンの面倒を見ることになっているのだが、22歳引き籠りのベルタより、16歳のナポレオンの方がどう見てもしっかりしており、一緒に暮らすようになれば、ナポレオンがベルタの生活全般の世話をすることになるのではないかと、ティムは思っていた。

 ボヴァリー男爵領での債権回収はトラブル続きだったものの、なんだかんだ、雨降って地固まるという結末に落ち着いたようだった。


 隊列の最後尾には、馬に乗ったエリザベスが続いていた。

「エリカさん、僕はエリザベスに何か悪いことをしたんでしょうか? 入団当初から、エリザベスはやたらと僕に突っかかって来る気がするんです」

 あれ以来、ティムとエリザベスは口もきいていなかったのである。

「え? まだエリザベスと仲直りしていなかったの? あんたたちは本当に世話の焼ける子たちねえ。ティムがエリザベスに何か悪いことをしたとは思わないけど、エリザベスの琴線に触れる何かはあったんでしょうね? ティム、大人の男は女の子から不満をぶつけられてもどっしりと構えているものよ。そして、相手の気持ちを慮ってあげるの。うーん、見本となるべきウィルがあれなのが良くないのね。ティム、あなたはウィルを反面教師にして良い男にならなきゃだめよ。早く大人になりなさい」

 エリカの話を聞いたティムは、早く大人の男になれば、エリカに認めて貰えるかもしれないなどと、また的外れなことを考えるのであった。


 それから、駆け落ちしたエマとレオンは、フラン王国の王都の安宿で死んでいるのが発見された。

 エマの身元は身に着けていた偽物の宝飾品から明らかとなり、現場の状況から、エマによる無理心中の可能性が高いと判断されている。

 持ち出した宝飾品が偽物であることに気付き、行き詰った挙句に自死を選んだのだろう。

 エマ・ボヴァリー夫人は、現実リアルの生活から最後まで目を背け続け、偽物フェイクに囲まれて人生を終えたのだ。

 商人ルウルーの行方は誰も知らない。


                   


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