九頭竜川1
よく眠れて翌日は晴れた朝を迎えられた。福井平野から一乗谷を経て、幾つかの山を隔てて、九頭竜川がもたらす堆積物で拓けた大野にも、白山の裾を掠めて陽が昇った。今はこんこんと当家の庭を照らして、ダイニングルームにも溢れていた。
ジャムをたっぷり付けて更にベーコンエッグ挟んで、別皿のサラダを咀嚼しながら、一緒に胃の中に放り込んだ。美紗和さんは焼き込んだ食パンにバターを塗って、ゆっくりと千里さんとお喋りして食べている。千里さんが今朝大場さんが社長親子を会社へ送り出す前に、釣り道具を美紗和さんが事前に頼んで借りてくれた。この二人では今日の収穫は無理だ。いつものように典子さんと一緒に夕食は別メニューを考え、千里さんも「其れもそうね。同じ釣れないのなら渓流のイワナより九頭竜川の河原でのんびりした方がいい」とまで坂部は言われた。
昨日は美紗和さんの車で行けるところまで行って渓流に沿って奥まで歩いた。何処も川幅が狭くて流れも急で中々のんびりと出来そうもない。それに手を焼いた美紗和さんは、九頭竜川の広い河原に降り立って「此処は直ぐには釣れないけれどのんびり出来るから此処にしましょう」と夕べは帰ってきた。
千里さんも都会の群衆にまみれて疲れた傷痕を治すには、森に囲まれ閉ざされた木々の空間より、遮る物のない広い河原が落ち着くと勧められた。
「昨日は幾つかの沢筋を少し登ったけど、同じ釣れないのなら歩かなくていい河原で釣り竿を流していた方が却って都会の傷を癒やせていいでしょう」
千里さんに言われればそうだが、美紗和さんとの新たな恋心が胸を痛め出した。
本人も狭い家を出たいと思って高校時代はバイトに明け暮れていた。何とか実家から出られて大学での一切の費用を、今も自分で賄っている坂部にすれば、初めて味わった自由な安らぎだ。




