九頭竜川の鮎釣り4
彼女の迫力が乗り移ったのか鮎が活発に動いて、昼からの坂部はまさに『無我の境地』に陥った。昼からおとりの鮎を元気な三匹目と取り替えてくれた時に、手繰り寄せた鮎がとんでもない方向に行き掛けた。思わず手を伸ばして引き留めた腕が、肩が触れ合うほど側にいた彼女の胸に当たったのだ。彼女にすればたぐり寄せた鮎を掴むのに夢中になってそれどころじゃなかった。こうして彼女が取り替えてくれた三匹目の鮎は、その時に胸に触れた腕の感覚がそのまま竿を持つ手に伝わり、鮎は盛んに縄張りにいる鮎を攻撃し始めた。
暫くして美紗和さんは掛かったわよと向こうで叫んだ。聞き直す坂部に「面倒くさい人ね」とやって来て、直ぐに彼女は坂部の竿と持ち替えて引き寄せて、水面から上がった鮎はそのまま宙を舞って二人の手元へやって来た。
「何しているの早く受け止めないと」
「なにで?」
「鮎タモ! 網よ! 何処へやったのッ」
「足元」
下を見れば岩の間に、鮎タモの短い柄が、斜めに差してあった。その間に鮎は二人の間を行きつ戻りつしている。
彼女は再び竿を持ち替えて、掛かった竿を坂部に預けると彼が器用に引き寄せた鮎を掬い入れた。鮎が上手く網に入ったが、さっきの鮎の付け替え以上に、更に激しく彼女と接触して気持ちが昂った。彼女は夢中に坂部に抱きつくようにして見事に掛かった鮎を網にキャッチしてくれた。
「あたしより上手いじゃないの」
そう言えば彼女はまだ一匹も釣れてなかった。
「どうしてそんなに直ぐに無我の境地になれたの」
と突っ込まれた。まさにさっき身を挺してまでやってくれたお陰だとは云えない。
「美紗和さんのおとり鮎の付け替えが良かったからですよ」
「でもあたしのと付け方は変わらないのに不思議ね」
と首を捻っていた。




