九頭竜川の鮎釣り5
最後の残った元気な鮎を、今度は坂部自身で替えさせて「これで釣れたら本物でしょう」と上流へ流した竿の行き先を見送った。
二人は暫く垂らした糸の行方に集中したが、一向に引きがないのにしびれを切らした。「釣れないのはもう無我の境地を飛び越えてしまったのかも知れない」
と冗談半分に言ってみる。
「そうなの、知りたいのは無我の境地でなく、家系でしょう。おじいさんは家系を絶やさないためにはどうすれば良いか。会社経営は最近までお父さんに任せて専ら家訓に記された先祖の呪縛と格闘していたのよ」
あなたも本来の目標に向かって呪文を唱えていれば、自然と鮎が絡んでくると言われた。夕陽が西に傾くまで頑張ってみたが、あれから彼女の柔らかな感触が醒めてゆくのと同じように、無我の境地も遠のいて仕舞った。そうなると幾ら竿を上流へ流しても、一向に鮎は掛からず、とうとう最後にバトンタッチした鮎も、バテ始めて動きが鈍くなった。
「おとり缶にいた元気な鮎はもう居なくなり、代わりにしょぼくれてじっとしている鮎ばかりになってこれじゃあもうだめね」
と美紗和さんは竿を引き始めた。それに合わせて坂部もおとりを回収した。
朝におとり缶の中で激しく動き回っていた鮎も、今は買った六匹と釣れた一匹が、疲れ果てたようにじっとしている。
「矢っ張りあれだけ何度も流しただけに元気がないわね」
「それであの〜、此のおとりはどうするんですか」
「持って帰っても七匹だとね」
足らないし、昼間のバテ気味な鮎を想い出すと、食べる気がしなくなる。
「じゃあ放流しますか」
「でもあれ一匹三百円もするのよ」
「スーパより高いですね」
「だってあれは活きてるんですもん。それでもいつも行ってるお店だから格安なのよ」
明細は入漁券一人千五百円、おとり一匹三百円掛かったそうだ。




