第一章 知らぬ訪問者
冷たい風が山奥の古塔を吹き抜ける。
青年騎士エレン・グレイフォードは馬から降り、深く息をついた。
「俺は二十五歳。王国の竜騎士として、この地に幽閉された紅の魔女の監視役を命じられた」
石造りの古塔は年月を経て苔むし、静寂に包まれている。
「ジュリア……。実年齢は俺より三つほど上らしい。だが見た目はまだ子どもだと聞いた。時が止まった魔女――その存在は謎だらけだった」
扉を押して中に入ると、薄暗い室内で小さな気配を感じた。
「……だれ?」
赤く輝く、まるでルビーを溶かしたような紅い瞳を見開き、振り返ったのは見た目十三、四歳ほどの少女。
「ジュリアっていうの。あなたは誰?」
大きな魔導書をぎゅっと抱え、不安げでありながらもどこか無邪気で愛らしい声。
その瞳が、ふとエレンを捉えた瞬間、ジュリアの心に小さな灯がともったのを彼は気づかなかった。
「ねえ、遊ぼうよ? つまんないのはいやなんだ」
幼い声に混じる甘えた響きと、時折見せるどこか大人びた影。
「わたし、ずっとここにいるの。誰かが来るなんて聞いてない……」
戸惑う彼女の表情が、一瞬だけほんのわずかに柔らいだ。
エレンは静かに告げた。
「俺はこれから、お前の監視役だ」
ジュリアは小さく頷き、部屋の隅の窓から外を見つめた。
「ねえ、時が止まってるってどういうこと?」
エレンは答えを探しながらも、彼女の純粋な問いかけに胸を締め付けられた。
心のどこかで、彼女のあどけなさと、その奥に秘められた不思議な魅力に惹かれている自分を感じていたが、幼い姿を前にしてその気持ちが何なのか理解できなかった。
それでも、これから始まる日々が、二人の心に静かな波紋を広げていくことを、まだ誰も知らなかった。