美紗和1
裕介の部屋が判った以上はこっちから出向いてやるか、それともやって来るのを待つか。久し振りに実家へ戻って、両親に報告を兼ねて顔を見せに行ってるのかも知れない。暫くこの部屋の周囲を観察しょう。隣の書庫にはどんな本があるのか廊下に出た所で、背格好も典子さんぐらいの女性とカチあわせした。違いは典子さんは白のブラウスに渋めの臙脂色のフレアースカートなのに、彼女はジーンズに紅い丁シャツで胸には横文字が入っていた。こっちも驚いたが向こうもびっくりしていた。しかしそれでも坂部より体勢を立て直すのは早かった。此の時は宙を舞った虚ろな瞳が、一瞬にしてしっかり元の切れ長の眼に戻り、感情の籠もった優しい言葉が飛び出して坂部は眼を丸くした。
「あなたが裕介のお友達の坂部さん?」
ハイ、アッ、そうです。としどろもどろに返事して恐る恐る美紗和、さん、ですかと訊ねた。
「そう、部屋へ入って良いかしら」
「良いも悪いも此処はあなたの家でしょう」
「でもそこは裕介が決めたあなたの部屋」
そう云われれば今日から暫く俺の部屋になるのかと招き入れた。畳一畳分の座敷机が真ん中にでんと置かれて、中央の壁には組違いの床の間に、良く解らない水墨画の掛け軸が掛けてある。まるで旅館と変わらない雰囲気だ。
そこの押し入れに布団があるから、と云いながらも彼女自身で座布団を出して来て机の向こうに座った。
「裕介が言った通りの感じの人ね」
喋り方が緩やかで消えかかる語尾が、尻切りにはならずにスーと少し上る処が心地よく聞こえた。
「裕介はどんな風に言ってたんですか」
ウフフと笑うと「そうねおっとりした感じだって聞いた」
彼奴はなんて事を言いふらしたんだ。
「それは多分最初の合格発表を見に行くバスの中で、じっとしていたからそう思ったんだ」
「あらそう、それは初耳で聞いてないわよ」
とちょっと意地悪っぽく笑った。
「それで、どうしたの」
「裕介が人混みを掻き分けて突破口を作ってくれた。
「それでバスから降りられたって言うのね」
まあそんな所だと曖昧にした。




